表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クール・エール  作者: 砂押 司
第1部 水の大精霊
8/177

ラルクスでの日常

水覚アイズ】で夜明けになったのを感じ取る。

が、今日は特に何の予定もない。

寝たくなくなるまで、寝てやろう。

寝返りを打って、また意識を手放す。


ガローーーン、ガローーーン、ガローーーン


……うるせえ!

これは町中に響く「壱の鐘」、午前6時を知らせる鐘の音だ。

ベッドの中で再度意識を手放すかどうかを検討しかけたが、元の世界では感じたことのないレベルの空腹感にそれを却下され、起き上がって足を床に下ろす。


……仕方ない。

さぁ、今日はどうやって過ごそうか。


全裸になってベッドから離れ、自分の全身を60℃の湯で包む。

水中で呼吸ができること、水の熱さや冷たさででダメージを受けないことを利用した荒業だ。

この温度であれば、石鹸などがなくても脂も汚れもすぐに落ちる。

そのまま水流を起こし、全身の汚れをこそげとりながら両手で髪と頭皮をもみ洗ったあと、前に進んでお湯から脱出し、瞬時に全身を乾かした。

「シャワー室」となっていたお湯の塊は、部屋のトイレから捨てる。

透明な蛇のように長細くなったお湯が空を泳ぎ、便器に全て飲み込まれるのを確認して、服の洗濯に取り掛かった。


自分を洗うのと同じ要領で、お湯の水球を発生。

服や下着を放り込み、水流を操って洗う。

別の水球を発生させ、服をつかみ出して移してすすいだ。

水球2個のお湯はトイレに流し、一瞬で乾かした服を身にまとう。

朝から自分の能力をフル活用した俺は、テレジアいわくの「悪役」姿で、部屋の窓を開け放った。

力で作り出したのとは違う、自然な水のにおいと、深い森のにおい。

そして、どこか薬局を思わせるケミカルなにおいが、朝のまだ冷たい空気と一緒に、部屋の中に流れ込んできた。


ラルクスはカイラン大陸のほぼ北端、アーネル王国北部に位置する大型都市だ。

北の大陸サリガシアと交易を行う港町ラルポートと、王都を始めとした各地を結ぶ、アーネル北の要衝である。

周囲を囲む北部森林と東エルベ川では、最高でCクラスの魔物を含む多種の動植物が生息しており、それらを用いた食料品や薬の製造を生業としている人が多い。

交易の窓口としての役割も当然大きく、アーネル王国においては王都アーネルに次ぐ重要拠点である。

町の周囲は10メートル近い石の壁で囲まれ、出入り口となる重厚な木製の門は東西南北の四方にしか設けられていない。

当然、通過の際は自陣片カードの提示が必要となる。

門に併設されている詰所と、一定の間隔で設けられた見張り台には騎士が常駐しており、まだ低い太陽の光が鈍色の鎧に反射していた。


町はほぼ円形で、四方の門からつづく大通りがメインストリートである。

それが交わる巨大な中央広場、そこにそびえる時計塔を中心に、放射状に石造りの建物が広がっている。

時計塔の頂上には、オリハルコンでできた巨大な漆黒の鐘がつるされており、


壱の鐘 (午前6時)

弐の鐘 (午前9時)

参の鐘 (正午)

四の鐘 (午後3時)

五の鐘 (午後6時)


になると、あの爆音を炸裂させる。

あの鐘には人間がついているわけではなく、それぞれの時間にひとりでに鳴る。

つき手は、時の大精霊だそうだ。

時計塔とオリハルコンの鐘は、ある程度の規模の都市には必ず設置されており、その鐘は時の大精霊によって鳴らされた音が共感・・して、1秒の狂いもなく世界に時刻を告げ続けているという。


中央広場に面した1等地は町の中心部であり、都市機能の中枢である町議会所や王国騎士団支部、冒険者ギルドの他、各種商人や職人のギルド、公衆浴場、有力者の自宅などの重要施設が集中している。

冒険者ギルドの近くには、宿屋や食堂、酒場が乱立しており、俺の現在地、つまり猫足亭はこの中の1つである。

宿泊料は、朝食付きで1泊銀貨2枚。

立地がいいこともあり、中の上くらいのレベルのようだ。

とはいえ、風呂はついていないが、俺にはあまり関係がない。


そもそも、電気やガスはおろか、水道さえないこの世界で風呂の準備は超重労働である。

そのため、この世界の人々は公衆浴場を利用するか、たらいに水かお湯をため、それで体を拭いて風呂の代わりにしている。

風呂があるのは王城か、上流階級の自宅だけだ。


同じ水回りでも、トイレだけはなぜか現代日本に近い。

エルベーナにあった石の便器と同じものが猫足亭でも設置してあり、下水のシステムも同様だ。

飲み水の水源との区別をどうしているのかと思ったら、東エルベ川から水を引き込み、何本もの用水路に分割することで、飲用、洗濯用、工業用、下水用と区別しているらしかった。

もっとも、これは川に近いラルクスだからできることであって、他の町ではどうなのかわからないが。


現代の日本に暮らしていた俺にとって、水は水道の蛇口をひねればいくらでも出てくるものだったので、仮にただの人間としてこの世界に召喚されていたら、想像以上の不便を感じていただろう。

……経緯はどうあれ、これだけふざけた水の使い方をできる今となっては、完全に無意味な想像ではあるが。


頭を左右に振って首をクキクキと鳴らし、大きく背伸びをした俺は、朝食のため部屋を出て1階に降りた。





「おはよう、ソーマ君。

今日も、お弁当の用意は必要かい?」


猫足亭は1階が酒場、2~4階が宿屋となっており、酒場の女主メリンダと宿屋の支配人バッハは夫婦である。

一昨日にギルドを出てからと、昨日ロッキーの討伐から帰ってきた後、2人には自陣片カードを提示しているのだが、魔力の値を見て大騒ぎすることはなかった。

というか、魔力の値を見ていない。

見ているのは一瞬、白字ホワイトかどうかだけで、確認している時間はコンマ何秒の世界である。

露骨な反応をされるようなら、テレジアのように近くでアパートを借りることも覚悟していたので、これはうれしい誤算だった。

しばらくは猫足亭を常宿にして、当面の資金稼ぎをするとしよう。


「いや、今日は町の外に出るつもりはないから要らない」


そうかい、という返事とともに、メリンダから朝食の乗った木製のトレイを渡される。

黒パン2切れとゆで卵、厚切りのハムが2枚と葉野菜のサラダ、ハーブのきいたスープとカティ。

味に文句はないし、パンとスープ、カティは1回までおかわりができることもプラスポイントなのだが、いかんせん俺にとっては量が全く足りない。


エルベーナから持ってきた食料も尽きかけているため、今日の予定は食料の調達と市場調査に決定だ。

きっちりパンとスープとカティをおかわりした後、メリンダのいってらっしゃいという大声に左手で返事をして、俺は猫足亭を出た。


大金貨  5万円

金貨   1万円

大銀貨  5千円

銀貨   1千円

大銅貨  5百円

銅貨   1百円


これが、この世界で流通している貨幣の大雑把な価値だ。

普通の貨幣が1円玉くらい、大貨幣が500円玉くらいの大きさである。

金銀銅貨のそれぞれの価値が、地球での各金属間のレートと比べると明らかにおかしいのだが、電子工学技術が存在しないため金に宝飾品としての価値しかなく、反対に武器防具に銅を多用する世界であることを考えると、それほど不思議なレートではないような気もする。

尚、大金貨の上にはミスリル貨やオリハルコン貨というのもあるらしいが、日常生活で目にするのは金貨まで、大金貨以上は商店同士の取引や国家間貿易の場くらいでしか登場しないらしい。

貨幣は全世界共通だが、ネクタ大陸のようにそもそも貨幣を使用していない経済体系 (物々交換)の地域も、ごく一部存在するようだ。


各商品の相場なのだが、まず肉や野菜、ハーブ、川魚は異様に安い。

いずれも銅貨1枚を出せば、3~4人分が満足できる量を買うことができる。

ラルクスの北にある北部森林では、ある程度の戦闘能力があれば獲物と野草の採取には苦労しないし、東エルベ川から南に広がるアーネルの中央平原には広大な麦畑と野菜の畑が広がっている。

川魚が安い理由は、説明しなくてもわかるだろう。

加工が必要となるパンと油、ラルポートから輸送される塩や海魚の塩漬けや干物は少しだけ高くなるが、それでも銅貨1枚で普通の1人分には充分な量が買えるレベルだ。

例外は干した果物と香辛料で、最低でも銀貨が必要となる。

いずれもアーネルでは採れず、干果物はネクタ大陸からの、香辛料はサリガシア大陸からの交易品だからだ。


尚、ここでいう「1人分」とは、この世界での1人分だ。

基本的に体を動かすことが多く、また魔力を消費するとカロリーが消費されるため、こちらの世界の人間はとにかくよく食べる。

元の世界の倍近いのではないだろうか。

テレジアでさえ、昨日の昼食ではシステム手帳くらいの大きさがあるサンドイッチを3つ食べている。

それも加味すれば、1人の食費が1日で銅貨5枚程度。

月で銅貨150枚、銀貨なら15枚、金貨なら1枚半が必要な計算だ。


ただし、俺の場合は魔力の消費量が半端ではないため、さらにこの5倍程度が必要となる上、当然食堂や酒場で食べる料理になれば、その値段は原材料の2倍程度に跳ね上がる。

単純計算すれば、食費だけで月あたり銀貨150枚であり、さらに猫足亭の宿泊料金は月で銀貨60枚である。

衣類や装備品、薬や霊術の起動に必要なアイテム類を無視しても、月に銀貨200枚以上を稼がなければ、サバイバル生活を余儀なくされることになるのだ。


「まぁ、でも問題ないか」


露店で買った手羽先串片手に食品の並ぶ市を1周した後、俺は気楽に独り言をつぶやいていた。

俺が直近で収入を得るとなれば、冒険者ギルドを通しての魔物の討伐報酬と素材の売却益しかあり得ない。

この世界で俺が倒した魔物は、


ガブラ……討伐報酬金貨1枚、素材売却益金貨2枚

(1体での報酬、倒したのは2体だが折半になったため)


ロッキー……討伐報酬金貨1枚と銀貨2枚、素材売却益金貨3枚

(3体での報酬、完品納品の為売却益MAX)


で、これだけで金貨7枚、つまり銀貨70枚にはなっている。

目標額の3割を2日で稼げるならどうとでもできるだろうし、エルベーナから持ってきた貨幣もほとんど残っている。

1か月くらい様子を見る余裕はあるだろう。

Cクラスのガブラも確実に倒せるわけだしな。


補足しておくと、この世界の魔物のクラスは以下の通りだ。


Sクラス 討伐に国家戦力が必要 (竜、『浄火』)

Aクラス パーティーでの討伐が困難 (超大型の魔物)

Bクラス 個人での討伐が不可能 (魔導を使う魔物)

Cクラス 個人での討伐が困難 (ガブラなど)

Dクラス 一般人での討伐が不可能 (ロッキーなど)

Eクラス 一般人での討伐が困難 (アリオンなど)

Fクラス 一般人での討伐が可能 (馬、ヤギなどの大型家畜)


ちなみに冒険者のクラスは、

「1つ下のクラスの魔物と戦闘になった場合、確実に討伐できる」

ことを目安に設定されているそうだ (よって、冒険者のクラスはA~Eまでしかない)。

例えばテレジアはCクラスなので、ロッキーに勝てるということになる。


……本当か?

まぁ、あくまでも目安なわけだし、実際には経験なりスキルなりが必須なことは想像に難くない。

テレジアが戦うところを見たわけでもないしな。


そしてこのクラス区分にしたがえば、冒険者クラスAの人間は、もはや人間ではない。

個人での討伐が不可能な魔物を、確実に討伐できる。

矛盾を感じてしまうのだが、強力な魔導士がどれほど理不尽な破壊力を誇るかは、確かに、俺自身がよく理解できているつもりだ。


小さな皮袋に入った干ブドウをつまみながら俺が足を止めたのは、薬を扱う店の前だ。

傷用の塗薬から飲薬の回復薬、解毒剤、鎮痛剤、虫下し、熱冷まし、……媚薬。

小さな石か木の容器に入った、様々な薬が売られている。

値段は銀貨1~5枚のものが大半だが、産地がラルクスのため、これはかなり安いそうだ。

ロッキーを原料とする止血剤を探すと、銀貨4枚となっていた。

それなりに高い。

銀貨1枚の干しブドウを歩き食いしているからか、店主から激しい売り込みを受けたが、既に持っているため丁重に断った。


俺が昨日売却したロッキーも、その日の内に薬の工房へ運び込まれた。

見学のためについていき、ついでに氷漬けを解除してやったら完成品の薬を2瓶貰えたのは、かなりラッキーだったと言えるだろう。

……ロッキーを斧とノコギリでぶつ切りにして、巨大な鉄釜で煮込んでいく工程は、B級スプラッタホラー以外の何物でもなかったが。


容器と言えば、この世界の容器は皮袋、木製、土製、石製、金属製のものしかなく、ガラスは存在しない。

石は便器にも使用されているのだが、魔法によって加工されたそれは、陶器とあまり変わりがない。

酒場の食器にも石でできたものがあったのだが、あまり違和感は感じなかった。


尚、紙は存在しているものの非常に高価で、紙箱や紙袋など、紙製の容器は存在していない。

紙の製造はネクタ大陸でのみ行われており、高度の木属性魔導が使われる、森人エルフの秘匿技術だそうだ。

このため、一般的に文字が書かれているのは皮紙、薄い木板、石板、そして布である。

必然的に本も非常に高く、購入には金貨が必要になる。

魔法に関する知識が欲しかった俺にとって、これは悪い誤算だったが、とりあえずは後回しにするしかないと判断せざるを得なかった。


食品と比べて、圧倒的に高価なもの。

そのもう1つが霊術用品である。


精霊との契約が困難な時属性【時空間転移テレポート】や、命属性【治癒リカバー】【解毒デドート】。

他にも火を起こす火属性【発火ファイン】や肉や魚を輸送する際に使われる水属性【冷却クーラ】、薬草やハーブの薬効を高める木属性【凝縮アッパー】。

魔法陣が確立され、霊術として発動可能な魔法は、日常生活で使われるものを中心に200を軽く超える。

魔導士が契約できるのは1属性の精霊だけの上、そもそも精霊と契約できる人間は全人口の3%に満たない。

この世界で魔法といえば、圧倒的な比率で霊術をさすのだ。


霊術の発動条件は、魔法陣を描き、魔力を流すことである。

ただし、その魔法陣を描くのが難しい。

魔法陣は円や八角形までの多角形を複数重ねて直線を結んだ図形の各所に、霊字ルーンと呼ばれるロシア語に似た専用の文字を、霊墨イリスと呼ばれるこれまた専用の塗料で描くことで完成させるのだが、各霊術毎にそのパターンと使用される霊字ルーン霊墨イリスの種類も全て決まっている。

図形の線が1本多いだけで、霊字ルーンが1文字間違っているだけで魔法は発動しない (霊墨イリスは各属性の7色しかないので、あまり間違えることはない)。

このため、小さな効果の魔法陣でも描くのには数分、複雑なものになれば10分以上時間がかかるものもある上、描き損じれば修正も不可能となる。

必然、記憶のみを頼りに魔法陣を描くのは至難の業だ。


よって、霊術用品店で売られているものは、各魔法陣の描き方が記された木板や皮紙、各色の霊墨イリス、そして陣形布シールである。

テレジアがガブラ戦の後に使ったような陣形布シールは、あらかじめ霊墨イリスで布に魔法陣を描き、魔力を流すだけで発動できる状態のもの、インスタントの魔法陣と言えよう。

描き方の木板が安くて銀貨5枚から、霊墨イリスが1瓶銀貨3枚なのに対して、陣形布シールはハンカチくらいの大きさのもので金貨3枚以上する。

テレジアが使った陣形布シールがいくらしたのかは、聞きたくもない。


俺は【時空間転移テレポート】【治癒リカバー】【完全解癒リザレクション】【解毒デドート】【発火ファイン】の木板と、黒、薄緑、赤の霊墨イリスを購入した。

これはきっちり練習しないとな。

……しかし、【時空間転移テレポート】。

冷静に考えれば、この魔法があれば戦争は一瞬で終わるし、王族の瞬殺も可能だ。

完全犯罪も思いのままのような気がするのだが、その辺りはどうなっているのだろうか?

後で、テレジアにでも聞いてみよう。





一旦猫足亭に戻ると、ちょうど参の鐘がなったところだった。

下の酒場はまだやっていないので表に出て、隣のレストラン「赤いクチバシ」に入る。

日本で言えば隠れ家的な洋食屋といったたたずまいなのだが、壁の上の方にびっしりと並べられたメニューの木板が、高架下の居酒屋的な雰囲気を醸し出していた。

出された水……、ぬるかったので自分で氷を足して飲み干し、日替わり定食を頼んだ。

そのあとは、メニューを凝視する。

市場をまわり、赤いクチバシのメニューを見る限り、ラルクスで食べられるものは以下の通りだ。


ヤギ 肉と乳用家畜、チーズもあり

ボア 森林に生息する野生のイノブタ?

グリッド 川に生息する30センチほどのトカゲ

ウサギ 野生

ニワトリ 肉と卵用家禽

フラク エルベーナにいたニワトリとアヒルの中間のような鳥、肉用家禽


川魚 各種、他には川エビ、貝は食用にしていない

海魚 ほとんどが塩漬けか干物、生は高い


野菜 各種、名前が違うだけでほぼ地球と同じ

果物 干したもののみ、ネクタ大陸特産品


パン 小麦パンの他にライ麦パン、総菜パンや菓子パンという概念はない

パスタ うどんとパスタの間に近い乾麺、スープに入れて食べる


調味料 塩と酢、ハーブがメイン、コショウとトウガラシと砂糖はあるが非常に高い


酒 ワインとビールのようなものがあるが、詳しく調べていない


米、醤油、味噌、ソース、ケチャップ、マヨネーズなどは、おそらくない。

が、そこに目をつぶれば決して文句はないレベルだ。

安いし、素材がいいためかむしろ非常に美味しい。

日替わりのフラクのソテー定食を食べ終わった後、オムレツと野菜のスープ、ウサギの煮込みとパンを追加注文した。

第3陣は何を注文しようかね。





俺が赤いクチバシを出たのは、第5陣のウサギのスープパスタを食べ終わってからだった。

俺の食事の光景に苦笑いしていた店主に代金を支払い、冒険者ギルドへ向かう。

隣にある、武器防具の店は華麗にスルーした。


武器と言えば包丁や金槌くらいしか売られていない日本で育った俺にとって、町の軒先で剣や槍、鎧が普通に売られているのは、とても新鮮な光景として映る。

が、この世界の主戦力が金属防具に身を包んだ剣士や騎士である以上、それは当然の光景でもある。

実際、今も3人のパーティーが和気あいあいと鎧を物色していたし、10歳くらいの子供が憧れの目でバスタードソードを見つめていた。

武装の強化は、そのまま生存率の上昇に直結し、その装備を入手し使うことのできる実力、つまり強さの象徴でもある。

普通であれば、これがゲームであれば、最優先で強化すべきポイントなのだが、ゲームと現実は違う。


重たいのだ。

エルベーナで試しに剣を振ってみたのだが、俺には無理だとすぐにあきらめた。

飾りのないシンプルな鉄剣で重量は約2キロ、それよりはるかに重いであろう鎧や盾の装備は試すことさえしなかった。

金属装備でも霊字ルーンを刻むことによって重量軽減や、霊術による特殊効果を持たせた魔装備は存在するが、それらは金貨が桁違いに必要となる。

そもそも俺は攻撃も防御も水か氷でできるのだから、動きを阻害する金属装備などあっても邪魔、むしろ足手まといになってしまうのである。


魔導士向けの装備、魔力伝達の効率を上げる、ないしは増幅させるための杖や指輪もあるのだが、それらは軒並み高い。

各属性の魔法を行使するためには、それぞれに応じた宝石や鉱物が触媒として必要になる。

これらの質の悪いものや、加工時に出た屑を希釈したものが霊墨イリスだ。

それなりの量が出回っていることを考えると、地球のように貴金属が非常に高いわけではないのだろうが、それでも魔導士が装備として携行するレベルのものとなると、かなりの金額となってしまう。

水属性を強化する杖や、耐毒の霊字ルーンを編みこまれたマントなどには興味がわくのだが、こちらも現段階では後回しにせざるを得ないだろう。


本当、稼がないとな……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ