第十話 夫の居場所
帰りの遅い夫を探しに行った妻が見たものは……
最近、夫の挙動が怪しい。わたしに結婚してもらった恩を忘れ、浮気などしていたら即刻離婚してやる。
現代は女性優位の時代だ。総理大臣を始め閣僚はほぼ全員女性、上場企業のトップも大半が女性で占められている。そんな時代に、わたしのような輝かしいキャリアのある女性と結婚できたことが、どれほど幸運なことだったのか、あの人はわかっているのだろうか。
その日も、来年度の大型プロジェクトのブリーフィングがあり、帰宅がかなり遅くなったのに、夫はまだ帰って来ていなかった。
「あの人から何か伝言はないの?」
留守番をしていたマザーロボットのルーシーに聞いてみたが、何もないと言う。いつもの習慣で、わたしはルーシーのお腹をなでた。
「何か月になったかしら?」
「第ニ十週に入りましたわ、奥様。赤ちゃんは順調ですよ」
「頼むわね、ルーシー」
わたしはふと、マザーロボットのない時代のことを想像してみた。本来女性は、単純な腕力以外は男性より能力的に勝っている。にもかかわらず、妊娠・出産・育児のために、どれだけ多くの女性が自分のキャリアを断念したことだろう。
もちろん、今でも自分自身で妊娠期間を最後まで全うし、自然な形で出産したいという女性がいないわけではないが、もはや少数派である。わたし自身もそういう主義の母親から生まれたのだが、自分の妊娠がわかった時には、迷わずマザーロボットの人工子宮に胎児を預けた。
そのまま出産まで別居したままの親もいるらしいが、胎内にいる間も子供は様々なことを学習するから、わたしはマザーロボットと同居することに決めていた。
出産後も、希望すれば、就学前までマザーロボットが子供の面倒をみてくれる。もっとも、あまり任せっきりにしてしまうと、子供のマザーロボット離れが難しくなるらしいから、わたしは夫と交互に育児休暇を取るつもりだ。本当は、夫なんかずっと休んだところで会社は少しも困らないだろうが、一応、女男同権だから、そこはしかたがない。
その時、秘かに夫の上着に取り付けておいたGPS発信機から反応があった。確認すると、夫は郊外の工場地帯にいるようだ。どうやら、相手は工場に勤める女性らしい。わたしの頭にカッと血がのぼった。
「ちくしょう! とっちめてやるわ!」
わたしは、すぐさまエアカーをとばして現地へ向かった。
夫がいるのは、中古機械の修理工場のようだ。寝ボケまなこの男性守衛を怒鳴りつけ、強引に工場の中に入った。
奥へ進むと、『修理依頼品仮置き場』と書かれた部屋だけ明かりが漏れていた。近くに寄ってみると、中から間違いなく夫のものとわかる、甘ったるい声が聞こえた。
「ねえねえ、もうちょっとだけ、もうちょっとだけ、ここに居てもいいだろう?」
すると、相手の応える声がした。
「ダメですよ。早くお帰りにならないと、奥様に」
それ以上は聞くのに堪えられず、わたしはいきなりドアを開け、叫んだ。
「あなたって人は! よくも浮気を……」
しかし、わたしの言葉は続かなかった。
夫が膝枕してもらって甘えている相手は、ボロボロに錆びたマザーロボットだったのだ。