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二重定義のアルティメットワン  作者: 零﨑那奈
第一章 シロとクロの話 -The beginning of The ULTIMATE ONE-
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第3話 『馬の合わない悪い友人』

 ――もう眠っちまいたいな。


 机で頬杖をつくシロは、そんな気持ちを欠伸にして表す。

 初老の男性教師が授業を行っている最中だが、シロにとっては退屈なものだ。

 さらに言うなら、眠っても怒るような相手ではないことを知っている、その油断も大いに眠気に貢献しているだろう。


 気温が高いと言っても、春であることには変わりない。

 開けた窓から流れてくる心地よい風のおかげで、野原があるなら大の字になってしまいたいほどだ。

 それでも眠ろうと思わないのは、机で眠るのが寝心地的に良くないからなのか、良心の呵責からなのか。


 そんな睡魔との格闘を繰り広げていたシロの耳に、授業終了の鐘の音が届くと不思議と眠気も霧散していった。

 自分の身体のがめつさを感じたシロだが、教室内に朝と同じような喧噪が支配すると、そんな気持ちもどうでもよくなってしまう。


 昼休みが始まったことで昼食をとるために、食堂に行く生徒、購買に調達に行った生徒、弁当を持参していた生徒、各々が思うように動いていた。

 睡魔が飛んで行った後には、空腹感がシロを襲った。


 何分なにぶん、十七歳のまだ成長期ともいえる段階だ。

 朝食をしっかり取っても、驚異的な消化吸収能力の前では大した意味を為さないらしい。


「さて、俺もさっさと行くか。」


 普段、食堂で昼食を済ませるシロは例によって席を立つ。

 食いっぱぐれは勘弁したかった。


「あたしもー。」


 クロも普段通りといった感じでシロに続く。

 シロとクロはいつも食堂で、昼食をとる故、それもそのはずだ。


 ちなみにセンは「お邪魔虫は一人寂しく食べてますよー。」というわけで一緒ではない。

 気を使わせる関係ではないのに、なぜそんなことをするのか。


 二人は教室を後にし、体育館の向かいにある食堂へ向かった。


 食堂内には既に空腹の生徒たちでごった返していた。

 しかしそんな様子を見て、席を取りに焦る二人ではない。

 いつもの場所、と言えるようなおなじみの席が空けられているからだ。


 頼んだ覚えが全くないのに、律儀ともいえるほどいつも空けられている。

 座れることに不自由がなくなるから遠慮なく座っているが、そのあたりの疑問は未だ解けていない。


 ――何にするかな?


 食券の券売機に成された列に入り、シロはその日の気分と相談する。

 これと言って名物になるような人気なものはないが、空腹を満たせるならどれでも美味いものだ。


 ――今日は麺類だな。


 脳内会議の決議と時を同じくして、列の最前線へシロは出る。

 財布から必要な分の小銭を取り出し、券売機へ投入。

 あらかじめ決定していた方針に従い、『きつねうどん』を指し示そうとしたところで、


「あたし『天そばー』。」


 背後のクロが、シロの脇から出現、『天ぷらそば』と書かれたボタンが押していた。

 順番くらい守ってもらいたいが、自分の時だけしかやらないことを知っているシロは、正直これについては諦めている。


 それよりも、


 ――なに?蕎麦だと貴様…。


 シロにはこちらの方が受け入れがたかった。

 蕎麦が嫌いなわけではないが、選ぶならうどんだろう。


 仕方なしにもう一度金を投入したところで、


「あと大盛で!」


 またもクロにより、今度は『その他』のボタンが押される。

 これは大盛にしたいときや、トッピングがほしい時に使うオプションの役割を果たす券だ。


 してやったりと言わんばかりのクロの顔はなかなかに腹立たしい。

 それとオゴリじゃない、ツケだ。


 一切遠慮なしの悪友を害獣のように追い払い、ようやっとシロは『きつねうどん』の券を買うことが出来た。



 シロとクロは馬が合わない。

 しかしそれは仲が悪いというわけではないことは、二人を見れば言うまでもないだろう。


「いたたぎまーす。」


 シロは箸を進め始めた相席のクロに、正確には蕎麦を選択したことに疑念を持ちつつ、自身もうどんを食べ始める。

 うどんを選ぶ決め手は、きつねうどんの存在、特に汁の味がしみ込んだお揚げの存在が大きい。

 蕎麦単体なら嫌いではないが、掛け合わせの定番が天ぷらなのが、うどんに軍配が上がる理由だ。


 ――天ぷらの油っこさが苦手なんだよな。


 自身の胃の弱さを棚に上げた私見だが、目の前の美味そうに食べている人間を見るとどうにも理解に苦しむ。



 この二人、思考…というよりは嗜好しこうが合わない。

 朝食は、パン派かご飯派か。

 麺類に絞って言うなら、蕎麦派かうどん派か。

 購買に売っているカップ麺なら、赤派か緑派か。


 そう言った選択の余地のある場面では、二人はことごとく合わない。

 麺類の選択肢にラーメンやそうめん、その他諸々が含まれていないのは、そういう部分だけは気が合うというだけのことだ。

 今でこそお互いに認め(諦めともいうが)合っているが、この程度のことでも喧嘩していた時期はあった。

 それでも譲り合うことは一切なかったが。


 シロは、そんなかみ合わなさを抱えながらも、距離が出来るどころか、他の誰よりも近しいクロとの関係が不思議に思えてきた。


「どこか似てるのかもなあ。」


 シロがそんな思いをぽつりと呟く。


「なにが?」


 誰かに聞かせる意図はなかったが、クロは聞き逃さなかったようだ。


「好みが合わない割に縁があると思ってな。どこか見えない部分で似てるのかもな、て思っただけだ。」


 わざわざ話すようなことでもないのは、もちろんシロは承知している。

 逆に話してもいいと思っていることも確かだ。


「見えない部分………!いや、さすがに男と女じゃつくりが違いすぎるって。」


「誰が身体の話したよ…。」


「別に身体の話とは言ってないんだよなー。あ!シロえっち?シロえっちだー!」


 ぶん殴りたくなる気持ちをこぶしに込めるシロだが、残念ながらクロは相席。

 シロの思いは届かない場所だった。


 ため息をつくしかできないシロは、話を切るようにうどんに手をつけた。

 自分から切り出した話だが、最初から確たる答えを期待していたわけではないからだ。


 ――やっぱうどん美味いな。


 シロがうどんを堪能していると、


「ほんとよくできてるよね。」


 クロが箸を止めて声をかけてきた。

 主語がないからいまいち伝わらない。


「蕎麦が、か?」


 久しぶりに派手に喧嘩を始める気なのか、とシロは若干構える。

 残念ながらクロに譲る気はないらしい。


 クロは「んー。」と考えるように声を出してから続けた。


「『学園』が、かな。」


 学園がよくできている。

 それを聞いたシロは、ああ、とクロの意図を理解する。


 それは学園施設として充実している、という意味ではない。


 闇に覆われないたった一つの場所。

 人類滅亡が目前に迫る、人類史の末期ともいえる状況にある、最後の砦にしては確かによくできている。―出来過ぎているくらいだ。


 約十年、この学園で生きてきたシロ達だが、学園がどういうものなのか、ということは実のところ理解できていない。

 数多ある学校施設は、軒並み闇の中だというのになぜここだけ無害なのか。


 かといって全くわからない、というわけではない。


「先生とか、用務員さんとか、そこのお姉さんとか、同じ人間にしか見えないのにさ。」


「そうだな。実際、なにも知らない人からしたら、ひどい中傷にしか聞こえないな。」


 シロは先ほどまで授業を行っていた初老の男性教師を思い浮かべ、続いて厨房の物腰柔らかな食堂のお姉さんを見る。

 クロの言っていることは、妄言でも中傷でもない。

 彼らは人間ではない。

 ”人間のようにしか見えない精巧な何か”だ。


「最初は驚いたよね。闇のこととか『懐かしいなー。俺も昔はそういうの好きだったんだ』って。」


「人類滅亡の話をしたら『いいわねー。彼女さんのためなら世界も捧げちゃう?』だってよ。」


 それぞれ、男性教師と食堂のお姉さんの言だ。――彼女が誰のことかはこの際どうでもいい。


 そう、彼らは世界の現実を認識していない。

 とてつもなく現実逃避して、精神構造が変わってしまったわけでもない。

 それでも人間ではない、と言い切れる根拠はもちろんある。


「覚えてる?ここの人…じゃないか。ええっと…。」


「ヒトでいいんじゃないか。」


「そう?じゃあ、ここのヒト、夜になると…。」


「闇の中に帰っていく、だっけか?」


 あの何も見えない死屍累々とした闇の中へ”帰っていく”。

 それでいて闇のことも、その中の人間が全滅していることも、知らないようにふるまう。

 むしろ機械のような、プログラミングされた存在と考えた方が説得力があった。


 それだけではない。


「キオ先生も学園長もよくそんな役割についたもんだよな。」


 役割。

 学園のことを調べているうちに、ヒトのように『用務員』や『購買の店員』といった、役割に就けることがわかった。

 キオも学園長も、シロ達同様の生還した人類だ。

 彼女たちは学園における『教師』という役割に就くことで、生存者でありながら学園の人間として存在している。


 方法に関してはいたって簡単。

 適当な紙に、適当に名前を書いて、適当な役を書けば、すんなりその役割として迎えられたようだ。


 シロ達『生徒』は生徒手帳を与えられることでその役割になっている。

 十年もの間、学園で学ぶ『児童』や『生徒』といった役割になり、普通の学生のように生活していたに過ぎない。

 生き残りたちの年齢の頃も適していて都合がよかったのだ。


「よくもそんな思い切ったことしたよね。あたしにはとてもできないなー。」


「昔から思い切りはいい人だったからな。」


 シロは今よりも若い…いや幼いころのキオを思い浮かべる。


 十年前、まだ中学生だったキオに命を救われ、現学園長と二人でみんなを引っ張ってくれた恩人。

 優しくて、強くて、それこそ文字通り親身になってくれた人。


 ――…それがどうしてあんなことになったのか。


 陽炎のように、今のキオの姿を思い浮かべる。


 教師らしくない出で立ちと、立ち振る舞い。

 イメージで言うなら『お姉ちゃん』から『姉貴』に変わったような。

 根っこの部分では変わっていないのだが、そんな時の流れの残酷さ(?)を感じずにはいられない。


 シロは、そんな思いを口に出さないように、うどんと一緒に飲み込んだ。

 それを確認したクロも、再び箸を動かした。


 ――『学園』がよくできている、か。


 シロは、クロの言葉を思い返し、皿の中のものを見て、事実確認をした。


 二人が今食べているもの。

 それは正真正銘、天ぷらそばときつねうどんだ。

 だが、世界の現実という背景事情があるため、本来なら補給は勿論、自給しきれるものでもない。


 これも学園の秘密に直結するものだが、どうにも『保存』と『複製』の能力システムが使われているようだ。

 食堂メニューの材料、シロとクロの朝食、あるいは生徒たちが使っている文房具。

 どういう仕組みかはわからないが、そういった物資という物資が能力によって、無限に等しい供給が為されている。


 世界が闇に呑まれて、今に至るまで、生きてこれたのはそんな理由があった。


 それはつまり、”学園によって生かされている”ということだ。


 ――お揚げが最高だな。


 最初こそ、みんな怪しんでいたのだが、やはり空腹には勝てなかった。

 長い時が経ち、もはや誰も疑問に思う人はいない。

 現に誰も身体的異常を訴えることなく、ここまで生きてきている。


 文句なんて出よう筈もない。


 シロは、好きなもので腹を満たせることに充足感を感じながら、うどんの皿を空にした。



 



「ごちそうさま。」


 クロが大盛の天ぷらそばを完食するのを待っていたシロは、一息入れてから早々に食堂を後にすることにした。

 何故か用意された席とはいえ、座れない人もいるのならそうするべきだ、と思ったからだ。


 ――何かを忘れているような…。


 教室へ戻る中で、シロの頭に何かが引っかかる。


 なにかやるべきこと、やっておくべきことがあったような…。

 そんな感覚を覚えて少し過去をさかのぼってみると、やがてその正体もはっきりした。


「お前、金かえせよ。」


 シロは足を止めて、思い出したことをクロに伝える。

 他愛のない話や、考え事ですっかり忘れていた。

 クロは他人の金で、それは美味そうに天そばを食っていたではないか。


「……!おお、そうでした!」


 ぴくっ!とクロが足を止め、何事もないかのように振り返る。

 気付かないものならそのまま踏み倒す気だったのだろうか。――なんてやつだ。


「ごちそうさまでしたっと、はい!」


 クロは手にした小銭を、シロの手を取って、笑顔で渡した。

 そしてくるりと踵を返し、先を歩いて行った。


 シロは、以外にも素直に返してきたことに少し驚いていた。


 なんだかんだで長い付き合いなのだ。

 クロが傍若無人なほど遠慮を知らないわけではない。

 通すべき筋はちゃんと通す…とお、す…。


「足りてねえじゃんか…。」


 手渡された金を勘定した結果が、シロの口から零れる。

 顔を上げてみると既に訴えるべき相手がいない、そんな事実に項垂れるシロなのだった。

【桜が散るまであと二日】

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