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クール・エール  作者: 砂押 司
第5部 世界を変えるもの
143/177

魔王

やわらかく巻かれた、チーチャの仮面よりも赤い髪。

雪像のように美しい、ミレイユの笑顔よりも白い肌。

闇を煮詰めたような、テンジンの眼帯よりも黒いローブ。


そして、その3人より。

ミゼットやピエッタやザラやオルカンやデュークといったどの魔人ダークスよりも赤い、血の色の瞳。


その掌に浮かんでいるのは、まばゆすぎる光。

月の光の包み込むようなそれとは違う、周囲の全てを焼き尽くす光。

太陽の光。

闇も氷も全てを蒸発させる、あまりに白すぎる光。


凝集に凝集を重ね、100万度にまで達した炎。

周囲一帯を塵へと変える、絶対の炎。

滅びの炎。

32万人以上の怨念が込められた、あまりに熱すぎる炎。


火属性超高位魔導【闢火コル】。

水鏡みかがみ』たち五大英雄を筆頭に100万人近い軍勢を滅ぼした、その烈光の前で……。


「ただいま……ライズ」


しかし、黒がひるがえる。


「……あれ?」


ライズの主観では、先程まで血と埃に塗れて横たわっていたはずの男。

全ての魔力を使い果たし、ただの人間に戻っていたはずの男。

とりあえず殺そうとし、実際にそうできたはずの男。

希望を捨て、自分を殺し、未来を諦めたはずの男。


そんな男が、いつの間にか立ち上がっていて……。


「まぁ、とりあえず……落ち着こうぜ?」


「……!」


分厚い氷の壁越しに唇をつり上げている異常事態に、さすがの『浄火じょうか』も動きが止まる。


伸び上がる氷。

開放される白。


動き出す時間と共に響く、ボグッ!!!! と空間が歪む音。


「!!!?」


四方を氷に覆われたライズを包んだのは手の中の【闢火コル】の炎ではなく、それが引火し先に爆発した水素と酸素の放つ衝撃波。

水を直接分解し爆鳴気を生み出す【煉解ヒドラ】は、水の大精霊たる俺が扱う唯一の、そして掟破りの火属性魔法だ。

ひたすら水が生成され、ひたすらそれが分解され、ひたすらそれが爆発し続ける空間の中で、ライズの体は【闢火コル】ごと粉砕される。


「「……!!」」


が、不完全発動してなお、その光と熱は人間ごときにどうにかできる程度のものではない。

ライズを中心に10メートル四方、高さ15メートルを満たしていた爆鳴気。

それへの引火による爆発消火でもそれは変わらず、不完全とはいえ数十万度の熱が一気に放射されたことで壁の中の全ては蒸発を越えてイオン化。

両目を閉じても白、どころかもはや透明だとわかる炎は全てを焼き尽くしながら空へと昇り、雲さえも蒸発させる。


「ぅ、おおおお!?」


が、その力は水の大精霊の力を持ってしてもどうにかできるものではなかった。

最初から天井を覆っていなかったためエネルギーのほとんどは何もない上へと逃がせたものの、単純にその余波で俺の氷が消し飛びそうになる。

全回復した俺の魔力、そのおよそ半分である300万ほどを押し固めた氷の壁の大半は、けるどころか原子の塵に。

両手を当てて魔力と氷を追加しながら後退するも、できるのはこの灼熱が収まるのを待つことくらいしかない。


「ぐ、ぅ……」


動き出した時間に、もう1度停まってほしいと。

そう、願ってしまいそうになる苦痛と焦燥。


「……この馬鹿が」


そのさなか、薄く開けた視界の下の方に映ったオレンジ色に、八つ当たり気味の苛立ちを漏らす。

温度が下がりようやく金色程度になった炎を背に、【氷鎧凍装コキュートス】の足先と壁を水の帯で連結。


「起きろ、バカネコ」


「……ニ゛ャ!!!?  ニャ、……は、……え…………?」


直接接触の条件をクリアすることで壁を維持したまま、ジェシカ……、……いや、エレニアをピックアップする。

マキナとの交渉の合間、参考までにと観せられた記憶の部分を差し引いてもこいつには色々と言いたいことがあったが、とりあえず、まずは生き延びて貰わなければならない。


「説明は後でする。

とりあえずここで死ぬな、迷惑だから」


「……えぇー…………」


手元のオレンジ色から壁の向こうのオレンジ色へと視線を送った後、俺は同じ理由で空を見上げた。


「お前もだ、戦犯フリーダ

死ぬなら、責任とってからにしろ」


「……いや、確かに反論はできないんだけどね。

……ただ、容赦なさすぎないかい?」


爬虫類のそれでも渋すぎる何かしらを口に含んだような表情だとわかるハイアの背の上で、鳥甲冑とりかっちゅうの白い兜の中のフリーダも同じ表情を浮かべる。


【……】


その傍らにいる白い小鳥が……当代の風の大精霊、レムか。


「ニャへぶ!」


「さっさと立て。

で、残存戦力をまとめろ」


土の大精霊が地面から顔を起こす隣に、顔面を蒼白にしたルルと険しい表情のポプラが並ぶ。

さらに、周囲の瓦礫の上に集まる人、人、人……。

侵攻していた側の獣人ビーストの戦支たちと防衛していた側のエルダロンの兵や冒険者たちが続々と集結してくるが、さすがにその視線はお互いではなく氷の向こうの赤い炎に集中している。


「……この魔力は……、……まさか」


「……


「……」


「……すげぇな」


「……馬鹿な」


木の上位精霊たちを率いるムーのうろの瞳も、土の上位精霊たちを率いるアレキサンドラの7つの瞳も、透明な揺らぎとしか感じられない風の上位精霊たちを率いるコチの不可視の瞳も。

それぞれに唖然とするヒエンとヤルググの竜の瞳も、それは同じだった。


「今俺たちの目の前にいるのは、あの『浄火』と火の大精霊エンキドゥだ」


つい先程まで戦場だったにも関わらず、俺の声はその場の全員に確かに届く。

少なからず魔力を持ち目の前の巨大な力を感じられる者ばかりだからこそ、550年前の『浄火』の名と最強の大精霊エンキドゥの名を知らぬ者などいないからこそ、全員がその言葉の意味を理解していた。


「一歩間違えれば……、……また世界が滅ぶことになるぞ」


いや、理解させられていた。


「……面白いことを言うんだね、ソーマ=カンナルコさん」


氷の壁の前、陽炎と共に小さな影が人の形へと戻る。


「正しかったとしても、僕たちは滅ぼすつもりなんだけどな」


ライズの微笑みには、それだけの強さがあった。





「なるほど……これが水を電気デンキ分解することで得られる、水素スイソ酸素サンソなんだね。

本で読んでもさっぱり意味がわからなかったんだけれど……、……ハハ、やっぱり痛みを伴わないと、身に染みて理解するというのはできないんだね」


3柱の大精霊に、その契約者が1人。

3属性の霊竜に、3属性の筆頭を含む上位精霊がおよそ200体。

描戦びょうせん』に『画場がじょう』、さらには合流してくる『断空だんくう』や『縮地しゅくち』と共に集まる獣人ビーストたちに、『竜巻』ことリコを中心にこの場を取り囲む人間ヒューマンたちが合わせて800人以上……。


確実に世界を滅ぼせるだろうその戦力を眼前にしながら、しかし『浄火』の表情には一切の恐怖どころか、緊張すらも浮かんではいなかった。


「【散闇思遠バッティング】で逃げるか迷ってたら、危なかったかもね」


まぁ、当然ではある。

実際に世界を滅ぼそうとしたライズは、かつてこの千倍を超える軍勢を灰と化したのだから。


その赤い瞳に宿るのは、32万人分の渇望と怨念。

憎悪と絶望。

人間には決して耐えられぬ想いを背負うと決めた、強さと覚悟。


魔人まのひとの、王たる者。


「……いや、そうでもなかったかな?」


その背後で、さらに赤が燃え上がる。


「「……!」」


風竜ふうりゅう』、『木竜もくりゅう』、『土竜つちりゅう』。

同種の頂点たる3頭の霊竜が特に大きく息を呑む中で、ライズの背後から空一面までを覆った赤い炎が徐々にその形を生み出していく。


3頭の中でも最長身のヤルググよりさらに二回り以上大きいその体の全長は、実に50メートル以上。

ビルなら10階に届くだろう高さにある頭はやはり(わに)のように長く、赤いいかずちのような2対4本の角がしかし鰐ではないと主張する。

爬虫類特有の縦に伸びた真紅の瞳には、人間のそれですら届かない深い知性と神のそれですら敵わない静かな威厳。

漏れる吐息が、そのまま大気をイオン化させる。


支える長い首に分厚い胸、大人の背丈ほどもある五本の鉤爪を備えた両手。

上半身よりも長い尾と共に自重を支える両足にもそれはあり、さらに体全体よりも大きな2枚の翼は先程払われた雲の隙間から降り注ぐ光を再び完全に覆い隠す。

全身を覆う鱗には、金属質でありながらどこかルビーの透明感。

光の加減では瑪瑙めのうのようにも見えるその輝きは、まさしく炎のそれにも見える。


1頭で1国を滅ぼす、最強の生物。

世界に君臨する、もう1人の覇者。


竜。


それが、世界の核や楔たる大精霊でもあるという、事実。


「我が見知った顔は、精霊たちを除けば……ヤルググくらいか。

あの生意気だった小竜が、随分と老け込んだものだ」


「「……!!」」


火の大精霊、エンキドゥ。

その存在は、あまりに大きい。


それはフォーリアルが持つような圧倒的な包容力でも、『海王』に感じたような単純な質量差ともまた違う。

強いて表現するならば、それは生き物としての格の差だ。

見ている景色が、手が届く範囲が違いすぎる。

守れるものが、変えられるものが違いすぎる。


「そして、お前たちは相も変わらず小さな争いにつまずいているのだな」


「「……」」


エンキドゥの大きさは、人が。


「ライズの前に1つとなった世界が100年かからず割れるのも、また道理か」


「「……」」


竜が。


「変わらぬことよな、いつの時間も」


「「……」」


精霊が立つ領域からも、あまりにかけ離れている。


「そう、結局550年前に僕は何も変えられなかったし、550年前から世界は何も変わらなかった……。

だから、もう1度問いかけるのさ。

人間たちに、世界にね」


「550年前も言ったが、我はこの世界の一端としてただ見届けよう。

お前たちと世界と、どちらが灰に散るのかを」


ライズの強さとエンキドゥの大きさは、本当に世界を滅ぼせてしまう。


「「……」」


エレニアも、レムも、フリーダも。

ハイアも、ヒエンも、ヤルググも。

ムーも、アレキサンドラも、コチも。

ルルも、ポプラも、ヨンクも、シジマも、リコも。


人も、竜も、精霊も、その全員が。


世界を守り得る力を持つからこそ、その強さと大きさを実感してしまう。





……が。





「だから、勝手にさかってないで一旦落ち着けよ」


「「……」」


その実感を唯一冷静に受け止められているのが、俺だった。


「問いかけたいなら、せめて相手がそれを聞く猶予を与えろ。

そして、『世界の一端』を標榜するなら無条件に原告の味方になるな」


「……へぇ?」


「……」


『浄火』ライズと、『最強の大精霊』エンキドゥ。

世界を滅ぼそうとしている存在に滅ぼされそうな世界側として口を挟んだ俺を、大小2対の赤色が見つめる。

エレニアやフリーダといった若い人間たちはもちろん、100年単位で生きる竜たちやそれ以上の年月を生きる精霊たちすら立ち尽くしている中で、既に8割近い魔力を失っている俺だけが自然体だった。


「そもそもだが550年……あるいはお前たち魔人ダークスが生きてきた時代の恨みを、忘れるどころか知りもしない未来でいきなりぶちまけようとするんじゃねぇ。

百歩譲ってぶちまけるにしても、動機を説明して理解を得ようとする努力くらいはするべきだろうが」


「……」


ライズの微笑をわずかにひくつかせた黒い瞳は、続けて間違いなく世界最強である真紅の竜を見上げる。


「だいたい、消えたライズはともかくとしてお前はずっとバンにいたんだろうが。

どこぞの『最古』と違ってお前には足どころか翼まであるんだから、文句があったんなら直接言いに来い。

散々放置しておいて今更気に入らないなんて言われても、こっちだって知ったこっちゃねぇんだよ」


「……」


わずかに細められたその瞳の中には、間違いなく黒のマントが映っていた。


「こんな状況で、誰が黙って滅ぼされてやるか。

相手が納得どころか認識すらしてない状態での正義なんて、通り魔と大差ないだろうが」


「「……」」


ついに、ライズとエンキドゥを含んだその場の全員の視線が俺に集中する。


……なぜ、この状況下で冷静でいられるのか?


その全ての瞳が、そんな疑問を浮かべていた。

……が、それへの回答はあまりに単純なものでしかない。


「俺はこの世界を見つめ続けてきた者に……、……時の大精霊に会ってきたぞ」


「「!!!?」」


マキナという存在を、知っているからだ。


「2千年前の『創世』どころか20万年前からこの世界、スリプタを見守り……いや、守り続けてきた存在だ。

ちなみに、そのスリプタそのものが命の大精霊らしいぞ」


「……何、を…………」


「……」


理解させやすいよう、あえて『時の大精霊』と表現しながらサラリと真実を開陳した俺に、さしものライズとエンキドゥも言葉を失う。

そう、俺は既にマキナという存在を知り、そして圧倒され尽くしていた。


20万年の孤独に耐え、11次元の空間からこの世界を見下ろし続ける機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ

だというのに狂い切ることもできず、苦しみを理解し続ける不完全な人間。

『創世の大賢者』ヤタの遺志を受け継ぎ、最善を尽くそうとしてきた少女。

誰よりもこの世界を愛し誰よりもこの世界を守ってきた、史上最も強き者。


「俺は、その時の大精霊……マキナ=ネムラと共に、お前たち魔人ダークスの過去に触れてきた」


その強さに比べれば、その大きさに比べれば。

ライズが俺より遙かに強く、エンキドゥがこの世界の誰よりも遙かに大きい力を持っていたとしても……、……やはり、たいしたことはない。


魔人ダークス自陣片カードが、全て赤字レッドになった理由にもな」


たとえ『浄火』でも、たとえ『最強の大精霊』でも。

この小さなスリプタの、俺と同列に世界の枠の中に収まってしまうような、矮小な存在に過ぎないなのだから。


「軽々しく……」


「32万と204枚」


「……!?」


全てを見透かした……というか実際に全てを見てきた今の俺の言葉は、ライズの怒りさえも吹き飛ばしてしまえる。

たとえ姑息でいつわりの爆発消火ではあっても、一時的に世界を延命できてしまえる。


「別に確率に頼らなくても、1枚ずつ表に直していけばよかったんじゃないのか?

100年生きられない人間でも、不眠不休なら4日で終わる程度の話だ。

32万と204人で頑張れば、1秒で終わるとも言えるな」


「どう、して……」


「……その話は、確か…………」


かつて、グラトゥヌス国立書宮(しょぐう)でライズがエンキドゥに説いた確率論。

それを揶揄する俺の唇は今この瞬間、確かにこの世界を支配できていた。


「テムジン、人の弱さに憧れる『寂しき者』」


さらに、俺の声はライズに同化しているテンジンにも狙いを定める。


「人間を滅ぼしたとして、お前は人間にはなれない。

そんなことをしなくても、お前たち魔人ダークスは元々人間だった」


「……」


ライズの中でそれがどのように処理されているのかはわからないが、実際にライズの表情は歪んでいた。


「ミレイユを引き継いだなら、わかるだろう?」


そして、少しだけ泣きそうになる。


「そうだろ、ミレイユ?

偶然や打算があったのは否定しないが、それでもお前たちが求めていたものに俺たちの手は届いていたと思うんだがな」


その顔があまりにミレイユに似ていて、俺は悪態を押さえつけるのに必死になった。


「お前がチーチャに与えたいと思っていた未来も、このままじゃ用意できないだろう?」


が、それはこの場でぶつけることではない。

ミレイユと目を合わせることをやめた俺は、あの何もない仮面と同じ色の瞳を、またたく赤色を直視する。


「……4日だ、『浄火』」


「……何がだい、ソーマさん?」


あらためて対峙したライズに、俺は親指だけを折った右手の甲をかざした。


「4日で、お前たち魔人ダークスの問いかけに答えを示そう。

現在いまの人間たちが創れる最善を、お前たちに提示しよう」


俺の視線は4本の黒い指を凝視するエンキドゥへと移動し、さらに傍らのエレニアからフリーダへと移る。

ニャッ、と頬を引きつらせたサリガシア最強と無言で眉間にしわを寄せるエルダロン最強から再びライズへと向けた俺の瞳を、ライズも確かに見つめていた。


「だから人間に、この世界に、4日の猶予をくれないか?」


「……僕たちの怨念を、たった4日で裏返せると?」


「幸いに、今は各大陸の頂点に立つ4属性の大精霊が一堂に会し、同じ方向を向き合えるタイミングだ。

今なら、あるいは今だからこそ、世界を変えられるとは思わないか?」


「……」


あるいは、『浄火』という存在がこの提案に一瞬も逡巡せず、躊躇なく却下し世界を滅ぼしにかかれる程度の存在だったなら、俺も逡巡も躊躇もせず『悪の炎』だところしにかかれたと思う。

世界の全てと人間の全てを巻き込み、いずれにせよ滅びしか遺されない二者択一への道を選択したと思う。


だが、ライズはそこまでの『悪』にはなりきれていなかった。

そこまで、人をやめてはいなかった。


だからこそ……。


「……沈黙は、同意と解釈させてもらうぞ」


「…………」


残酷な俺には。

残酷な人間には。

残酷な世界には。


ライズにつという、可能性が生まれてしまうのだ。


「エレニア、フリーダ。

現刻をもって、無期限の停戦を宣言しろ。

放っておいても最悪は4日後にエルダロンもサリガシアも滅ぶんだから、別に構わないだろう?

……お前らもだ。

文句があるなら、今この場で名乗り出ろ。

悪いが、この期に及んで状況を理解できないような馬鹿を説得する余裕はない」


「「……」」


ライズの無言を引き取った俺は、そのままエレニアとフリーダ、そしてこの場にいる全ての人間たちへとふり返った。

エレニアとフリーダの無言をやはり都合良く解釈させてもらい、同調圧力を利用してそのまま反対意見を封じ込める。

もちろん、今回の件で家族や恋人といった大切な人を殺された者は心底から納得してはいないだろうが、今はそれも飲み込んでもらうしかない。

懊悩も葛藤も憎悪も復讐も、5日後以降なら止める気はない。


「それから、会議の場所を設けておいてくれ。

そこで俺が見てきたもののより詳しい説明と、『浄火』への具体的な提案内容の検討をしたい。

ムーとヒエン、お前たちは両陣営の仲介をしてくれ。

それから、できるだけ多くの上位精霊をここにんでほしい。

すぐにシムカたちも寄越すから、手分けして両陣営の救命作業に入るんだ。

今この場でこれ以上の人間が死ぬ意味も、もうなくなった」


「……承知した、水殿みずどの


「おし! とりあえず、全員動け!!」


矢継ぎ早に出す指示の「有無を言わせないように」という意図を悟り、ムーとヒエンが行動を開始する。


「……とりあえず、ボクの名において暫定で無条件停戦を宣言する。

君たちサリガシアも、同じ内容で文句はないね?」


「……わかってるニャ」


続けてフリーダとエレニアが視線を合わせた段階で、俺は再びライズの方へと向き直った。

騒がしくなり始めた後方を無視し、俺はポーチから赤紫色の結晶を取り出す。

掌の半分ほどのサイズのそれは完全な正四面体であり、面を構成するそれぞれの正三角形の中央には不完全な幾何学模様が刻み込まれていた。


「それは……?」


いずれかの面から覗き込むことで模様が重なり完成する、極めて複雑な魔方陣。

それに気づいたライズが視線を剣呑なものへと変えるが、【氷鎧凍装コキュートス】を解いた俺は無警戒に距離を縮めていく。


角陣形晶テトラミドっていう魔具まぐでな……、……まぁ、マキナから拠出させたものだ」


その言葉に、背後の喧噪もピタリと止まる。

ライズとエンキドゥを含めた全員の瞳が集中する中、鮮やかな結晶からはそれと同じ色の光が溢れ始めた。


「発動する魔法は時属性超高位【時空間大転移グランポート】。

大陸を越えてこの世界のどこにでも、自由に転移できるんだとさ。

……まぁ、4日間ただ待ってるのも、暇だろ?」


一切の邪気がないまま時の大精霊と会っていた物証を提示する俺の声に、ライズとエンキドゥは抵抗する機会を失う。

騒然とする背後に向けて、俺は唇の端をつり上げながらふり返った。


「じゃ、明日の朝には戻るから」


爆発する赤紫の光に、白い輝きと黒い影。

中途半端に手を上げようとしたままのライズと目を閉じたエンキドゥの前で、俺の手の中の角陣形晶テトラミドが砕け散る……。

















「……」


静かに呼吸すると、まず感じるのは澄んだ水と青い草の匂い。

続けて豊かな土の匂いに、あたたかい風に乗って運ばれてくる遠くで焚かれた火の匂い。


「「……」」


どうやら芋掘りの途中だったらしく、10メートルほど先の畑にいる子供たちは全員が泥だらけのスコップを持っている。

手や……中には顔まで黒く汚した4、5歳くらい、20人ほどの子供たちは、全員が口を丸く開けたままこちらを見つめていた。


「「……」」


それを無言で見返すライズとエンキドゥ、俺の視線の先で、青いマントが小さく揺れる。


「……え?」


「ただいま、アリス」


「う、うん……、おかえり…………?」


巨大な竜の頭に、見慣れない魔人ダークスの顔に、俺の瞳に……また巨大な竜の頭。

いつ見ても美しい緑色の瞳は、さすがにこの状況を理解できないらしく3つの地点をキョロキョロと往復している。


「……ああ、それからミレイユ」


その前者2つに一瞬だけ驚きつつも「あ、ソーマ様だ!」と逡巡も躊躇もなく駆け寄ってくる子供たちに、とりあえずその後を歩いてくるアリスにも聞こえないように、俺は小さく唇をつり上げた。


「お前、俺が『かたき』にどれだけ容赦しないか、意外と理解できてなかったんだな」


「……」


ミレイユでもあるライズは俺の言葉に何の反応もせず、ただ立ち尽くしている。


「俺はな……残酷だぞ?」


隣からの返事は待たず、俺はアリスに向かってウォルの土を踏んだ。

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