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クール・エール  作者: 砂押 司
後日談 循環せり想い

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182/182

アフター・エール 真黒なる戦い 3

申し訳ありませんが、次話は5/1にアップの予定です。

「よし、こっち……、……?」


エルダロン南4区、その外側に近い粉屋と卵屋の間の袋小路。

そこに駆け込んできた親子4人の顔が、何もない石の壁を目にして不思議そうな表情に変わる。

それは、まー別にいい。

でも、後を追ってきた騎士たちも、いくら新兵らしいとはいえ同じ顔のまま立ち尽くしているのはいただけない。


追いかけていた対象が急にいなくなったなら、それは当然今見えていないところに移動したということだ。

これといった遮蔽物がなくて視界に収まっている前と石畳が広がっている下にはいないのだから、まず見るべきは左右と後ろ、そして上。

実際、粉屋を曲がった瞬間に【白響弦ソー・ヤー】を使ったオレは、こうしてその屋根の上にいるんだから。

ついでに言わせてもらうと、見失っただけでまだすぐ近くに敵がいるはずなのに無警戒に動きを止めるのも大減点だ。


必然、ここから無防備な6人を襲うのはオレからの一方的な先制攻撃。

迎撃は間に合わないとしても、回避かそれが無理なら最低でもとっておくべきは防御の姿勢。

もちろん、それより上策なのは敵の位置に当たりがつき次第に面制圧を仕掛けてオレの攻撃機会そのものを潰すことだけど、既にそのオレの左手からは氷が放り投げられている。

訓練とはいえ、流石に粉を扱っている店の前に水をぶちまけるのは不味いよね。


っ」


っ」


「「冷たっ」」


コン、カン、と兜に氷が弾かれる音と、粒のような氷が腕や足に当たった母親と子供3人の声が連続する。

怪我すらしないようなサイズにはしてるんだから、そんな不満そうな顔でこっちを見上げるのはやめてほしい。

というか、被弾したんだから今からでもとりあえず回避行動に移ってほしい。

ウォルでオレたち『スピリッツ』の教導をしていたにーちゃんの場合だと、ほぼ同じ訓練から始まった初日に【氷弾バレット】で全員の手足のどれか1本は撃ち抜いてるんだから。


……まー、初日にそれをやられたから、若干浮かれていた全員があらためて覚悟を決められたっていうのは確かにあったけどね。


「……で?

全身が真っ黒な生き物を見つけたら、次はどうするんだった?」


「お、大声で人を呼ぶ!」


「遠くに離れるけど、できるなら見失わないようにする!」


「わ、我々はもちろん魔法や火矢、松明で攻撃する!」


「そして、すぐに陛下に報告を!」


黒いマントに、黒いフード。

その下に着けた黒い仮面をずらしてちょっとにーちゃんっぽく問いかけると、下の子供2人と新兵たちが背筋を伸ばした。

4色8つの瞳からは、畏怖や恐怖と一緒に少なからず憧れの光も向けられる。


「「……」」


……ただ、母親と一番上の娘は面倒そうな、不満を隠そうともしない表情が強くなっただけだ。


「……じゃあ、次はそれをできるようにね。

あと、次からはもう少し早く攻撃を仕掛けるから、それも考えて行動できるように頑張ろうか。

特に、騎士の2人は」


とはいえ、今のオレはそれを叱責も懲罰もする立場にない。

それはエルダロン皇国騎士団の仕事で、その総司令たるエルダロンこうフリーダがやるべきことだ。


「……」


向かいの卵屋に跳んで屋根伝いに3区の方へ走り出すオレの視界の先には、ぽっかりと開いた広い空。

かつて皇塔アイクロンが建っていたらしいその場所の青色は、やけに味気がなかった。





「……いくら新兵とはいえ、たるみすぎですね。

申し訳のしようもございません、お恥ずかしい限りです」


その後、ピエモーンに戻ってからの昼食会。

まずは新兵の練度についてオレたちからの報告を受けた皇国騎士団長のリコは、眉間にしわを寄せているハイアの隣でバターナイフを皿に置いた。

人間ヒューマンの国家では唯一の、女の騎士団長。

その女傑の口元は、二つ名の『竜巻』にでも面しているかのようにピクピクと震えている。


「確かに、俺が担当した北の5区でも同じような反応だったな。

回避や防御の云々(うんぬん)以前に、そもそも捕捉自体をほとんどされなかった。

セラムたち第4分隊の全員からも、似たような報告を受けている。

となると、全体的な話……なんですかね?」


そこに追い打ちをかけることを心苦しく思いつつも、オレの隣に座るガーランが軍属の義務として観測した事実を過大にも過小にもせず報告する。

南4、北5、東7、東9、西10、北11。

オレと第1小隊隊長のガーラン、その第4分隊の4人。

方角も中心からの距離もバラバラな6区に対して担当した6人の意見が一致するなら、確かに全体的な傾向なのだと予想するしかない。


サリガシアのにーちゃんから、世界に泥夢メイの出現を告げられて8日目。

フランドリスに続いて実施した泥夢メイ遭遇訓練の振り返りは、正直オレも想定していなかった方向からも暗礁に乗り上がろうとしていた。


「……」


オレの正面、この訓練の責任者にしてそのエルダロン号のちょうたるフリーダは、粘土でも口に入れられたかのような表情でパンを噛んでいる。


「「……」」


……色々なものに対する、単純ではない暗い感情。

それを隠さずに、赤い瞳はオレの視線から逃げた。


「フランドリスの住民は訓練に積極的だったし領軍の練度も高かったから、俺たちとしてもリコさんたちには軽く手順を確認してもらうだけのつもりだったんですが……、……どうする、サーヴェラ?」


代わりに、ガーランの茶色の瞳がオレの方を向く。


「まー、そもそもの目的は市民も使った索敵網構築の準備と、実際に泥夢メイに遭遇したときの対応を実際に経験しておいてもらうことだから。

フランドリスでやったことと、今エルダロン本体でやったことの内容は同じなんだよね。

だから、後は皇国騎士団の方でこれを続けてもらうしかないよ。

オレたち『スピリッツ』が任されてるのはあくまでもフランドリスまでだし、仮にリコさんがそれを飲み込んだとしてもこの人数でエルダロン本体のカバーなんてできるわけないしね」


そこに込められた言葉の正確な中身は、オレにも正確に理解できた。


「おっしゃる通り、これ以上そちらに負担をかけるようなことになるのはそちらの労力としても騎士団の存在意義としても認められません。

手順の概要は理解できましたので、わたくしも含めて上官から叩き直して訓練と教導に当たります。

それから、泥夢メイ側としても味方側としても皇付こうつき魔導士の参加が必要だと思います。

カラフェン、どうですか?」


「……陛下のご許可があれば、もちろん」


王配扱いとしてオレに敬語を使うようになったリコが自分の正面、つまりガーランの隣でハムを切る皇付魔導士長に目をやり、その当人は仏頂面のまま頷く。


「フランドリスは、ついこの間まで戦場だったからね。

出戻り組の住民たちは緊急事態に慣れてるし、シンガルたち領軍もその最前線に立ってたんだから動きがいいのは当たり前よ。

対して、エルダロン本体の方は大戦を最後に外敵が直接襲撃してくるようなことはなかったし、それこそ戦後に入団した新兵たちは治安維持くらいしか仕事がなかったから仕方ないんじゃないかしら。

今回の訓練はあくまでもお試しで、指定した家族と新兵だけでやってみたわけだし……まぁ、若い子なら弛めるくらいの時間を保ってこられたっていうことだから、そう悪いことばっかりじゃないわよ」


そのカラフェンの視線を追いかけるように、ハイアが大きく肩をすくめた。

まー、確かにそういう見方もできるっちゃ、できる。

フランドリスの弟妹ていまいたちには、事前に訓練内容の説明と基本的な動作の練習を叩き込んだ後だったし。

本体の方も大戦を経験した大人やベテラン騎士たちにやらせてみると、意外といい結果を出すのかもしれない。


「……サーヴェラたちも、ハー君たちも。

気遣いは本当にありがたいんだけど、見たいものだけを見て都合のいい結末を得ようとするのはやめたまえ」


そんな楽観論を、この中で一番視力の弱いフリーダが鼻で笑った。


「カラフェン、皇付魔導士たちの訓練への参加を認める……というか、皇として命じよう。

ウィンダムには最低限の人数だけ残して、特に火属性持ちはできるだけ訓練に参加できるように差配したまえ。

『賢者』殿から送られてきた火の上位精霊たちも、同じく組み込むように。

火を使うのもそうだけれど、その後に火事にならないようちゃんと始末をするところまでがセットだからね。

リコは、それを踏まえての訓練の計画の立案を。

時間がなくて申し訳ないけれど、ちょうど3日後に皇前会議があるからそこで正式に議決しよう。

前もっての話は、ボクから回しておく。

とにかく、できるだけ早くなるべく多くの市民と騎士団の全員がこの訓練を経験できるようにするんだ。

多少の怪我は仕方がないし、数日程度なら国の経済が麻痺するのも構わないよ。

怠ればまた国民の何割かが死ぬかもしれないことに比べれば、安すぎる出費だ」


守るべきものを守るための、王としての決断。

それを命じたあとの『声姫こえひめ』の唇の端は、小さく上に歪む。


「問題なのは、泥夢メイの説明と訓練の必要性をのたまったボクの声が、市民にきちんと届いていないことだね。

……いや、ボクの声をきちんと受け取る気がない国民がかなりの数いること、と言うべきか」


「「……」」


クツクツと笑うフリーダを除くみんなの口の中に、見えない粘土が詰め込まれた。


正直、オレたちもここまでフリーダが一般市民から軽んじられているとは思っていなかった。

フランドリスはそれなりに外部の人間がいるのと復興で沸き立っているのでそもそもフリーダのことが話題になることが少なかったし、ミュールトを筆頭にした孤児たちは最初からフリーダへの感情が最悪だとわかっていたからこれは想定内だった。

もう1つ、『スピリッツ』がエルダロン本体に入るときは基本的にピエモーンへの報告か皇前会議に出るときだけで、それ以外でオレたちが本体の住民と話をする機会がなかったというのもある。

だから、オレたちも実体験するのが遅れた。


「5年前にあれだけのことを引き起こした『声姫』の言うことなんて、信じられるか。

……大雑把に統計をとると、それが市民の反応だね。

これは、騎士団の新兵たちは叱るよりも褒めてあげるべきなんじゃないかな?

少なくとも、そんな『声姫』の言うことに従ってくれているんだから」


その統計が出るまでに、オレの前でカティに映った自分の顔を見下ろしているフリーダは、どれだけの数の声を受け止めたんだろうか。


「フ……」


「それでも、エルダロンの人たちを守りたいんだろ?」


ハイアが出そうとした大声より先に、どちらかといえば大きくはなかったオレの声が部屋の中で響いた。


「……当然だろう」


赤い瞳は不快そうに細くなるけど、オレはそれを直視し続ける。


「だったら、そう言ってよ。

オレたちは、それを助けるためにエルダロンに来たんだから」


「……そうだったね。

すまない、無駄な時間を使わせた」


フリーダは両目を閉じた後、静かに息を吐いた。

ハイアたちからの感謝の視線を受け取りつつ、オレも小さく息を吐く。


根本的な解決に至らないと知ってはいても、それでも手が届く範囲の人々を助けるために行動する。

その行く先が、どれだけ自分の身を傷つけることになるか理解できていても。

10年後の未来の、何も変えられないとしても。

それでも、そこにいる人々の、少なくとも明日を守ることはできるから。


オーサが言っていた通り、確かにフリーダはねーちゃんを思い出させる。

プロンに来てくれてた頃の、まだ『至座しざの月光』でも『魔王の最愛』でもなかったあの頃のねーちゃんを。

だけど、あの頃とは違うこともある。

フリーダは一介の冒険者じゃなくてエルダロンの皇で、周りにはハイアやリコたちそれを支える味方がたくさんがいる。


「とりあえず、フリーダの言った通りできるだけ早くなるべく多くの市民と騎士団の全員が訓練を経験できるようにするのが一番だと思う。

心から学ぶ気がないとしても、何も知らないままやらないままでいるよりは絶対にマシだからね」


そして、オレも、オレたち『スピリッツ』もいる。

ねーちゃんの優しさに助けられてただけの頃の、にーちゃんの強さに口を開けてただけのただのガキよりも……はるかに強くなった、オレたちがいる。

採掘奴隷や性奴や貧民街の底辺や、それこそ明日には死体になるしかなかった最弱の存在。

優しくも甘くもない世界というシステムの影に虐げられてきた、だけど今はそんな世界を変えることも守ることもできる力を知ったオレたちが。


「フリーダの考えてることもわかるけど、フランドリスで言ったのと同じで、市民に『服従の日』が起こるまでのことを納得して、乗り越えてもらうのはまだ早いよ。

だから、今はオレたちでできることを先にやろう」


ただ……だからこそ、オレたちは世界の影にされた側の気持ちも理解ができる。

ミュールトが、今日のあの母親と娘が、エルダロンとそしてサリガシアの市民が『声姫』に抱く負の感情が、年単位程度の時間や、ましてや1つ2つの言葉程度で乗り越えられるものじゃないってことが。

多分、オレが生涯チョーカを好きにはなれないように、生涯フリーダを愛せない人間はたくさん残るだろう。

にーちゃんや先生から話を聞いたオレでも、フリーダのやったことが正しかったとは思わないからだ。


でも、全部が間違っていたとも思わない。

フリーダの選択で救われた獣人ビーストも、その後のエルダロンの繁栄で幸せになれた人間もそれなりの数がいたはずだ。

そして、何より今のフリーダは、その両方のことを理解している。

その上で、自分のこの後全ての命をエルダロンに生きる人々のために捧げようとしている。


そんな覚悟ができるフリーダは、とても美しいと思う。

だから、幸せになってほしいし、幸せにしたいと思う。


「……まだ、早いんだよ。

オレも一緒に行くから、1つずつ乗り越えていこう」


「……あぁ、そうだね」


だけど、当のフリーダ本人が、そんな自分のことを愛せていない。

正しかった部分を認められていないし、間違ったことを乗り越えられていない。

死ぬべきで、普通に生きて幸せになっちゃいけないと信じている。

オレに向けているこの笑顔も、今はただ透明なだけの仮面だ。


フランドリスから戻って以降は、こんな顔しか見られていない気がする。


「「……」」


ミュールトやあの母娘やエルダロンの市民たちを、憎いとは思わない。

仕方がないと思うし、言っていることが全部間違っているとも思わない。

でも、それを変えることはできるとも思う。

もちろん時間は必要になるだろうけど、それを待って指をくわえて見ているだけのつもりもない。


オレは、手を伸ばす。

オレが手を伸ばせば、守りたい人を助けることができるから。


「こちら第6小隊オーサより総員に緊急連絡!

フランドリスから北東20キロの岸壁に、眼球や口の中まで真っ黒な竜魚の姿をしたものの漂着を確認!!

総隊長よりの指示待て!」


……そんな人間たちの選択やら覚悟やらも、多分人間じゃない存在には関係ないか。


オレとガーラン、フリーダが持つ陣形布シールから、【意友伝人スレッドベル】を介したオーサの声が響き渡る。

オレと目を合わせたフリーダはうなずき、それを目にしたハイアたちが立ち上がった。


「こちらサーヴェラより総員へ、泥夢メイと仮定して対応する。

平時想定にのっとり、戦闘分隊と観測分隊2ずつ出ろ。

オレとガーランは、ピエモーンから直接現場に向かう。

……エルカ、にーちゃんに報告を」


オーサの復唱を聞きながら、オレたちも席を立つ。

鳥甲冑を用意しに走るキティに道を譲りながら、オレは椅子にかけていた黒いマントを羽織った。

















泥夢メイ

にーちゃん、つまり『霊央れいおう』から世界全体へその出現の連絡があってから、今日で8日。

その間、サリガシアで泥夢メイとの遭遇戦が起きなかった日はたった2日間しかない。

残りの6日では計16回、延べ29体もの泥夢メイが退治され、その詳細については毎日上位精霊の口を通して世界各地に報告が届けられている。


木属性の魔導、また鉱物や動物から生成可能な毒でも有効なものは今のところなし。

エネルギー源は不明、少なくとも5日間金属の箱に封じ込めた状態でも死なない。

どうやら姿に関係なく水には浮くようで、真水でも海水でも溶け出したり反応したりはしない。

翼がある動物の姿になると、滑空で短距離の飛行ができる……。


先手を取って火さえつければ完封できることと相まって、サリガシアでは泥夢メイの性質を探るために可能な限り実験してから倒しているらしい。

ただ、そこから炙り出されてきたのは本当に火以外で殺す方法がないかもしれないことと、条件が揃えば簡単に他の大陸へ移動できるかもしれない事実だ。

そして、歴代の強者と直接会ったことのある、言い換えれば長命の生き物ほど、泥夢メイと接触したときに強大な死者を生み出してしまう可能性があるということ。

それを理解したレム様は、千年鳥と白竜をまとめるために一昨日からエルダロンの竜の巣へと移動している。


だからといって、短命な人間との接触なら安全というわけじゃあ、もちろんない。

あの訓練が役に立つときは完全に最終局面になってしまっているときで、空を飛んでくるか海を漂ってくるかするかもしれない泥夢メイに対しては、都市から離れた極力何もない場所で一方的に焼き払うのが最善手だ。

そう結論が出た段階で『スピリッツ』と皇国騎士団は、ウォルから送られてきた上位精霊たちも動員してフランドリスからエルダロン大陸北東側までの監視網を敷いている。

……とはいえ、そんな長大な防衛線に隙間なく目を配れるほどの人員は、流石に用意できない。


「……アレみたいね」


「「……」」


頭上のハイアの声に指摘されるまでもなく、竜車の窓からは顔を出すオレとガーランの目には黄色い荒野に書かれた馬鹿でかい文字のような黒い竜魚が、今のところはピクリとも動いていないその姿が映っている。

十字砲火できる位置に展開済みのホローたちと比較して、体長はおよそ20メートル。

視力強化ホークアイ】で確認すると、確かに眼球も口の中も、えらの中の肉まで全てが黒い。

こんな無理矢理な監視網で補足できたのは、今回の泥夢メイがこれだけの巨体で、明るい時間だったからだけの幸運だな……。


「こちらサーヴェラとガーラン、フリーダたちと共に戦闘分隊に合流した。

ただし、現場指揮は変わらずホローがる。

サリガシアの『霊央』からは、『先制攻撃で速やかに、確実に滅殺しろ』とのこと」


「こちらホロー、総隊長の指示通り、このまま私が対象滅殺の指揮を執る。

ミラ1とミラ2、即座に攻撃できる体勢のままにまずは対象から100メートルまで通常前進する。

アイ1はミラ1に随行、アイ2は現在の距離を保ったまま包囲せよ」


まだ動かない竜魚から150メートル、第1戦闘分隊の後方。

そこにハイアが着地したと同時に、オレとガーランは竜車を飛び出す。

同時に指示を出すと、それに即応するのは第3小隊隊長のホロー。

慮燎ろくりょう』こと『スピリッツ』の火属性最強が外回り担当のタイミングで泥夢メイとの初戦を迎えられるのも、やっぱり幸運か。


「「……」」


それぞれが武器を構え契約精霊を実体化させたまま、ゆっくりと竜魚の方へ進んでいく。

フリーダを乗せたハイアはまた空に戻り、上空を旋回し始めた。


「……アイ1はここで停止、この距離を維持し対象を包囲せよ。

ミラ1とミラ2はさらに20メートル進み防御点を構築、その後ミラ1とミラ2で同時に攻撃を加える」


ここまで近づいても竜魚が何の反応も見せなかったため、一瞬だけホローの声にも戸惑いが混ざる。

ただ、そういう想定外の状況にも対応できるように策定するのがにーちゃんのいう『想定』だ。

平然と矛盾し、それを逸脱してきた……


「お゛にイぢャン」


「「!!!?」」


……いや、これは流石に想定外すぎるだろう。


地響きのような、それでも幼いとわかる少女の声。

それが流れ出したのは、オレたち全員の視線が集中する場所……つまり、まだ動いていない竜魚のあぎとから。


「ナガはダあけみです!

しょう学いち年生で、国語と図工が好きです!」


どんどんと流暢りゅうちょうに、濁りのない軽やかな声音になっていくそれでも大音声のままの言葉は、変わらず汚泥のように力なく開いたままの竜魚の口の中から押し寄せ続ける。

これが誰の声で何を言っているのは理解できないけど、とにかく目の前で人間の本能として受け容れられない何かが起きていることはわかる。


「っ攻撃!!」


絶叫のようなホローの指示と共に、まずはホローの隣のペインが【千片万火スパークス】を連続発動する。

数千片の炎が着弾すると同時に、一気に火の塊になった竜魚の顎からは長さ5メートル近い、明らかに人間の子供の腕だとわかる形のものが伸び上がり……、……そこに、ミラ2の方から放たれた【炎条スプレッド】が激突する。


「将来の夢は、お花屋さんかアィど…………」


急速に小さくなっていく腕と、それが繋がる竜魚の体と、その口から垂れ流される少女の声。

火がついた布みたいに、10メートル、5メートル、1メートル、50センチ……と一気に縮んだ炎の山はそのまま粒になり点になり……、……そして完全にこの世界から消えてしまう。

あれだけの体積があったはずのものの痕跡が、今のオレの目には見つけられない。

ガーランもホローも、他の兄弟姉妹たちも何も言葉が出てこない。


「「……」」


空にいるフリーダも、焼け跡さえない黄色い地面を見つめたまま声を出せないでいる。





この日、オレたちエルダロンの人間はあらためて理解した。


泥夢メイ

これは完全に、人間の想像できる範囲の。

そして、想像していい範囲の外にいる何かなのだと。

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