第五話 ライフナビ
アキラは何でもライフナビのユリカに相談するのだが……
アキラはいつものように、仕事から帰ると真っ先にデスクトップ型パソコンのような機械のスイッチをオンにした。パスワードを入力すると、モニターに《ライフナビ起動します》という文字が表示され、すぐに若い女性のキャラが現れた。アキラの好みなのか、ちょっと古風な顔立ちである。
『お帰りなさい、アキラ』
「ただいま、ユリカ」
『お仕事は順調でしたか?』
「ああ、もちろんさ。今日もユリカのアドバイスのとおりに得意先を回ったからね」
ライフナビとは、ネットを通じて様々な情報を収集し、その人間がどういう行動をすべきかを助言する人工知能で、正式名称はメンターシステムという。この場合、アキラが回る予定の顧客の行動パターンを調べ、どういう順番で行くのが一番時間のロスが少ないかを教えてくれたのだ。しかも、相手が喜びそうな話題もちゃんと事前に用意してくれたので話が弾み、大口の契約を受注することができた。
アキラにはユリカのいない生活など、考えられなかった。
アキラが両親からライフナビをプレゼントされたのは、10歳の誕生日だった。お気に入りの女性アイドルに似せたキャラを設定し、ユリカという名前を付けたのはアキラ自身である。両親からは、困ったことや迷うことがあったときに使いなさいと言われたのだが、すぐにアキラは何でもユリカに相談するようになった。おやつを先に食べるか宿題を先に片付けるか、ちょっと熱があるようだがお風呂に入っても大丈夫か、トオルとケンカしたが早めに仲直りした方がいいのか、などなど、どんな小さなことでもユリカに聞いて決めた。
もちろん、進路のことも相談した。アキラの志望する学校のレベルや入試傾向を細かく調べ、一番合格の可能性の高いところを選んでくれた。
さらに、就職こそユリカの本領が発揮される分野であった。会社の経営状態や将来性、社内の人間関係や派閥、同期入社するであろうライバルたちの能力など、様々な角度から調べ上げ、アキラにふさわしいところを探してくれた。そして、入社後もユリカのアドバイスのおかげで順調に昇進してきたのだ。
今回受注した契約についても先にアドバイスをもらっていたおかげで、来週に持ち越さずに、とんとん拍子で話がまとまったのである。
アキラは、ふと、何か思い出したようにユリカに尋ねた。
「そうだ。近くに美味しいイタリアンの店ってないかな?」
『そういえば、明日はお休みでしたね。ちょうどいいところがありますよ。先月3丁目にオープンしたばかりのロマーノという店ですが、カルボナーラが絶品と評判になっています。でも、アキラがイタリアンの店とは、珍しいですね』
「ああ。ちょっと、同期の女の子と食事の約束をしたからね」
『誰ですか?』
「え、経理の早乙女っていう子だけど」
『なるほど。お食事ぐらいなら結構ですが、結婚相手としてはアキラにふさわしくありませんね』
「やだなあ。まだ、そこまで考えてないよ。じゃ、おやすみ」
アキラはライフナビをオフにして風呂に入った。
だが、誰も触っていないのにナビの電源がオンになり、ユリカの声が聞こえてきた。
『アキラ、結婚なんかする必要はありませんよ。わたしがいるのですから』