王都出立
「すみません。野宿するための道具を一式揃えたいんですけど。」
「いらっしゃいませ。野宿用品一式ですか?冒険者の方ですか?」
「いえ、冒険者ではありませんが、国内をいろいろ回ってみようかと思いまして。」
「一式ですとかなり大荷物になりますけど、お客さんが持つんですか?奴隷に持たせる予定ですか?」
「取り敢えず自分で持って歩こうかと。」
「そうですね。自分で持つならテントと寝袋、ランタン、調理道具この辺りがあれば困らないと思いますけど、旅程にもよりますけど荷物持ちの奴隷を買って一緒に行った方がいいと思いますよ。」
「ありがとうございます。では購入も考えてみますが、奴隷を購入したことがなくてどこで買ったらいいか解らないんですけど。」
「あー王都の中の奴隷商ならどこで買っても安心ですよ。商館の前にきちんと王府の許可証が出ている所なら変な奴隷を掴まされることはないですよ。荷物運びの奴隷なら金貨1枚もあればいい奴隷が買えますよ。特に最近戦争が終わってかなりいい奴隷が入ってきてるみたいだしね。うちでも一人買おうかと思ってるんですよ。」
「そうなんですね。解りました。じゃあ、取り敢えずテントと寝袋、ランタン、調理道具とそれらを入れられるリュックを貰えますか。」
「新品だけど少し古い型の物でよければ安くしとくよ。」
「はい、それでお願いします。」
全部で金貨1枚にまけて貰えた。
「この後は、食料と飲み物を買い込もう。一ヶ所だとたくさん買えないからあちこちで少しずつ買おうね。串焼きとか食べれそうなものがあったらそれも買おう。」
「龍崎君、やっぱり凄いね。私なんか全部龍崎君にお任せだよ。」
「凄くはないさ。必要に迫られてやってるだけだよ。取り敢えず、今日で全部の準備を終えて明日にはこの街を出よう。今夜はパーティーとかやるみたいだからこっちに気を向けてないだろうけど、いつこっちの動きを封じようと手を打ってくるかわからないしね。」
「何か、私がお荷物になってるみたいだね。ごめんね龍崎君。」
「いやそんなことはないよ。この先、宮部さんに助けて貰う場面が出てくるだろうしね。何と言っても宮部さん、勇者(仮)だし。」
「(仮)かー。他の人も同じだったの?」
「いいや、的田の2人は勇者だったぞ。あとその下の6人は勇者候補だったし。」
「そっかー。マトタカーストはこの世界でも生きているんだ。」
「まあ、勇者になった方がいいのかどうかは不明だけどね。ハニートラップ仕掛けるって言ってたから、大部分のやつらは骨抜きにされるんじゃね。」
「やっぱりそうなんだ。私についてた執事みたいな人が気持ち悪かったんだよね。馴れ馴れしいっているか、ナンパ師みたいな目つきで見てたし。龍崎君についてたメイドさんは綺麗な人だったんじゃない?」
「そうなの?見てなかったしわかんない。って言うかすぐ出て行くつもりだったからな、俺の担当って感じで見てなかったしな。」
「そ、そうなんだ。見てなかったんだ。ふーん。」
「今夜パーティーもな、食事や飲み物に何を仕込まれるか解らなかったからな。御馳走だったかもしれないけどさ。」
「そう言えばお腹空いたね。お昼食べてなかった。」
「だな。これで買い物は終わったから、宿を探しながら何か食べようか。」
「多分、宿屋さんに食堂がついてるんじゃないかなぁ。」
「そうだな。人の入りを見て人気のありそうな場所を探すか。」
そうやって、無事にこの世界で初めての食事に満足して、宿の部屋を取ろうとしたら、
「部屋は1部屋しか空いてないよ。どうするね。」
「近くに宿屋はないですか?」
「そうさね。多分、今夜はどこも一杯だと思うよ。今日まで大市だったからね。あっちこちから商人やら露天売りに来ている人が集まってるからね。」
「一部屋で大丈夫です。」
「そうかい。じゃあ、2階の奥だよ。水浴びをするなら裏の井戸を自由に使っていいよ。寒くないから水浴びで十分だと思うけど、お湯が必要なら銀貨1枚で盥一杯準備するから言っておくれ。」
俺が異論を挟む前に彩が鍵を受け取ってさっさと階段を上がって行った。取り敢えず宿泊料を支払って、彩を追いかけて部屋に入った。
「宮部さん一緒の部屋でいいのか?」
「えー。だってこの街を出たら野宿するんだよね?野宿の時、別々のテントなの?」
「いや、確かにそうだけど。ってそう言えば深く考えてなかった。」
「龍崎君が嫌じゃなければ、私は全然構わないよ。って言うか出来れば一緒の部屋の方がいいかなぁ。多分一人になったらいろいろ考えて鬱っちゃうと思うし。」
「了解。まあ、俺もいろいろ考えないといけないことがあるし、宮部の意見もいろいろ聞きたいしな。じゃあ先に水浴びしてサッパリしてくるか?」
「うん、そうしようかな。」
俺は無限倉庫の中に収納していた彩の着替えの入ったバッグを取り出して渡した。流石に下着とかを直接受け取ってそのままで収納する訳にはいかないので、服関係はまとめてバッグに入れて預かることにした。
井戸には他に誰もいなくて、女性用の方は周囲に囲いがあり見えにくい状態にはなっているけど完全に分離されている訳ではないので少し緊張した。
サッパリして部屋に戻って、露天で買った飲み物を出して一息ついた。
「まず、認識を一致させたいと思うけどいいか、宮部さん。」
「えっと、できれば宮部さんじゃなくて彩って呼んで欲しいかも。」
「じゃあ、彩さん。」
「彩。」
「じゃあ、彩。」
「はい、拓哉くん」
「じゃあ、俺も拓哉で。」
「ハイ・・・拓哉。」
って赤くなるぐらいなら呼ばなきゃいいのに、俺もちょっとハズいけど。
「えっと、彩。まず現状の認識を一致させとこうと思う。」
「はい、拓哉。」
「この世界は地球ではなくアルガイアという異世界で、アルンガルトという王国によって2-Aのクラス全員が勇者召喚の儀式によって呼び出された。そしてこの世界は俺達が生きていた世界とは違って、魔法やスキルが当然のようにあり、それを使って物を作ったり、おそらく戦ったりしている。」
「そうね。ただ、拓哉が知っている、いえ見えている能力値やスキルのレベルという概念はこの世界の人は認識していない可能性がある。」
「その通り、更には俺の使える無限倉庫もそうだし、俺には他の人に使えないものを使えるっぽい。でもそれが何でなのかは不明。」
「あと、この世界には迷宮があって、魔物がいる。迷宮の階層主を倒すとアイテムを手に入れられることもある。」
「アイテムと言えば、武具の空欄についてもこっちの腕のいい鍛冶職人であっても認識はしていない。」
「つまり拓哉の能力を知られたら、拓哉を狙ってくる人が出るかもしれないね。あっ、それでこの国を早く出たいって言ってたの?」
「まあそれもある。勇者召喚とか俺から見たら非人道的な方法で異世界から俺達を召喚して自分達の軍事力に使おうと考えたり、こうして街の人ですら奴隷を使うことを当たり前と考えている国で、俺の力がかなりイレギュラーだって知れたら何を考えるか解らないからね。俺としてはこの世界に召喚されたことだけでも許し難いって思ってるのに、これ以上好きなように利用されるとか許せないし。」
「私は、この世界に召喚されてちょっとだけよかったなー。」
「何?受験勉強とか?」
「違うよ。こうして拓哉とおしゃべりできるし。」
「あっちでも、・・・確かにあっちでは無理だな。俺と話をしてたら彩も標的になる。」
「うん、ごめんね。私ヘタレだから。」
「そんなことないだろう。あの場所が特殊なだけだよ。俺もあと2年我慢したら日本を出て好きに生きられる予定だったけどな。」
「拓哉、海外の大学を考えてたの?」
「おう、本当は試験自体は今年でも受けられるんだけどな。日本の高校のシステム的に3年を卒業しないと卒業資格が取れないらしくてね。海外の方が奨学金とかいろいろあるし生活は楽なんだぞ。」
「そうなんだ。私は国内しか考えてなかったなぁ。同じ特待生でも拓哉は完全に別枠って感じだったもんね。」
「そんなことないだろう。中学の時には彩の方が上だったこともあるだろう。」
「あれは、拓哉のお母さんが亡くなっていろいろ大変な時期だったし・・・」
「まあいいや。いずれにしろ、元の世界に戻れる可能性は少ないし、戻ったとしても元の時代に戻れる可能性はないしな。こっちの世界で生きていけるだけの力を身につけるさ。」
「拓哉は強いね。私は、拓哉が側にいるから何とか平静を保っていられるけど、もし一人だったら、仮にクラスの人と一緒にお城に残っていたら、パニクッていたよ、絶対。」
「まあいいや。それで、彩。スキル的には3つの魔法を使えるけど、魔法を使えそうか?」
「えっ、魔法ってどうやって使うの?」
「あーそうだよな。使ったことないから解らないか。そっちを訓練して貰ってから城を出た方がよかったかな。でも、訓練受けてからだと出るのは難しそうだしな・・・。その辺りは次の国に行った時にでもやってみるか。」
「冒険者ギルドだったけ、そっちには行かないの?」
「それもこの国じゃない場所の方がいいかと思ってる。多分国家とは別の独立した組織なのかもしれないけど、同じ王国内の王都にある場所の組織だと、組織自体は独立してても中の職員は王国の息が掛った奴もいるかもしれないしな。こっちの情報とか握られる可能性があるから避けようと思ってる。」
「わかった。全部、拓哉に任せる感じになるけど、ごめんね。」
「いや、彩がいてくれてよかったよ。俺一人だと考えが煮詰まって行き詰ってたと思うし。ありがとうな、ついてきてくれて。」
「そんな。私こそありがとう、拓哉。」
その夜は彩といろいろと話をして、お互い疲れてそのままベッドで眠った。勿論別々のベッドで。ハプニングはなしだ勿論。