アフター・エール 烈なる戦い 前編
ましろなる、です。
「まぉ! まおー!!」
「痛痛痛!」
コトロード。
かつてはサリガシアを支配していた3つの王家の1つである『爪』の勢力の本拠地であり、今は『獣王派』の本拠地となっている大陸中央の最大都市。
そのさらに中央、心臓中の心臓と言える本宮プランセルの応接室で、俺は耳を引っ張られていた。
ウォルポートから発って5日。
カミラギノクチで『スピリッツ』の面々と別れてから20日。
ヴァルニラに到着してからここまで2日。
アリスとアイリに会えない禁断症状を少しでも埋めてもらおうかと思ったが、やはり知り合いとはいえ他人の子供で代用はできないか。
「あ、すみません!?
ちょ、ちょっとソル!」
サリガシア大陸特有の地盤の色がそのまま基調となっているためほぼ真っ黒の部屋を暖かく照らす、オレンジ色の炎。
暖炉の前、それを反射させる瞳を慌てさせながら1歳半になったという下手人を抱え上げてくれたのは、その父親であるソリオン。
かつての『爪の王』であり……名目上は『大獣』三番の戦支長だった少年王にして、今はサリガシアの西側3分の2の盟主である『獣王』。
「……めっ」
「やぁぁああああ!!!!」
そのソリオンの隣、父親の腕に囚われたソルディエンドを叱るのはネイリング。
かつて『ホワイトクロー』の一員であり『毒の王』を受け継ぐ立場だったネイ家の少女は、今はソリオンの正妃として初の育児に右往左往する毎日だ。
先が2つに分かれた母親の長い舌を見て、癇癪を起こすソルディエンド。
ネイリングから受け継いだ黄色い瞳の横では、それより遙かに明るい白金の毛に覆われた猫科らしい三角形気味の耳がピンと張っている。
「ニャハハハ、やっぱり『魔王』は怖かったのかニャー?」
「何が『やっぱり』なんだよ?」
それよりさらに三角の耳を揺らして笑うのは、ソファーに座ったままのエレニアことジェシカ。
同じく、かつて『ホワイトクロー』として『大獣』一番の戦支長として俺と本気の殺し合いを繰り広げた、当代の土の大精霊。
「子供の内に恐怖を教えておくのも大人の務め『ですわー』と、お前の愛人も言ってた気がするニャー」
「……そうかバカネコ、そんなに『恐怖』と『苦痛』、『自分が感覚神経を持って生まれてきたことに対する絶望』を知りたいか?」
「そういうところが怖いのニャ……」
そして、今はソリオンの最側近の1人であり、ソルディエンドの守役。
仮にも『黒衣の虐殺者』と呼ばれる俺に軽口を、しかも俺が……特にアイリが生まれて以降は最も嫌う内容のそれを、事実誤認とわかった上で敢えてぶつけて笑ってくる数少ない人間。
一瞬、その貴重な口に自身の可動域の上限を実感させてやろうかと瞳を冷たくするが、すぐ目の前に幼児がいることを思い出して自重する。
「……」
「……す、すみません」
「『王』たる者が、軽々しく頭を下げるな」
代わりにその矛先は、まだぐずる息子をネイリングに託したソリオンへ。
「いや、『王』たる者が軽々しく他の王に頭を下げさせようとするんじゃないニャ」
「うつわが、ちいさい」
左右からのぼやきは、意図的に無視する。
何だかんだと言いつつ、別に俺も憂さ晴らしでこんなくだらないことをしているつもりはないからだ。
「「……」」
ソリオン=エル=エリオット。
『服従の日』を境に心を病み、『大獣』にも名前だけしか参加していなかった元『爪の王』。
大戦後のエレニアたちの献身にようやく立ち直り、そのエレニアたちが目指すサリガシアの安定とエルダロンとの協調を実現せんと立ち上がった『獣王』。
アネモネやアレキサンドラを通じてその名前や人物像は聞いていたものの、こうして実際に相対するのは今日が初めてとなる。
白金の髪と耳に、鮮やかな朱色の瞳。
やや小柄な躯は鍛え慣れていないらしく、肌も青白い。
魔力は、10万に届かない程度か。
顔つきは穏やかだが、23歳で『王』だということを考えるとむしろ幼い……。
視聴覚と【水覚】による情報を総合して俺が感じるのは、そんな印象だ。
もちろん、今更ソリオンの戦闘能力の大小に興味があるわけではない。
問題なのは目の前の青年の人格、そして統治能力である。
いかにエレニアや、かつての『大獣』の長たちやサリガシアの住民たちの大半がこの線の細い王を支持しているとはいえ……。
人として正しいのか、そして王として強いのか。
この答えはそのままサリガシアが迎える未来に、これから世界が変わる度合いに直結する。
冗談でも何でもなく、ソリオンの器次第では俺は再び大精霊と殺し合い、数百万人の獣人を殺さなければならなくなるかもしれないのだ。
「……とりあえず、現状を整理するか」
「そ、そうですね……」
「せんしゅこうたい」
黒曜石からそのまま削り出されたような、黒いテーブル。
それを挟んだ俺とソリオンが互いに視線を外す中、ぐずり疲れて指をしゃぶり始めたソルディエンドを抱いたネイリングが席を立つ。
「久しぶりやね、大精霊さん。
……まぁ、精霊を通して何度か話はしてるから、それほど久しぶりっちゅう感じはしてへんねんけど」
「……」
入れ違いに部屋へ入ってきたのは1メートルほどの巻皮紙を抱えたルルと、こちらはソリオンと同じく今回が初対面となる男。
「ほい、そっち押さえて……ジェシカ、何でもええから重石重石!」
「ニャー」
ルル=フォン=ティティ。
かつて『爪』の陣営で『描戦』と賞された女軍師にして、八番の戦支長として俺とフリーダの命に爪を届かせかけた『大獣』の頭脳の1人。
今は『獣王派』の参謀としてソリオンを支えるフォン家の筆頭は、天下の土の大精霊を文鎮代わりに使いながらテーブルに地図を広げている。
「……」
それには加わらず、無言のままソリオンの後ろに直立したのはまるで剣を擬人化したような硬質の男。
その髪はエレニアと同じオレンジ色であり、その瞳はジェシカと呼ばれた女と同じ金色で俺をにらみつけている。
ジンジャー=シィ=ケット。
かつても今もソリオン=エル=エリオットに絶対の忠誠を誓う『二爪』であり、おそらくは『近接戦最強』とうたわれる獣人の中でも最強の男。
「ジェシカ、いい加減にその口調はやめろ。
お前が『エレニア』である必要は、もうないはずだ」
「「……」」
そして、エレニアことジェシカ=シィ=ケットの実の兄。
その声はあまりに硬く、鋭い。
それは、発する喉も切り裂いてしまいかねないほどに。
当のエレニアもそれ以上に軽いルルも黙らせる、刃の言葉。
「いいんだよ、ジンジャー。
というか、僕が頼んでいることでもあるんだ」
それを穏やかに受け止めたのは、この部屋の中で最も弱いソリオンの苦笑だった。
「君の妹を『エレニア』にしてしまったのは、僕の弱さと愚かしさだ。
それを忘れないためにも、なかったことにしないためにも、彼女にはジェシカであると同時にエレニアであることも続けてほしいんだ。
……ジェシカには、申し訳ないけれどね」
「「……はっ」」
弱いかもしれないが、正しい。
愚かかもしれないが、優しい。
無言のままの俺の前で、ジンジャーとジェシカ、ルルがソリオンに頭を下げる。
俺は、ソリオンたちの喪失をマキナと共に知ってはいる。
が、そこから立ち直るまでの過程については知らないし、詮索する気もない。
直視すべきは現在であり、想像すべきは未来だからだ。
「ニャ、始めるニャ」
エレニアの声と共に俺たち5人が視線を落とすのは、テーブルいっぱいに広げられた地図の上。
当代の土の大精霊が指を振ると、【創】によってそこには色とりどりの砂が現れる。
13色の砂が形作るのは、13の国に分割されたサリガシア大陸の全景。
「これが、サリガシアの今です」
その国境線がまるで傷口でもあるかのように、ソリオンの朱の瞳には痛みが浮かんでいた。
「まずは、わかりやすい西側からやな」
レクチャーを引き継いだルルの手には、【創構】でテーブルぼ一部を拝借した漆黒の指し棒が握られている。
その先端が囲んだのは、カレーパンのような形をしたサリガシア大陸の西3分の1。
「ヴァルニラ……というか『毒』の4ヶ国は今のところ大丈夫やな。
ヨルトゴのシジマのおっさんとこ以外はそれぞれ家長が替わってるけど、統治自体に大きい問題は出てへん。
チェイズとクキは『毒』から完全に独立しようとしとったけど、3年前に陛下が即位されてネイリングが嫁いでからは『獣王』への忠誠を誓っとる。
……まぁ、ポーズだけやとしても、場所的にもう妙な真似はできんやろ。
肝心のヴァルニラも名目上の頭はネハン様の直系のネイリングやし、そのネイリングが陛下の正妃になって跡継ぎの殿下も産んでんねんから文句なんか出ぇへん。
カン家とリズ家、フー家も立場を変えてへんから、とりあえず心配はないと思う」
その中で南西側の半分ほどを占めるのが、かつて『毒』の王都であったヴァニルラだ。
カイラン大陸の各地、ネクタのカンテンノクチ、エルダロンのフランドリスからの交易船が入港する世界最大の港湾都市にして、千年以上に渡ってネイ家が治め続けた『黒の都』。
そこには緑色の砂文字でネイ家、次いでカン、リズ、フーの3家、さらに少し小さな文字で8家の名前が浮かんでいる。
どれだけの家が所属していて、その中の実質的なトップはどこかを俺に示すためのエレニアのアシストだ。
同様に、ヴァルニラの北にあるチェイズにはモン家以下3家、その北東のヨルトゴもホー家以下3家、ヨルトゴの南からヴァルニラの東側ほぼ全域を閉める縦長のクキにはファン家以下6家の名前が羅列されている。
つまり、合わせて24家がかつての『毒』の陣営であり、今はソリオン率いる『獣王派』の協力派閥ということか。
「次に、中央部分の『爪』の5ヶ国やな。
まず、真ん中のコトロードやけど、今ウチらがおるこの場所なんやし説明はいらんやろ?
陛下に『二爪』、当代の土の大精霊に不肖『描戦』の目が黒い内にここは二度と戦場にはさせへん。
エル家以下10家で盤石の態勢や。
北のチョウミンはチー家のフィールダー将軍が戦前から替わらずやし、その隣のナゴンも代々ウチらフォン家の縄張りや。
間違いなんて起こりようもないね……、……北側は」
ただ、ややこしいのが獣人特有のこの「家」という概念だ。
翻訳の都合上この字が当てられているのだろうが、これは断じて家族というような小さな集団単位を表すものではない。
同一の「家」を冠する者が最低でも数千人、最多で10万人を軽く超えるという事実。
ここから俺や他種族がより正確に理解できる言葉に言い換えるならば……「人」、あるいは「族」が適当だろうか。
ネイ家ではなく、ネイ人。
エル家ではなく、エル族。
「家」が単なる血縁関係ではなく、出身国家や民族差異にまでかかってくる概念だと思い直したとき……、……特にそれを取り巻く環境が今のように落日の最中にあることを思い出したとき、そこには当然の懸念が出てくる。
本当に一枚岩なのか、と。
「問題は南側やね……まぁ、厳密に言えば『爪』やなくて『牙』の方の問題なんやけど」
その答えを示すように、黒の指し棒が苦々しく揺れる。
囲まれたのはコトロードの下、旧『爪』の陣地の南側4分の1を占めるコモスの文字。
「コモスは『爪』の港湾都市でクキ、シィシィ、ベストラ、バルナバと接する最重要地やったから、伝統的にエル家近族のシィ家と腹心のエマ家で管理してきたんやけど……今は東側が戦場になっとる。
ややこしいのは、戦ってるのが味方も敵も元『牙』のデー家とイゴン家やってことや」
「……も?」
本当にややこしい。
それをそのまま顔に出した俺に、ルルも疲れ切った苦笑いを返す。
「順番がおかしなるけど、デー家とイゴン家はどっちも『牙』の腹心で、元々は王都ベストラとその南のバルナバにいた連中や。
それぞれの家長が『大獣』の戦支長やったし、『獣王派』に入ってくれることになったんやけど……」
「……割れた、わけか」
「そういうことやね」
まぁ、わかりにくいことではあるが、驚くことではない。
そもそもが、2千年に渡って数千から数万の人間の命運を漏れなく統一させてきた獣人の家というシステムの方が異常なのだ。
在様としては封建社会というよりも、もはや宗教に近い。
それをずっと保証していた唯一の尺度である「強さ」、その頂点である「王家」が倒れたのだから、それは混乱もするだろう。
各宗教の教徒からすれば、「昨日をもってあなたの信じる神は無くなりました」と言われるに等しいのだから。
それを新たにまとめ直すとなると、必要なのは論理や武力、伝統だけはなく、文字通りのカリスマ性だ。
しかも、「なので今日からこっちの神を信仰することにします」という方針転換、『牙』から見て『爪』とは敵対していたという意味では、邪教信仰への宗旨替えに匹敵する堕落を全員に納得させるレベルでのそれが求められるのである。
必然、元の『王』に匹敵するだけでは足りず、軽く上書きするようなレベルになるが……。
「ちなみにデー家の『獣王派』筆頭はアネモネで、イゴン家はヨンクとノエミアの父娘やね」
「……ちょっと、荷が重いよなぁ」
「いや、3人とも優秀ではあるのニャ。
優秀では……あるんだけどニャー…………」
……そこまでのカリスマ性は、ない。
ヨンク親子とは停戦の際に、アネモネに至っては『ホワイトクロー』時代から何度も会っている俺の評価を元同僚であるエレニアも否定はしない辺りが、この問いかけの最終的な結論だ。
ただ、これは決してアネモネたちが力不足なのではない。
越えようとしているハードルが、根本的に高すぎるのだ。
「救いは、どっちも小競り合い程度で大規模な戦いにはなってないことやね。
これは、流石に家同士でお互いに滅ぼし合うほど頭に血が昇ってないのもあるけど、ジェ……エレニアを通じて陛下が上位精霊の戦争利用を禁じはったのが大きい。
味方も敵も精霊なしやから、多少慎重にはなってるわ。
アネモネとヨンクがそう誘導してるっていうのも、もちろんあるけど」
ルルの視線は、続けてコモスの北東へ。
そこにはコトロードとベストラに挟まれた小国家の輪郭が、しかしそのどちらにも属していないことを表す白い砂で縁取りされている。
「シィシィのラブ家も同じ感じでまとまりきってなくて、ナンシーの後を引き継いだブランカが身動きとれんようになっとるな。
……まぁ、ラブは元々『爪』に従うわけでも『牙』に従うわけでもなく上手くやっとったから、一概にコモスと一緒にはできんのやけど」
そこに付け足されるのは、やはり懐かしい名前。
元『ホワイトクロー』のブランカに、『宴』のナンシーか。
……まぁ、後者に関しては俺が直接殺した相手だが。
「……で、問題なのはこっからやな。
グチャグチャになっとる、旧『牙』の陣営や」
殺伐とした追憶に相乗りするように、ルルの眉間も歪んだ。
操る指し棒の先端は、青で区切られた地図の東3割、その中央の大半を閉めるベストラと、その西に位置するレンゲを囲むようにイライラと円を描く。
「まず、『牙』の王都ベストラやけど、大戦後すぐに全土で内戦が起こってイー家が滅ぼされとる。
やったんは近族のワイ家とベストラのギルドを仕切ってたサラン家を中心に、それまでベストラでイー家に仕えとった連中や。
ただ、その後すぐにワイ派とサラン派に分かれてベストラ争奪戦が始まって、結局今はワイ家が仕切ってる。
サラン家の方は出身でもあるレンゲに引っ込んだみたいやな」
強さをもって支配していた以上、敗北すればその根拠は失われる。
『牙の王』ナガラ=イー=パイトスが死んだ、いや討たれた以上、イー家がその立場を失うのは確かに仕方のないことなのだろう。
ただ、道理として通るとしても、人の道として拍手が送りづらい展開であることもまた事実だ。
無論、死後も尊重されるような政治を行えなかったナガラに非があると言われれば、それまでなのだが……。
「そんな状況やから、『獣王派』としても『牙』の後継をワイ家としていいのかどうかはちょっと悩んでるところや。
変に箔つけてまうと、いらん火種になりかねんしね。
これについては、ポプラのおっさんも同じ意見やったわ」
吐き捨てる勢いだったルルの口調が、最後で少しだけ穏やかになる。
視線の先にあるのはベストラの北に位置する小国のロメオ、支配者の場所には紫色でポプラ=ポー=フィリップスの名前。
「『獣王派』の足場固めを優先して、コトロードに長居したのが裏目に出たね。
おっさんが『牙』に戻った時点でベストラは鉄火場になってたし、その時点で『獣王派』と見られてる人間の言葉なんぞ誰も聞かん。
ましてや、天才軍師『画場』の声なんか逆に『獣王派』の策やと思われるのがオチや。
飛び火せんようにロメオを固められただけ、マシやったと言うべきかな」
『毒』の『金色』に匹敵する軍師であり、実際に俺とフリーダを討つ寸前までいった『爪』の『描戦』と『牙』の『画場』。
その2人でも安易に手を出せないほど、今のベストラは混乱している……ということか。
「で、それに輪をかけてわけのわからんことになっとるのがバルナバや」
そして、それ以上もある、と。
ルルが最後に指したのは地図の最南東、エルダロン大陸に最も近い国であり『牙』が持つ港湾都市でもあるバルナバだ。
「今のここの名目上の支配者は、『爪』の陣営やったシオ家の小娘や。
ただ、傘下にはかなりの数の人間……エルダロンから渡ってきた連中がおるみたいで、ベストラ以上に実態がわからんのが現状や。
同じく、エルダロンから出戻った獣人もここに集中してるみたいで、完全な『夜の海』やね」
「五里霧中」と同じような意味を表す言葉を区切りに、ルルはようやく口を閉じた。
左から緑系統、赤系統、青系統。
13色の文字を眺めながら、俺は頭を整理していく。
『毒』は24家全てが『獣王派』。
チェイズのモン家以下3家とクキのファン家以下6家が若干怪しいが、地政学的に実力行使には踏み切らないだろう。
『爪』も25家全てが『獣王派』。
ただし、コモスではデー家とイゴン家が、シィシィではラブ家が……お家騒動中。
『牙』はロメオのポー家以下2家のみ『獣王派』。
ベストラはワイ家、レンゲはサラン家を筆頭に計12家が所属。
バルナバはシオ家と脱エルダロン組の巣窟になっている可能性大、か……。
「んー……」
思っていたよりも『獣王』が頑張っている、というのが率直な感想だろうか。
もっと悲惨な戦況を想像していたのだが、数の上で多数派だというのは結構心強い。
コモスとシィシィも早めに介入すれば、無意味な血を流すことは減らせそうだ。
『真王派』というか、『牙』の方は最初から諦めていたのでどうでもいい。
さて、これをどうするかだが……。
「……で、ソリオン、お前はどうしたい?」
「……」
それを決めるのは、俺でない方がいい。
道理や人道云々の話ではなく、ここで『魔王』の横車を許せばこれまで築いた『獣王』の実績や信用が全て失われ、下手をすれば『爪』や『毒』で内紛が起きかねないからだ。
それに、俺はソリオンという人物のことをよくは知らない。
が、エレニアとネイリング、ルルのことはある程度なら知っているし、ジェシカの兄としてならばジンジャーのことも信用はしている。
その4人がソリオンを『獣王』として頂き、ソリオン自身も『王』たらんとしている。
「このサリガシアを、どうしたい?」
「もちろん……決まっています」
ならば、何を変えて、何を守るか。
その選択と未来への責任は、やはり彼らが負うべきなのだろう。
「僕は、サリガシアを……」
アイリやソルディエンド。
俺たちの未来へ、どのような世界を残すのかを。
続くソリオンの答えを、俺は静かに待つ。
結論だけ言うと、ソリオンは正しい人間であり、強くあろうとする王だった。