第十七話 ウルトラマンボ
最新式のお掃除ロボットのデモンストレーションが行われ……
某ホテルの大理石が敷き詰められたロビー。
夜も遅い時間なので客は少なく、閑散としている。
その奥まった一角に、ロープを張ったポールで囲まれた数メートル四方のスペースがあり、ロープを挟んで二人の男が立っていた。
ロープの内側にいる作業服を着た男は、手に直径三十センチぐらいの円盤状の機械を持っている。
作業服の男は営業スマイルを浮かべながら、ロープの外側に立っている年配の男に頭を下げた。
「支配人、進化型お掃除ロボット、ウルトラマンボのデモンストレーションをお許しいただき、ありがとうございます」
だが、支配人と呼ばれた男は、不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「いいかね。商品デモはこのロープパテーションの内側だけでやってくれたまえ。万が一、少しでもお客さまのいらっしゃる方へ出たら、即、中止だ」
「ああ、どうぞ、ご心配なく。従来のマンボと違い、ウルトラマンボには最新のAIが搭載されています。設定されたエリアから出ないのはもちろんのこと、例えば、このエリア内に不意にお子様が入って来られたとしても、安全確実に回避いたします」
「ふん、まあ、最低限そのくらいの能力がなければ話にならん。で、肝心の清掃能力の方はどうなのだ?」
「お任せください。通常の除塵は言うまでもなく、スプレーバフ(=洗剤などを塗布しながら床面の汚れを落とす作業)や、ダイヤモンドポリッシャー(=表面に人工ダイヤを埋めたパッドを装着した回転式の研磨機)を使用した大理石の鏡面仕上げまでいたします」
支配人は再び眉を寄せた。
「ペラペラと専門用語を並べ立てられても、わしにはわからん。いいから、とりあえず、やってみてくれ」
「かしこまりました」
作業服の男は慎重にウルトラマンボを点検し、そっと床に降ろした。だが、その場に静止したまま動かない。
支配人の片方の眉が、グッと吊り上がった。
「どうした、動かんじゃないか」
笑顔を凍りつかせた男は、ウルトラマンボのコントロールパネルを覗き込んだ。
「ご心配なく。周囲の状況を確認しているようです。すぐに動き出しますよ」
その言葉どおり、ウルトラマンボは滑るように動き出した。かなりのスピードである。エリア内をジグザグに動いたり、波を描くように動いたりしている。
ホッとしたような笑顔に戻った作業服の男が、支配人の方を振り向いた。
「支配人、どうぞこの中を横切ってみてください」
支配人は怪訝な顔のまま、一旦ロープを外して中に入り、すぐにロープを戻した。
支配人が普通の速度で歩き出すと、ウルトラマンボはぶつからないよう、見事に避けながら動いて行く。
支配人は、初めて感心したような顔になった。
「ほう」
「AIが人間の動きを予測し、動線が交差しないよう調整しているのです」
大理石の床面は、みるみるピカピカになっていった。
と、その時、ロビーの入口の方から、「お客さま、困ります!」という声がした。
二人が声のした方を見ると、上下白のスーツを着た、ちょっとガラの悪そうな客が咥えタバコのままロビーに入って来たのを、若いベルガールが注意していた。
「申し訳ありませんが、ロビーは禁煙でございます」
客は皮肉な笑みを浮かべて、ベルガールの顔を見た。
「ほう。じゃあ、おれはどうすりゃいいんだ」
「ロビーの奥に喫煙ブースがございます。そちらをご利用ください」
「わかった。今度から、そうしよう」
そう言いながら、客は尚もタバコを吸っている。
見ていた支配人は、これは自分が出なければという顔になり、ロープの外に出た。
だが、そのまま立ち去ろうとする白スーツの客に、勇敢にもベルガールが食い下がった。
「お客さま、タバコはおやめください」
「なんだと、こら!」
そう言いながら、怒った客が吸殻を床に向かって投げつけた、次の瞬間。ジュバッという音がして、空中で吸殻が消滅した。
白スーツの客は顔色を失って、ブルっと震えた。
「な、なんだ、このホテルは。も、もう二度と来るかよ!」
客が捨て台詞を残して立ち去ったのを見届けると、支配人は作業服の男を振り返った。
「今のは、もしかして」
「はい。ウルトラマンボには、火災予防のための装備がいくつかあります。特に、投げ捨てられた吸殻などは緊急を要するため、レーザービーム照射を使い、0.2秒で処理いたします」
支配人の眉が、初めて開いた。
「わかった。すぐに購入しよう」