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クール・エール  作者: 砂押 司
第1部 水の大精霊
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ショート・エール 戦者の挽歌 前編

本編1部が終わったので、軽めの短編です。

ソーマ以外の主人公を最初に務めるにふさわしいのは、このキャラクター以外にあり得ません!

「ミオラとミキウスが殺された?」


10日以上の遠出から帰ってきて、われらが聞かされたのはあまりに意外な言葉だった。

共に旅に出ていた弟たちも、驚きを隠せないでいる。


ミオラとミキウス。

2人とも、一族の中でも勇敢で豪胆な戦士たちだ。

まだ若かったときに、2人だけであの黒い獣3頭に挑み、大きな傷を負うこともなく撃退した逸話は他の一族の間でも有名になっている。

その2人が、殺された?


「やったのは、あの黒い獣か?」


「違う」


「ならば、なんだ?

まさか、他の一族との決闘か!?

どこの者だ!?」


「違うのだ、ミカエル」


我の前に立つ父、ミケランは首を振って我が思いついた可能性を否定した。


「やったのは、人間だ」


「……」


「黒ずくめの魔法使いが、1人でやったそうだ。

その場にはいなかったが、ミコナスが聞いていた。

ミオラもミキウスも、たった2度ずつの攻撃で倒されたらしい。

すぐに駆けつけようとしたが、あまりに強大な魔力に近づけなかったそうだ。

ミオラは足だけを打ち捨てられ、ミキウスは辱めを受けたらしい……。

……あの剛の者2人を1人で倒すような相手だったのだ、まだ幼いミコナスを責めるではないぞ?」


「……わかっている、父上。

己の力を知り、己にできることをやるのも戦士の務めだ。

我は伝えてくれたミコナスを褒めはしても、責めることはない」


「その言葉を、あとでミコナスにも言ってやるがよい。

一族最強の者であるお前の言葉であれば、何よりの慰めになるだろう。

かわいそうに、あの子はずっと己を責めている。

今はミイが面倒を見ている」


「わかった、父上。

しかし、それ程強い魔法使いがまだいるとはな」


「まったくだ。

大爺様が若かった頃にはそれほど珍しくなかったらしいが、最近はあまり見なくなっていたからな。

戦士と一緒に大勢で行動をしているのを聞くことはあったが、たった1人であのミオラとミキウスを倒すとは……。

しかもその魔法使いは、この森をよくうろついているらしいのだ」


「まさか、放っておくのか、父上?」


「何を言っている、ミカエル?」


我がその言葉を放った瞬間に、父、ミケランから凄まじいまでの闘気が膨れ上がる。

一線を退いて尚、かつて勇者と呼ばれた男が放つ圧力。

一族最強の我も、ともに出ていた屈強な兄弟たちも、思わず一歩後ずさる。


「ミオラとミキウスを倒すような魔法使いを、放っておけるはずがない!

なにより、あの2人の受けた屈辱を晴らしてやらねばならぬ!

お前たちが帰ってくるまで、一族のみながどれだけこぶしを握っていたと思うのだ!?」


「なら」


「その魔法使いは、町に住んでいるようだ。

湖まで、何人かの人間と共に歩いていたのを、ミサヤとミシライが聞いて、見つけている。

我ら一族の耳から逃げられるものなど、いるはずがない!

足音はもう一族に伝わっている!

次に森へ入ってきたときに、一族の戦士全員で囲み、ミオラとミキウスが受けた辱めを返してやるのだ!!」


「なるほど、いくさだな?」


「その通りだ。

ミカエル、ミゼット、ミソラシ、ミタチ!

お前たちは、皆の先頭に立って戦うのだ!!」


「「「「応!!!!」」」」


ミオラとミキウスを倒した魔法使いの怒りと、それ程に強い魔法使いを倒すことのできる喜び。

我らの黒い瞳には、轟々(ごうごう)とした感情が渦巻いていた。





「入るぞ」


「お帰りなさいませ、兄様」


「……ミカエルの兄上」


ミイのねぐらを訪ねると、腹違いの妹の悲しそうな顔と、幼い弟の憔悴した顔がこちらへ向けられた。


「話は父上より聞いた。

ミコナス、お前は己にできることをやり遂げた。

お前がいなければ、ミオラとミキウスの魂は森をさまよったままだった。

お前はまだ弱い。

だが、お前は立派な戦士となるだろう。

兄として、我は誇らしいぞ」


「兄上……、兄上、兄上……!

うわぁああああ……」


その場で泣き崩れるミコナスを、ミイが優しく撫でる。

我はミコナスに近づき、上から声を落とした。


「ミコナスよ、今だけは泣くことを許す。

だが、泣きやんだならそこから先は、強くなることだけを考えて生きるのだ。

あの魔法使いを倒すために、我ら戦士は戦に出る。

それが終われば、あいつきだ。

我は、そこにいるミイとたくさんの子を成すだろう」


「に、兄様!?」


ミイが真っ赤になって、慌てた声を出した。

確かに愛の月を迎える前の求愛は、掟で禁じられている。

だが、戦の前でもある。

少しくらいなら、かまわないだろう。


「弟よ。

その子たちの師となり、兄となるのはお前の役目だ。

このミカエルの子を導くにふさわしい戦士を、目指すのだぞ?」


「うう……!!

はい……、はい兄上ぇえ!」


ねぐらの外が騒がしくなる。

耳を立てずとも、魔法使いが森に入った、との叫び声が聞こえていた。


「では、行ってくる。

ミイ、ミコナスを任せたぞ」


「……は、はい兄様!」


「う……うぁ……、ご武運を、兄上」


ぼーっとしている妹と、泣きやもうとしている弟に小さく頷き返し、我はねぐらを後にした。





森の中を走る。


我を先頭に疾走する兄弟たち15人全員の耳は固く立ち、それぞれが手に持った武器を握り潰さんばかりに握りしめていた。

魔法使いは雌を伴って森に入った後に北西に歩き続け、この200歩程先の広場で食事をとっているという。

我の耳にも、小さな声や、時折混ざる笑い声がはっきりと捉えられている。

今の内に、存分に笑うがいい。


だが、残り60歩に達した瞬間に、その声はやむ。

魔法使いの小さく短い声と共に、雌が立ちあがったことが音で感じられる。

さらに、今まで我があまり感じたことのない、強大な魔力が立ちのぼるのを、我は耳で感じ取ることができた。

これほどまでに強いのか。

我も、続く戦士たちも無音で笑っている。


さぁ、闘いだ!!!!


「「……?」」


一斉に広場から飛び出した我らの目に飛び込んできたのは、しかし異様な光景だった。

広場の中心に立ち、杖を構えている魔法使い。


だが、それは深い青色のころもをまとった、小柄な雌だけだった。


黒衣の魔法使いを探すと、広場の奥。

2の切り株が並んでおり、どうやったのか、水平に切り取られた岩の平らな面に食べかけの食事が転がっている。


黒衣の魔法使いは、その片方の切り株に座ったままゆったりと足を組み、岩に頬杖をついて木製のはいを傾けていた。


視線はこちらに向けているものの、杯から漂う香ばしくほのかに甘い香りが、ここは戦場ではないのかと錯覚させる。

黒衣の雄の視線に、怯えや焦りは全くなかった。


……何をしているのだ、こいつは?

なんなのだ、こいつは!?


雌だけに戦わせるなど、戦士の風上にも置けぬ!!!!

ならば、その雌が死ぬ様を、その眼に焼き付けるがいい!!

我ら兄弟の全員が、広場に踏み込んだ瞬間。


数え切れないほどの緑色の槍が足元から噴出し、その姿勢のまま全員を貫いた。


「アリス、ソノイチバンデカイヤツダケノコシトイテ」


全身に突き刺さる激痛の中、そんな声が発せられたのを聞きとる。

内容を読解はできないが、そこに緊迫した空気が一切ないことだけは理解できた。

憤怒と激痛に震えながら、我らの置かれた状況を確認する。

我らの足元からは、目の前で杖を掲げる雌の、その細い腕ほどの太さの。

鮮やかな緑色の硬質な植物が、数十本ではきかないほど伸びあがっていた。

茎には輪のように太い節が刻まれ、それに続いて見上げれば細い刃のような葉がサラサラと音を立てているのが聞こえる。

兄弟全員が、その植物に体の各所を貫かれていた。


地面から、異音。

ミゼットとミツキの周りにいた者たちが、激痛によるものでない悲鳴を上げる。

2人の前に出現したのは、ひどく凶悪な植物だ。

肉食獣の口を縦にしたような、我らの背丈をはるかに超える葉が2枚。

その葉が開くと、中からは粘ついた液体にまみれた鋭い牙がびっしりと並んでいる。

これは、本当に植物なのか?

2人の前に1体ずつ生えたその植物は、それぞれがまるでわらうように葉を歪めると、ミゼットとミツキを貫く槍ごと。


2人を喰った。


勇敢な戦士にあるまじき、子供のような悲鳴は、軟らかいものと硬いものが圧壊する音と共にくぐもって響き、すぐに聞こえなくなる。

新たな植物がまた2体、ミタチとミッツの背後の地面から伸びる光景は、幼い頃に見た悪夢を思い出させた。


撤退!


そう叫ぼうとした瞬間に、鼻と喉が異常を訴える。

慌てて息を止めるが、甘酸っぱい香りが周囲に充満していることを、我の左側にいた5人が激しく痙攣し、泡を吹いて絶命したのを見て理解した。


明滅する視界の中で、今までその場から1歩も動いていない雌の左手の中に、ミゼットたちを喰った植物よりもはるかに長く、そして白い槍がかたどられていくのが、かろうじて見える。

その光景は、まるで一族に伝わる神話のように、美しい。

だとしたら、その背後に座る黒衣の雄が、嫌そうな表情を浮かべているのはなんなのだろうか。


……だが。

だが、だが、だが!!


我らの勝利に変わりはない。

黒衣の雄の背後、聞こえにくくなってきた我の耳に届く、はるか先から聞こえる父上率いる10人の戦士たちが駆けてくる音。

貴様らは強い。

我らよりも強い。


だが、我らが勝つ。


貴様らが立っていられるのは、あと数瞬だ。

かすむ瞳に、我は愉悦をしのばせる。

せめて、あの魔法使いの頭が爆ぜ割られる瞬間だけを見てから、力尽きたい。

あと数十歩で、勇者たる父上の姿があの雄の死骸の上に立つだろう。


黒衣の雄は、いまだ後ろを見ていない。

そのまま、後ろを見ずに何かを投げ、背中からは急激に水の壁が伸びあがる。





バギン!!!!





直後、世界に亀裂が走ったような、何かが裂けたような異音の後に。


炎。

炎。

炎。

炎。


黒衣の雄の後ろ、揺らめきそびえる水の壁越しに見える、全ての範囲を包む莫大な量の炎が森の木々よりも高く吹きあがり、火柱となった。

激しく震える水の壁が全てを遮断しているのだろう、熱も衝撃も伝わらない大破壊の光景は、どこか冗談のように映った。


だが、1つだけは確実に言える。

あれに巻き込まれて生きていられる生き物は、この森にはいない。


急速にすぼまる炎を最後まで見終わることなく、我の意識は闇に落ちた。

















……。


「アレ、リザレクションデモオキナイナ」


……。


「ハァ、テマガカカルナ」


……。


バシャァッ!


「!!!!」


頭に大量の水がかけられたことで、我は自身がなぜか生きていることに気がついた。

全身を包む激しい倦怠感を追いやり、地面に手をついて立ちあがる。

我のかたわらには、我の武器、かつて人間の戦士から奪った2本の鉄の武器が投げ捨てられていた。

混乱するで頭で必死に2本の武器を握り、周囲の状況を確認する。


我以外の全ての兄弟が、緑の植物に貫かれたまま死んでいた。

あの化け物としか言いようのない植物に喰われ。

泡を吹いてもがき苦しみ、濁りきった瞳で。

何をされたのか、全身が腐ったような凄まじい惨状で。

我以外の14人が全員死んでいた。


呆然と前を見ると、結局戦の間はずっと座っていた黒衣の雄がこちらへ歩いてくる。

その右手は、雄自身の背丈ほどある透明な武器、我の2本の武器よりも巨大なそれを携えている。

あの雄は、巨大な炎を操る魔法使いではなかったのか?

雄の背後に広がる、いまだ煙を上げている黒い燃えかす、森と父上たちだったものを見つめながら、我は眼前の光景を疑う。

あの恐ろしい雌を探すと、雄と入れ替わりに切り株に腰かけて、こちらを見つめていた。


屈辱に震えながらも、腕に力がこもる。

戦士としての一騎討ち。

たとえ、あの雌に勝てなくとも、この雄をむくろにすれば……!

父上、兄弟たち、ミイ!

我は全身の力をふるい、黒衣の雄に両腕の武器を叩きつけた。


甲高い音と共に、両の武器が弾かれる。


……何が起こった!?

雄の武器は、携えた位置から動いていない!

くだらぬ!

我は一族最強の戦士、ミカエル!

偉大なる勇者、ミケランの息子!

力の限りに両腕の武器をふるう。


上から、下から、左から、右から。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

下から、左から、右から、上から。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

左から、右から、上から、下から。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

右から、上から、下から、左から。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

幾度も、幾度も、幾度も、幾度も……。


両の武器をふるう腕が重くなり、金属が弾かれる甲高い悲鳴で耳がおかしくなりそうになった頃。

我は、魔法使いであるはずの眼前の雄に、戦士としての武器だけの闘いでも勝てないことを悟った。

我の武器を弾いているのは、この雄が携える透明な武器だ。

だが、この雄の武器は、最初の位置から動いていないように見える。

違うのだ。


我が武器を振った後で、この雄の右腕が異常な速度と角度で動いている。

2本の武器、あるいはそれぞれの武器による連撃を目にもとまらないほどの速さで弾き、目にもとまらないほどの速さで元の場所に戻しているのだ。


永遠に打ち合ったとしても、我は勝てない。

それどころか、この雄は我を1度も攻撃していない。

我が、幼い弟たちに武器の振り方を教えるように。


我は、この雄に遊ばれていたのだ。


体の奥から湧く震えを抑えることができない。

この雄もあの雌も、その気になれば我らの一族どころか、この森の全ての種族を滅ぼせるだろう。

久しぶりに感じる懐かしい感情、恐怖に必死に耐えながら、雄の黒い瞳を見つめる。


「……!」


次の瞬間、我は戦士の誇りたる武器も、辱められるかもしれない親と兄弟の遺体も捨て、全速力で後ろを向いて走り出していた。

そう、逃げたのだ。

一族最強たる我が、子供のように必死で逃げているのだ。

あの無表情な雄の瞳に映っていた、感情は。


退屈、だ。


我との闘いに勝った喜びでも。

我らの遺体を見た嫌悪でも。

我の弱さをあざける愉悦でも。

我の愚かさを想う憐憫でも。

そのどれでもない。


あの雄の瞳には、もはや我など映っていなかった。

あれは、なんなのだ!?


後ろから小さく、カノン、というあの雄の声が聞こえる。

逃げねば、逃げねば、にげねば、にげねば、おと、ちかづいて、うしろ、こわいくびつめた…………

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