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霧の日、古い祠にて  作者: 圭沢
忍び寄る霧
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03話 間話・その1

 古来より人間は川を境界としてきた。

 大地を横切る異質なもの、地面に引かれた線。

 越えるのに通常の移動とは違う手段、方法が必要となるもの。

 その性質故に、川は明確な境として認識されてきた。しかし、川は時として氾濫し、時として流れる場所を変える。人間の勝手な定義付けに逆らうかのように。


 その川は、たいてい静かに流れていた。

 岩から石へ、石から小石へ、そして小石から微小の砂粒へとゆっくりと分解しながら、それらを無言のうちに命の源たる海へと運んでいた。


 これまで無数のものが、あるものは否応なしに、あるものは進んで渡河を試みたが、向こう岸まで辿りついたものはいなかった。流れに足を踏み入れたものは皆、川の穏やかな、しかし有無を言わせぬ力に呑み込まれ、海へ向かって散っていく定めにあった。



 それでも、川に近づくものは後を絶たなかった。

 彼もその一人。

 年老いたものが圧倒的に多い中、彼はまだ若かった。

 ほんの子供だった。


 川に近づくのがためらわれ、あてどもなくさまよっているうちに、彼は同じような年頃の男の子を見つけた。

 彼の内に荒々しい怒りがちらりと甦りかけた。その男の子は、彼がここに来る原因を作った一人にどこか似ていた。が、まるで別人だった。

 彼は少しの間その男の子をじろじろと眺め、信頼できるかも、という結論に達した。圧倒的な心細さが、その判断を強力に後押しした。


 彼はおずおずとその子に話しかけ、二人は友達となった。判断は間違っていなかった。それぞれがこれまでの自分の生活を語り、やがて話すことがなくなると、二人は暗闇の河原に座ってじっと川を見つめた。友達は落ち着いているようだったが、彼はどうしようもなく不安だった。彼は強いて平静を装い、川を見つめた。

 黒々としたその流れは、不思議なほど静かに、そして、ゆったりと流れていた。


 一瞬とも永遠とも思える時間の後、二人は腰をあげ、寄り添って川へと入っていった。



 川の流れは冷たく、速かった。

 河原から眺めた時はあんなに穏やかに見えた川が、いざ中に入ってみると、力強く彼の足を洗った。黒光りする水のあまりの冷たさに、裸足の足がジンジンと痛んだ。


 彼は友達の手を引っ張り、岸に取って返そうとした。

 しかし、友達はどんどん先に進んで行こうとしていた。


 二人の目がぶつかった。

 友達は憐れむような目で彼を見ると、彼の無言の哀願にこう答えた。


「僕達、行かなきゃいけない。そうしないと、パパやママやお兄ちゃんに心配かけるもの。君がダメでも、僕は行くよ」

 友達はしばらく探るように彼を見ていたが、やがて背を向けて一人で川の深みへと歩いていった。


 彼はしばらくそこに立ち尽くしていた。水に浸かっている彼の膝から下はもう感覚がなかったが、どうでも良かった。

 見捨てられた、と思った。

 裏切られた、とも思った。

 そう考えると、どす黒い怒りが彼の中に湧き上がった。


 あいつも、だ。

 友達だと思ったのがいけなかった。あいつも、やつらと同じだ。畜生。何がパパだ。何がお兄ちゃんだ。心配なんかする訳ないじゃないか。


 彼はやにわにかかんで足元の石を拾いあげると、友達だと信じかけた男の子が消えた方へ力の限り投げつけた。

 もう誰もいらない。独りで充分だ。やってやろうじゃないか。


 彼はバシャバシャと水を蹴散らしながら、深みへと進んだ。

 水が腰まで達したとき、滑りやすい岩に足を奪われ、彼はバランスを崩した。

 両腕をぐるぐる廻しはしたが、甲斐なく、ゆっくりと彼は前に倒れていった。


 黒い水が彼を包み込んだ。信じられないくらい冷たい水が彼の目や耳、鼻、口に押し寄せ、一瞬遅れて頭皮からも熱を奪っていった。


 嫌だ。こんなの、嫌だ。

 彼の必死の抵抗も虚しく、川は彼を飲みこみ、何事もなかったかのように流れさった。

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