刻の賢者と一番弟子
ドタバタと騒がしい足音で本から頭をあげる。
「師匠! ユーリ師匠!」
すると、俺の名前を連呼する赤髪の少女が慌ててやってきた。
黒いローブを着た彼女は魔法使い見習いのキリカだ。
歳は十五だと言うのに、まだまだ精神は子供っぽい俺の一番弟子だ。
「どうしたキリカ? また魔法に失敗して部屋を壊したか? それとも配合に失敗して器具を壊したか? それか、お客さんに言われた魔法と違う魔法を売ったか?」
「キリカをポンコツ扱いしないでください! キリカ、そんなにポンコツじゃないです!」
「でも、全部やらかしただろ?」
「そ、そうですけど! 今はそれどころじゃないです!」
キリカが顔を真っ赤にして、泣きそうになりながらポカポカと俺の胸を叩いてくる。
可愛い弟子がこんなに焦っているんだ。悪戯じゃなくて本当に何かがあったのかもしれない。
「んで、何があったんだ?」
「瀕死の冒険者さんが村の入り口で倒れていたのです! 血だらけで倒れているのですよ! 一生懸命治癒魔法をかけて傷を塞いだのに、キリカじゃ治せませんでした!」
「分かった。案内してくれ」
俺はキリカに手を引っ張られるように建物の外に出ると、血だらけになって倒れている鎧姿の少女がちょうど村人によって運ばれてきたところだった。
俺はその子のまぶたを開いたり、首に手を当てて脈を測ったりする。
「ユーリ師匠、その人助かりますか? 助けられますか?」
「瞳孔は開ききっているし、脈はない、それに傷跡が腐るように壊死しているな。強烈な毒か呪いを受けているようだ」
「死んでいるってことですか? 助からないってことですか?」
キリカが不安で泣きそうな顔をしながら俺を見つめてくる。
そんなキリカをあやすように俺は彼女の頭に手を置いた。
「大丈夫。まだ魂は肉体に残っている」
それなら助けることが出来る。
「肉体に流れた時よ。刻まれた軌跡をかき消し逆行せよ。《フルリザレクション》」
魔法を唱えると息が止まっていたはずの少女が咳き込み、思い出したかのように荒い呼吸を始める。
どうやら蘇生が間に合ったみたいだ。
「すごいです! さすが師匠です! 本当に助けちゃいました! 助かっちゃいましたよ!」
キリカが俺の腕を掴んでピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねた。
そして、死にかけていた少女を運んできた村人達も口々に感嘆の声を漏らしている。
「はぇー……ユーリ様の売ってくれる魔法の道具もすごいが、やっぱり実物の魔法はもっとすごいなぁ」
「本当にどえらい魔法使い様が来てくれたもんだなぁ」
「おかげでこの村は安泰ですね」
彼らはあくまで普通の蘇生魔法だと思ってくれている。
でも、一人だけ、俺の正体を知っている人は、俺が何をしたかを知っていて――。
「さすが刻の賢者――ふわっ!? 師匠!? 何するですか!?」
キリカが俺の正体を口走ったせいで、俺は慌ててキリカの口を塞いで、彼女を抱きかかえた。
「そ、それじゃあ皆さん、後は任せます!」
そして、俺はそそくさと店の中へと逃げた。
キリカの言う通り、俺はこの村に来る前、刻の賢者と呼ばれていた。
前世を終えた時に、どんな力が欲しいと女神に聞かれて、何が起きてもやり直せる力と言ったら、時を操るチートを貰ったんだ。何も上手く出来なくて失敗が多い人生だったから、今度は失敗しないための力が欲しかった。
その力を使って、王様に請われて色々な仕事をやってきた。危険な魔物を討伐したり、遺跡の調査をしたりと、忙しい毎日だった。
でも、俺はその名前と地位を捨てて、この山間にある片田舎へと移り住んだのだ。
「キリカ、みんなの前で俺が刻の賢者だったことは言うの禁止」
「そ、そうでした。でも、でも! ユーリ師匠の時を操る魔法はやっぱりすごいです! 時を逆行させて肉体の損傷を治したんですよね?」
俺に説教されているのに、キリカは俺の魔法を目の当たりにして、目をランランと輝かせていた。
全くこの弟子は、ちゃんと反省しているのか?
ここはビシッと師匠らしく決めないと――。
「良いかキリカ――」
「キリカ、師匠みたいな魔法使いになりますね!」
ぐぅっ!? 向日葵のような明るい笑顔を見せられても、今日という今日だけはっ!
「キリカ、今日みたいなことがあった時のために、もうちょっと難しい回復魔法を教えてやるから、隣に座れ」
「わーい、師匠大好きです!」
あぁ、もう仕方無いだろ!?
この弟子かわいいんだよ! 怒れないんだよ!
あぁ、そうさ! ただの気分転換のための旅行だったのに、キリカを弟子にとったから王都に帰るのが嫌になっただけだよ!
休み無しのブラック労働なんてやってられっか! 俺はこれからもキリカを可愛がる生活をするんだ!
それなのに、強すぎる俺の魔力は色々なものを引っ張るみたいで、俺達はこの山間の田舎で色々な大事件に巻き込まれることになっていく。




