告白記念日(2)
今日は、彼女とディナーの約束。逸る気持ちを押さえつつ、会社を後にする。
外に出ると、そこにはひとつの人影が待ち構えていた。
……ヤツだ。
僕を見つけると走り寄ってきて、一緒に帰ろうと手を繋ごうとする。
それを拒否してキッパリと言った。
「約束があるから」
「デート? 私もついて行っちゃお」
デートと解ってついて行くとか言うか?
「帰れよ」
「私のことキライ?」
「キライとか、そういうんじゃなくて」
こんなに迷惑してるのに、なぜか嫌いになれない自分がいる。
「じゃあ、好きなの?」
「好きじゃない」
「でも、キライじゃないんだ。うふっ」
「はー、お前には負けるよ」
のれんに腕押しとはこのことか。
仕方なく歩き出すと、ヤツもついて来る。
「でも、何で僕なんだ? 彼女のいないイイ男は、他に一杯いるだろう? お前のこと好きだっていう人もいるかもしれないよ」
するとヤツは、いつになく真面目な顔で、話し出した。
「入社して間もない頃、慣れない電話応対で注文を受けた時、うっかり間違えて、“0”を1つ多く入力しちゃって、大騒ぎになったことがあったでしょ」
「ああ、そんなこともあったな」
まあ、あまりしないミスだけど、今のコイツを見ていれば頷ける。
「その時、上司には叱られるし、先輩にはイヤミを言われるし、同期はみんな、陰でヒソヒソ言うだけで、知らんぷりだし……もう、どうしたらいいか解んなくなって、半ベソかいてた」
「うん」
「でもあなたは、何も言わず一生懸命みんなに頭を下げて、一緒に謝ってくれて、発注もし直してくれた」
「そうだったかな」
「そうだよ! 入社式の時から『素敵な人だなぁ。いつか仲良くなりたいな』とは思ってたけど、その件があったときに、この人は見た目だけじゃなくて、内面も優しくて、男気のある人なんだなぁって思ったの。それからあなたは、私の王子様になったのよ」
「それは買い被りだよ。それに、僕は王子様なんかじゃない。た・だ・の、普通人。困ってる人がいるのに、見過ごせなかっただけだからね。それに同期だし。他の誰かでも同じことをしたよ」
「そういうところが好き」
まただ。
「あんまり軽々しく好きって言うもんじゃないよ」
「そういうところも好き」
「ったく。でもダメだよ。僕には最愛の彼女……」
「彼女がいるから、でしょ。でも、勝手に好きでいることは、止められないよねぇ」
言葉をかぶせるようにヤツは強い口調でそう言うと、腕を組んできた。
「離せよ、もう帰れ」
ヤツの腕を振り払い、少し強めに言ったんだが。
「普通の男なら私の魅力にイチコロなんだけどねぇ」
まあ、黙ってれば可愛いし、猫なで声も猫派にはグッとくるかもしれない。
「じゃあ、普通の男と付き合えば?」
性格的にもちょっと変わってるところはあるけど、僕に妙に懐きすぎるところ以外はそれほど……。
「なかなか振り向いてくれない男を振り向かせるのが楽しいの」
なんだそれ。
「お前とどうこうなることは、絶対にない」
また組もうとするその腕を振りほどいて早足で歩き出すも、
「それでもいいもーん」
はあ?
その積極性を仕事に活かせばいいのに。
悪びれる様子もなく、とうとう待ち合わせ場所までついてきて、ニコニコして僕の横に立っている。
彼女はキョトンとして、僕とヤツをただ見比べているだけだ。
どういうつもりなのだろう。
仕方がないので、ヤツを彼女に紹介することにした。
むむむ。
どうして。どうする? どうなっちゃうの!?
お読み下さりありがとうございます。
次話「告白記念日(3)」もよろしくお願いします!