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二重定義のアルティメットワン  作者: 零﨑那奈
第一章 シロとクロの話 -The beginning of The ULTIMATE ONE-
6/10

第1話 『シロとクロの日常』

ようやっと本編開始です(汗

第一章プロローグ以前の時点からになります。

 ――変な夢だったな。


 その日の朝、目を覚ましたシロが最初に思ったことがそれだ。

 夢というものが突拍子もない、現実離れした内容であること自体は普通のことだ。

 だが、その”変で普通”な夢の中でも、”変で変な”夢を見た、それがシロの感じたことだった。


 一面が砂の大地。

 構造物といったものが存在しない砂漠のような場所。

 地平線まで伸びる大地と、そこに沈んでいく夕日。

 そして彷徨う誰か。


 そんな現実離れをした光景と、


 ――誰かの気持ちが流れ込んできたみたいな…。


 その光景を彷徨う”誰か”の主観的な感情を感じ取れた”変な夢”。


 ――なんか寂しいな。


 それは『なにもない世界』で独り生きる、孤独の寂しさ。

 古い記憶に、若干の覚えがあったためすぐわかった。


「いや、夢じゃねえか。」


 自分がそう感じたわけではない、そんな否定を呟き身体を起こす。


 そもそも夢が、現実に起こったものでない以上、考える意味がない。

 誰かの感情も、自分の脳が作り出したものなら尚更だ。むしろおこがましさすら感じる。


「さっさと支度しよう。」


 ベッドから出て、身体を伸ばす。

 このころにはすでに夢のことはシロの意識の外。

 記憶からもなくなっていた。


 十四平米、トイレ、ユニットバス付の学生寮の一室。


 その洗面台で顔を洗い、コップ一杯に汲んだ水を一息で飲みほし、身体の内と外の眠気をとばす。


 昨晩のうちにタイマーをかけておいた炊飯器から白米をよそい、適当にふりかけをかけて朝食を済ます。

 この学生寮はラウンジこそあれ、食堂や食事の制度がないのだ。


 そこから半袖の夏仕様の制服を着て、身支度を済ませる。

 ここまでの段取りで、早一時間。


 時刻が八時十五分を回ったところで、バッグを持ち部屋を後にする。


 四月も半ば、シロはそんな春の『日常』へ出かけて行った。




 ※     ※     ※     ※     ※




 ――暑いな。


 夏服でもやや暑いくらいの気温。

 日差しも十分に強い。

 通学路の脇の桜並木、そこから花が散っていなければ夏と言っても過言ではなかったろう。


 これから夏に向けて、さらに熱くなることを考えるとげんなりする。


 学生寮から伸びるアスファルトの通学路を、ローファーの音がやや早いリズムで刻む。


 実は遅刻ギリギリに登校している。

 かといって、この時間を狙ってのことではない。

 校舎と学生寮は同じ学園施設ということもあってほど近い。

 近いからこそ、余裕を持って…持ちすぎてかえってのんびりしてしまう。

 そんな生活を長く続けて、もはや立派なサイクルとなっていた。


「うぅー。」


 シロの歩く道の反対側、校舎方面への道が垂直に交わる向こう側にある女子寮方面から、女子生徒が一人。

 それが、猫背、糸目、食パン片手、といういかにも怠そうなスタイルで歩いていた。


「クロ…お前な…。」


 朝飯くらい食って来い、顔洗ってから来い、そんな言いたい事を含めたシロが呆れる。


 髪は短いが、後ろ髪だけは長く二つに束ねている―エクステのように見えるが地毛だろう、そんな特徴の女生徒―クロ。

 彼女の気怠そうな様子は、シロには見慣れたもの。

 その気怠さは、夏日手前の暑さからというのは勿論だが、それ以上に朝が弱いということもよく知っていた。


 クロは、眠気のこびりついた瞳を向け、パンを一齧り、片手をひらひらと上げて返事する。

 二人の間ではこの程度が挨拶だ。


 二人は十字路で合流し、校舎方面へ並んで進路をとる。

 時間が時間だけあって、校舎へ歩みを進める生徒は多くない。

 シロの『日常』において、登校はクロと共にする。


 別に約束をしているわけではない。

 遅刻間際の登校という、悪い意味で安定した生活習慣の賜物だ。


 ――寝起きのわりに…。


 クロの頭に寝癖が見つからないのを確認する。

 当たり前だが、身の回りの世話をしているわけではない。

 朝が弱いように見えるのに、ある程度の身支度を済ませているのだから、ズボラなのかそうでないのか…。


「なんか変な夢見たんだよねー。」


 クロが変わらず眠たげな声で唐突に話を切り出す。

 シロにとっては今朝方に覚えのある話題だった。


「お前もか? 俺も見たぞ。」


 もっとも彼は内容までは覚えていない。

 漠然と”変だった”としか思い出せない。


「こう、ね。ベッドに押し倒されてね。」


 クロは銃を突き付けられた民間人のようにホールドアップして見せる。

 遅刻間際だというのにわざわざ足を止めてまで行う身振りは余裕の表れか。


「なんて夢見てるんだよお前。」


 しかしそれに足を止めて付き合うシロではない。

 遅刻ギリギリだが遅刻する気はない、学生ならではのプライドのようなものがあった。

 それとクロの恥知らずな意味で変な夢と同じ扱いにされたくない。


「それで獣のような眼をしたシロが『はぁっ…!はぁっ…!クロ…!』って。」


「しかも俺かよ。夢の中で俺になんてことさせてんだ。」


 これにはさすがのシロも、足を止めて振り返る。

 その恥知らずな夢の中で、行為に及んだのが自分とあっては話は別だ。

 ご丁寧にクロの夢在住のシロさんとやらの息遣いも再現しているようだが、そんなことはどうだっていい。

 好きなわけでもない相手の夢に、自分と同じ名前が出てきても辛いだけだろう。


 クロも別段「あたしの心配しろー」とは言わなかった。

 二人の間では呼吸をするようなものだ。

 無論、夢の内容のような行為を、という意味ではない。


 そんな他愛のない(シロにとっては下らない)話をしているうちに、クロも目を覚ましたようだった。

 気付くと、背筋も伸びて、ぱっちり目も開いて…パンを一齧り。


 今一つ惜しい友人は小走りでシロの隣に立ち、再び校舎へ歩き出した。


 その時シロの目に、通学路脇の桜並木が視界に映る。

 特に桜を見ようと思ってのことではない。

 偶然目に入っただけだ。


 ――もう今日・明日で散りきるだろうな。


 シロは木の枝先にほんの少し残った花びらを見てそう思った。

 桜の花は日に日に、著しくその数を減らし、風に舞う。

 桜にこれといった感慨は抱かないシロだが、このときは不思議と印象といったものを抱いていた。



 ※     ※     ※     ※     ※



「ここに遅刻間際で食パン持ったかわいい女の子がいるんだけどさ。」


「やらんわ馬鹿。」


 教室までの廊下で、なにかを期待するようなクロの企みをシロは一蹴する。


「お?かわいいは否定しない?もーシロったらさー。」


 自らを”かわいい”と評するクロを、シロは否定する気はないが、


「触れないでおいたのにな。」


 認めるのも何となく業腹だったのでそう返しておいた。


「え?腫物扱い?それはちょっと傷つくなー。」


 クロはそんなこと微塵も思ってなさそうだった。

 シロの言葉を軽んじているのではなく、軽口をたたき合っているだけだからだ。


「でも、昔の人は好きだったらしいよ。フラグも立つし、『パンツ見たでしょ!?』とかご褒美あるからって。」


「当事者はご褒美だと思ってないんじゃないかそれ。」


 古い、いわゆるお約束な、あるいは伝統的な、展開の話だ。

 フラグ―恋愛的なつながりの『きっかけ』を生むことを知っていてのクロの発言だが、そんな関係になることは望んでいないだろう。


「あたしのパンツ見れるチャンスだったのにー。残念だったねえ?」


 クロがスカートの裾を抑え、ニヤッといたずらな顔をする。


 一番見慣れた表情だからだろうか、クロが一番似合う表情だとシロは思っている。

 クロにとっては不名誉だろうから直接言うことはしないが。


 ――クロの見てもなあ…。


 シロは特に残念がることもしない。

 クロの”それ”を見慣れているというわけではない。

 別に異性として見ていないわけではないし、実際見たら相応の反応をするのだろう。

 だが、この手の会話を日常的に行っているせいか、見たいと思うことはなかった。

 だからと言って、女性に興味がない、というほどとんがった性的嗜好はしていないが。


 だが流石にいつまでも言われっぱなしなのも癪だったシロは、


「馬鹿が。お前のパンツに興味はねえ。パンツの中に興味はあるけどな。」


 深く考えもせずに口走っていた。

 クロ相手に限るが、たまにこういった思い切った言葉を口走るのはシロの悪いところだろう。

 思い切りが良すぎて問題発言のようにも聞こえるが。


「え。……ええ……。」


 それを聞いたクロは引いていた。

 極自然な反応をした。

 奇行に走ったシロを想定していなかったのだろう。


「急に正気に戻るなよ…。」


 教室のドアの前でそんなクロを棚に上げて八つ当たりする。

 シロは火傷しただけだった。



 

【桜が散るまであと二日】

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