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二重定義のアルティメットワン  作者: 零﨑那奈
第一章 シロとクロの話 -The beginning of The ULTIMATE ONE-
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第一章 プロローグ

 ――どうしてこうなった…!


 シロの目の前に、血を流して倒れている女の姿があった。

 その血は、元は灰色だったアスファルトを赤く染め、女の身体を中心に赤の楕円を作る。

 まさに血の池といった様相。

 その出血量からわかる通り、女はピクリとも動かない。


 女の体には切り裂かれたような斜線が通っている。

 赤の源泉はそれだ。

 そこから漏れ出した血は、女の白い制服を真っ赤に染めていた。


 シロにとっては信じがたい光景だ、呆然とするしかない。

 それを前にして初めて、世界で一番見たくないものだと自覚した。


「……く…ろ…。」


 シロは震える声で、女の名前を口にする。

 そして最も親しかった無二の友の名前。

 喉がカラカラになっているのがわかった。


 クロは何も答えない。


 それもそのはずだ、意識はおそらくないのだろう。

 いや、”ない”のは意識だけなのか…。

 シロにはそれを確認する勇気はない。


 ――だってお前、さっきまで…!


 数分、いや数十秒前の彼女クロは血をぶち巻いてなかった。

 そんな未来が待っていることなんて想像もしていなかっただろう。

 シロ自身もそうだったからだ。


 ここに至る因果の始終を知るシロだが、彼の生きてきた『日常』において目の前の結果はあまりにも乖離しすぎている。

 ほんの少し前まで五体満足な健康体だった娘が、今や信じられない量の血を流して倒れているなんて、それこそ信じられるわけがない。

 これは悪い夢、そう考えるのは難しいことではなかった。


 だがシロ自身、この世界で生きる彼自身がよく知っている。


 これは『現実』、これが『現実』だと。


 ――考えが甘かった…。


 失意のどん底に落ちるのと同時に、手にしていた刀も地に落ち転がる。


 その刀はシロ達が生きる『日常』を守るための力の象徴だった。

 暴力をもって脅かす存在を誅するためのもの。

 安穏とした学生として普遍的な日常を送っていくために、鍛え、築き上げてきた魂の顕現。


 この力があれば、日常を壊そうとする脅威から、みんなを守れると。


 そんな力があったにも関わらず、


 ――なにが…『世界を救える力』だよ…!


 目の前の救うことが出来なかった友が、シロに現実を突きつけている。


 シロは閉じた口の中で、思い切り歯を食いしばる。

 それは怒りを押し殺すような、それでいて後悔をこらえるような、そんな痛々しいもの。


 シロには、世界を救える能力ちからが宿っていた。


 物理的な実力としての例えではない。

 『異能』と呼ばれる物理や科学では説明できない超常的なものが宿った人類の中で、シロの能力はまさしく救世主、いや神にすら匹敵するほどものだった。


 その能力は『世界を生み出す力』。

 地球全土が絶望の闇に包まれた『現実』を、宇宙規模から作りあげることが出来る、まさしく一発逆転の力。

 全人類を救うことが出来る神の代行者たる能力。


 だがそんな能力をこれまで使うことがなかったのには理由があった。


 ――迷うことなんてなかったじゃないか…!


 自己犠牲。

 その能力の行使には、シロ自身の犠牲が必要だったということだ。

 それを知って怖気づいていたわけではない。

 全人類と自分一人の命なんて秤にかけるまでもない、とまでは思わなくても、クロを含めた仲のいい友人達が何にも脅かされることなく生きていけるのなら、とそれ一心だった。

 初めからそこまで献身的だったわけではないが、実力不足もあったためだろう、被害者を見てそう思うようになっていた。


 だが、そこに異を唱えたのがクロだった。


 クロの主張は、能力の行使を認めず、実力不足を補うべきとするものだった。

 目の前に、全部を救える力があるにも関わらず。

 その不足を補う間も、被害に遭う仲間がいるにも関わらず。


 とてもシロが受け入れられるものではなかった。


 それでもシロが、強行せずにクロにすべて話したのは、フェアではない気がしていたからだ。

 少なくともシロは、クロと対等な関係であると思っていたし、そうあることが自然な感じすらしていたから。


 そのエゴが今の結果を生んだのなら、とシロは後悔することしかできない。


 「……っ!」


 「…!クロ!」


 クロの口からかすかな呼吸が聞こえたシロは、彼女の身体を抱え起こす。

 血まみれの身体に触れ、シロの腕や腹も赤く染まっていく。

 その小さな肩幅に触れ、小さな体躯ではとても受けきれない傷であることを理解する。


 クロはか細い呼吸とともに口を動かすが、声にならない。出せないのだろう。


 シロはクロの口へ耳を寄せる。

 縁起でもないことは重々理解しているが、聞かなければならない義務があるように感じたからだ。


 耳を澄ませる。



 あた…し…が……まも…り…たかっ……た…のは―――。



 聞き届けたシロは、目を見開き、驚きを表していた。

 クロが守ろうとしていたものが、あまりにも意外なものだったから。


 シロは、


 「……あ。」


 涙の混じった声で、


 「ああああああああああああああ!!!!」


 声を上げることしかできなかった。


 

 桜の花びらが一枚、血だまりへ落ちて浮かんだ。



 シロ十七歳の春。


 それは絶望の現実との出会いと、安穏とした日常との別れの季節となった。

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