表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クール・エール  作者: 砂押 司
第1部 水の大精霊
18/177

これから

ラルクス、正確には冒険者ギルドの庭に転移した俺を待ち受けていたのは、テレジアとダウンゼン、そして12名の騎士だ。

全員が、俺の姿を認めた瞬間に激しく緊張している。

全身甲冑のダウンゼンの横では、テレジアがひきつった笑みを浮かべていた。


「ただいま」


「……お、おかえりなさい」


自陣片カードの提示がいるんだったか?」


ダウンゼン達はあえて無視して、俺はテレジアに話を向ける。


「そ、そうですね。

では、お願いします」


氏名 ソーマ (家名なし)

種族 人間

性別 男

年齢 17歳

魔力 5,351,000

契約 水

所属 冒険者ギルドBクラス

備考 パーティー『スリーピングフォレスト』


提示するときに自分でも見ると、また魔力が増えていたが、もう気にしないことにする。

多分だが、これは生涯増え続けるのではないだろうか。

そして一応、俺はまだ人間だ。


「アリスは?」


「あ、アリスさんは、応接室で支部長とお待ちです」


「俺もそっちに行けばいいのか?」


「そうですね」


「わかった」


テレジアが先導し、俺が続くと、当然のようにダウンゼンがその後をついてきた。





応接室にはアリスとエバ、そして俺の面識のない男が上座に座っていた。


「ただいま」


「おかえり」


「ソーマ殿、そちらへどうぞ」


「ん」


アリスと短く言葉を交わし、エバに手を向けられて、アリスの隣へ座った。

エバは以前と同じく俺の正面に、例の柔和な顔のままかけている。

ダウンゼンも前と同じく、部屋の奥に立ったままだ。

テレジアが俺とダウンゼンにカティの入ったカップを配り、最初から部屋にいた3人のカップにポットからカティを継ぎ足してからドアの近くのイスに座ると、エバが口を開いた。


「さて、ソーマ殿……。

お話はアリス殿の方から大方伺っております。

1つは、エルベーナが先代の水の大精霊によって滅ぼされていた、ということ。

もう1つは、ソーマ殿が当代の……水の大精霊だということ。

間違いはありませんか?」


「ああ、どちらも」


「「「「……」」」」


エバ、ダウンゼン、テレジア、そして上座の男が一様に黙り込む。

長くなりそうだから、どうでもいいことから片づけていくか。


「商人たちは?」


「……アリス殿からの報告を受けた段階で、事実確認をした後にお帰りいただきました。

今日見聞きしたことを全て忘れることを条件に、ですが」


「そうか。

それから、エルベーナの生き残り2人だが、死んだ。

俺がシムカ、エルベ湖の上位精霊と会っている間に、ガブラにやられたらしい」


「……そうですか」


「……」


アリスが一瞬、緑色の瞳を伏せたのが見えたが、見なかったことにする。


「それで、彼は?」


話を変えるために、上座の壮年の男へ話題を移す。

だいたい、誰なんだ、こいつは?


「ああ、失礼しました。

彼はディロイ=バートマン=ラルクス卿。

ダウンゼン卿のお兄様で、現ラルクス町長です」


「ディロイ、だ……」


「ソーマだ、よろしく」


ダウンゼンはがっしりとした体型でヒグマを思わせるが、兄のディロイは

それよりもかなり痩せており、額も禿げ上がっている。

強いて言うと、マレーグマか。

ディロイは何かを言うつもりだったのだろうが、結局言葉は喉を通過しなかったようだ。

俺も、それ以上言うべきことがないので黙る。


数秒の沈黙の後、切り出したのはエバだ。


「それで……、ソーマ殿。

あなたが、水の大精霊だという証拠を、見せていただけますか?」


「……証拠、か」


自陣片カード表記は人間だしな。

どうしたものだろう……。

……証人。

いるにはいるが、こんなことで呼ぶのは嫌なんだけどな。

まぁ、仕方ないな。


「シムカ」


俺が一言そう呼ぶと、俺の右側の空間に水滴が発生。

瞬時に人型となり、俺に跪く姿勢で半透明の女性、シムカが出現した。


その光景を見て、アリスを含む全員がギョッとした視線を俺とシムカに向ける。

近くにいたテレジアは、思わずイスから立ち上がってしまっていた。


「ソーマ様、何かご用でしょうか?」


「俺は、お前たちにとってなんだ?」


「は。

ソーマ様は当代の大精霊様。

我ら兄弟姉妹の全てにとって、父であり母であり主君である方です」


「……これで、証明になるか?」


シムカを指差してエバに問うと、エバは呆然とした顔のまま頷いた。


「ソーマ様」


「……なんだ?」


「申し上げても?」


「……ああ」


「では、失礼いたします。

……あなた!」


予期していなかったシムカからの発言の許可を求める言葉に、少しいぶかしみながら返事を返すと、シムカはエバの右隣、傍らに置かれた杖の真上辺りを怒りを込めてにらみ、叫んだ。

俺が何事かと唖然としていると、突如エバの隣の空間が、燃える。

炎は人型をとり、やがて筋肉質な男の姿となった。


「……」


「当代の水の大精霊様に対して、あまりに不敬でしょう!

契約者として窘めるくらいのことをしては、いかがですか!?」


シムカのあまりの剣幕に、上位精霊以外の全員が硬直している。

俺も、そこに含まれていた。


「謝罪もないのですか!?」


「……シムカヨ。

久しく逢っていなかったガ、お前は相変わらずだナ?」


「話を聞きなさい、ベテル!」


「聞いていル。

確かニ、面倒な真似をさせたのは事実ダ。

ソーマ殿、我が契約者の不敬をお詫びすル。

ガ、我が契約者の立場ト、我らのおかれた状況もおもんばかっていただけると有難イ」


「それのどこが謝罪ですか!?」


「シムカ、いい。

ベテル、だったか。

俺としても、自分のおかれた状況の異常さと、それに相対している人間の立場を理解はしているつもりだ。

俺としては、お前の契約者と事を構えるつもりはない。

俺は、水の大精霊だが、同時に人間でもある。

とりあえずは普通に冒険者をやっていくつもりだし、この町も気に入っている。

それを踏まえた上で、いきなり友好的とはいかなくとも、少なくとも敵対的ではない関係を築きたい、とは思っているんだが?」


「ソーマ殿……」


「支部長、そういうことでいいか?」


俺がベテルに話す形で、室内の全員に意思表示をし、さらにエバを支部長と呼んだことで、室内の全員に俺の意思は伝わったようだ。

部屋の中の張りつめた空気は、ほんの少しだけやわらかくなっている。


「シムカ、つまらないことに呼び出して悪かった。

下がってくれて、かまわない」


「は。

お見苦しいものをお見せし、申し訳ございませんでした。

失礼いたします」


「ベテル、あなたも下がってください」


「わかっタ。

ではソーマ殿、失礼すル」


シムカとベテルが消えたことで、部屋の圧迫感もずいぶんとマシなものになった。

上位精霊同士の一触即発。

本来であれば人外に片足を突っ込んだAクラスの高位魔導士同士の対戦か、国同士の戦場でもない限りありえないシチュエーションだったのだ。

あまり魔力の高くないディロイとテレジアは、肩から大きく力を抜いて崩れかかっている。

エバとダウンゼン、それにアリスも、さすがに疲れた顔だ。

俺がカティをすする音だけが、応接室の中に響いていた。





「で、俺としてはさっき言ったような形で暮らすつもりなんだが、かまわないな?」


「我々としては、どうぞ、としか言えませんね」


しばらくして小さく笑いながら問いかける俺に、エバも苦笑いしながら返す。

確かに、これだけ戦力差があれば、これは許可を求める発言ではなく、恫喝だと言われても仕方がない。

俺としては、結果が変わらないのであればどちらでもいいのだが。


その後、エルベーナが先代によって滅ぼされた話にも確認があったが、湖でシムカがクロッカスに投げた言葉を俺から再度告げることで、事実確認は終了した。

ラルクスから騎士団の現地調査が入るそうだが、それだけの時間が空けば2人の死体は完全に魔物か動物に喰われるだろう。

俺にとっては、もはやどうでもいいことだ。


「ラルクスを気に入っていただいているようですが、王都や他の町へ行く予定はないのですか?」


「……アリスと相談してからだな」


話が終盤に差し掛かり、今後の予定を確認するエバの問いに、俺がアリスを横目で見ながら返すと、アリスも小さく頷いた。

そう、相談しないといけないことが、いくつかある。


「じゃあ、これで失礼する」


俺とアリスが部屋を出ていったのは、もう完全に日が暮れてからのことだった。


特に何を話すでもなく、ギルドから通りを挟んで向かいの猫足亭へ向かう。

メリンダの笑顔に迎えられ、俺とアリスはテーブルに座ってマントをイスにかけた。

例によって視線が集まるが、これも例によってメリンダが気を利かせてくれる。


「アリス」


「なに?」


メニューを広げて少し真剣な顔をしていたアリスに、声をかける。

いつになく俺が真剣な顔を、いや、俺はいつもそれなりに真剣なつもりなんだが……。

真剣な顔を見たアリスは、メニューを閉じて背筋を正した。

まっすぐに俺を見る、緑色の瞳。

その色は、深い深い森林の奥の大樹の葉の色、どこか怜悧れいりなエメラルドの色。


そう、俺はアリスと相談しなければならないことがいくつかある。

いや、実質はこの1つだ。


「お前、今後も俺と一緒にいるつもりなのか?」


水の大精霊である俺と。

おそらく、今日以上の面倒事や危険があるかもしれない、この人外と。


「……迷惑?」


「いや、そういうことじゃなくて……。

俺は水の大精霊で、半分くらいはもう人間じゃないんだが」


「……それは私も同じ。

私も人間じゃなくて、森人エルフ


いや、そういうことじゃなくて。


「俺のそばにいると、へたをすれば国家からにらまれる可能性もあるんだぞ?」


「……そんな話は今更。

あなたの魔力が500万を超えていた時点で、最初からそれは変わらない。

危険がどうこうというのなら、おそらく世界中であなたのそばが最も安全。

しても意味のない話をするならば、むしろ今あなたから離れることの方があなたと親しい関係だった私にとっては、はるかに危険」


ああ、確かにそれは……。

実際、ラルクスくらいの都市なら10分くらいで滅ぼせるだろうしな。


「ソーマ」


「ん?」


「逆に、私が木の大精霊だとしたら、どうする?

あなたは、私と別れることを選ぶ?」


「そうなのか?」


「違う、仮の話」


「どっちにしても、別れないな」


どちらにしても、即答だ。


「なぜ?」


「ん……?

アリスがアリスであることに、変わりはないだろうが?」


「……ありがとう。

私も、それと同じ言葉をあなたに返す。

ソーマがソーマであることに変わりがないなら、私の気持ちも変わらない」


「そうか……」


「話が綺麗に終わったんなら、そろそろ注文して欲しいんだけどねぇ?」


いつの間にかアリスの真横に立っていたメリンダが、ニマニマしながら俺とアリスの顔を見比べている。

情けないことに、まったく感知できていなかった。

アリスも同じだったようで、耳を真っ赤にして硬直している。

よくよく周りの様子をうかがうと、全てのテーブルから俺たちに対してなまあたたかい視線が送られていた。

痛い。

視線が痛い。

俺はこの世界にきて、久しぶりに致命傷を負った。

















「……うん?

後ろのお連れさんが、もう2人部屋をとられていますが?」


「……」


食事が終わってから2階に上がり、バッハに部屋が空いているか聞こうとすると、そうにこやかに返された。

後ろを振り返ろうとすると、下を向いたままの「お連れさん」に背中のあたりを押されて、そのまま部屋の中に押し込まれる。

2人部屋って、ベッドは1つじゃねえか。

苦笑いしながら後ろを振り返ると、アリスはドアを背にして耳どころかうなじまで真っ赤になって目を反らした。

それこそ、今更だな。


ベッドに腰かけて、アリスに手招きをする。

小さく息を吐いて歩いてきたアリスを抱きしめたまま、ベッドに倒れ、貪るようにキスをした。

大精霊になっても、人間の感覚が失われていなくて良かった。


アリスの瞳の色。

アリスの唇の味。

アリスの髪の香り。

アリスの漏れる声。

アリスの柔らかな肌。

アリスの変わらない心。


失わなくて、本当に良かった。


そのままバトルドレスをめくり、舌を這わせようとしたところで、アリスは慌ててもがきだす。

視線で問いかけると真っ赤な顔で、シャワー、と小さくつぶやいた。

はいはい、水の大精霊様にお任せ下さい。





「そういえば……。

お前の旅の目的って、結局何なんだ?」


俺がアリスに切り出したのは、2人でシャワーを浴びた後、せっかくだからとネクタの果実酒を下の酒場で買い、いつぞやのように水割りで飲んでいたときだ。

……まぁ、「食」前酒のような位置づけだと言えなくもない。


「俺はしばらくラルクスで過ごそうと思っていたけど、お前は違うだろ?

前に聞いたとき、多分達成したとか言ってたよな?」


「……」


アリスはタンブラーに口を付けたまま、目をこちらに向けている。

迷っている、のか。

……今更だな。

俺がタンブラーをテーブル (今回は氷ではなく、2人部屋には小さなミニテーブルがあった)を置いて背筋を正したのを見て、アリスも小さく笑ってタンブラーから口を離した。


「私の旅の目的は……」


「ふん」


「強い人を、仲間にすること」


「……なぜ?」


多分達成した、というのは、俺のことを指していたのだろう。

それ自体は別にかまわないのだが、それは目的ではない。

それは手段という。


「私の……夢を、手伝ってもらうため」


「それは?」


「……笑わない?」


「笑えるような夢なのか?」


「違う……と思う。

でも、今まで笑わなかった人はほとんどいない」


「ふーん、まぁ言えよ。

笑わないから」


「……」


「……」


「せ、戦争」


「……」


「世界から、戦争をなくしたい」


「……それだけ?」


「……そう」


「ふん……」


「わ、笑わないの?」


「笑ってもいい夢なのか?」


「違う」


「俺もそう思うよ」


これは笑っていいような話ではない。

これを笑える人間は、命の重さをわかっていない人間だ。

まぁ、でも。


「できるんじゃないか、多分?」


「え?」


「簡単じゃないけど、不可能でもないだろ」


「……どういうこと?」


「ん?

世界中の国家を、支配下に置けばいいだけだろう?」


アリスは絶句しているが、つまるところは論理の問題だ。

戦争をなくす。

可能不可能を無視すれば、最も手っ取り早いのは世界を征服してしまえばいい。

同一の主君の下では、基本的に戦いは起きないからだ。


そこから発展して、全ての国家を滅ぼす、というのも答えの1つである。

人がいなければ、戦争は起こしようがない。

まぁ、アリスの言葉を借りればこれは屁理屈だが。


話し合って納得ができるのは、ある程度の少人数までだ。

学校のクラスのようなわずか40人足らずのコミュニティでも人はわかりあえないのだから、最初から話し合いや同盟で国家間の完璧な合意など得られるはずはない。

元の世界の実情を見れば、そんなことはいくらでも証明できる。

それでも地球の国々が一応それを目指しているのは、単純にそれだけしかとれる方法がないからだ。

全ての国家を服従させるだけの力があれば、アメリカや中国、ロシアは間違いなく話し合いをしなくなるだろう。

それは、他の小国家でも同じことだ。


だが、この世界ならば。

水の大精霊たる、俺ならば。


おそらく可能だ。

そして、それが最も現実的に「戦争をなくす」手段だ。

だから。


「いいぞ、じゃあ我らが『スリーピングフォレスト』の目的は、世界征服、ということで」


そう言って俺は、タンブラーに新しく酒を注ぎ足した。

アリスのタンブラーにも、同様に紅い酒を注ぐ。

そう、これは食前酒だ。

世界を喰らう前の、甘い一雫だ。


「……正気?」


「正気だが?」


「……はぁ」


「この返事を聞いて、溜息1つで済ませられるお前も大概だよ」


「……あなたの非常識さが感染うつった。

本当にできそうだから、私もどうしていいのかわからない」


「それに……、俺の目的にも合致はしてるしな」


「それは?」


「笑わないか?」


「……正直、自信はない」


「なんでだよ」


「本当に世界を支配できそうな人の夢なんて、きっとろくなものじゃない」


「お前な……」


「それで?」


「時の大精霊を、支配下に置きたい」


「……なぜ?」


「必要なことだからだ」


「?」


アリスは理解できていないようだが、それは仕方がない。

俺の目的は、俺と朱美をこの世界に引きずり込んだ謎の召喚魔法を、使えなくすることだ。


特定の魔法を使えなくする手段は、1つしかない。

全ての使い手を殺し、全ての記録を抹消すること。

俺は、それこそ実現させることが難しく、効果も不確かなこの方法しかないと思っていた。

1度確立されてしまった技術を、完全に絶やすことは事実上不可能だからだ。


だが、大精霊となりシムカの話を聞いたことで、もう1つの方法が浮かび上がった。

すなわち、全ての時属性の精霊に契約を解除させ、2度と契約させないこと。

それを実行できるのはどこにいるかもしれない創世の大精霊だが、その1人だけを見つけ出して説得か恫喝か脅迫か、あるいは何らかの方法で支配下に置けば、原理的に時属性の魔法を封じることができる。


どちらの方法をとるにしても、必要なのは世界のどこにいるかもしれない大精霊を探し出すための莫大な情報と、創世を行ったという大精霊を滅ぼせるほどの圧倒的な武力だ。

結局のところこの世界の全てを支配することは、その2つを手に入れるためには避けて通れないのだ。


よって、俺とアリスの目的は合致する。

細かな目標を立てながら、1つずつ実行していけばいいだけだ。


いまだ困惑するアリスを横目に、俺はつりあがった口元を隠そうと、タンブラーの酒を飲み干した。





……に、してもだ。


「要するに、お前は俺の体だけが目的だったわけか」


「その言い方には語弊がある」


アリスの旅の目的を聞いてしまった以上、最初の出会いからの流れについて、若干釈然としないものが生まれてしまったのも事実だ。

ベッドの中で全裸のアリスを背後から抱きしめながら、つぶやきを漏らすと、アリスが体を半回転させてこちらを見上げてきた。

闇の中、緑色の瞳が困惑したように輝く。


「その……自陣片カードを見た瞬間に色々と考えたことは否定はしない、けれど……。

少なくとも……、そ、その……、最初の夜にあなたに言ったことは、嘘ではない」


「あの短い時間で、初対面の人間を好きになるか?」


「……それを言うなら、あなたは?」


「……なるな」


事実そうだったし、なぜか背筋に悪寒が走ったので、すぐに肯定する。

なぜ今、俺は全身が壊死したアリオンの映像を思い起こしたのだろうか?

考えようとして、やめる。

考えては、いけない気がしたからだ。


アリスの耳元に顔を寄せ、俺は静かに告げた。


「でも、俺がお前を好きになったのは、お前の心の在り方が綺麗だと思ったからなんだけどな」


腕の中のアリスの体温が一瞬で上昇したのがわかる。

悪寒は完全に解消されていた。


いいさ、アリス。

アイザンが贖罪として俺にくれた力で、俺はお前の夢を叶えてやろう。

それは、俺の目的のためでもある。

アイザンが俺の罪を背負ったように、俺たちがこれから犯す罪は全て俺が背負う。

だから、アリス。

お前は、その夢を絶対にあきらめるな。

お前の心は、どうか綺麗なままで在ってくれ。

俺が穢してしまった、あの湖にはならないように。


「お前の心が欲しい」


無意識に、そんな言葉が漏れてしまっていた。

腕の中で暴れていたアリスがピタリと止まる。

顔の近くで透明な緑色の輝きが瞬き、つぶやかれるのは小さな声。





「もう、全部あなたに奪われた」





俺は、アリスを強く抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ