芸術を知らない宇宙人
世の中には様々な芸術があります。絵、彫刻、小説、詩、音楽、舞台、などなど…
始めて芸術に触れたとき、あなたは何を感じ取りましたか?
私は身長1マイクロメートルの知的生命体、いわゆる宇宙人だ。このたび、私たちと同じ知力を持つ生命がとある青い星で見つかったため、外交組織のトップである私は仲間を連れて挨拶に向かうことになった。青い星人にも挨拶だとか友好だとかそういう概念があるらしいからとても楽しい仕事になりそうだ。
実は、青い星人に失礼のないようにある程度は向こうの文化の予習をしている。だからこうして人間の言葉を使うことができる。しかし、青い星人の言語はあまりに多い。仲間の1人もこんなことを言っていたくらいだ。
「こんなに言語が多いと、同じ青い星人の間でもコミュニケーションがとれないこととあるでしょうね。」
しかし私は知っていた。青い星人には芸術という独特のコミュニケーションの方法があるのだ。それをその仲間に教えると、次の日彼は芸術の一つを持ってきて言った。
「見てください、これは絵画といって図形と光の周波数を組み合わせることで表現するそうです。」
「どんな文法なんだ?」
「文法はありません。しかし、大抵の青い星人にはこれで通じるそうです。」
「…そうなのか。で、その絵画には何と書いてあるんだ?」
「翻訳不可能です。芸術は言葉で表現できないものを直接脳に伝えるものですから。」
それ以来、私は青い星人の絵画というものを研究し、少し絵画を理解できるようになったころには絵画への興味はとても大きくなっていた。
「この『泣く女』という絵画はピカソという画家がキュビズムを…」
「相変わらず絵画が好きですね。でも、青い星人の芸術は絵画だけではありませんよ?」
「他に何があるんだ。」
「文学です。こちらは言語で表現しますけどね。」
「言語には限界がある。芸術とは言えないだろう。」
「とりあえず一つ読んでみてくださいよ。日本語で書かれている作品を用意しましたから。」
そうしてその仲間に渡されたのが「竹取物語」という文学だった。昔の文法で書かれていたが、発展していない日本で書かれたにしてはよくできた物語だ。まだ宇宙の存在も知らない状態でこれを書いたと思うと、私の中にははっきりと言葉で表せない何かが芽生えた。これを表現しようとしたのがこの文学なのだろうか。そして私はもっといろいろな芸術を楽しみたいと思うようになった。次の日、またあの仲間が芸術を持ってきた。
「音楽なんてどうでしょうか。音波の波長、波形、振幅を使って表現するそうですよ。この芸術をこの宇宙船で再現できるようにするのには苦労しましたよ。」
「よくやった。早速再現してくれ。」
彼は全長5cmもあるような巨大な装置を持ってきて、電源を入れた。すると、無規則な音波が流れた。
「これはノイズですね。もうすぐ始まりますよ。『ベートーベン交響曲第五番』という曲で、日本では『運命』と呼ばれてるみたいです。」
彼がそういった瞬間、とても規則的な音波が流れた。弦を擦るような楽器から発するらしい。青い星人のための芸術のせいかあまりにも音波の振幅が大きく、私たちの宇宙船が揺れ始めた。
「これは大丈夫なのか…?」
「大丈夫ですよ。これはオーケストラといって、昔から親しまれている形態らしいですからね。」
その言葉を言い切るか言い切らないかのうちに、音波の振幅が瞬間的に強くなった。宇宙船も一緒に揺れ、コンピュータにエンジントラブルを警告された。
「ほら見ろ。音楽を止めろ。」
「…わかりました。帰ったらまた聞きましょうか。」
しかし、彼がスイッチを切ろうとする前にまた瞬間的に振幅が強くなった。そのせいで彼がバランスを崩した。
「おい、早くしろ!」
「すみません、金管楽器の音っておっかないですね…」
そしてまた振幅が強くなったかと思うと、休みなくもう一度、またもう一度と揺れた。
「無理です、こんなに揺れていたら止められません!」
揺れはどんどん大きくなり、ついに宇宙船が爆発した。そうして私たちが不時着したのが運良くも青い星だったのだ。しかし、もう私たちがもつ技術は爆発事故により全てなくなっていたから、しかたなく青い星で名もなき細菌として生きている。




