想い出(1)
朝、一歩を踏み出し家を出てからゆっくりと歩いて、まず駅に向かった。
途中、あの公園の前を通って、いつも待ち合わせた駅前の広場。
イタリアンレストランに、記念日に行ったフレンチレストラン。
それにあの観覧車のある遊園地。
僕は1つ1つ想い出を噛み締めるように辿った。
そうしてようやく海辺に着いた時には、もう夕暮れになっていた。
静かな波の音だけが聞こえる。
そして一緒に眺めた夕陽。
ふたりにとっての節目で、ここに訪れていたように思う。
想い出の場所。
そう。大切な場所。
今、それらを想い出して、ひとつずつ海に流そう。
高校2年の夏、親友達の計らいで初めて彼女とふたりきりで出かけた。
観覧車を降りるときの『海に沈む夕陽が見たい』という彼女の言葉に、『まだ間に合うかも』と走って浜辺に向かったっけ。
8月も、もう終わろうとする平日の夕暮れの海は人もまばらで、少しロマンティックな雰囲気がした。
砂浜で、2人並んで見つめる水平線。
夕陽の後押しを受けて、ずっと言いたくて、言えなかった言葉を言うことにした。
奥手の僕には初めての告白。
もしそれで、それまでの2人の関係が崩れてしまおうと、その時の僕には、言わずにいるという選択肢は無かった。
彼女の方へ向き直って、僕は口を開いた。
『キミに、言いたいことがあります』
僕は呼吸を整えて、一生懸命に想いを告げた。
彼女も同じ気持ちだったなんて。
でも、それを知るまでの時間。周りから見ればほんの一瞬のことなのかもしれなかったが、その時の静寂は僕には耐えがたいほどの重圧を生み出していた。
ああ、これまでか。
僕たちの関係も、もう普通の友達同士にも戻れなくなるのだろうか。
言わなければよかったのか。
『後悔』という二文字が僕の頭をよぎりかけたときのことだった。
彼女の涙の理由が解らず、鼓動が、また大きく鳴り響いた。
そして彼女の言葉に僕は思わず彼女を抱きしめた。
『待たせて、ゴメン』そう言いながら。
『遅いよ』と言う彼女が愛おしく、夕陽に照らされながら、もっと強く彼女を抱きしめた。
どのくらいの時間が経ったのか、夕陽は水平線の向こうに沈んで、辺りはその名残を惜しんでいた。
『そろそろ帰ろうか』
と彼女に目をやると、頬には涙の後が残っている。僕は指でその涙を拭って、彼女に言った。
『笑って。僕はキミの笑顔をずっと見ていたいんだ』
すると彼女は、飛びきり上等の笑顔を見せてくれた。
この世の中に、こんな天使のような人が他にいるだろうか?
僕の恋心を差し引いても、周りにはなかなか見当たらない。きっと、ご両親が大事に育てられたんだろうな。
僕も、彼女を大切にしようと心からそう思った。
それから1年余り、僕たちの“恋”は、ゆっくりと進んでいった。
ゆっくりと、僕たちなりのスピードで。
そう。ゆっくりと……。
お読み下さりありがとうございました。
次話「想い出(2)」もよろしくお願いします!