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二重定義のアルティメットワン  作者: 零﨑那奈
第一章 シロとクロの話 -The beginning of The ULTIMATE ONE-
7/10

第2話 『日常に隣り合う現実』

世界観を小出しにしていきます。

「みんなー!聞いて―!いまシロがねー!」


「や!め!ろ!」


 教室のドアを開けるや先のシロの失態、いや醜態を本人の目の前で広言しようとするクロの頭を小突く。

 クロは冗談のつもりだろうが、シロにしてみれば冗談ではない。


 ホームルーム開始の時刻が迫っていることもあり、ほとんどのクラスメイトは既に来ていた。

 クロとのやり取りの始終を見ていたわけではないだろうが、「相変わらずだな、あいつら。」と言いたげな反応をクラスメイト達は示している。


 クロの恐ろしい目論見を破ったシロはとりあえずの安心感を抱く。

 そして「あいたっ。」と大して痛くもなさそうなクロを連れてクラスメイトらの喧噪の中、席を目指した。


 シロの席は日の光が差仕込む窓際、その後列となる。

 その直前がクロの席だ。

 席が近いのもよく話す理由だろう。


 荷を解き、二人が席に着くと、


「おっはよークロ!」


 弾むように元気な声を発した女生徒が、二人の前にやってきた。


「おはよ、セン。」


 その女生徒―センにクロは挨拶を返す。

 センは、短く大きいポニーテールと首に掛けたヘッドフォンが特徴のクロの友人だ。

 いつも元気がいいのは彼女の美点だ。


「シロも、おはよ!」


「ああ、おはよう。」


 次いで変わらず快活な挨拶にシロも返す。

 誰に対してもわけ隔てのないことも付け加えるべき美点だろう。


 シロは毎日クロと一緒に登校するため、クロの友人のセンとは自然と話す関係になっていた。

 朝はセンを交えて三人で、ホームルームまでのわずかな時間を過ごしている。


「相変わらず仲がよろしいねー、やっぱそういう関係なんじゃないのー?」


 センはクロと同じように悪戯っ子な表情を見せる。

 いつもクロと一緒にいるから、”そういう”関係を疑われるのはもっともなことだろう。


「そんなんじゃねーよ。ゴシップ期待したって無駄だぞ。」


 シロは至って冷静に否定する。

 平静を装っているわけではない。事実を語るうえでやましいものなどないからだ。


「そうだよセン。」


 クロもシロに同調する。―いやしているかのような反応を示す。

 クロと接する機会の多いシロには、それがわかっていた。


「『そういう』なんて言葉で言い表せる関係じゃないんだからさ。」


 ――!?


 だがさすがにクロの言い出すことまでは解らなかった。


 これには思わず驚きが顔に表れる。

 まさか火に油を注ぐようなことを言うとは思わなかったさ。


 それを聞いたセンは「ほほう?」とさらに口をゆがめ、


「奥さん!一体どこまで…?」


 ありもしない根と葉を掘り始めた。

 クロと一緒にいるときは、彼女に感化されてかセンも悪ふざけを始める。

 悪ノリがいいのは、さすがに汚点だと思う。


「今朝もベッドに押し倒してきて、激しく…。」


 続くクロの発言は先の油とはくらべものにならない、もはやガソリンだろう。

 時にこの女、自分が火傷することは考えないのだろうか?

 剛毅なのか馬鹿なのか微妙に判断が付きにくいのがクロという奴なのだ。


「「「 お前ら朝からかよ!!! 」」」


 クロとセンの会話を聞いていたのか、クラスメイト達が声を上げる。

 心なしか男子の声が多い気がするのはとりあえず置いといて、


「そこじゃねえ!!」


 シロは、どこか方向性のずれたクラスメイト達に声を荒げた。

 無論、クラスメイト一同はそんな事実無根な関係を本気にしているわけではないだろう。―だと思いたい。


 クロの言うような”言葉で言い表せないような関係”とやらを真顔で肯定したらどうなるだろう?

 そんなシロの悪癖がまたも顔を出し始めるが、クラスメイト一同に醜態を自らさらすほど愚かではない。


 シロの視界の端、彼のすぐ前に座るクロがケラケラ笑っている姿が映るが、これには「ケラケラ笑ってんじゃねえ。」といさめておいた。

 悲しいことだが、当然無駄なのはわかっている。


「わかってる!わかってるってば!…今はね。」


 センがボソッと聞き捨てならないことを付け加えたことにシロは敢えて言及しないでおいた。

 面倒だったのはもちろんあるが、クロの言う通り言葉で言い表せない、いや難しい関係だと思っていたからだ。

 友達であることは疑う余地はないが、恋人というわけでもない。


 恋愛感情が入り込まない異性の友人を、的確に言い表した言葉があったような気がして、シロはしばし思い出すことに注力していた。


 ――悪友、そう悪友だな。


 それがシロとクロの関係だった。

 言葉の意味的にはもちろんのこと、悪ふざけばかりする友人クロには相応しい言葉だろう。


 そんな時、教室内、いや学校中に代わり映えのしないチャイムが響いた。


「ホームルーム始めるぞー、席付けー。」


 担任教師のキオの入室とともに発せられた言葉に、クラスメイトはぞろぞろと自分の席に戻っていく。

 センも「じゃねっ。」と言い残し、戻っていった。






 出席確認を適当な返事で済ませたシロは、頬杖をついて日光が注がれる窓の向こうに目をやった。


 眼下には日光に当てられ白んで見えるグラウンド。

 そのすぐ横には今朝通った通学路。

 寮に繋がる十字路をそのまま直進すれば校門。


 そして校門の向こう側を、



 ―見た。



 校門の先、学園の外側にある『現実』を。



 そこに広がる、真っ暗な『闇の世界』を。



 校門の向こう側には、黒い壁のようなものしか存在しなかった。

 いや正確には壁ではない。

 言うなれば黒い霧。

 それが学園の周りを覆っているのだ。

 霧は雲までは届かないが、校舎と同じくらいの高さの構造物は一切覆い隠すほどに高く空中を漂う。


「また見てるの?」


 直前の席から聞こえた声に気付き、シロはそちらに視線を移す。

 ホームルーム中だというのに、クロが椅子を反対向きに跨るように座り、見飽きたような表情でシロを見ていた。


「そんなに見てるか?」


「うん。それはもう、日課ってくらいに。」


 自分自身でも気づかないことにも関わらず、よくクロが気づいたものだとシロは素直に驚いた。

 正直そこまで頻繁に見ていたとは思っていなかった。

 誰が見ても面白くはないものだ。

 むしろ現実に打ちのめされるようなものであることは知っているはずなのだが。


「…『闇』か。もう十年くらいだっけ?あれが出てきて。」


 クロも外の世界に目をやった。


 そしていさめるわけでもなく、学園の外にある”それ”の話を切り出してきた。

 そういう面白くない話には普段はてんで興味を示さないというのに、相変わらず気分屋なところがある。


「そういえばもうそんなに経ってたな。」


 シロは、クロの言葉で事実を確認した。


 ―『闇』。

 今、学園の周りを覆う黒い霧のことだ。


「十年経っても、解決できんのか!って怒られちゃうよね。」


「…怒るやつがいれば、な。」


 クロがしているのは、たらればの話。


 そう、怒る人間がいない。

 そして怒る対象が、”ここにしか”いない。


「信じらんないよねえ。世界中にあれがあるなんてさ。」


「地球が真っ黒になってたもんな。」


 衛星写真で見た今の地球がそうなっていた。

 地球全土が闇に覆われていることを教えていた。

 『地球は青かった』なんて絵空事だった。


「なんかゲームみたいだよね。『魔王に侵略された世界!人類最後の希望は私たちに託された!』って感じ?」


「魔王はともかく、そんな感じかもな。」


 ”人類最後”そしてここにいる”私たち”。

 日常生活を送るうえでは縁のない符号。

 だがそれが、創造上のものでも想像上のものでもないことは彼ら自身、いや学園の全員がよくわかっていることだった。



 曰く、世界は、地球は、



 ”人類滅亡間際”という現実に直面していた。



 地球の全土が光を通さない『闇』に包まれて十年。

 突如として現れた闇は、瞬く間に世界から色を奪った。

 そして、この『学園』にいる人間以外の人々は、”全滅した”。


 今、地球上に光が差す場所、つまり安住の地はこの『学園』だけ。

 そして生存している人間、つまり世界総人口は三百人余。

 『学園』に在籍している生徒と、担任のキオ、それから学園長だけだ。


「ここはかっこいい勇者様のこの上ない出番だと思うんだけどなー。」


「勇者に丸投げなのはどうなんだ…。」


「一発逆転の勇者の剣みたいなのがあればさ。」


「そこまで都合のいい”ちから”もないだろ。」


 そして闇を、人類滅亡の危機を、どうにかする術がない現実。

 神様の救いがない世界が、歩いてすぐのところにある事実。


 そんな状況で残された人類が下した決断が、



「おーい!お前たち、ホームルームからイチャついてんじゃないぞ!」


 教師キオの一喝でシロは意識を『日常』引き戻された。

 半袖Tシャツにデニムパンツという教師らしくない出で立ちをした、姉貴と呼ばれそうな若い担任が、眉を寄せてシロとクロを見ていた。

 出席確認もいつの間にか終わっていたようだ。


「やだなー!キオ先生!ホームルーム前から、すごいことされましたよ!」


「クロ黙れ。」


 シロは冷たく言い放つ。

 いい加減くどさを感じるが、ここまで引っ張るということは本当にあの恥知らずな夢を見たのだろうか。

 冗談だと思ってた。


「そうか、じゃあお前たち二人とも放課後に掃除当番な。」


「え!?あたしも!?」


 クロが予想外な反応を示す。

 口は禍の元というだろう。

 いい加減、罰の一つでもあっていい。


 だがなぜ俺も?シロはそんな納得のいかない疑念を抱く。


「知らなかったな、お前がそこまで性に開放的だったなんて。」


「ちがいますー!シロに襲われたんです!被害者ですよ!!」


「呼吸するように友人《俺》を売るなよ。」


「なら容疑者にしっかり聴取しないとな。というわけでシロは職員室にきなさい。」


「なんだって?」


 シロにとってはこちらも予想外だった。

 まさかクロの妄言を本気にしたのだろうか。


「クロは掃除当番。サボったら……わかるよな?」


「ぶー。」


 クロが不満そうにブーイングする。

 キオに逆らったらろくなことにならない、それはクラスのみんながよく知っていることだ。

 クロも例外ではない。


「異論はないようだな。それではホームルームは終了だ。それじゃ号令頼んだ。」


 キオがそう告げ、号令とともにホームルームは終わりを告げた。

 ここから学生らしい日常が描かれる。





 残された人類が下した決断は、


『日常』を生きていくことだった。


 理由は大きく二つある。


 一つは、闇に対抗する術を持っていないから。

 神様も、勇者も、世界を救えるような一発逆転の力も、果ては発生源も存在しないからだ。

 それこそクロの言うように、魔王なる根源が存在していれば話は簡単だが存在しないからどうしようもない。

 立ち向かう力も、その相手もいないのだから何もできない。


 もう一つは、生き残った人類は闇の中がどういうものか理解しているからだ。

 それは闇の中で生きることの、恐怖。


 生き残った人類は、闇が現れる以前は学園ではないどこかで普通の生活をしていた。

 学園で生まれて育ってきたわけではないのだ。

 闇が現れほとんどの人間が死んだにも関わらず、なぜか生き残り、この学園に至るまでの僅かな間でも闇の中で生きてきた。


 光を通さない闇の中は数歩先しか見えない真っ暗な空間。

 視覚的な情報が頼りにできない根源的な恐怖。


 唐突に表れ、それでいて理解不能なその事態への混乱。


 そして自分以外が死に絶えている『現実』への孤独感と絶望。


 そんな中で見つけた安住の地が『学園』だ。

 もはや関わろうと思わない方が自然ともいえるだろう。



 だからこれは決して現実逃避などではない。

 現実を見たうえでたどり着いた日常けっかなのだ。

【桜が散るまであと二日】

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