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霧の日、古い祠にて  作者: 圭沢
忍び寄る霧
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07話 平穏な日常・その5

 斉木が見つけたのは、確かに真紀子のバッグだった。

 昇降口を出たところで、霧の中にもかかわらず陽介達に真紀子だと悟らせてしまった、あのバッグである。なにやらブランド品らしく、女子達の間で自慢していたのを、陽介は横目で見た記憶があった。さっきのドサクサで落としていったのだろう。


「ね、すごい手柄でしょ、少佐から大佐ぐらいになってもいいかなあ?」

「う、うん、そうだなあ」

 目を輝かせている斉木に、陽介は半ばうわのそらで答えた。バッグをどうするかの方が気になったのだ。

 裕太に救いを求める。

 が、珍しく裕太は陽介のサインに気が付かなかったようだ。

「でかしたぞ。斉木はこれより大佐だ。で、こいつをどうしてくれようか」

「やった!」


「まず、中を見ようよ」

 セイジの目が輝いている。

「中を見たら、ただ捨てるんじゃなくって、ボロボロにして返そう。いや、その前に中にドロを詰めとくか。運河のところの臭いヤツ。それで教室の隅に置いとこうよ」

 セイジは一人でうれしそうに喋りまくっている。


 やっぱりセイジはそうくるよな、その反応は陽介の予想どおりだった。


 陽介は他の二人の様子を確かめた。

 裕太は笑顔で肯いていて、斉木は自分がもたらした予想外の展開に目を丸くしている。


 味方は斉木だけか。

 裕太が味方をしてくれないのが、陽介にはちょっぴり悲しかった。

 よし、ここは僕が頑張らなくちゃ。陽介は気を取りなおして、ゆっくりと切り出した。


「うーん、ここは考えどころだと思うんだ。そりゃ、あの真紀子をとっちめるいいチャンスだと思うよ。けど、僕らさっきコテンパンにやっつけてやったし、この辺でよしといた方がいいと思うんだ」

 突然の陽介の発言に、裕太とセイジはびっくりして陽介を見つめた。そんなことは思ってもいなかったらしい。


 どう言ったら説得できるかな。陽介は、セイジのものの考え方を意識して、言葉を選びながら続けた。


「あのさ、さっき、僕がなんであそこで撤収の指笛を吹いたと思う、斉木が飛び出したときにさ?」

 裕太とセイジは黙ったままだ。


「あの時って、さらにやっつけるいいタイミングだったよね。でも、僕は指笛を吹いた。それってね、とっさにこう思ったからなんだ。後で真紀子達は絶対先生に報告するだろう、でもここで止めとけば、何を報告できるだろ。せいぜい砂を投げつけられたことぐらい。それぐらいじゃ、いくらあの意地悪先生だって、たいしたことは出来ない。だけど、あそこで止めずに追いかけていって実際に殴っちゃったりしたら、先生に今日の仕返しをする口実を与えるだけだったんじゃないかな」

 陽介はいったん言葉を切った。


 裕太が陽介の言わんとしていることをどうやら分かってくれたらしく、陽介に目配せをして後を引き取った。

「要は、腹八分目で止めとかないと、後でえらい目に会うってことか」

 裕太が味方になってくれたので、陽介は少しほっとした。


 残るはセイジ一人。斉木もおっかなびっくり陽介の援護にまわってくれた。

「あとさあ、ボク、思うんだけど、そのバッグが真紀子の言うとおりブランドの高いものだとするじゃない? そしたら、セイジ君の言うとおりやっちゃった場合、親も出てきてややこしくなったりするんじゃないかなあ。あ、これ、もちろんただの可能性だけど」


 親、という言葉が出てきて、セイジはぎょっとしたようだ。セイジが今一緒に暮らしている父親は、とてつもなくおっかないらしいのだ。

 斉木もいいところでいいことを言う。陽介はすかさずまとめに入った。


「よし、じゃ、そのバッグには何もしないってことでいいかな」

「まあ、仕方ないか。でも中は見るでしょ?」


 それじゃああんまり意味がない。


 陽介は言葉に詰まった。すると、裕太がフォローを入れてくれた。

「俺達は誇り高き戦士だぜ。戦場では勇敢に戦うけど、戦争が終れば人一倍親切なんだ。人のカバンの中を覗くなんて卑怯な女子のすることじゃん。ここは、堂々と、一切手を付けずに返してあげようぜ」


 これには女子を目の敵にしているセイジも納得したらしく、大きく肯いた。

「そうだな。戦士のやることじゃないよな。分かったよ」


 陽介と斉木がほっと安堵のため息をついていると、裕太が陽介の脇腹を肘でつついた。

「ホントは陽介、さっきの待ち伏せ、やり過ぎたって後悔してるんだろ」

 ニヤッと笑いながら裕太が耳打ちした。


 なんだ、バレてたか。

 確かに、告げ口した真紀子に腹が立ってはいたが、あそこまでなるとは考えてなかったのだ。

 それでも裕太は味方してくれた。


 さすが親友、ありがとね。

 陽介は裕太にニッコリと笑顔を返した。


「でもさ、どうやってこのバッグを真紀子に返すの?」

 セイジの問いに、陽介は新たな難問に引き戻された。


 どうやって真紀子に返すか、だって。斉木も面倒なもの見つけたなあ。

 陽介はため息をついた。


 まず、真紀子に届けてやるにしても誰も真紀子の家を知らないし、また知っていてもそこまでやってあげる仲でもない。

 次に、あたかも見つけなかったように霧の公園にまた置いておくにしても、誰かに盗まれてしまったら意味がない。かえって僕達が疑われるのがオチだ。


 難しいなあ。

 言葉に詰まって裕太に目をやった陽介は、その様子にドキリとした。

 裕太も一応こちらを見てはいたが、その視線の先には自分はいない、そんな気がした。時々裕太はそんな目で陽介を見る。


 裕太、帰ってきて! 僕はここにいるよ!!


 陽介が不安な眼差しで見守るうちに、裕太は我に返ったように提案した。

「学校に戻って教室に置いておく? そこなら安全だぜ」

 陽介がほっと胸をなでおろしていると、斉木がおずおずと別の案を出した。

「ね、ボクもひとつ、言ってもいいかな? あのさ、このバッグって高いもので、もちろん親に買ってもらったものだよね。でさあ、真紀子がこのバッグを持たずに家に帰ったとするじゃない? きっと真紀子のお母さんは怒って、探して来いってことになると思うんだ。だから、ここで待っていればきっと真紀子が探しに来るんじゃないかな?」


 いい読みしてるよ。陽介は斉木に感心した。

 斉木は普段ぱっとしないが、たまに鋭いことを言う。セイジの扱いもうまい。

「うん、斉木の言うとおりだね、きっと。じゃ、ここで待ってようか」

 陽介の言葉に斉木の顔がぱっと明るくなった。裕太も肯いている。


「ちょっと待ってよ」

 セイジが一人異議を唱えた。

「そしたらさ、真紀子が探しに来たら、ハイこれ忘れて行ったよ今度から気をつけるんだよって、ニヤニヤしながら渡すってこと? それじゃ露骨に恩着せがましくて、誇り高い戦士じゃないよ」

 どうやら先程の裕太の言葉の効き目がまだ残っているらしい。

「誇り高い戦士だったらさ、もっとさり気なくやらなきゃ。このバッグはあそこのベンチの上に置いといてさ、変なヤツが持っていたりしないように、オレ達が物陰で見張ってるってのが一番かっこいいやり方だよ。そうしようよ」

 陽介がチラリと裕太を見ると、裕太は陽介に小さく肯いた。ここはセイジのやりたいようにやらせてあげよう、裕太もそう思ったに違いない。陽介は大きくセイジに肯いた。

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