刻使いの魔法
冒険者の少女が倒れていた事件から数日後、俺は魔法屋の軒先でのんびりとお茶をすすっていた。
ちなみに、俺の開いている店、魔法屋で売る商品は魔法が詰め込まれた瓶だ。
投げつけると爆発したり、凍らせたり、雷を流したりする。
狩りや薪集めをする時、魔物に襲われた場合の護身用具として、田舎でもかなり需要があるらしい。
おかげで、王都の仕事を辞めても、お金には困らない生活が出来ていた。
そんな暮らしを始めたのは、俺がキリカを弟子に取ったからだ。
王都の金庫に預けているお金を持ってこようとすれば、きっと役人連中に捕まる。
だから、この村でちょっとした商売を始めないといけなかった。
幸いな事に一番金のかかる自宅兼店探しは、たまたま大きい空き家があった上に無償で借りられて解決した。
それだけ、魔法使いの売る魔法というのは、魔法が使えない人達にとって便利なのだ。
というのも、この世界には魔法が使える者と、使えない者に分けられる。
もちろん、魔法が使える者の方がはるかに少ない。
しかも、魔法が使える者の中でも訓練をした者と、していない者では魔法の実力に大きな差が出る。
そのため、魔法がちゃんと使える魔法使いの数はかなり少なくて、大きな街でも両手で数えられる程度だし、小さい村なら魔法使いが一人いればかなり恵まれた村と言える。
そして、俺が弟子にしたキリカは村で唯一の魔法使いの素養を持つ少女だった。
そんなキリカが時計を片手に嬉しそうにこちらにやってくる。
「ユーリ師匠! ユーリ師匠! 見て下さい見て下さい! 記録更新しました!」
「へぇ、どれどれ?」
「ちゃんと見ていて下さいよ!」
俺がやってみろと言うと、キリカは時計を天にかかげて呪文を叫んだ。
「時の流れに逆らう箱船、濁流を乗り越えたその景色を我に見せろ。《リ・ライゲーション》!」
パキンと音が鳴ると、キリカはワクワクした表情で俺を見つめてきた。
そんな彼女の持つ時計を見てみると、確かにそれはちゃんと発動していた。
「十秒巻き戻せるようになったか。よく頑張ったな」
「ふわぁー」
自分の時計と見比べながらキリカの成果を口にする。
キリカはただ素養を持っただけではなく、時に干渉出来る魔力の素養を持った子だった。
自分と同じ力を持つ子を見つけられたのが嬉しくて、たまらず魔法の使い方を教え始めてしまった。
そして、気付けばキリカが俺の弟子として修行を始めてから一ヶ月経っていた。
最初は一秒程度しか時を巻き戻せなかったのが、随分と成長したものだと、感動してしまった。
俺は空いた手でキリカの頭をなでると、キリカは気の抜けた声を出して俺に頭を預けてきた。
かわいいわー。ずっと撫でていたくなる。
でも、師匠としてそうはいかない。こういう時は決まってキリカがおねだりをするのだから。
「師匠のリ・ライゲーションをまた見せて下さい!」
輝く目でお願いされたら断れない。
俺は手渡された時計を受け取ると、キリカと同じ魔法を発動させた。
「《リ・ライゲーション》」
そして、キリカの時と同じパキンと音が鳴る。
だが、今回は魔法の音だけじゃなかった。
「わぁー! すごいです! 組み立てる前の部品にまで時を巻き戻したんですね!? しかも、詠唱無しでどれだけ巻き戻したんですか?」
「五年と三ヶ月だな。使い道によってはこうやって素材まで巻き戻せるから覚えておくと便利だよ」
俺の中にあった時計は見事に分解され、部品だらけになっていた。
キリカの言う通り、俺は時計が組み立てる直前まで時を巻き戻したのだ。
普通ならこの実力差で心が折られるんだけど、キリカは少し違った。
「五年と三ヶ月!? キリカとは比べものにならないですね。すごいです! ユーリ師匠すごいです!」
ワクワクが止まらないかのように、俺の腕に抱きついてピョンピョン跳ねている。
おかげで、押しつけられたキリカの胸が俺の腕を上下に行ったり来たりしていた。
いかんいかん。俺は大人で師匠。変な気持ちを抱いたことを広められたら、村八分にされかねん。
「キリカ、少し落ち着け。十秒巻き戻せるようになったお前に、新しい魔法を教える」
「どんな魔法ですか?」
「時を加速させる魔法だ。ちゃんと見ておけよ」
そう言うと、キリカが俺から離れて、俺の手の上をジッと見つめ始めた。
いつもなら詠唱なんてしないけど、俺はゆっくり呪文を唱えながら、手の上に現れる魔法陣を弟子に観察させる。
「流れの先に刻まれし時の因果、定められた運命、その流れを加速させ、ここに未来を示せ《アクセル・クロノ》」
すると、バラバラだった部品が独りでに組み合わさり、元の時計へと姿を戻した。
「バラバラの部品が組み上がっちゃいました!? 一体何が起きたんですか!?」
「さっきの逆だよ。時の流れを加速させて、この部品に宿っていた未来を手元にたぐり寄せるんだ」
「ふわぁー、さすが師匠です」
元に戻った時計を、キリカが色々な角度から見つめていると、ふとこちらに顔を向けて――。
「キリカもやってみて良いですか?」
「あぁ、やってみろ」
キリカに時計を返すと、彼女は一度深呼吸をしてから呪文を詠唱し始めた。
「流れの先に刻まれし時の因果、定められた運命、その流れを加速させ、ここに未来を示せ《アクセル・クロノ》」
カチャリと音がするが、時計に目立った変化は無い。
もしかして、失敗した? みたいな顔でキリカが不安そうな目を俺に向けた。
「成功だ。一秒時が進んでいる」
「やった!」
キリカは小さな手を握り締め、嬉しそうにガッツポーズをとっている。
他の魔法使いなら一秒も戻せないし、進めることも出来ない。
修業時代に同期の魔法使いに教えたことがあったけど、彼らは時計の針を全く変化させることは出来なかった。
十五歳という年齢は魔法使いの修行を始める年齢としては遅すぎるけど、キリカには十分な才能がある。
教えれば教える分だけ覚えていくので、見ていて全く飽きなかった。
「もっともっと練習するので、いっぱい教えて下さい」
「そうだな。それじゃ、まずは十秒時を進められるようになったら次の魔法を教えるよ。でも、普通の魔法もちゃんと習得しないとダメだからな? 魔法瓶を作るのに使うんだからさ」
「はーい」
キリカはそう言うと、時計をしまって基本的な四大属性の魔法をわら人形に向けて放ち始めた。
そんな弟子を眺めながら、俺はまたお茶をすすっている。
今日も弟子が魔法に失敗して、自爆するぐらいしかトラブルはないゆるい日常が過ぎる――はずだった。
「魔法使い様はいらっしゃいますか!?」
どこか焦るような声で俺を探す声がした。
その声のした方を見ると、この前死にかけていた冒険者の子が庭先にいた。




