希望と絶望(1)
あれから時折頭痛に見舞われるようになった。あの親友宅でジンジャエールを飲み過ぎた日以来。
きっと疲れているのだろうと、然程気にもかけなかったが、こうやってベッドに横になっていると、また少しばかり頭痛が気になる。
今日は『イケメンボーイ』くんのビックリ発言に、いささか波風も立ったが若いふたりが微笑ましくもあり……って、かく言う僕もまだ24歳。充分若いのだが。
僕が何かをどこでどう間違えたのかは解らないが、今まで自分におきた出来事は僕の人生において、決して無駄なことじゃない。
これから歩んで行く道程に必要だったことなんだと言い聞かせる。
妹たちには遠回りしても、自分たちの手でちゃんと幸せを掴んでほしいと願う。
そのためには、兄としてできる限りの協力はしようと、そう思った。
さあ、明日も仕事だ。早めに寝て、体調を整えよう。
僕はジッと天井を見つめる。
やっぱりこの、眠る前のこの時間は、つい色んなことを考えてしまう。
入院していた時の彼女との3週間、彼女のいない7ヶ月間、この夏の出来事。
これでいいのか? このままでいいのか?
ああ、頭が痛い……一体どうしたんだ?
今日はいつもに増して頭が重く感じる。
どうしたんだろう。目の前に白い靄がかかっていくようだ。
気が遠くなる……薄れゆく意識の中、僕は彼女のことを想い浮かべた。
遠くで誰かの声がする。
「……」 「…………」
鈴を転がしたような澄んだ声が、僕の名前を呼んでいる。
優しい、そしてどこか懐かしいその声に、そっと目を開けると……。
『此処は……』
――全てが真っ白な世界――
白以外は何も無い、何も無い空虚の中に居た。僕は起き上がって、辺りを見渡してみる。
前後・左右・上下全てが眩しいほどに純白で、足元には自分の影さえも無い。ただとてつもなく広い〈白〉の中で僕は、呆然と立ち竦んでいた。
『此処は……何処だ?』
ああ、『女神の居所』だ。たしかそう名付けた。
僕はその白い世界を見渡した。
すると遙か向こうで誰かが手を差し伸べているのが見える。
あ、やっぱり。やっぱり。
あまりに真白い空間でどのくらい離れているかは解らないが、そこに向かって歩いてみよう。
今日こそ、今日こそその女神をこの目で。
もう後悔だけの人生はいやだ。自分の手で捉まえてみよう。
そう決意して、僕はゆっくりと一歩を踏み出した。
はじめはゆっくりと、次第に早足で。
かなり歩いたはずだが、不思議と疲れは感じない。
ああ、夢だからか。
だけどなんて現実に近い感覚なんだろう。
僕は歩いて歩いて、一生懸命歩いてやっと近くまでやって来た。
少し手前で一度立ち止まり、深呼吸をする。
それから僕は恐る恐る近づいて、〈女神のようなその差し出した手〉を掴もうと、そっと右手を伸ばした。
すると女神のようなその女性は、『ふふふ』と笑い、遠ざかる。
僕は夢中で追いかけた。もう少し、もう少し。
顔も見えないはずなのに、神秘の女神のその姿はどこか懐かしく、僕に優しさと、勇気を与えてくれる気がする。純白のドレスを身に纏い、白いベールのその姿を、僕は走って、走って、走って、追いかけて、追いかけて、追いかけて……。
とうとう追いついた。
やっと捉まえた。
やっと。
僕は透き通るように白く華奢な、その壊れそうな手を手繰り寄せ、顔を覆っていたベールを……そっと上げた。
お読み下さりありがとうございました。
やっと追いついた。
女神のように差しだしたその白い手の主は一体……。
次話「希望と絶望(2)」もよろしくお願いします!