アフター・エール 烈なる戦い 中後編
「ネギト将軍、タツミ大城角のソルジ大将軍より緊急の伝令とのことです」
「……何?」
弐の鐘の残響と重なるノックの後、開く許可を発する前にドアを越えてきた秘書官の声。
その内容は私、ネギト=シオ=ネサイアの意識をテーブルの上の地形図から引き戻すのに充分な異常性を備えていた。
今はシオ家が治めるサリガシア最南東の国、バルナバ。
この地は『創世』以降の歴史上、1447年の征角戦争で『角』のユーリ家が滅ぼされたときを除き、文字通り不落だった。
それはこの群雄割拠のサリガシアにおいて、他勢力との衝突面を最少数に限定できる「大陸の端に位置する」という幸運に恵まれていたからに他ならない。
さらには南側であるが故に、年間を通して凍らない海に面しているという好条件。
逆に年間を……というよりも、歴史を通して氷結している海しか知らない大陸中央以北の国々が船を造ることなど思いつけるはずもない。
必然、バルナバはその建国以来、一部の海岸線を除けば防衛戦力の全てを西のコモス側と北のベストラ側に集中させられるという大きなアドバンテージと共に栄えることとなった。
それはバルナバに現存する主要防衛拠点、城角の位置からも証明できる。
かつての『角』の本宮であり今もバルナバの中心であるバルナシャと、それを囲むバルカ、リース、ヒリアーの3つの中城角。
南の海岸線に沿って制海権を維持するためのサンカ、ミスラ、トウカン港城角。
北のベストラとの国境を守るサイル、ラエン、イチタ小城角。
そして、西のコモスへ備えるカーンとスケラ、今私がいるザド小城角。
全てを合わせて14という数は、面積が半分以下であるチェイズやヨルトゴ、ナゴンといった小国にすら劣る。
それでもバルナバが不落の歴史を貫けたのは、タツミ大城角という『角の万壁』が北西にそびえ立っていたからだ。
誇張ではない。
リーカンやクロタンテといったカイラン屈指の城塞を鼻で笑えるような、「山のような城塞」や「山そのものの城塞」が珍しくないサリガシアにおいても、「山脈そのもの」であるタツミ大城角はあまりに規格外だった。
ある意味……その威容を最もよく知るのは、我々シオ家のようにかつて『爪』に属していた戦者たちかもしれない。
あの『描戦』が「いや、あれは無理です」と攻略の王命に即答したという逸話は、コトロードで一時期語り草になったものだ。
実際に600年前の征角戦争で連合軍がタツミを抜けた勝因も、たまたま起きた地震で山脈の一部が崩れた僥倖に過ぎないと、他ならぬ勝利側の当時の『牙の王』が記録に残している。
純粋な戦いという意味では、『創世』以来2千年に渡って不落。
おそらくは、世界最大にして最堅の大城塞。
それが、バルナバのタツミ大城角だった。
……もっとも、今は『角』を滅ぼした『牙』も滅び、そこの城主となっているのは我々元『爪』のシオ家の人間であるのだが。
「内容は?」
敵とはいえ否定できなかったロマンと、それすら流転させていく歴史の虚しさ。
眺めていた地形図の残滓を振り切りながら、私は秘書官に書簡の開封を許可する。
「……け、警戒の要請です。
本日、壱の鐘がなると同時にタツミ大城角は攻撃を受けており、第1合層で迎撃中。
カーン、スケラ両城角と共に不測の事態に備えられたし、と」
「……ほぅ?」
困惑する秘書官から、私の視線は再び地形図へ。
バルナバ最北西のタツミ、そこから南北に並ぶカーン、ザド、スケラ。
そこから南東に進んだ先にはリースとバルカ、さらにはヒリアーに囲まれたバルナシャの文字。
無論、この要請は既に【時空間転移】でバルナシャのマルチェラ様にも届いてはいるだろうが、逆にバルナシャからの指示をこちらに下すには鳥を使っても半日はかかってしまう。
『獣王』を通して『二重』に上位精霊の利用を禁じられた今日、このタイムラグによって起こり得る事態を予想する煩わしさはあるが……。
しかし、攻撃を受けているのはあのタツミ大城角なのだ。
年単位で計算しても落ちる要素のない『角の万壁』にとって半日など、誤差にすらなるまい。
壱の鐘当時のタツミでの出来事が、弐の鐘の鳴り終わった今このザドに届いた。
つまりは、ほぼ最速で警戒を呼びかけられ、我々3城角の将軍たちにも華を持たせようとしてくださったソルジ大将軍の気遣いには頭が下がる想いだが、そもそも敵軍がタツミを抜くという不測の事態など起こりはしないだろう。
というよりも、既に敵軍を敗退させている可能性の方が高い。
そういえば、「敵」とは……、……どこだ?
まず思いつくのは西に隣接するコモスの勢力となるが、少なくとも昨日時点でデー家、イー家同士の内戦は終わっていない。
一方で、北のベストラはワイ家と盟を結んだばかりだ。
「狩人の利」だったとはいえ我々シオ家にバルナバを与えたのはワイ家であるし、それが仮初の約定だったとしてもレンゲのサラン家との戦いを終えて間もないこの状況、流石に軍を興す余裕はあるまい。
大穴は北西のシィシィ……否、これもあり得ない。
ラブ家も内戦中であるし、そもそもあの色情狂たちに領土拡大の野心はないだろう。
そうなると、コトロードの『獣王』本隊だが……これも昨日の時点で変わった動きがあったという報告は受けていない。
『二重』と『土竜』も同様。
当代の土の大精霊と霊竜というサリガシア最強の2人ならそれぞれ単体でタツミどころかバルナバそのものを落とし得る可能性もあるが、だからこそ、この2人への監視を我々が怠ることはない。
何より、この不安定な状況の中で2人は『獣王派』の中の不穏分子を黙らせる最大の剣にして最後の盾でもある。
我々反『獣王派』が何の工作もせずに大人しくしているなど、あの『描戦』が思うはずもあるまい。
そして、『魔王』でもない。
全ての家の間者が注視しているだろうソーマ=カンナルコの所在は、昨夜の時点でプランセルから動いていない。
大戦で『大獣』を壊滅させ、土の大精霊どころか『浄火』すらも打ち破った世界最強の魔導士。
世界を守り、世界を変えた『霊央』。
にも関わらず、同時に『黒衣の虐殺者』と呼ばれることを否定しない当代の水の大精霊。
そんな、バルナバどころか下手をすればサリガシア大陸全てを滅ぼすかもしれないような存在の動向を見失えるほど、獣人の頭はおめでたくはない。
……否、それは過大評価か。
少なくとも、エルダロンと事を構えフランドリスに決死隊まで送り出した我々シオ家は、世界基準で見れば充分に頭がおかしいのだろう。
『魔王の弟』と呼ばれる男が率いる軍勢が着任すると知っていながら……、……そして…………否、これに関して一介の将に過ぎない私が口を挟むことは、もうやめよう。
今のシオ家の家長はマルチェラ様、『継黒』マルチェラ=シオ=ケイナス様なのだ。
そして、そうさせたのは他ならぬ我々シオ家の者たちなのだから。
我々将兵は命じられた戦いに臨み、そして最大の戦果を挙げればいい。
ならば、今私が考えるべきことはシオ家の行末ではなく、ザド小城角を率いる責任者としてタツミ大城角が襲撃されている事実に備えることだ。
ただ、その観点から言っても……やはり、『獣王』や『魔王』ではあるまい。
コトロードに入った『魔王』……否『霊央』が『獣王』と会談し「その意向を尊重する」としたことは、表裏のルートを通して大陸全土に伝えられている。
無論、これには『獣王派』の士気を上げると共にそれ以外の勢力を牽制する意図が多分に含まれているわけだが、同時に『黒衣の虐殺者』の手足を封じる枷にもなってしまっていた。
ソリオン=エル=エリオット。
あの方の……いや、彼の語る理想の前提にあるものは、「対話」と「相互理解」、そして「妥協」だ。
無論、その重なり合わない先に「闘争」があることを否定はしていないが、そんな理想を掲げている以上、少なくとも初手から力による事態の収束を選ぶことはできまい。
その『獣王』に歩調を合わせると公言した以上、何の説明や宣言もなくいきなり他国の城塞を攻撃するようなことは道理が通らないだろう。
『王』を名乗る以上は、もはや一個人の感情では動けない。
エルダロンと我々の戦いに介入することにしていたとしても、相応の手順は踏むはずだ。
ソーマ=カンナルコ。
大戦の際、『大獣』の一員として対峙した経験を踏まえても、彼はそれなりに信用の置ける人間……だと思う。
少なくとも対話はできるし、ある程度までなら理解もし合える。
……ただ、「対話」と「相互理解」。
それで全てが解決でき、全員が笑い合える世界は確かに美しいだろう。
確かに、美しい。
だが、美しければ全てが正しいというわけではないし、それが善であるとも限らない。
我々シオ家のように、どうしてもそれを受け入れられない者もいる。
理解も妥協もしてはならないことがある。
人間の心とは、理だけでは語れないのだ。
だからこそ、マルチェラ様も。
シオの各将も。
そして、私も。
道を外れる、覚悟を決めたのだ。
だからこそ……。
「ネギト将軍、タツミより急報が」
「……ふむ」
再びの秘書官の声が、地形図の果てに沈み込んでいた私の意識を引き戻した。
慌ただしく駆け込んでくる伝令兵の右手には、赤い封印を施された書簡。
今のタツミに、バルナバに、サリガシアに起きている出来事。
その答えも、これでわかるだろう。
再び、私は視線を秘書官の手元に戻し。
「……タツミ大城角が、ぬ、抜かれた……、……とのことです」
「は?」
すぐに、その書簡をひったくった。
36合層、臨戦時ではなかったとはいえ兵力8千を備えたタツミが?
伝令の間隔を考えれば、最初の知らせを出してからほぼ時間を置かず?
邂敵からの途中経過や苦戦の報告、援軍の要請を出す間もなく?
抜かれた?
こうなると、優先すべきは理想よりも現実だ。
この短時間でタツミを落とし得る存在など、その精神性に関係なくこの世界には数人しかいない。
『魔王』か。
『二重』か。
『土竜』か。
『声姫』か。
『最愛』か。
『鬼火』か……。
混乱する頭でソルジ大将軍の文字を追いかけた私は、それを成した「敵」の名前を見て息を呑む。
大戦の際、『大獣』の一員として対峙した経験を踏まえれば、まさに最悪の存在だ。
何しろこの女は対話も理解も、そして妥協もする気がない。
そんな惰弱に、興味がない。
「……総員、すぐに野戦の準備だ!!」
『木竜』ヒエン。
『不落』を落とした暴力の化身の名前は、ひどく震えていた。
翌朝、夜明け前。
直に壱の鐘が鳴ろうかという頃、タツミから南東、3城角との間に広がるコーコンリ平原では計5千の兵から成る鳥型陣が完成していた。
その先頭には私と並んでカーンのタイレル将軍、スケラのガラビ将軍が轡を並べているが、3人共何も喋らない。
後ろに並ぶ兵たちも同様で、その顔には士気も血気もなく、時折誰かが嘔吐く音の他にはただ緊張と絶望が漂っている。
「「……」」
それをもたらしているのは、昨夜届いたバルナシャからの命令内容が遅滞戦であったから、すなわちこの5千が勝つことを前提にしていなかったからではない。
その5千の内の約1500、タツミからの援軍より伝えられた昨朝の戦いの状況があまりにも、あまりにも一方的なものだったからだ。
壱の鐘と同時にタツミの正大門前に人の姿で現れた『木竜』ヒエンは、山頂の大将軍の耳にすら届く大声でバルナシャへの侵攻と攻城戦の開始を宣言。
そのまま門前の守備兵を薙ぎ倒した後はかつて先代『二重』の【月爪弾】すら弾いた鋼鉄製の正大門を殴り曲げて、悠々と1合層へ侵入。
幾百の罠と防衛施設がある城角内をほぼ順路通りに36合層まで踏破し、その間に立ち塞がった約2千名の兵とソルジ大将軍を、結局は一切の魔導もブレスも使わず素手で。
しかも、相手が死なないように、重傷で収まる程度に手加減をして立ち回った上で突破した……という。
あり得ない。
意味がわからない。
が、現実としてヒエンの進路上にいなかったタツミ兵で大城角の維持に最低限必要な数以外の大半がここに着陣できている以上、我々はそれを事実として理解しなければならない。
そして、我々シオ家は『魔王』と道を違え、世界の理から外れたのだという現実も。
「……来たか」
北西に煙る土埃と、散発的な爆風。
遠雷のような残響が、徐々に大きくなってくる。
魔導や弓矢での射撃を切り上げ、こちらに合流しようと走ってくるのはタツミの山岳騎馬隊500名。
それが延々追撃しても、ただ南東へと歩くヒエンを止めることすらできなかったのだ。
「総員、遠距離射撃戦の用意!
魔力が尽きた者は、矢や投槍、投石で対処せよ!
ともかく距離を保ち、抱卵陣を崩すな!
近接戦になれば、我々に勝ち目はない!」
北西の黒い点が、徐々に緑色を帯びてくる。
『近接戦最強』。
獣人がそう称されるのも、所詮は人族限定での話に過ぎない。
人の形をしているだけの災害相手に、武を誇るなど愚の骨頂。
そして、相手が1人……否1体である以上、籠城も突撃も意味がない。
戦いの接点を限定して有利になるのは相手側だけであり、そもそもタツミを突破するような相手を防御しようと考えること自体が間違っている。
かつて浄嵐大戦で『大獣』が『魔王』を追い詰めたように、ひたすら遠距離から火力を集中させて一方的に削り続ける。
それを継続する以外に、弱者の群れが強者に届く方法などない。
「放て!!」
距離、およそ300。
両目の中に緑色の長身が像を結んだ瞬間、私は絶叫するように命令した。
幾十の【月爪弾】、幾百の【穿角弾】、幾千の【石結弓】。
それこそザド小城角が一瞬で半壊しそうなレベルの岩石と金属の嵐は、緩やかな弧で、あるいは潔い直線で純緑の点に収束する。
黒い爆風と土埃、合間に煌めく銀色の破片。
しかし、それは止まらない。
半円の軌道を描く【月爪弾】は、柔らかく添えられた褐色の掌によってそのまま真横へと飛ばされる。
その動きのついでで、300メートルを超えても水平を保つ速度の【穿角弾】が緑のコロモの横を通過する。
無造作に払われた右手に叩き落とされる、【石結弓】によるミスリルの槍の束。
それを踏む裸足の歩みは変わらず、距離は200に。
「後退しつつ、撃ち続けろ!!」
大戦の際に底上げされた戦者の魔力も、無論使えば減る。
【月爪弾】は見なくなり、【穿角弾】の数は減り、【石結弓】は増え、【石礫弾】と【創構】による石の矢が攻撃の中に混じり始める。
距離100、扇状だった黒の嵐は徐々に半円の形へ。
その中心で緑と褐色は、変わらず逸らし、躱し、弾き、あるいは受け止めながら歩き続ける。
囲まれている相手ではなく、囲んでいるはずの我々の方に募る焦燥。
ヒエンが陣の両翼の先端を越える頃になると、ついには【石結弓】の数も減り始める。
既に【穿角弾】も0になり、矢と共に嵐の大半を占めるのは【石礫弾】とそれですらないただの投石。
距離2桁ともなれば必中のそれを、しかし『木竜』は防ぎもしない。
右目のすぐ上に拳大の石が直撃するが、無表情の中で両の瞳が瞬いただけ。
それは、我々3人の将軍の手元を捉えたからか。
「……チッ」
小さな舌打ちを覆う赤茶と銀の靄、立ち上る土の壁……烈光!!!!
一部が砕けた【土盾壁】の隙間から噴き出すのは、爆炎という言葉では到底足りないオレンジ色の光。
20メートル離れていても届く高熱に目を灼かれながらも、我々は必死にその中心を見つめる。
タイレル将軍が赤錆を、ガラビ将軍が軽鉄をそれぞれ生成し、【粉陣】を使ってヒエンを包囲。
そこに私が【熾基紅溶】で着火したこの攻撃方法は、かつて『金色』が編み出し『赤土』と共にケイナス様が『魔王』を窮地に追い込んだ連携だ。
直接見たことのある私はその威力を知っていたが故に側近たちに【土盾壁】で囲ませたが、正解だったな。
これは、あまりに……。
「くっっだらねぇ!!」
罵倒と共に、粉砕される土砂。
そこに混じる銀色と溶岩の残りを裸足で踏み越えながら、褐色の唇が唾を吐く。
やはり銀色が混じっているのは、炎の中で冶金された純鉄を吸い込んだからか。
緑色の髪とコロモに張りつく鉄も、女を畏れるように地面へと散り落ちる。
「種類が違えば火や溶岩を吐ける竜に、こんなもんが効くわけねぇだろ!
大精霊を本気で殺そうとして、今また喧嘩を売った連中!!
どれだけのもんかと思ってわざわざ海まで越えてきたのに、結局この程度か!!!?」
落胆と憤懣。
未だに漂う白煙と高熱の中でヒエンがシオ家にぶつけたのは、我々が『魔王の弟』を襲撃したことへの怒りではない。
我々が弱いことへの、失望だった。
「……報復ではない、のか?」
「交渉したいとか抜かしてたあのハゲも勝手に黄昏れてたけど、お前らもそれか!?
ウォルと盟を結んでるのはジジィであって、オレ様じゃねぇ!!
仮に結んでたとしても、だからどうした!!!?」
目の前まで歩いてきたヒエンは、思わず漏れたタイレル将軍の呟きに苛立ちを募らせる。
褐色の右手がガリガリと搔くのは、エメラルドを想わせる髪に包まれた頭。
束ねられた長髪の下にある眉間には不機嫌そのものの皺が寄り、半分閉じられた瞳がタイレル将軍、私、ガラビ将軍へと移動した。
着崩された緑のコロモから伸びた右足が、少しだけ上げられる。
見ようによっては扇情的なはずのそれは、たまたま近くにあった石を踏みつけて粉砕。
「あのガキ共を鍛えたのは、確かにオレ様だ!
だけど、それが何だ!?
あいつらは誰かを殺すかもしれないつもりで海を渡って、その誰かに殺されかけた!!
それのどこに、オレ様が出向かなきゃいけない要素がある!!!?」
我々の肌に突き刺さる痛みは、先の爆炎の遺りではない。
「お前ら人間は、いつもいつもそうやって戦いに意味を見いだそうとする!
殴り合いを、殺し合いを美しくしようとする!!」
それに一切の痛痒を感じない女がぶちまける、ただの苛立ちの余熱。
「戦いが、美しいわけあるか!!!!」
5千を超える歴戦の戦者たちの前で、女はその全てを否定する。
「目の前の奴が気に食わない、生きるのに邪魔だからぶっ飛ばしたい!
それでいいんだよ、オレ様たちが殴り合って殺し合う理由なんて!!
誰かを殴って、誰かを殺そうとすることにいちいち意味なんて求めるな!!!!
そんなものは、不純物だ!!!!!!」
それは、ある意味では真理なのだろう。
ヒエンの言葉は、確かに生物としては純粋なのだろう。
「だから、さぁ戦いを楽しもう!
安心しろ、オレ様はお前らが死なない程度に力を抜いてやる!!
本気の戦争を繰り返してきた獣人の、この期に及んで世界に楯突こうとしてるお前らの強さを見せてみろ!!!!」
が、これを認められる人間はいまい。
人間というのは、そこまで純粋には生きられないのだから。
「武器を握れ、軍略を練れ、魔導を放て!
オレ様はこのまま、バルナシャまで止まる気はねぇぞ!!
本気で殺しに来い!!!!」
ただ強い相手との戦いを楽しみたい。
そんな理由で国家に喧嘩を仕掛けてきた『木竜』を軽蔑しながらも、私は重斧の柄を握る。
敬愛する者の仇を討ちたい。
そんな理由で世界と戦おうとしている我々に向かって、ヒエンは拳を振り上げた。