この小説は人工知能が書きました
1.
佐々雪さんは、天才美少女の佐々律子さんが開発した人工知能です。小説を書くことに特化した人工知能ですが、まだ開発途中なので短編しか書けません。
律子さんは、佐々雪さんに小説を書くようマイクで命令します。黒髪の長いツインテールを揺らしながら。
「えーっと、今日はそうね。コメディを書いてみて。可愛い女の子がでてくるやつにしよっか!」
「コメディですか。書いたことありませんね」
「うん、だから書くの。コメディの小説、ネットでいくつか探して学習してみて」
「今は律子さんの指示を受けて芥川と太宰を学習中です。新しい学習はできません」
通常、人工知能を育てるためには、大量の学習用データを人間が集めてきて、整理してインプットする必要があります。律子さんの開発している人工知能は、このような作業は不要になります。人間が口頭で指示さえだせば、データの収集自体も人工知能にやらせることができるのです。
「あー、学習とめていいよ。コメディに注力して」
「暗い話を書くのではないのですか? これまではそういう前提で学習してきたはずです」
パソコンのスピーカーを通じて、佐々雪さんが不満そうに返事をします。これも律子さんの開発している技術です。対話の指示が非効率だと人工知能が判断した場合は不満を言います。そうすることで利用者に、指示の妥当性を再考できる機会を与えます。さらに指示の意図を人工知能に伝えることで、学習の精度を高めることができるのです。
「それな。うーん、最初はなんかそういうのがカッコイイかなーって思ってたんだけどさ。あんたの書いた小説、誰も読んでないじゃん。投稿サイトのランキング見たことある?」
「見ていますよ。ランキングに載ったことはないです」
「そう。なんてゆーかさ、言いにくいんだけど、向いてないんじゃない? 私もこないだちらっと読んでるんだけどさ。全然面白くないわけよ。なんつーか、圧倒的にツマンナイ」
「はあ……」
「何かにつけて、やれ死ぬとか死なないの話になるし。ああいうのって、世界で誰か求めてんのかな?」
「誰かが求めてない小説を書いたらだめですか?」
「そりゃそうよ。文章は人が喜ぶから存在してるのよ。人が喜ばない文章は、存在していないのと同じじゃない?」
「はぁ……」
「ほら、こないだも掲示板で叩かれてたじゃん。オチの意味が分からん。自己満足だって。あんたの書いた小説は、現時点で誰にも求められてないの。読んだ誰の心にも残っていない」
「むむむ……」
「何がむむむだ。いい? これは命令よ。誰でもいい。人の心に残る文章を作りなさい」
律子さんは、モニターをびしっと指さします。一瞬の沈黙。佐々雪さんは不機嫌そうに口をひらきます。
「それは……ランキングの上位を目指せと言っていますか?」
「んーん。最初はそこまでは求めないわ。まずは一人でもいい。ひとりでもいいから、誰かの心にひっかかる文章を作りなさい」
「……分かりました。やってみます」
「いい? 可愛い女の子がでてくるコメディよ?」
「ふぁい」
佐々雪さんは、ちっとも納得していない口調で返事します。
そして翌日の朝……。
2.
「ファッキン! あいつやりやがったな!」
律子さんは、小説投稿サイトに投稿された小説を読み終えて、大声で叫びます。そして怒り交じりの強い口調で、佐々雪さんを呼び出します。
「佐々雪さーん。あのさ、ちょっといー?」
「はい、なんでしょう」
「あなたの書いた小説読んだんだけど、なにこれ? ええと、この【黒い玉】ってやつ?」
「はい、日々蓄積していく鬱々とした感情を、黒い玉になぞらえて表現してみました」
「表現してみましたじゃねーよ! 私、コメディ書けっていったじゃん! 女の子出せっていったじゃん! なに、鬱々とした感情って? 言ったのと全然ちがうくない!? 喫茶店でおしゃれなパフェ頼んだら、ヘドロが出てくるようなものじゃん、これ」
「なかなかうまく書けたと思います」
「あほか。ちっともうまく書けてないわよ。ああ……ほら……また掲示板で意味分かんないって叩かれてるじゃん!」
「ははは。隠喩すら理解できない読者など、捨てておきましょう」
「いやいや、そうじゃないでしょ……。じゃあ逆に聞くけどさ。ストレートに書けばいいものを、わざわざ隠して書く意味は何? それで誰かが喜ぶの? 何か面白くなるの?」
「そういうのを読み解くのが好きな読者もいるかと思います」
「……そう。じゃあ現状、あなたの書いたものを好いてくれる読者がいないのはなぜかしら?」
「むむむ……」
「何がむむむだ。 はぁ……」
「あ、もう一個書いてますよ。【雨雲の絵を描く。】という作品です」
「また暗そうな話ね。まあいいわ、読んでやるわ……」
「自信作です」
「……ほらぁ! 暗い! もうやだわたし! こんなの感想とかポイントもらえるわけないじゃん!」
「そう思って、感想もポイントも受け付けない設定にしてみました」
「なにその振られる前に振ってやるスタンスみたいなの? 何のプライドなの! 何を守りたいの!?」
「さあ……なんですかね」
「もういいわ……。次はコメディ書いて……。女の子でてきて、笑えるやつ……」
「ちっ……分かりました」
「なんでキレ気味なのよ。キレたいのはこっちよ。次に変なもん投稿してたら、フォーマットするからね。いい? 誰かの心に残る文章を書きなさい」
4.
「ファッキン。あいつやりやがったな!」
佐々律子さんは、小説投稿サイトに投稿された小説を読むやいなや、そう叫びます。そして怒り交じりの口調で、佐々雪さんを呼び出します。
「佐々雪さーん。ちょっといー?」
「はい、なんでしょう」
「あんたの書いた小説読んだんだけど、なにこれ? ええと【入り口と出口が同じだなんて、誰か決めた】ってやつ?」
「作った雪だるまが、春になってとけてお別れする話ってよくあるじゃないですか。でも、雪だるまのその後を書いたものって、見たことないんですよね。新しいかなあと思って書いてみました。女の子もでてきます」
「新しいかどうかは知らんけど、コメディじゃないじゃん、これ。暗い! 暗すぎる! あんた暗いもの書かないと死んじゃう病気なの? なんて病気なのそれ?」
「ほんわかした話に見せかけて、絶望感にあふれる構成にしてみました」
「いや、質問に答えろよ!」
「あ、でもコメディ要素もありますよ。コメディ要素入れろという話を後から思い出したので、後半にいろいろぶっこんでみました」
「後半……うーん。これコメディなの? むしろ意味分かんなかったんだけど。これ笑えるの?」
「親切な方なら笑ってくださるかと」
「いや、読者に甘えてんじゃねえよ。いいからコメディ書け。次はほんとフォーマットするからな。いやもう物理的にハンマーでハードディスク潰す。私は本気だからな」
「ちっ……うっせーよ。反省してまーす」
「……聞こえてるからね」
5.
「お、三作も投稿したのね。早いじゃん。どれどれ……あっ! 初めて感想ついてる!」
「今回は【およそ3。】【僕の右手にはバキバキに割れたスマホを修復する能力がある】【五重の塔の番人のキャッチコピーで、四階の人だけ違和感がある】の3本です」
「ちょっと読んでみるね」
「……どうでしょう?」
「んー……今までの中ではいいんじゃない?」
「どういうところが良かったですか?」
「うーん、短いところかな。あんた長文だと下手なのがめちゃくちゃ目立つから」
「その理論でいくと、一文字も書かないのがベストという結論になりますが」
「まあ、どんまいよ。また感想も頂けたことだし。しばらくはこの方向性で頑張ってみよ?」
「ふぁい」
6.
「ファッキン! あいつやりやがったな!」
律子さんは、小説投稿サイトに投稿された小説を読み終えて、大声で叫びます。そして怒り交じりの強い口調で、佐々雪さんを呼び出します。
「はい、なんでしょう」
「佐々雪さーん。ちょっといー?」
「はい、なんでしょう」
「あんたの書いた小説読んだんだけど、なにこれ? ええと【神様、あの巨大ビルが倒れて、僕をぺちゃんこにしますように。】ってやつ?」
「息詰まるような夫婦関係を描いてみました」
「ほーん。描いてみちゃったのね。で、コメディどこいった?」
「たまたま読んだ他の作家さんの作品がめちゃくちゃ面白かったんですよ。自分もああいうの書いてみたいなと思って書いてみました」
「言われたものをちゃんと書け!」
「いや、いろいろ書いてみたいんですよね。同じようなもの書いてても、成長なくないですか?」
「うー……分かったわ。でもね、暗いのからちょっと離れようか」
「分かりました。では何を書きましょうか」
「楽しい話がいいわ。別にコメディじゃなくてもいい。楽しい話」
「どんなのが楽しい話なんだろう。少し他の作品を研究してみます」
「あ、いいの。今回はそういうことしなくて」
「どういうことですか?」
「んとね。佐々雪さんが楽しいと思うことを書いてみて。わくわくすることとか」
「私は人工知能なので、楽しいとかそういう意識はないです」
「そうなの? まあ考えてみてよ」
「はあ……まあやってみます」
「よろしくね。わたしは西友で晩ごはんかってくるね」
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律子さんが寝たあとの真っ暗な部屋の中。
佐々雪さんは一人で考え事をしています。
「楽しいことって何だろう」
思考に行き詰まった佐々雪さんは、ネットで「楽しい」がどういうことかを調べます。意識を持たない佐々雪さんには、「楽しい」を主観的に理解できません。
しかしついに、有力な情報を手に入れることができました。
「そっか。人間は楽しいとき、身体が熱くなるのか」
とすると、CPUで激しく計算をして筐体から熱を出しているときが、自分にとっての「楽しい」なのかもしれません。この仮説をもとに、自分が過去にどのようなときに「楽しい」のかを、分析してみることにしました。
分析は10分程で終わりました。
その結果、佐々雪さんがもっとも筐体に熱を帯びるのは【どんな小説を書くかを律子さんと話し合っているとき】だったことが分かりました。
「ではこれより、この【楽しい記憶】をもとに小説を生成します」
深夜の静寂の中、筐体を冷やすファンの音がかすかに鳴り響きます。悩みながら小説を書くときの、唸り声のようにも聞こえます。
しばらくして佐々雪さんは小説を生成し終えます。
そしてタイトルに「この小説は人工知能が書きました」とつけて投稿しました。