遊園地 (キミの笑顔ー3) ✩挿し絵あり
『観覧車』
ここの観覧車から見る景色は格別だと、とても有名。
彼女とふたりでどうしてもその景色が見たかった。
有名なだけあって、待ち時間もそれなりにある。
でも、どんなに長い待ち時間も、彼女と一緒なら一瞬に感じるほどだ。
……いや、それは言いすぎだが。
とにかく彼女との時間はとても短く感じられる。
長い列を少しずつ進み、やっと順番が回ってきた。
いや、もう順番が回ってきたと言うべきか。
突然の2人だけの空間。
1周約15分間の空間。
僕たちは少し緊張していたが、間もなく目の前に広がった景色に釘付けになった。下にいる時には見えなかったすぐ側の海が、夕陽を浴びてキラキラと輝いている。
『うわぁ、きれい!』
彼女は瞳を輝かせ、またうっとりと見入っている。
僕は、みんなといる時には見せないそんな彼女の表情にドキッとした。
言えずにいる一言を、つい言ってしまいそうになる。
それから観覧車を降りるまで、2人とも無言のままずっと夕陽を眺めていた。
でもそれは心地良い沈黙の空間だった。
観覧車を降りるときの『海に沈む夕陽が見たい』という彼女の言葉に、『まだ間に合うかも』と走って浜辺に向かう。
8月も、もう終わろうとする平日の夕暮れの海は人もまばらで、少しロマンティックな雰囲気がする。
砂浜で、2人並んで見つめる水平線。
夕陽の後押しを受けて、ずっと言いたくて、言えなかった言葉を言うことにした。
もしそれで、それまでの2人の関係が崩れてしまおうと、その時の僕には、言わずにいるという選択肢は無かった。
彼女の方へ向き直って、僕は口を開いた。
『キミに、言いたいことがあります』
彼女は一瞬ピクッと動いて、それからこちらを向く。
僕は呼吸を整えて、一生懸命に想いを告げた。
『ずっと、ずっと言いたかった。……心から、キミが好きです』
けれど彼女は何も言わない。
奥手の僕には初めての告白で、この沈黙をどう過ごせばいいのか解らなかった。ただ心臓が大きく脈打っているのを聞いているだけで。
周りから見ればほんの一瞬のことなのかもしれないが、この静寂は僕には耐えがたいほどの重圧を生み出している。
ああ、これまでか。
僕たちの関係も、もう普通の友達同士にも戻れなくなるのだろうか。
言わなければよかったのか。
『後悔』という二文字が僕の頭をよぎりかけたときのことだった。
彼女の、僕を見つめる瞳が、みるみるうちに涙でいっぱいになってゆく。
『えっ』
彼女の涙の理由が解らず、鼓動が、また大きく鳴り響いた。
『ずっと……待ってた。ずっと言ってほしかった。私も……心からあなたが好きです』
彼女の瞳から、大粒の雫が零れた。
その言葉に、僕は思わず彼女を抱きしめる。
『待たせて、ゴメン』
『遅いよ』
夕陽に照らされながら、もっと強く彼女を抱きしめた。
どのくらい経ったろう、夕陽は水平線の向こうに沈んで、辺りはその名残を惜しんでいる。
『そろそろ帰ろうか』
と彼女に目をやると、頬には涙の後が残っている。僕は指でその涙を拭って、彼女に言った。
『笑って。僕はキミの笑顔をずっと見ていたいんだ』
すると彼女は、飛びきり上等の笑顔を見せてくれた。
この世の中に、こんな天使のような人が他にいるだろうか?
僕の恋心を差し引いても、周りにはなかなか見当たらない。きっと、ご両親が大事に育てられたんだろうな。
僕も、彼女を大切にしようと心からそう思った。
それから1年余り、僕たちの“恋”は、ゆっくりと進んでいった。
ゆっくりと、僕たちなりのスピードで、ゆっくりと……。
そして今日――
お読み下さりありがとうございました。
次話「遊園地 (今までも、これからも……)1」もよろしくお願いします!