閉じ込めたのはわたしか、君か
ヤンデレ企画に参加したかったけど出遅れたうえにコミュ障すぎたので、こっそり前々から設定だけはあったヤンデレ話を投下。なんだかもうヤンデレがなにかわからなくなってきた。
設定といっても大した設定を作り込んでいないので、内容は薄いです。ご注意ください。
机をたたく音。
イスが倒れる音。
肌を打つ鈍い音。
ぐらぐら揺れる視界と、ジンジンと痛む頬。
殴られた、だなんて頭だけが冷静に今の状況を分析していた。
「あんたなんか生まれてこなければよかったのに!!」
甲高い声が突き刺さる。
全てが曖昧で、そのくせ優しくない世界の中でようやくわたしは理解した。
…………そうか、わたしは生まれてこなければよかったのか。
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目が覚めるとわたしは乙女ゲーム『殺し愛』、略してコロアイのヒロイン藤坂みくに《ふじさかみくに》になっていた。これが転生なのか、憑依なのか、はたまた自分に都合のいい夢なのかはどうでもいい。大事なのはここが乙女ゲームの世界だってことで、わたしがヒロインだってこと。――コロアイは物騒なタイトルからもわかるようにヤンデレまみれのグロエロ乙女ゲームだ。選択肢を間違えると待っているのは監禁オアデッド。ハッピーエンド以外にヒロインに救いはない。となれば、することは1つだ。決意をかためて、わたしは乙女ゲーム攻略に乗り出した。
「みくに、どこに行っていたの誰と会っていたの僕を置いてどこへ行くつもりなの」
わたしの肩を痛いくらいに握りしめるのは結城元親、ヒロイン《わたし》の幼馴染であり、和風な名前に似合わぬ金髪碧眼な王子様キャラ。複雑な家庭事情から幼い頃から傍にいるヒロイン《わたし》に依存していて、他の男どころか他の人間と関わることをひどく嫌う。
「みくにみくにみくにみくに、ねえ、どこにも行かないでよ」
その目に宿るのは狂気。ただわたしの名前を連呼して、強く強く抱きしめる。わたしは無言でされるがままに、元親の肩に顔をうずめた。
「また、他の男の匂いをつけて。僕を嫉妬させたいんですか、みくに?」
くすくすと意味もなく笑う人形みたいな男。目はちっとも笑わずに口元だけを笑みに歪めたそのアンバランスな表情すら様になる絶世の美青年。栖川世一、彼も攻略対象キャラクターの1人だ。ヒロイン《わたし》の1つ年上の先輩で、その容姿から人間不信気味。ヒロイン《わたし》だけが唯一の理解者だと信じて疑わない可哀想な人。
「みくに、ほら僕の腕の中に。他の男の匂いなんて消してあげます」
壊れ物のようにそっと抱きしめ、髪に唇を寄せられる。ようやく安堵したように肩の力を抜く世一先輩に身を預けて、抱きしめ返す力に少し力を込めた。
「先輩ってば、ドMなの? 何度も言ったよねぇ、僕のことほったらかしにしないでって」
言葉とは裏腹に泣きそうな顔をしてわたしの服の裾を掴むのは1つ年下の連城結弦。甘えることが下手くそで、縛りつけることでしか愛情を表現できない不器用な子。執着心が薄い子で周囲から遠巻きにされていたけれど、初めて執着できるもの《ヒロイン》ができてそれを失うのが怖くて怖くて仕方がない。
「どうしてわかってくれないのかなあ。僕には先輩だけなのに」
抱きしめて縋ることすら知らない彼をじっと見つめながら、何も言わずただ頷く。それだけで泣きそうに顔を歪めるから、一歩だけ結弦くんとの距離を詰めた。
「別におまえが誰に尻尾をふろうとかまわない。俺のところに戻って来るならな」
長めの前髪からのぞく瞳はこちらを射殺さんばかりに睨んでいるくせに口から出るのはそれとは正反対の言葉ばかり。津々木明吾、同級生にして財閥のお坊ちゃまな美丈夫。その性格から男女ともにあまり好かれてはいなくて、気にしないと口にしながら傷ついている見かけによらず繊細な人。
「この俺が傍にいろと言っているんだ。黙って従え」
ふんと物理的にも見下して、握りしめた拳を背中に隠す。それに気付かないふりをして曖昧に頷けば、ぴくりと何か言いたげに明吾の口の端が動いた。
この世界はとても優しい。記憶のとおりにシナリオをなぞるだけ。それだけで綺麗で歪な彼らはわたしに愛を求めてくれる。わたしだけだと言ってくれる。
それなのに。
机をたたく音。
イスが倒れる音。
肌を打つ鈍い音。
ぐらぐら揺れる視界と、ジンジンと痛む頬。
殴られた、だなんて頭だけが冷静に今の状況を分析していた。
……ああ、どうしてこうなってしまうのだろう。
「男はべらして何様のつもり?」
「あんたみたいなのの、どこがいいのかわかんない」
「てか、男はみんなわたしのもの、とか思っちゃってるわけぇ?」
「きっもーい」
「あんたなんて、生まれてこなければよかったのに」
…………わたしは、ここでも。
意味のない存在なのか。
この世界に来る前のわたしは、いわゆる虐待を受けていた。父を早くに亡くし、女手一つでわたしを育ててくれたお母さんはわたしがまだ幼いうちに心を壊した。お酒を飲んで、わたしを殴った。口答えすれば余計に殴られたからわたしはいつしか喋ることをやめた。ただ向けられる暴力を、悪意を、憎悪を黙って受け止めていればお母さんは満足してくれるから。そうすれば、きっといつかお母さんはわたしを愛してくれる。そんなバカみたいな幻想はついに現実になることはなかったけれど。
だからこそ、この世界に来た時、わたしは狂喜した。優しいお母さんにじゃない。あたたかな家庭にでもない。わたしを愛してくれる人が4人もいることにだ。わたしが何をしなくても彼らはわたしに愛を囁いて、監禁して、飼い殺してくれる。なにもしゃべらなくていい。何も考えなくていい。ただ彼らの愛を受け止めてあげるだけで、わたしは檻の中で死んでいくことができる。
考えなくていいというのは楽だ。自分がどうして生まれてしまったのかも、どうしてこんなに憎まれるのかも、どうすれば愛してもらえるのかも全部全部投げ出していいってこと。だってなんの努力もしなくても、わたしは存在しているだけで彼らに愛してもらえるんだから。
そのはずだったのに。
「どうして他の奴を見るの、みくに」
「なぜ他の男へ寄って行くのですか、みくに」
「どうして僕だけじゃないの、みくに」
「なぜ俺から離れようとするんだ、みくに」
「「「「そんな、みくに嫌いだ」」」」
違う違う違う違う違うちがうちがうちがう!!!!
こんなはずじゃなかった。わたしは愛されるはずだった。どうしてシナリオ通りに進まないの。どうしてわたしは愛されないの。
わたしは愛されたい。わたしは監禁されたい。わたしはなにも考えたくない。
わたしを閉じ込めてよ。俺だけを、僕だけを考えろって縛ってよ。そうすれば、わたしはなにも考えなくてすむ。誰かに憎悪を向けられずにすむ。ねぇ、お願いだから……わたしと世界を切り離してよ。
ただそれだけの願いすら、神様は聞き届けてはくれないのだ。
ああ、いっそわたしが閉じ込めてしまおうか。4人一緒に、外の世界から切り離してしまおうか。彼らの目にわたし以外がふれることのないようにしてしまおうか。
そうすれば、ねえ、君は、君たちは。閉じ込められた世界の中さらにわたしを閉じ込めて。一生飼い殺してくれますか。
わたしはもう、なにも考えたくないのです。
真のヤンデレはヒロインだったというお話。そもそも愛されているのはヒロインというキャラクターであり、彼女自身ではないことに彼女は気付かないし、気付けない。