エピローグ
日曜日の朝。目覚まし時計の凄まじい音で飛び起きた僕は、いつものように身支度を整え、階下に降りる。そしていつものように可愛い妹と明るい母、最近少しばかり丸くなった気がする父と、家族4人揃って朝食を摂る。
妹は今日もあの『イケメンボーイ』くんとデートだそうで。
楽しそうにしている妹を眩しく感じる。
朝食後、僕は自室に戻り、出かける準備をした。
そう。先日彼女宛の手紙に書いた通り、彼女と僕との7回目の記念日に、あの海に彼女との想い出を全て流すために。あの夕陽とともに水平線の彼方まで全てを流してしまうために。
親友も言っていた通り、本当は早く伝えた方がいいのだろう。だが僕は電話で即答を求めるのではなく、感情に任せるのではなく、じっくりと読める、想いを込めた「直筆の手紙」を敢えて選択した。
あの手紙を読んで、彼女はどう感じたのだろうか。
僕と同じように思ってくれたのだろうか。
あのふたりの最後のデート、『エピローグデート』の時に車で聴いたあの曲『エピローグ』のように、僕は今日、全てを海に流そうと思う。
♪ 今度はいつ会えるの 約束して
今度は海を 見に行きたいの
最後の最後に 海が見たいの
2人の別れには 海が似合いね
2人の愛の想い出を
そっと海に流しましょう
送ってくれなくていいのよ
このまま こうしていたいから
送ってくれなくていいのよ
もう少し このままでいて
もう少し そばにいて……
今日だけは 恋人でいて ♪
あの日以来、この曲を聴くのが辛かった。
ふたりの大好きな想い出の曲が、一番聴くのが辛い曲になった。
この曲を聴く度にあの日のことが蘇り、胸を締めつける。
あの日彼女は『この歌、泣けるよね』って、何度も涙を拭っていた。
『ホントに』
僕は心の中でそう呟いていた。
でも、今はもう違う。
この曲は今の僕にとっては、一歩を踏み出すための応援歌のように感じる。
子供の頃は時間の流れがゆっくりに感じた。
その頃に比べて、今は少し速く感じる。
それが大人になるということか。
それは時間を使いこなせているということか。
それとも時間にもてあそばれているということか。
そもそも大人ってなんだ?
いつも考えてた気がする。
答えなんて出ないって知ってるくせに。
年齢じゃないんだよな、きっと。
心の持ちようなんだ。
僕は身支度を整えて、大きく深呼吸をする。
不思議と清々しい気持ちになった。
もう迷いはない。突き進むだけだ。
部屋を出る前に僕は、ずっと引き出しの奥に終ってあったケースを取り出した。
7ヶ月間、一度も手に取ることはなかったケース。
そのビロード地の四角いケースを手に取り、そっと蓋を開けてみる。
『いろんなことがあったなぁ』と苦しくもあるが、ある意味懐かしくもある想いが胸を熱くする。
しかしこころの奥にずっと終っていた想いとともに、そのままあの海に行くことにした。
そう、僕達の始まりの場所。
そして全部海に流して、後悔の終わりの場所にしよう。
新しい一歩を踏み出そう。
色々考えて出した結論だ。
ビロード地のケースの蓋を閉め、ポケットに入れる。
心の準備はできた。さあ出発だ。
僕はもう一度大きく息を吸い込んで、勢いよく吐き出した。
玄関で家人に「行ってきます」とひと声かけてドアを開ける。
夏も終わりに近い8月。日差しは一瞬僕の目を細めさせるほどに強い。
そんな中、僕はゆっくりと一歩を踏み出した。
そしてゆっくりと歩き出す。
さあ、行こう。
お読み下さりありがとうございました。
作中に出てくる曲『エピローグ』の歌詞は、自作の歌の一番のみを使用したものです。
ギターで作った、メジャー7の幻想的な感じの曲です。
次話「想い出(1)」もよろしくお願いします!