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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

往生の定義

作者: 芥薺

初投稿です。

 俺が小四、姉ちゃんが小六の頃だった。その日は家族全員で夕飯を食べていた。テレビではニュースが流れていて、ニュースレポーターは「次のニュースです」と言って、どこかの県でどこかの男性が自殺したとの話題を伝えてきた。

 それを見た母さんは眉をひそめながら言った。

「怖いわねぇ。大丈夫よ、あなた達は。ちゃんと予防を受けているからね」

 予防、と母さんはそう言った。初めは意味がわからなかった。姉も怪訝(けげん)そうな顔をして母さんを見ていた。


 その後日、俺は姉ちゃんに呼び出された。

部屋に入るなり姉ちゃんは、「(ゆう)()、これを見て」と言って携帯を差し出してきた。

 何だろうと思って受け取ると、画面にはどこかのサイトが映し出されていた。

『自殺予防法を施行――一部の地区で無償で試行開始』

 とトピックスが(うた)っていた。どうやら昔のニュースを集めたサイトらしかった。

「何これ?」

「あのね、自殺したい人の頭をパカって割って、中に機械を埋め込むんだって。するとその人は自殺出来なくなるんだってさ」

「何だそれ。そんなことしたらフツー、死んじゃわねぇ?」

「もう手術の方法は研究して完成されてて、失敗する確率はほぼ0なんだってさ」

「ふうん」

「そんでね、この前お母さんが、私達は予防を受けているって言ってたじゃない」

「ああ、うん」

「あれってさ、私達二人、その手術を受けてるってことじゃない?」

「え?」

「……私達の頭の中には、機械が埋め込まれているってこと」

 姉ちゃんは急に声を低くして言った。

 俺の頭の中に――機械が入ってる?

 自分の頭の中に異物が入ってる光景を想像し、ひどく怖くなった。

 俺が顔を真っ青にしていると、姉ちゃんは突然腹を抱えて笑い出した。

「あっはははははははは!」

 一瞬ポカンとする俺。すぐにからかわれたのだと気づいた。

「なっ、何だよ! 驚かせんなよ!」

「だってあんた、この世の終わりみたいな顔をすんだもん! 笑っちゃうって!」

 姉ちゃんは俺を指さしながら笑い転げる。ムカッとなって「なんだとー!?」と怒りながら姉ちゃんに掴みかかった。二人とももんどり打ってベッドに倒れ、もみくちゃになった。部屋に無邪気な笑い声がしばらく響きわたった。

 ……この時までは笑い話で済んでいた。


 それから数ヶ月経ったある日、学校から帰った俺は、父さんからとんでもないことを聞かされた。

「姉ちゃんが自殺……!?」

 

 家族総出で車に乗り込み、病院に向かった。

 母さんはずっとハンカチを握りしめ、目元を押さえて嗚咽を漏らしながら俯いていた。時折ぶつぶつと何やら呟いていて、少しだけ変に思った。

 父さんは黙って車を運転していた。しかしいつも安全運転なのに、珍しく急スピードで車を走らせていた。

 やけに時間が進むのが遅く感じられた。いつの間にか拳を固く握りしめていた。ただ姉ちゃんの無事だけを祈った。

 病院に到着すると、皆で急ぎ足で受付に向かった。

「里道です。うちの娘……一葉(かずは)がここに運び込まれたと聞いて……」

「里道さんですか。一葉ちゃんは312号室です。安心してください。幸いにも軽傷で……」

 312。それだけを聞くと俺は両親を置いて走り出した。

「祐志!」

「祐志! 待ちなさい!」

 背後で両親が静止の声を上げた。しかし俺は構うことなく姉ちゃんの病室に向かって走った。待ってなんていられなかった。

 二段飛ばしで階段を昇り、道中の廊下を走り抜け、312の病室を探した。――見つけた! そのまま駆け込む。

「姉ちゃん!」

 中には点滴の管に繋がれ、ベッドに横たわる姉ちゃんがいた。

「祐志……」

「姉ちゃん、一体どうしたのさ! 自殺しようとしたって……」

「ごめんね……。情けないんだけどさ、実はお姉ちゃんね、学校でいじめられてて……ね。それでちょっとだけ、気分が落ち込んでたからさ。試しに、リスカ、してみようと思ったんだ」

 あれ、結構精神を落ち着かせるのに良いって、聞いたしね。

 力なく微笑みながら、姉ちゃんはやるせないことを言ってきた。

「馬鹿だろ、姉ちゃん……。そんなことして、問題が消えるわけじゃねえじゃん……」

「そうだね……ごめん。でもさ、本当に切るつもりは全然なかったんだ……なのに」

「?」

「わたし、ついでにあの事、確かめてみようと思って……。本当にチップが脳の中に入ってたら、自殺できないはずだから……。フリだけしてみるつもりだったんだ、リスカの。そしたら、カミソリを当てたら、急に頭の中が勝手にごちゃごちゃし始めて、思い出が、心がぐ、ぐちゃぐちゃになって……気が着いたら、手が震えて勝手に手首切っちゃってて」

 姉ちゃんが言ったことに、頭が真っ白になった。

「ほ、ほほ、本当に、本当にわたし、頭、の、脳の中に機械、埋められて……あ、ああ、ああああああああああああああああああ」

「ね、姉ちゃん?」

 突然姉ちゃんの様子が豹変する。まるで壊れたラジオのように声を上げていて、俺は怖くなった。

「うわあああああああああ! あああああああああああああああああ!!」

 姉ちゃんは頭を抱えて叫び出した。

「姉ちゃん!? 姉ちゃん!!」

 慌てて姉ちゃんの肩を掴み何度も揺すった。でも暴れられてはじき飛ばされてしまった。

「何をしているんだ!」

 絶叫を聞いた医者が駆け込んできた。続いて両親もやって来た。母さんが姉ちゃんの様子を見て悲鳴を上げる。

「どうしました!?」

 看護師も駆けつけてくる。

「鎮静剤早く! それと応援呼んできて!」

 暴れる姉ちゃんを必死に抑え込みながら、医師が看護師に向かって言い放つ。

 看護師は意を得たように走り出て行った。目まぐるしく事態が変化していって、俺はわけがわからなくなった。

「お父さんは息子さんを病室から連れ出して! 奥さんも!」

「は、はい」

 医者の言葉に従い、父さんは茫然としている俺の手を掴み病室の外へと連れ出していく。

 病室から出るその寸前、俺は半狂乱になって暴れる姉の姿を見ながら、耳を疑うようなことを聞いた。

 母さんの声だった。

「嘘よ……。予防はしてたのよ、どうして……」

 その台詞に俺は戦慄を覚えた。病室の戸が閉められる無慈悲な音が響いた。


 ……それから、姉ちゃんは人が変わったようになってしまった。母さんもそうだった。

 あれだけ優しい母親だったのに、姉ちゃんのことになると途端に態度が素気なくなった。そしてしょっちゅう変に明るく振舞うようになって、ヒステリーみたいで見てて気持ち悪かった。

 姉ちゃんも明るかった性格が目に見えて暗くなって、学校に行かなくなった。そして今度は、フリじゃない自殺未遂を繰り返すようになった。

 でもいつも失敗していて、刃物を手に持ってぼうっとしているか、高所とか水場の前で佇んでいるところを誰かに見つかって止められるのだ。色んな死に方を試しているらしいけど、どんな方法でも結局駄目らしい。

 本人曰く、

「死のうとしているのに、死ねないの。死のうとすると、身体が動いてくれなくなる」と言っていた。

 俺はあれから母親に何度か聞いていた。

「俺と姉ちゃんが受けた予防って、何? 一体どんなヤツ」

 しかし母親は教えてくれず、いつもわざとらしく話題をそらすばかりだった。

 答えているようなものだった。


 ある日、些細なことで同級生の男子と口ゲンカになった。その際、突然そいつは「うっせーな、キチガイの弟が!」と叫んだ。

 頭ががつんと殴られたようだった。ショックで閉口した俺に、そいつはニヤニヤ笑いながら、言ってきた。

「知ってるぜ、自殺志願者なんだろ? もしかしてお前も死にたいとか思ってたりするん? ハハハハハ」

 ――目の前が真っ赤になった。気が付くと、俺は馬乗りになってそいつをボコボコにしていた。クラス中が騒然としていた。その内先生が呼ばれて来て、そいつは保健室に運ばれ、俺は校長室に呼び出しをくらった。

 後でそいつに向かって頭を下げさせられた。そいつは俺を軽蔑する目で見てきた。

 ――あいつとは関わらない方が良いよ。頭おかしいし 

 姉と同じキチガイ。そうクラスで評価を付けられ、俺は孤立した。姉ちゃんの気分が少しだけわかったような気がした。卒業するまで陰鬱な気分を味わった。


 中学生になった。しかし姉ちゃんは中学には通えず、代わりにどこか遠くの病院に行くことになった。 それは姉ちゃんと、これからは会えなくなるということだった。

 今この時を逃したら、姉ちゃんはずっとこのままかもしれない。そう思った俺は姉ちゃんの部屋を訪ねた。

「姉ちゃん、入っていいか」

 姉ちゃんの部屋のドアを叩く。いいよ、と返答が返って来たので、ガチャリとノブを回した。

 部屋に入ると中は真っ暗だった。また痩せたのか、俺が大きくなったのか。やけに小さくなったように見える姉ちゃんは、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。

「……姉ちゃん、唐突な話で悪いんだけどさ。もう、止めねーか?」

「……祐志」

 姉ちゃんが虚ろな目だけを向けてこちらを見る。なんとなく怒っているのが分かった。でも気圧されずに続ける。

「どうせ死ねねーんだろ? なら生きるしか、ねーじゃん。姉ちゃんには酷だろうけどさ。俺、見てて堪んねーよ。姉ちゃん、どんどんボロボロになってくし。母さんもおかしくなっちゃうし……。自殺しようとしたって気分が落ち込むだけで、良いことなんて一つもねーだろ」

「……祐志。私はね、嫌なんだよ。こんな機械仕掛けみたいなの。頭の中制御されて、もしかしたら、考えていることとか、性格とかも全部元のわたしのものじゃないかもしれない。そんなのは、嫌なんだよ。どうしても、さ」

「姉ちゃん……。俺だって嫌だよ。俺の頭の中にも、チップが入ってる。姉ちゃんの言ってるのと同じこと、時々思ったりもするよ。もし俺の心が作られたものだったり、誰かに操られていたら……なんてことを考えたら、おかしくなっちまいそうだ。……でもさ、だからって、もしそうだとしたって、やっぱり俺にとって姉ちゃんは姉ちゃんなんだ。だからこれ以上自殺なんて悲しいこと、してほしくねーよ」

 姉ちゃんが目を見開く。でも次の瞬間には顔を歪ませ、俯いた。

「祐志……。ごめんね。でもわたしは……もう戻れない。ううん、戻るわけにはいかない。わたしは、死にたいの」

 ――本当に正しい意味で、死にたいの。

 姉ちゃんはそれきり何も話さなかった。俺も結局その言葉に何も返せずに、姉ちゃんの部屋を後にした。


 数日後、姉ちゃんは父親に連れられて病院に行った。親が教えてくれなくても知っていた。姉ちゃんが行ったのは精神病院だ。

 携帯も置いて行ったので、姉ちゃんと連絡が取れるのは、週に一度だけかかってくる電話だけだ。まず父さんが話をしてから、母さんが話をする。母さんは姉ちゃんが精神病院に行ってから、何故か以前のように姉ちゃんに電話口で優しげに接するようになった。そして最後に俺が話す番が回ってくる。

 親には聞かせられない話をするため、俺はいつも受話器を自分の部屋まで持って行ってから話をしていた。

「……で、まだやる気なのか?」

『うん。でも段々要領が分かってきたから。多分次は、成功するよ』

「姉ちゃん……やっぱ本気なんだな」

『うん……ごめんね。でもさ、やってみたいって。やりたいって思っちゃったから』

 自分に嘘はつけないよ、と姉ちゃんは言った。

「どうしてもなのか?」

『うん。どうしても』

「そっか……」

 俺にはもう、何も言うことがなかった。これだけしか。

「じゃあ……元気でな」

 電話向こうの姉ちゃんが息を呑むのが分かった。

『……うん、元気で』

「頑張れよ」

『うん。見てて』

 ブツリ。と電話は切れた。

 ツー、ツー、ツー。という音が、幕切れを告げていた。


 その数日後。姉ちゃんが病院で自殺したとの連絡が入った。

 またあの日のように、一家総出で病院に行った。

 医師に部屋に通されると、ベッドの上には顔に白布を掛けた遺体があった。

 看護師の手により、白布が取られる。すると、姉ちゃんの顔が露わになった。

 途端に母さんが嗚咽を上げて泣き崩れる。それを父さんが抱き締めて支えた。

 俺は姉ちゃんの傍に歩いていき、その顔を覗き込んだ。

 決して綺麗な死に顔じゃなかった。顔は死ぬ際の苦痛で歪んでいて、ひどく痛々しかった。

 でも俺にはそれが、何故かとても誇らしげにしているように見えた。

 ――祐志。わたし、やったよ。

 どこからか、そんな姉ちゃんの声が聞こえた気がした。

読了ありがとうございます。

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