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ワンクリック・パラレルワールド  作者: 異世界くん
2/5

2 チュートリアル


 意識が覚醒する。次に瞼を開いたとき、気が付けば俺は、いつの間にか何も無い草原の中を一人佇んでいた。



 目線の先には、半透明で『異世界へようこそ』の文字が日本語で表示され、それは独りでに宙に浮いている。



「……あれ?」



 ほんの少し前までは、自分は家のモニターの前に突っ伏していたはずだ。なのにどういうことか。見覚えの無い草地に一人、この場で立ち竦んでいる。



「…おいおい……まじか?まじもんの異世界っていうのか…?」



 その声は、誰からのものでもない、俺自身が無意識に発した言葉だった。



 まだわからない。本当なのか、ただの夢かもしれないのに。この高ぶる感情を、抑えることができない。



 夢じゃなければいいと、願っている。例え、前の世界に戻れなくとも。あの世界で起きた出来事が現実で、本当に死んだのだとしても。



 そう、ここへ来る直前までに残っていた記憶は、画面に食われた瞬間から意識が途切れている。それも意識が途切れる直前、食われたという事実を今も鮮明に覚えている。



 ここまでは、ただの夢だとしても信じられる。何せ、異世界にいるのとこの記憶とでは、まだ何の証拠にもならないのだから。



 一番の疑問として、あの時の状況を結論付ければ、俺は画面に食われて死んだことになる。その不振点が消えなければ、異世界に来たという証明にはならない。



 ただ、夢にしては随分とハッキリしている気もする。腕は動くし、足も動く。視界はハッキリとしているし、「あーー」と喋れる。鼓膜も無事なようだ。



 あまりにも一瞬の出来事で正確かどうかはハッキリと思い出せないが、確か鋭利な牙を何十本も生えた画面に体を食われていた。



 ところが見たところ外見にも内面にも傷害は見当たらない。


 

 身に付いた服装はダボダボに足元に垂れ下がったジーンズに、センスの欠片も無い黒い服。どちらもこれといった形跡が無く、食われる直前にも着ていた服装もそのままの状態になっている。



「……こういうのって大体、そもそもの次元が違うよな?っていうことはだ。異世界ってのは俺の居た世界、地球での常識がこっちでは全く通用しない…んだよな…?」



 確認を取る感じで喋るが、当然こんなとこには俺以外は誰もいない。



 夢か異世界かどうかも確認できないし、一体どうしろというのか。



 正直虚しい、思ったよりも静か過ぎて、現実を思い出してなんか悲しくなってきたぞこら。



 人様をこんなわけの分からない場所に連れて来ておいて、この扱いようは何なんだ一体。そもそも普通にこんな手荒な招待ってないだろ。



 それに加えて現状についての情報が絶望的に足りていない。辺り一面は、見回す限りでは草地のみ、これでは何一つ分かる事は無い。



「つーか…ただリアルな夢でも見てるだけなのか?そもそもここが本当に異世界なのか判断するの無理だよな…」



 むしろ唐突に「ッハ!?」と目覚め、何時もの部屋をぐるっと一周見回して一息ついた後、オチが『夢でしたかー』が現実味ありすぎて一番納得いく。



「…どうせ…確認に頬とか抓ってみても、痛くないとかそんなん………?…あれ、妙に感触がリアルっつうか…力込めて抓るとちゃんと痛みが感じてるような…」



 思った以上に、というか呆気ないくらい簡単に分かってしまう。



 痛みがある時点で、もう既に夢じゃない。



 ……訂正しよう。異世界だここ。



 気がするなー、という以前に、これが現実だった。



 まあ、どういう原理で送られたのかは分からないが、それは一先ず置いとくとしよう。なにせここが異世界だと思わざるを得ない奇怪な現象が、今目の前にあるのだから。



「ただ…もし本当に夢だったら、別の意味で泣けるな。どんな現実逃避だよこれ」



 『異世界へようこそ』と表示されたまま、尚も消えることなく宙に浮かぶ文字を見る。辺りには文字を映し出すような機材は置いておらず、常に文字は目線に合わせて動く。



 元いた世界では、科学的に進歩し、目まぐるしい速度で発達はしていたと思うが…しかし何も無い空間に文字を映し出せる程、現代の技術は存在していなかったはずだ。



 興味深いとは思った。



 ただ、さっきから気になっていることが一つある。



 何時消えるんだよこれ。



 いい加減、これ鬱陶しいんだが。どんだけ強調したいんだよ。



 座る、伏せる、立つ、ジャンプ、その場で一回転、そして準備体操。視界を遮る程ではないにせよ、半透明の文字は目線を動かせば必ず目線の枠内に収まる。



 ハッキリいって、邪魔くさい。



 …どうやったら消えるんだよ…。



 ………。



 ふっと、それは本当に何となく。画面に触れる感じで、人差し指を伸ばしてみる。



 するとどうしたことか、『異世界へようこそ』としか表示されていなかった文字が、何やら細かい説明文へと移り変わった。



「…ふぅん?」



 もしや思い、もう一度確認に人差し指を伸ばし、少しだけ指先を画面に触れさせると、下にスライドさせてみる。



 すると案の定、画面が動き元の『異世界へようこそ』の文字が表示された状態で停止した。



「へぇ?なんていうか地球がさらに発達した先の未来の技術を、一足先に目にした気分だな」



 とはいっても、こんな何処で表示されてどうやって文字が縦横にスクロールしているのは見当もつかない。



 まあ、それが異世界というものであり、今の俺にとっての醍醐味か。



 何か無いかと適当に指先を上下に動かし、書かれた文章を読み上げる。



 今さらとなってだが、これも奇妙なものだ。異世界に突然連れてこられたというのに、書かれている全ての文字が日本語で読めるときた。



 しかも表示される文章の殆どが、まるで日本人が自作したような内容。



 あまりにも俺自身に合わせて作られているというか、元いた世界と似すぎているというか。



 これ、本当に異世界なのだろうか…。



 暇つぶしにはなっているが、進展が無く次第に冷めてくる。



 地球という檻に閉じこもり、エラーを見続け、それが嫌だった、だから異世界に居ると理解した時、興味が湧いた、面白そうだと。



「はぁ………」



 が、口から吐き出されたものは溜息、この調子を見た限り、失望の色は隠せない。



 檻から外され、異世界という未知に飛び込んだにも関わらず、胸に空いた空虚は塞がらなかった。



 もう、つまらない。



 この景色も、この現象も、この世界も。徐々に『エラー』に変化する。



「…俺が求めるものは、この世の何処にも存在しねぇってことか」



 そういって、いつもの癖でポケットに手を突っ込む。



「…ん」



 ゴソっと異物の感触と音が鳴った、記憶には無いが何かをポケットに入れていたようだった。



 それも一つじゃない。ジャラジャラと丸くて硬く、これはまるで……。



「小銭か」



 ジャラリと、幾つかの金銭を取り出す。



 五百円硬貨から壱円まで、合わせると全部で大体八百円くらいの金額があった。



 異世界に他の異物まで送られてきたとは、これはこれで奇怪なものだ。



 もし実際に一度死んでたなら、こんな小銭は存在しないはずだからだ。



「…っつーことは、死んだ…とはちょっと違うらしいな」



 食われて死んだというよりも、あれは丸呑みされていたということなのだろう。



 一瞬にして意識が飛んだものだから、てっきり死んだものかと思っていたが…。



「…いや違うか。あっちでは【死人】か【行方不明】辺りの扱いになってる…死んでいるのか」



 あの時に表示された『はい』か『いいえ』は、つまりは運命の分岐ルート、二つのある内の選択だったということだ。

 


『いいえ』を選べば異世界のルートは始まらないが、現実でのデーターは、つまりは『生』、残るということ。



 だが、今回俺は『はい』を選んだ。そして『はい』を選んだ結果、異世界で新しい人生を始める替わりに、現実のルートはリセット、【存在しない】という扱いにされた。



 現実ではゲームオーバー、つまりは『死』だろう。



 現状は、簡単にこんな感じか。さらに詳しく纏めると、俺を食らったあれは、飲み込んだ物質を異世界へ転移させる機能を持った、パンドラボックスみたいなもの。そして全身を跡形も無く食われたことで、俺と一緒に小銭までこの異世界へと送られた。



「…あ?待てよ?」



 ……食われた物が一緒に送られるとすれば、ここにはもう一つ、この異世界へとあれが送られているはずだ。



 あることに気がついた俺は辺りに生えた草地を掻き分ける、案外それは近くに落ちていて、大して時間も掛からず見つかった。



「…やっぱり…マウスも…ノートパソコンも一緒に送られていたか」



 食われる寸前、マウスは手元に握ったままだった。それに加え、あの大口になった画面は、そもそも元はただのノートパソコンで、要は借りてあったに過ぎない。



 そして案の定、この異世界へマウスとノートパソコンは一緒に送られてきていた。



「…あ、駄目だなこれ…これじゃ使い物にならない」



 マウスとノートパソコンが、そこに存在する。という面影が残されているだけだった。



 どちらも綺麗に両断されたように、半分しか存在していない。



「中途半端に食われたのか……」



 とりあえず、見つめたものは小銭と壊れたマウス、そしてノートパソコン。これがなんの役に立つか分からないが、しかし何も無いより幾分かはマシ…なのか?



 しかし、食われた…のか、それとも転移されたのか定かではないが…。



「てか、この半分は何処にいったし?」



 今やただのガラクタと化したマウスとノートパソコンを見つめ、違和感が生じる。別に思いれや未練などはこれといってないのだが、なんというか、本当は全部。こんな形ではなく、現実にあった形のままで送られてきていたのではないか。無性にそんな気がしてならなかった。



 その違和感が何になるのかといえば、何にも意味はない。例え壊れてなかったとしても、どちらにせよ持っていくのは、せいぜい邪魔にならない程度の小銭くらいだから。



 まだ始まったばかりなのだから、気にしてもしょうがない。



「…さて、物色も終わったが…いつになったらチュートリアルは終わるんだよこれ」



 ある程度時間を置けば何かしらの進歩があるのでは、という期待を持っての時間稼ぎだったのだが、何時まで待っても進展が無いことに、今度は苛立ちを覚える。



 もしや、まだ目の前で鬱陶しく表示される文章を読めというのか。



「…めんどくせぇ」



 もう読む気はない。…が、読まないと終わりそうが無い。



「………」



 仕方なく、ザッと簡単に内容に目を通していき、ひたすら指を上に跳ね上げる。



 細々とまるで紹介文のような内容で、この異世界についてがつらつらとただただ語られている。



『植物について』



 これじゃねえ。



『食べ物紹介』



 これでもねえ。



『お勧めの観光地』



 いや何でだよ。っていうか見渡す限り草原と平地の世界だが、一体何処に観光地なんてあんだよおい。



 など、少々突っ込みを入れながらも次々とスクロールしていき、必要の無い項目を無視し飛ばしていく。






【最重要項目】



『この世界について』




 その最中、ある一つの項目に目が留まった。



「…これか」



 ……カチ。



 最重要項目と書かれた項目に目掛け、指でそれをクリック。



 すると画面が切り替わり、記された内容へと目を通す。



 ただ、映し出された文は比較的単純なものだった。





『         』





「これはまた……どういうことだ?」



 その文を見て、思わず呆気に取られ口を開く。



 映し出された文は、何も書かれていない空欄が存在するだけ。



 俺の瞳にさえ、そこに『エラー』は存在していない。



 首を傾げ、どういうことなのか、空欄に指を向けてクリック。



 …カチ



 刹那、画面が眩い光を放ち始めた。



「…ック!?今度は何だよおい…!」



 光は一瞬にして全身を包み込んでいき、その放たれる強烈な光を前に思わず目を瞑る。



 そこでもう一度、俺の意識は途切れた。



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