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霧の日、古い祠にて  作者: 圭沢
忍び寄る霧
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04話 平穏な日常・その3

「うわー、霧すごいよ」

 陽介達は、昇降口から外に出るなり口々に驚きの声をあげた。


 霧はますます濃くなり、三々五々帰っていく他の生徒達の背中がぼんやりと影にしか見えず、どれが誰なのかはわからない。

 陽介は思わず霧の中へ駆け込んだ。


 やっぱり、ひんやりして気持ちいい。

 すぐ後ろから聞こえてくる歓声から、みんなもついて来たのがわかった。


「こんなの初めて」

 陽介は立ち止まると、手で霧をすくうようにしながら言った。

「雲の中にいるみたいだ」

「昔オヤジに、死んだおじいちゃんはどこにいるのって聞いたら、雲の中って言ってたっけ。こんな感じね。馬鹿々々しいけど、いいセンスしてるかも」

「セイジ、それを言うなら雲の上だろ。こっちは雲の中。ごっちゃになってるよ」

「あれ、そっか」


「ね、アレ見て」

 裕太が会話を遮った。

「ヤツらかも」


 皆、一斉に裕太の視線を追った。

 しばらくして斉木が肯いた。

「そうだ。ボク、あの赤いバッグ、見覚えある」

 霧に霞んだ女子の一団、その中で一人だけランドセルを背負わずに赤いバッグを持っている子がいる。確かに陽介にもそのバッグは見覚えがあった。確かあれは…。


 あの時の陽介の慌てぶり見たー、そんな会話が笑い声と共に陽介の耳に飛込んできた。学級委員の真紀子とその取り巻き、告げ口したヤツらだ。


 陽介はそんなに自分が慌てふためいたとは思っていなかったが、顔が真っ赤になるのが分かった。ちくしょう。


「待って」

 セイジが突撃しようとしたのを、陽介は急いで止めた。


 ひらめくものがあったのだ。深呼吸をひとつして、後を続ける。

「待ってってば。いい考えがある。せっかくのこの霧なんだからさ、ちょっと耳貸してよ」

 セイジは、きょとんとして陽介を見た。

「陽介、何を思いついたんだよ?」

 裕太が口を挟んだ。しかし、そう言いながらも、聞く前から裕太はすっかり乗り気になっているようだ。

「裕太も聞いてよ。あのさ、この先の公園のところでさ…」




「わおーん」

 前方からかなり上手な犬のモノマネで、セイジの位置についたという合図が聞こえてきた。


 これで配置完了。陽介の提案で、人気のない公園で告げ口した真紀子達の一団を待ち伏せすることにしたのだ。

 みんな上手く隠れていて、陽介はそれぞれの居場所を知っているのだが、それでも人の気配は感じられない。


 物音が霧に吸収され、辺りはやわらかな静けさに包まれていた。誰もいない滑り台が寂しげに佇んでいる。そこかしこに配されている木々は、黒いシルエットから微かな染みまで、距離によって見た目を変え、見る者から正体を隠そうとしているようだ。向こう側にあるシーソーは、ほぼそれに成功していた。陽介の位置からは、それがシーソーだと知らなければ、古びた大砲に見えなくもなかった。そして、その脇のジャングルジムは、取り壊しが決まったお化けビル。


 あの中に呪いの王子が潜んでいるんだ。


 勇敢にも呪いの王子と対決する自分を陽介が想像していると、目指す相手が近づいてくるのが分かった。深い霧のため姿はぼんやりとしか見えないが、近づく話し声でそれと予想がついた。


「でさ、裕太、耳、真っ赤になってたよねー」

「今度はセイジを告げ口してやろうよ、あの女の敵」

「あのチビ、いっつも同じ服着てるよね」

「そうそう、袖のボタン、取れてるヤツ」

「ママがいないとダメなんでちゅ」

 キャッキャッと笑いながら近づいてくる。セイジが登った木に大分近づいてきたようだ。


 セイジ、大丈夫かな。


 陽介は、セイジが潜んでいるはずの木を見つめた。

 セイジの両親は離婚し、今セイジは父親の下で暮らしている。陽介も詳しいことはあまり知らなかったが、そのことをとやかく言われるとセイジはきまって怒り狂う。


 しかも陰でそんなこと言うなんて。

 陽介は一旦作戦を中止しようかとも思ったが、それでセイジが納得するはずもない。告げ口された裕太や陽介よりも、今は一番セイジが怒っているはずだ。


 頃合を見て、陽介は短く指笛を鳴らした。


 まず木の上のセイジが、近くの砂場から拝借した砂を一掴み、真紀子達の頭上にばら撒いた。どうやら落ち着いて作戦どおりやってくれたらしい。

「キャ、何?」

「何か降ってきたー」

 真紀子たちの一団に一瞬の混乱が起きた。次は両脇から陽介と裕太が砂を投げつける番だ。


 陽介は隠れていた草むらから立ち上がると、ずっと握り締めていた砂を思い切り良く投げ、また草むらにしゃがみこんだ。

 陽介はさほど力を入れたつもりはなかったのだが、どうやら裕太はかなり力が入っていたらしい。真紀子達から悲鳴が上がった。


「痛ッ」

「ちょっと何ー?」


 よし、総攻撃だ。陽介は、指笛を今度は長く鳴らした。

 まず木から飛び降りたセイジが、奇声と共に砂を投げつけながら背後から突撃した。

 間を置かず両脇から、これまた大声を上げて陽介と裕太が突っ込んでいった。


「何、何なのよー?」

 真紀子達は、キチガイのように叫びながら後ろから突っ込んでくる人影がセイジだと判るなり、動きが止まった。

 どうやらママ云々が聞かれたらしい。

 セイジの顔が怒りにゆがんでいる。過去、セイジに泣かされた女子は多い。


 一瞬の後、真紀子達は前方へと一目散に逃げ出した。


 しかし、その一瞬の躊躇の間に距離を詰めたセイジが、真紀子達の首筋に、至近距離から最後の砂の一掴みを力の限り叩きつけた。

 本物の悲鳴があがる。


 が、セイジの一撃に後押しされたかのように、真紀子達の逃げるスピードが上がった。

 渾身の一投でバランスを崩したセイジを置き去りにし、陽介と裕太が両脇から猛烈に追いすがった。

 しかし、パニックに陥った真紀子達の逃げ足は速い。みるみる離されていく。


「斉木ー、今だー」

 陽介が叫ぶと、逃げる真紀子達の目の前の草むらから、斉木が突然ワッと飛び出した。


 ただでさえ恐慌状態の真紀子達は、さらに虚をつかれて絶叫した。真紀子達は支離滅裂な状態となって散り散りに逃げて行った。

 その様子を見た陽介は立ち止まり、ひとつふたつ息を整えると、撤収の指笛を吹いた。




 ちょうどその頃、霧はますますその濃さを増していた。上空からゆっくりと、しかし確実に降りてくる霧は、陽介達の住む田舎町を外界から隠すかのように、徐々にその勢力圏を広げていった。

 やむを得ず外出していた大人達は、ぶつぶつ言いながらも会社や家に戻る速度を速めていた。出かける用事のある人は、なんだかんだと理由を付けて外出を先送りしていた。

 そして、誰も気付いていなかったが、屋外にいる大人はやがて誰もいなくなった。まるで、大人達が無意識のうちに安全な室内に避難している、そんなようだった。



「あいかわらず冴えてるなあ」

 集合場所に集まり、ひとしきり興奮が収まると、裕太が陽介に言った。

「俺じゃとてもああはいかないよ」


「僕、あそこまでなるとは思ってなかったよ。あれは、セイジが怒ってたから」

「あいつら、あいつら、こんちきしょう」

 セイジはまだ怒っているらしい。


 陽介がセイジをなだめる為に何か言おうとした時、斉木が先に口を開いた。

「陽介君て、ホントいい軍師だよね」

 一瞬の間の後、裕太がそれに乗った。

「軍師どの、この先、霧の中に敵が潜んでいるとの情報が入ってきたぞ」

 軍隊ごっこだ。これは陽介達のお気に入りの遊びで、裕太が総大将、陽介が軍師、セイジと斉木が百戦錬磨の強者という設定で、これまで幾多の架空の困難に立ち向かってきた。


 セイジの怒りをなだめる、というより、ほぼ反射的に陽介も後に続いた。

「何ですと、裕太総大将。よし、斉木少佐、兵500を引き連れ、周辺の警戒にあたれ」

「ははっ」

「くれぐれも気をつけるようにな」

「もちろんであります」

「セイジ将軍には、前方の偵察をお願いしよう」

「かしこまった」

 セイジのいいところは、何事も後に引きずらないことだ。今回も怒っていたことはケロッと忘れてくれたようだ。

 いや、忘れてくれたどころか、すっかり役柄になりきっている。

「では兵3000をお借りいたす。軍師どのは総大将を護衛しつつ、ゆっくりと前進あれ」

「うむ」

「では、行け」


 セイジは物陰を拾いつつ、霧の中に消えて行った。

 その後ろ姿を見送りながら、残った三人は顔を見合わせた。が、すぐにそれぞれの役柄に戻った。

「では、ボクも警戒してくるであります」

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