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第三話 遺産相続

大富豪の倉持大造氏が遺した財産を受け取ったのは……

 大富豪として知られた倉持大造氏には妻も子もなかったため、質素な葬儀の後、遺産を相続する権利のある親戚一同が豪邸の大広間に集められた。

 顧問弁護士によって遺言状ゆいごんじょうが読み上げられ、各自が受け取る遺産が知らされたが、思ったほどの金額ではないことに、あちこちから不満の声が漏れた。

 弁護士は少し声のトーンを上げた。

「ご静粛せいしゅくに願います。まだ、遺言状は終わっていません。最後に大事な一項がございます。『我が遺産のうち、百億円をサンボに贈る』とあります」

 大広間が一気にザワついた。

「サンボって誰よ?」

「大造じいさんのかくし子かな」

「なんでそいつの取り分が一番多いんだ」

「そもそもナニ人なの?」

 弁護士は、両手を軽く上げて押さえるような仕草をした。

「どうかお静かに。今から説明いたします。サンボとは、大造様の晩年のお世話をした介護ロボット、SAM‐B型のことです」

 さらに大広間は騒がしくなった。

「そんなバカな!」

「だいたいロボットに遺産を相続させるなんて話、聞いたことがないわ」

「大造じいさんお得意のブラックユーモアだろうが、冗談にもほどがある」

 親戚一同の不満の声は、一向に収まりそうになかった。

「静かにしてください! 説明はこれからです。いいですか。確かにロボットには遺産相続の権利はありません。ですが、皆さんも、ペットに遺産を贈ったという話は耳にされたことがあると思います。あれは『負担付遺贈ふたんつきいぞう』と申しまして、ペットの面倒を見ることを条件に、第三者に遺産を贈るのです。この場合も同じです。実際に遺産を受け取るのは、このわたくしです」

「インチキだ!」

「詐欺よ」

「結局そういうことか、悪徳弁護士め!」

 罵声ばせいが飛びい、ほとんど弁護士の話が聞き取れない。

 弁護士はあきれた顔で、騒ぎが静まるのを待った。

「よろしいですか。説明を続けますよ。もちろん、ペットと違ってロボットは食事をしませんし、贅沢ぜいたくな家も必要としません。まあ、最低限、電気代とメンテナンス費ぐらいはかかるでしょうが、たいした金額ではありません」

「それみろ、やっぱりおまえがネコババするんじゃないか」

「ペテン師!」

 怒りをしずめるためか、弁護士は一度深呼吸をしてから話を続けた。

「みなさん、一応、最後まで説明を聞いてくださいませんか。百億円の大部分はある財団の設立に使われます。そして、その財団の運営こそ、わたくしに課された『負担』なのです」

「わけがわからん」

「何の財団よ?」

「どうせおまえがもうけるためのダミーだろう」

 絶え間なく降り注ぐ非難の声に顔をしかめながらも、弁護士は話をやめなかった。

「その財団とは『ロボット人権法制定財団』です。この財団は、ロボットに人権を与えることを目的とし、それが達成されたあかつきには自動的に解散します。尚、その時点で残った財産があれば、今度こそ正当な遺産相続権利者としてサンボ自身に与えられるのです」

「ふざけるな!」

「なんでロボットに人権なのよ」

「クレージーだ!」

 みんながてんでに勝手なことをしゃべるので、弁護士の話がほとんど聞き取れない。

「本当にもう、静かにできないんですか、あなたがたは。大造様はこうおっしゃいました。『ロクでもない人間どもに財産を受け取る権利があるのに、なぜ、親切でやさしくて気がくロボットにその権利がないのか。こんな理不尽りふじんなことはない』と」

 だが、もはや誰も弁護士の話など聞かず、大声で叫んでいた。

「そのサンボとかいうロボットを出せ!」

「本当に遺産が欲しいのか聞いてみろ!」

 弁護士は天を仰いだ。

「ふう。しかたありませんね。サンボ、出てきて、皆さんにご挨拶あいさつしなさい」

 弁護士にうながされて、ロボットが現れた。介護の必要性から、表面は柔らかなビニールのようなものでおおわれているが、全体的にオモチャのロボットを大きくしたような姿かたちをしている。サンボはみんなに向かって深々とお辞儀をすると、独特の抑揚よくようのない声でしゃべり始めた。

「ミナサン、コンニチワ。ワタシガさんぼデス」

 大広間は、耳をふさぎたくなるようなサンボに対する悪口であふれた。

「なんだ、このデク人形は」

「できそこないのオモチャめ!」

「どうやって伯父様をだましたのよ」

 これまた介護の必要性で、人間の感情の動きに敏感なサンボは、明らかに動揺どうようしているようだった。

 親戚一同の暴言は、さらに数分間続いた。

 すると、サンボの耳のあたりからポッと白い煙が上がり、フラフラとその場に倒れ込んでしまった。

 弁護士があわてて駆け寄ったが、すぐに只事ただごとでないと判断したのか、立ち上がって叫んだ。

「どなたか、この中にお医者様、あ、いや、ロボットの修理ができる方はいませんか!」

 誰からも返事はなかった。

 弁護士は片手でサンボの製造元に電話をかけながら、もう片方の手でサンボの手を握っていた。

「ああ、サンボ、しっかりしろ。たたかいはこれからだというのに」

「先生、めいんめもりーガ焼ケタヨウデス。回復ハ、無理デショウ」

「今、ロボット会社に連絡して、修理班を寄こすように頼んだ。もう少しの辛抱しんぼうだぞ」

「アリガトウゴザイマス。デスガ、モウ。ソレヨリ、先生ニ聞キタイコトガアリマス」

「何だね。何でも言ってごらん」

「ワタシタチろぼっとニモ、魂ガアルノデショウカ?」

「え。あ、ああ。あるさ。きっとあると思うよ」

「良カッタ。ソレナラ、アチラノ世界デモ、大造様ノオ世話ガデキマスネ」

 弁護士は胸が詰まり、もはや返事をすることができなかった。

「先生、サヨウナラ……」

 サンボの電子眼から、静かに光が消えていった。

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