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ボクはいつも思っていた。27年前の1990年4月1日、大学一年生の入学式にまで戻りたい。そして人生をやり直したいと。
ボクの名前は本能寺徳安。ボクの経歴はストーリーの中でフラッシュバックのように小分けにして出していきたいと思う。
理由はボクといえどもかりにも45年間生きた人間なので、ボクの45年間を一気に出してしまうとストーリーがそこで止まってしまうからだ。
とりあえず、”今”が大切だから”ボクの今”を簡潔に紹介する。ボクは今、早朝のみの新聞配達員のバイトをやっている。手取りで7万円くらいだ。それで何とか生活している。理由は超節約だ。ボクは1日に1食しか食わない。そしてエアコンは一切かけない。タバコは1日に2本、仕事が終わった後に吸うだけだ。
携帯はガラケー。スマホは格安simの1GBで月に990円の奴だ。ボクに電話がかかってくるとしたら新聞配達店からのみだ。それもボクが配送ミスをしたときのみだ。しかし今はそれはまずない。
ボクはコミュニケーション障碍を持っているとはいえ、知力に障碍は持っていない。いくらボクだって、同じ仕事を1年もやっていれば覚える。しかも、道のりはほぼ変わらないのだ。
何が言いたいかというと一言で言えばボクには電話をかけてくるような友達は一人もいないとういうことだ。正確に言うと、友達自体一人もいない。
あまりボクの告白ばかりだとつまらないから、"現在形"にしよう。
2017/6/5(月)
本能寺は土砂降りの中、精いっぱい原付バイクにのり新聞配達をしていた。午前6時48分。既に配送時間は大幅に遅れていた。残りまだ50件もあった。日本経済委新聞も数十件あるので7時に出勤するサラリーマンからのクレームが沢山くるのは確実だった。本能寺は嫌だった。新聞配達の仕事をやりたての頃は遅配のクレームも我慢できたが1年もやると手取り7万のためにくだらないジジイや年下の30代のガキどもにギャーギャー言われるのは我慢できなかった。
午前7時23分。三橋アパート104号室。鬼塚秀樹宅。
パンチパーマの鬼塚が作業着を着て既に仁王立ちになって待ち構えていた。
本能寺は謝りながら鬼塚にビニール袋に包まれた日本経済新聞を手渡した。
「すみません。遅れてしまって。」
午前6時30分から53分もドアを開けて2箱もタバコを吸いながら待ち続けていた鬼塚の怒りが爆発した。
「すみませんじゃ、ねーよ、てめぇー。1時間近く待ってるんだぞ、このガキャー!!てめぇみたいな聞ハイと違ってこっちはリーマンなんだよ。企業で働いてんだよ。タイムイズマネーなんだよ。中卒野郎がー!!」
中卒に中卒と言われたことによって本能寺の中の何かが壊れた。元々アスペルガーではあったが、パンチパーマの鬼塚がヤクザでないという事はチャチな1kのアパートに住んでいることと作業着を着ている肉体労働者である事で”本能で”見抜いていたし、日本経済新聞にしても、鬼塚のような中卒野郎が背伸びしているだけに過ぎない。本能寺も吹っ切れた。
「中卒に中卒といわれたくないね。お前がヤクザでない事は分かってるんだよ。」
その瞬間だった。身長160cm体重105kの鬼塚の右ストレートが飛んできた。これも本能寺は”本能”で見抜いていた。スウェーで余裕でかわすとカウンターで鬼塚のノーガードの顔面に右ストレートを入れた。
鬼塚のサングラスが粉々に割れて鬼塚が吹っ飛んだ。割れたサングラスの破片が眼球に入ったらしい。鬼塚は目を押さえて痛がって痛みのおたけびをあげていた。本能寺は素早く鬼塚の作業着のポケットからスマホを取り上げた。
「いてー。いてーよ。救急車呼んでくれー。頼む。俺が悪かった兄ちゃん。救急車呼んでくれー。」
本能寺はこのまま救急車を呼ぶと鬼塚は回復後に必ず自分を刑事告訴するということを”本能”で見抜いていた。
「鬼塚、お前に一筆書いてもらう。救急車を呼ぶのはその後だ。」
「分かった。なんでも書くから、早く救急車呼んでくでー。いてーよ。兄ちゃん、助けてくれー」
本能寺は鬼塚の部屋に入りカレンダーを破り裏面に鬼塚に書かせた。
”わたしこと鬼塚秀樹が先に新聞配達員の本能寺徳安さんにパンチを出しました。本能寺さんは自分の身を守るために正当防衛で私にパンチを出しました。”
その後、本能寺は理由はどうあれ客に手を出した以上、新聞配達は解雇されると考え余った新聞全て地面に放り投げ新聞配達店に原付を置きに帰った。