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儚げの花

掲載日:2014/11/13

 黄昏時、少し空が暗くなり始めた放課後。


 僕はそこで、彼女と出会う。


 彼女は倒れていた。学校の中庭にある、花壇の端の方で。僕は、たまたまそこに居合わせた。



 はじめは草で隠れていて見えなかった。風で草が(なび)いて初めて、そこに人が倒れている事に気がついた。


「大丈夫ですかっ!」


 彼女は気を失っていたが、すぐに目を覚ました。


「ええ、大丈夫です。すみません。ご迷惑をおかけして」

「いえいえ、それで保健室には……?」

「いえ、大丈夫ですから。ありがとうございました」


 そう言って彼女は、その場を去った。


 綺麗な長い黒髪に少しだけ微笑んだあの表情は、僕の脳裏に焼き付いて離れ無かった。



 自分の家、自分の部屋。


 あの人は誰だったのだろう……気になって仕方がなかった。明日、もう一度放課後に寄ってみる事にした。



 翌日早朝、いつもより早めに起きて学校へ向かった。


 まだ登校して来ている生徒は少ない。僕もいつもは、時間ギリギリの登校をしている。


 花壇のある中庭に着いたが、誰も居なかった。流石に早過ぎたのだろうか……。


 放課後、もう一度中庭の花壇へ寄ってみる事にした。



 すると彼女は、そこに居た。


「あっ、昨日の」

「唐突にすみません。あなたの名前、教えてもらってもいいですか?」


 我ながら、実に気持ちの悪い質問だった。


「え、えっと……私は、二年三組の桜庭(さくらば) 弥生(やよい)と言います……。昨日は助けていただいてありがとうございました……」

「いっ、いえ、僕は二年二組の楠木(くすのき) 正人(まさと)です。隣のクラスだったんですか、驚きです!」


 だが、彼女は丁寧に答えくれた。まさか、隣のクラスの女子だったとは思わなかったが。


「そっその、えっと……その花綺麗ですね」

「そう思っていただけますか!」

「はい。僕は綺麗だと思いますよ」


 初めてまともな会話をしたと思う。


「あのっ……明日もまた来てもいいですか?」

「ええ、どうぞ来てください」


 明日も彼女にまた会える。その事実に心躍らせながら、家へと帰った。



 その日の夜。


 喜びに溢れながら眠りにつこうとした時、不意にあの嫌な記憶を思い出した。


 幼なじみの女の子をある意味で失った、自己嫌悪に満ちた、自分にとって最悪の記憶を。


 僕はあれから、女子対して接する事はほとんど不可能になった。近づかれても自分から離れた。


 その記憶は、自らを繋ぎ止めて離さない枷として、未だに機能していた。


 お前に女の子と接する資格は無いと、自らの倫理観は語りかけてくる。


 わかってる、わかってるよ。でも、何故か彼女と話していたいんだ。何故かわからない。でも僕は、彼女に惹かれている。


 お前には高嶺の花でしかないと、自らの倫理観は抑制にかかる。


 頼むよ。少しだけ、それ以上は近づかないから。それ以上の関係は求めないから。


 その日はどうにかして眠りについた。



 次の日の放課後も、彼女がいつも居るというあの中庭の花壇へ行った。


「こんにちは。今日も綺麗ですね、その花」


 僕は、他より少し大きめの植物に咲いている花を指して言った。


「ありがとうございます。ここの花達は私が管理させていただいてるんですよ」

「そうだったんですか!?」


 園芸部か何かなのだろうか。訊いてみる事にした。


「園芸部ってありましたっけ? この学校」

「いいえ、私が個人で先生に頼んだんですよ。管理する人が居なかったそうなので」

「それで毎日此処に……」


 彼女は自ら此処の管理を買って出たらしい。


「ええ、この花、芙蓉(ふよう)っていうんですよ。この種類は酔芙蓉(すいふよう)と呼ばれています」


 彼女は嬉しそうにこの花の話を始めた。


「この花は時間によって色が変わるので、もし良かったら朝、学校に来た時に見てもらえると嬉しいです」

「わかりました。明日見てみます!」


 今はピンク色に近い色をしているその花は、時間と共に変色するらしい。そしてお決まり事の様にあの言葉を言う。


「また明日の放課後も、来てもいいですか?」

「ええ、どうぞ。高校生にもなって、わざわざ中庭に花を見に来るような方もなかなか居ませんから。あなたみたいな人が居てくれて、私は嬉しいです」


 そう言って笑った彼女の顔は美しかった。


「じゃあ、また明日」

「また明日」


 彼女にお別れを言った後、家へと帰った。



 今日はあの戒めは襲って来なかった。

 自分は自分をどこまで許しているのだろうか……。


 家を出ようとした時、母さんに声を掛けられた。


「正人、最近早いねぇ。何かあるの?」

「えっ? いや、何も無いよ……」

「え〜なんにも無いのに急に早く学校に行く様になるって……まさか、彼女でも出来た?」

「そんなわけないって!」

「ほ〜う……まぁ彼女出来たら紹介しなさいよねー。出来たら、だけど」


 完全に遊ばれていた。ていうか酷くない?! 自分の子供に彼女出来ないとか言ってるよ! この親。


 まぁ、いいか。とりあえず学校へ行って確認しないとな。


 玄関を出て、自転車に(またが)り学校へ向かった。


 花壇のある中庭に着いた。


 酔芙蓉は、白い花を咲かせていた。これもまた綺麗だった。彼女に会いたくなった。



 その日の放課後。約束通り、また此処に来た。


「こんにちは。今日も来てくれてありがとうございます」

「いえいえ。あっ、そういえば朝見に来ましたよ。綺麗な純白でした」

「見てくれたんですね! そうなんですよ、朝は白くて徐々に赤みを帯びていくんです」


 喜々として話す彼女に、僕は見惚れていた。



 その時。


 急に、彼女が倒れた。幸いにも僕の反応が追いついて倒れきる前に支える事が出来たけど、彼女はすぐには目を覚まさなかった。僕はそのまま、彼女を保健室に連れて行った。


「弥生ちゃん、やっぱりまた倒れたのね……」

「先生、またってどういう事ですか!? 桜庭さん、そんなに身体が良くないんですか!?」


 彼女は無理をしていたのだろうか……。


「弥生ちゃんはね、元々身体が弱くてあまり無理しちゃいけないんだけど、あそこの花壇の管理をさせてくれって言って聞かなくて」

「そうだったんですか……」

「そうなのよ。それで君は?」

「えっ、えっと……」


 どう答えるのが正解なのだろうか。友達? も、なんか違う様な気もするし……わからない。


「まあなんでもいいやっ、君! もし良かったら弥生ちゃんを手伝ってあげてくれないかな?」

「僕ですか!? 構いませんけど……」

「よしっ! じゃあ、お願いね。弥生ちゃんを支えてあげて」


 駄目だ。これ以上近づいてはいけない。


 そう、自身が警告する。それでも。


「……わかりました」


 彼女を見捨てる事は出来なかった。



 次の日、彼女に事情を説明した。


「ごめんなさい! 巻き込んでしまって……」

「いえ、いいんですよ。僕が好きでやっている事ですから」


 それから一週間程経過した頃。彼女は倒れる事は無かった。



「こんなもんですかね」

「そうですね、それくらいでいいですよ」


 酔芙蓉などの植物に水をやっていた。


「すみません。少し疲れてしまったので保健室に行って来ますね」

「あっ、僕も付き添いますよ」


 彼女は無理をする事が無くなって、辛くなったらちゃんと保健室に行くようになった。


「おおっ、今日もお熱いですな〜」

「先生やめてください」


 この学校の保健室の先生は結構軽い。でもそのおかげか、人気のある先生でもある。


「先生、後押しありがとうございました!」


 ん?何のことだ?


「うんっ、さあ、言いなさい」

「はい! あの……その……正人くん」

「は、はい?」


 よくわからない。何が起こっている。


「……私と付き合ってください!!」

「なっ!?」


 まさか……こんな事になるとは……。そりゃ、僕だって彼女に惹かれている。正直、凄く嬉しい。


 でもそれを、自分自身は許してはくれない。それ以上近づく事を許さない。


「ありがとう。嬉しいよ……でもごめん。僕にそんな資格なんて無いから……」

「正人くん! 私はずっと正人くんの事を見てきた。純粋な目で花を見てくれる事、私を見てくれる事。何度も私を助けてもくれた! 私はそこに惹かれていったの! 正人くんが何を抱えているのかは私にはわからない……でも、もしその何かで自分を許せないなら、私が許してあげるからっ!」

「……!!」


 何故こんなにも彼女は僕を見てくれる? 自分にはわからない……。


「だって、正人くんずっと辛そうだった。笑っていても、何処か悲しい目をしてた。ずっと苦しんで来たんでしょう? 何かの償いなら、もう充分だよ!」


 何故だろう。いつの間にか涙が溢れ出す。自分では止められない。


「……ありがとう。桜庭さん……改めての返事は明日でもいいかな? 出来たら朝早くに此処に来てて欲しいんだけど」

「うん!」


 それから、涙を流しながら僕は帰った。



 僕はもう許されてもいい。彼女はそう言ってくれた。僕は幸せになってもいいのだろうか……それでも僕は彼女に答えなくてはならない。


 僕はその日の夜、枕を濡らしていた。悲しみでは無く、喜びで。


 早朝、僕はいつもよりも早めに学校へ向かった。そしてあの花壇にあった酔芙蓉の花を摘んで、保健室へと向かった。


 そこに彼女は居た。


「来てくれたんだね……ありがとう」

「当たり前です! 私が告白したんですから!」

「そっか、そうだよね。それで、返事なんだけど……」

「はい……」


 俺は決めたんだ。少しだけ彼女に頼ってしまう事になるけど。俺は俺を彼女の分だけ許す事が出来たから。


「返事の代わりといってはなんだけど……この花を桜庭さんに……」


 花を手渡す。


「この花は……酔芙蓉ですか? あっ、酔芙蓉の花言葉って……」

「そうだよ。酔芙蓉の花言葉は、『しとやかな恋人』です」

「それって……!」

「うん、大好きです。桜庭さん」


 やっと言えた。自分が許してはくれなかった関係を作ってしまう言葉を。


 桜庭さんは少し泣き始めてしまった。


「ありがとう……じゃあ、私からはこれを」

「この花は?」

「ベゴニアです。ベゴニアの花言葉は、『幸せな日々』です。正人くん、あなたはもう幸せになってもいいと思います。辛くあり続けるのは終わりにしてもいいと思います。こんな私ですが、私と幸せになってくれませんか?」

「桜庭さん、ありがとう……」


 僕は桜庭さんと幸せになってもいいのだろうか……。いや、やっぱりもう考えない。僕は桜庭さんと幸せになりたい。


「青春だねぇ〜……」

「なっ!? 先生いらしたんですか!?」

「ずっと居たんだけどなぁ〜……」


 桜庭さんは赤くなっていた。



 もうすぐ夏は終わる。


 でも、僕にはやっと、春が来たようだ。ずっと止まっていた寒い冬は終わって、僕にも春が来た。それは、桜庭さんがくれた贈り物。

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[良い点] はじめまして。感想失礼します。 素敵なお話でした。展開に先入観を持って読んでしまったので、まんまと裏切られました。こういう展開もいいな~と感じました。古風だけど新しいというか。主人公の過去…
2014/11/22 01:26 退会済み
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