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霧の日、古い祠にて  作者: 圭沢
忍び寄る霧
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06話 間話・その2

 どれくらいの時間が経ったのだろう。


 川に飲み込まれた彼は、まだ意識を保っていた。

 静かな流れほど底は深い。一見穏やかなこの川は、内に激しさを秘めていた。そして、川は彼に容赦をしなかった。

 彼は幾度となく岩に削られ、ナイフのような流木に刺し貫かれた。彼はそのたびに、小さくなっていった。


 五感はとうになくなっていた。

 感情も徐々に剥ぎ取られていった。


 彼は、そうした感覚や感情というものを川面に水飛沫として置き去りにし、それらが蒸発して空へ上がっていくに任せた。

 彼は、ただひとつ、怒りという感情にしがみつき、ひたすら意識を保ちつづけた。

 決して長いとはいえない彼の生涯に登場した、決して誠実とはいえない人々。彼はすべての人々を憎んだ。彼は呪った。彼にとって、全部が全部、彼らのせいだった。


 そうして、川に流されながら永遠とも感じられる時間が過ぎた時、彼は水面近くの何かに引っ掛かった。倒木のごつごつした腕に抱えられ、彼はそれ以上流されることはなくなった。


 さらに無限大の時が流れた。

 彼はがっちりと倒木に抱きすくめられ、身動きすら出来ないまま、相変らず流れの中に留まっていた。しかし、いつか脱出できることは彼には分かっていた。彼は怒りの焔を絶やすことなく、その時を待ち続けた。


 やがて、彼の願いが届いたかのように、川が徐々に水嵩を増していった。

 周囲にあるものを手当たり次第にもぎ取っては引きずり込み、荒々しく砕き、削り、その濁流に飲みこんでいった。まるで、彼だけでは足りないと断固として主張するかのように。


 初め、彼は倒木ごと深みへと引きずり込まれた。ぐるぐると回されるうちに、ワインのコルクのように、彼はあんなに頑固だった万力からあっけなく解放された。そして彼は、より一層水にもてあそばれ、岩に叩きつけられた。しかし、彼に残されたものはもうほとんどなかった。ただひとつ、黒くくすぶる怒りを除いて。

 彼はますます怒りにしがみついて離さなかった。


 狂暴さを増した川は、やや下流よりの一点で、ついに氾濫した。

 人々が長年かけて築き上げた堤防を大蛇のように這い上がり、乗り越えた。


 後は簡単だった。

 人が住む領域へとそのまま押し寄せるだけ。


 彼は自分が堤防を乗り越えたことに気づかなかった。

 しかし、かろうじて残る彼の意識がそうさせたのかもしれない。

 彼は濁流にもまれながらも、低空飛行で敵地に侵入する戦闘機のように、崩れゆく堤防をするりと超えた。

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