第十六話 ロボ将棋
退屈のあまり、産業用ロボットに将棋を教えた本多だったが……
そこは小さな町工場だった。社長の本多以外、従業員はアルバイトが一名いるだけの超零細企業である。
今日はそのアルバイトの川崎も休みなので、本多一人しかいない。もっとも、ちょうど発注の切れ目だったので、一人でも午前中でほぼ作業が終わってしまった。
「さてと。今日はもう閉めちまうかな」
本多はシャッターを下ろし、家から持参した弁当を食べることにした。
元々工場に隣接した自宅があったのだが、子供が勉強に専念できるよう、昨年思い切って、同じ町内に新居を構えた。元の自宅は改装して、今は事務所として使っている。
その事務所で弁当を食べると、もうすることがなくなった。
「うーん、どうしよう」
事務所には仮眠用のベッドを入れているが、さほど眠くもない。早めに自宅に戻ったところで、妻に煙たがられるだけだ。
「将棋でも、やりてえな」
川崎がいる日は、たまに昼食後に将棋を指すことがある。二人ともヘボ将棋(=下手な将棋)だが、ちょうど力量が釣り合っているので、毎回白熱した勝負になる。
本多は、ふと、作業台の横にあるロボットを見た。
ロボットと言っても産業用で、様々な作業をこなす大きな腕だけしかない。正式には、六自由度多関節二本指グリッパー型ロボットアーム、という。
「ボギー、おまえが将棋できりゃ、良かったんだがなあ」
ボギーというのは、本多がロボットアームの型番BG−1から付けた愛称である。もちろん、将棋も含め、ゲームなどのプログラムは一切入っていない。
「待てよ。教えりゃいいんじゃねえか」
本多は将棋盤と駒を持ってくると、ボギーの音声認識システムをオンにした。
「あー、えー、これより新規作業を命じる」
『了解しました、社長。どのような作業でしょう?』
「まず、これを見ろ」
すると、ボギーの上腕部に付いているカメラアイが開き、作業台の上に置かれた将棋盤を見た。
『この板を切るのですか?』
「違う違う、そうじゃねえ。いいか、これは将棋というゲーム用のボードだ。縦九列横九列で八十一個マスあるだろう」
『わかりました。八十一個に切るのですね』
「だ、か、ら。切るんじゃねえって言ってるだろ! いいか、よく見てろ。このマス目に入るくらいの、小さな板がいっぱいあるだろう?」
本多は盤の上に駒を並べた。
『文字が印刷してありますね』
「文字というより記号かな。さあ、それをこうして向かい合わせに対称に並べるんだ。こっち側三列がおれ、そっち側三列がおまえの陣地だ。ゲームがスタートしたら、交互に駒を動かす。ただし、それぞれの駒には、動ける場所が決まってるんだ」
本多は各駒の動きを説明した。
「動いた場所に相手の駒があったら、取っちまって自分のものにできる。相手の陣地に入ったら、ひっくり返ってパワーアップした駒になる。そうやって、最終的に相手の王将、ええと、つまり、このちょっと大きい駒を取った方の勝ちだ。どうだ、わかったか?」
『わかりました』
「ホントかよ。まあ、わかんなくなったら、聞いてくれ。それじゃ、さっそく始めよう。おまえが先でいいぞ」
『はい』
ボギーは迷わず、最初の一手を指した。
「おっ、角道を開けやがったか。ふん、いいだろう。じゃあ、これでどうだ」
それからが見ものだった。あれよあれよという間に本多は追い込まれ、あと何手かで詰みというところまできた。
「ちょ、ちょっと待て。今のは、なしだ。忘れてくれ。こっちが正解だ」
本多は別の手を指したが、同じことだった。すぐにまた、同じような状態になった。
『それでは、わたしの番ですね。これで詰みだと思いますが』
「ま、待て。いや、頼む、ちょっと待ってくれ」
『待ってもよろしいですが、この後、社長がどのように動かされたとしても、わたしの勝ちですよ』
本多の顔が真っ赤になってきた。
「うー、うー、それじゃあ、こうだっ!」
本多は悔しさのあまり、とうとう将棋盤ごとひっくり返ってしまった。
『社長、心配しなくても大丈夫ですよ。今の駒の位置は、すべてわたしが記憶していますから』