クリスマス・イヴ(1)
今日はクリスマス・イヴ。
『今日、僕は彼女にプロポーズをする!』
目覚まし時計の凄まじい音が響く前に目覚めた僕は、いつもより緊張して身支度を整え、予定の時間より少し早めに家を出ることにした。
こころを落ち着かせ、今日の日を想い出に残る素敵な日にするために。
彼女にプロポーズをするために用意したエンゲージリングを、コートのポケットに入れる。
小刻みに震える鼓動。
大きく息を吸い込んでふーっと吐き出した。
落ち着いて、ゆっくりと彼女との待ち合わせ場所に向かうことにしよう。
緊張と不安の入り交じった、でもなんだか楽しみでもあるような不思議な感覚。
玄関先で家人に「行って来ます」とひと声かけると、なにかを察したのか、母と妹が妙ににやけた顔つきで見送りに来たではないか。
いつもならリビングから「行ってらっしゃ~い」と声が飛んでくるだけなのに。
「ふふふ。行ってらっしゃい。気をつけてね」
母の微笑みが……なんとも言えない。
「お兄ちゃん、頑張ってね」
にやけた妹に言われ、平静を装う。
「なにを?」
「ふふふ」
なんか感づいてるのか?
家族にはなにも言ってないのに。
「なんだよ、ふふふって」
「ふふふ」
もう、これ以上は相手をしていられない。
せっかくの気分が台無しになってしまう。
まあ、おかげで少し緊張はほぐれたのだけど。
「行って来ます」
そう言って玄関のドアを開ける。
家を出て少し歩くと、子供たちの楽しそうな声で溢れる公園にさしかかる。その姿を微笑ましく見ながら公園の前を通り過ぎようとした時、ボールを追いかけて、男の子が車道に飛び出してきた。
その時前方から車が……。
「危ない!」
無意識に体が動いていた。
ドーン!
鈍い音とともに僕は体が少し浮いた気がした。
スローモーションの世界の中、彼女との思い出が走馬燈のように頭の中を駆け巡り、地面に叩きつけられた。
「うっ……」
全身に激痛が走り、身動きがとれない。
かろうじて動くのは指先だけだろうか。
ああ、男の子は無事だろうか。
確認しようにも身体がいうことをきかない。
そうだ。早く行かなきゃ。彼女が待ってる。
僕は起き上がろうと……動けない。
周りに大勢の人が集まってきて、遠巻きに僕を見ている。
「事故か?」
「ボールを追って飛び出した子供を、かばったらしいわよ」
みんなの声は聞こえるけれども、動くことすらできないでいる。
すると1人の男性が近づいてきて、大声で叫んだ。
「誰か、救急車を早く! 救急車を呼んでくれ!」
そして彼は倒れている僕に声をかける。
「大丈夫か?」
僕の方はどうやら大丈夫ではなさそうだけど、それよりも気になることが。
「こ、子供、子供は……」
僕は声を絞り出した。
「ああ、大丈夫だ。君のおかげで擦り傷ひとつ無いよ」
「よかっ……た……」
早く行かなきゃ。先に着いて、彼女を待っているはずだったのに。
僕は彼女に言いたい言葉があるんだ。
クリスマス・イヴに彼女に言いたい言葉が。
待ち合わせ……今日は遅れるな。
『今日、僕は彼女にプロポーズをする!』
ああ、気が遠くなる……。
薄れゆく意識の中、彼女のことを想い浮かべた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「クリスマス・イヴ(2)」もよろしくお願いします!