スリーピングフォレスト
「エルベーナ、ねぇ……」
「そう、エルベ湖には水の大精霊が住んでいると言われている。
実際、アーネルを訪れた水属性魔導士は必ず参拝しているし、充分な魔力があれば新たに上位精霊とも契約ができる。
あなたの魔力ならひょっとすれば大精霊と言葉を交わし、契約を結ぶこともできるかもしれない。
ここはラルクスだし、私とあなたの経験を確認し合う上でも、パーティーとしての連携を確かめる上でも、適当な旅程だと思う」
ベッドから出て身支度を整えた後、猫足亭の1階で朝食を食べながら、アリスからエルベーナ行きを提案された俺は、正直どう答えたものかと、頭をフル回転させていた。
が、何も反論できる箇所がない。
そもそも行こうとしているエルベーナ自体がもう存在しないのだが、それを言うわけにもいかない。
俺がエルベ湖に行くべきではない理由など、客観的に見ても皆無だ。
旅の中で、現地に着いてからどういうアクションをとるか考えるしかないだろう。
「そうだな、じゃあそうしよう」
「エルベーナは宿場町だから、向こうで何泊かしてもいい。
食べ終わったら、猫足亭は1度解約して、それから市場へ向かう。
ギルドにも、エルベーナに行く旨を伝えておかなければならない。
ついでに、同じ方向に行く商人の護衛依頼などを受けられれば、尚いい」
「わかった。
旅支度の鉄則や、町を出るときの手順なんかは全然わからないから、色々教えてくれ、アリス先生」
「……任せて」
小さな胸を張るアリスを見ながら、俺はカティを飲み干す。
エルベーナへの宿泊。
それはもうできないし、したくもないのが正直なところだけどな。
「エルベーナですか」
「こっちは歩きの移動だから、普通に行けば2週間くらいはかかるんだったか?
馬車とかに乗せてもらえるなら、楽ができそうなんだけどな」
「……」
猫足亭でバッハとメリンダに1ヶ月程ラルクスを離れる旨を伝え、市場で保存食や薬、霊墨を補充した後、俺とアリスは旅装に身を包んで冒険者ギルドへ向かった。
テレジアにも、エルベ湖とその宿場町であるエルベーナに向かう予定であることを伝え、方向が同じ隊商の護衛任務などがないかを尋ねる。
アリスも隣に立っているのだが、フードを目深にかぶって、テレジアとは顔を合わせようとしない。
片方だけはみ出した耳は、真っ赤だ。
一方のテレジアは、昨日のやり取りを完全になかったこととしてスルーしている。
完璧な「大人の対応」だ。
俺も日本では少しの間だけ社会人をやっていたのでわかるが、コミュニケーションとは結局のところ、上手に嘘をつくことだと言える。
場の空気を読んで、何事もなかったように振る舞う。
逆に、カマをかけてハッタリをきかせる。
それは自分にとっての利益が最大になるように、ときには自分を犠牲にしながら言葉で点と線を打ち、舞台の配役を演じきることだ。
嘘つきは泥棒の始まりらしいが、社会は泥棒程度では渡れない程に、鬼と魔が溢れかえっている。
生きるならば、人は誰かの為に偽ることを、ためらってはいけないのだ。
それも踏まえてアリス、もう少し堂々としていてもいいと思うぞ?
少しはテレジアを見習った方がいい。
……でも、俺みたいにはならないで欲しいが。
アリスのこれまでの振る舞いが全て演技なのだとしたら、俺は本当にこの世界を滅ぼしにかかるだろうな。
「うーん。
今のところは、そういう依頼は入ってませんね。
ただ、西門の近くに何台かの馬車が集まっているそうなので、ひょっとしたら直接の依頼か……。
『影踏み』をされるかもしれませんけど」
「影踏み?」
例によって、どうでもいいことを考えていると、テレジアからまた聞きなれない単語が飛び出したので聞き返す。
子供の遊び、なわけはないよな。
「えーと、影踏みというのは……。
商人や一般人が、強い冒険者の後について旅をすることですね。
勝手に後をついて行くだけなので護衛依頼とはならず、当然報酬も発生しません。
ですので、冒険者側にも護衛の義務はないわけですが……。
まぁ、魔物はどうせ迎撃することになりますし、目の前で襲われている人を無視できる人もあまりいませんので……」
「……」
「……なるほどな」
この世界では、文字通り鬼のような魔物が闊歩しているのだ。
人もしたたかになって、当然だな。
西門の近くには1頭立ての4輪馬車が2台停まっていた。
木箱や麻袋、樽が積み込まれた馬車の近くには5人の男たちがおり、全員がショートソードを腰から下げている。
防具は鉄の胸当てか、皮鎧、小手とブーツ。
装備だけを見れば、俺よりも重装備だ。
前を通り過ぎて、各門に設置されている騎士団詰所に向かう俺とアリスに、全員がさりげなく視線を送ってきている。
詰所の騎士に自陣片を提示し、行き先と旅程を告げて西門を通ると、しばらくして後ろの方で馬車の車輪が転がる音が聞こえてきた。
振り返らずとも、100メートル程後ろに先程の馬車がついてきているのを【水覚】で知覚している。
「ある程度強そうな冒険者パーティーが町を出るときは、いつもこう。
Bクラス魔導士を雇うとなれば、普通はかなりの報酬が必要なのだから仕方がない。
それに、大人数で旅をすることは、結果として私たちの安全にもつながる。
糧食くらいは分けてもらえるし、スペースがあれば馬車にも乗せてもらえる。
今まではこちらから声をかけていたくらい」
俺の装備はただの普段着の延長でしかないが、アリスの装備はよく見なくてもわかるほどの一級品ばかりだ。
詰所の近くで商人たちが見ていたのは、冒険者の服装か。
大人数になることで冒険者にもメリットがあるのはわかるし、確かにこの世界での少女の1人旅はあまりに危険すぎるだろう。
魔物にしろ、赤字にしろ、負ければ食い散らかされるだけだ。
そう考えると、ここはこちらから後ろに話しかけるべきシーンなのだろうか?
「不要。
あなたと会話がしづらくなる」
「どういう意味で?」
「……はぁ。
あなたは、自分が持つ魔力の大きさと強さを、もっと自覚するべき。
言っておくけれど、私の【青毒之召喚】も【大顎之召喚】も木属性魔導の中ではかなり高位のもの。
防がれたことすらあまりないし、ましてや破壊されたのは初めて。
私もそれなりに強い方だとは思っているけれど、あなたは完全に規格外」
「そんなものを、躊躇せずに両方使ったお前も大概だよ」
「あのときは仕方がなかった」
言いきるなよ。
「話を聞いてると、あのドングリの弾丸も白い槍も、かなりヤバい魔導なのか?」
「槍の方は、切り札の1つ。
【樹弾之召喚】と【死槍之召喚】。
魔物が出てきたときにでも、実際の効果は見せる。
私も、魔力が上がった分の試運転は必要。
感知に関してはお願いする」
「死槍って……。
まぁ、いい、わかった。
でも、感知ならお前でもできるんじゃないのか?
木属性なんだから、森の中とかならできそうな気がするんだが」
「……」
そこではじめて、アリスは俺の顔を見上げてくる。
その顔には戸惑いと不安、そして不満。
綺麗な緑色の瞳に渦巻くあまり見慣れない感情に、俺は怪訝な視線を返す。
アリスは小さくため息をついて、不思議な言葉を口にした。
「私は上位精霊と契約していないので、感知はできない。
それから、私のことを信用してもらえているなら、そろそろあなたの契約している上位精霊を紹介してほしい。
パーティーも組んで、……その、い、一緒に……夜を過ごしておいて、それは少し冷たい……と思う。
それとも、精霊の方が、私を快く思っていない?」
「……は?」
何だ、それ?
「……?」
「……上位精霊って、しゃべれるのか?
それ以前に、精霊って……見えるのか?」
「え?」
「え?」
アリスは戸惑いに満たされた瞳で、立ち止まる。
数秒して、俺が本気で理解していないことを悟ると、歩みを再開させながらおずおずと説明を始めた。
「……まず、精霊と契約した魔導士は、その属性の精霊を見ることができる。
私の場合は、木属性の精霊は見える。
他の属性の精霊は見えないのでなんとも言えないけれど、一般的には霊墨と同じ色の、光る小さな点として視認することができる。
今私の目には、森の中や道端の草の中、川の近くにそれがたくさん見えている。
あなたの場合は、水辺、それこそ川の近くに青い光の点として精霊を見ることができるはず。
それが、見えていないの?」
「見えてないな」
今まで俺が見たことのある精霊は半透明でハイテンションな全裸の幼女、つまりアイザンだけだ。
「……」
「とりあえず、説明を続けてくれ。
見えてないと、何か……まずいのか?」
「まずい、というか……。
魔導は、近くにいる精霊に自分の魔力を渡すことによって発動させる。
そのときにはその契約の文言を、詠唱という形で唱えて、近くの精霊を呼び集めている。
精霊が見えなければ、安定して魔導を発動できないはず」
「その理屈だと、契約属性以外の霊術も発動しないんじゃないのか?」
「霊術は、詠唱の代わりに魔法陣と霊墨を使うことで周囲の精霊に干渉し、強引に魔法を引き起こしている。
だから、同じ効果を持つ魔導と比べると、魔力の消費効率が悪い。
普段の数倍の魔力を消費して、半分程度の効果しか起こせないこともある。
だから、霊術は日常生活で使うものくらいしか普通は使わない。
特に戦闘で使うような大掛かりな攻撃魔法は、陣形布を使っても不発になることが多いから、まず使わない」
「つまり、精霊が見えていないなら、大威力の魔導は使えないはず……ということか」
「あれだけ広範囲の霧を発生させたり、大量の水を洞窟の中で作るようなことはできないはず。
氷を作るだけでも、実は結構な高等技術」
「ふむ……」
「話を元に戻す。
精霊よりも圧倒的な力を持つのが、上位精霊。
上位精霊は、その意思で精霊を作り出すことができる。
そのため、場所に関わらず強力な魔導を使えるし、たくさんの精霊を使役しての周囲の感知も可能。
……といっても、Aクラス魔導士でも周囲30メートルくらいが限界のはずだけど。
上位精霊と契約したら感知ができる、というのは、契約した上位精霊が使役する精霊を通して感知した内容を教えてくれる、という意味。
普通の精霊と契約するだけでは感知ができないのは、精霊とは意思の疎通ができないから、とも言える」
「なるほど」
「それから上位精霊は自我を持っていて、人と意思の疎通が可能。
上位精霊自体も人に近い形をしているし、契約者が許可すれば誰でも見える状態になる。
私も、ネクタで他の森人が契約する木属性の上位精霊は何回も見たし、他の属性の上位精霊を見たこともある。
一般的に、親しい相手に契約した上位精霊を紹介するのは、普通のこと。
……でも、あなたは上位精霊どころか、普通の精霊すら見えていない」
「……そうだな」
「それが本当なら、規格外とか以前の問題」
「一応、本当だぞ」
「わかっている。
それだけ膨大な魔力があるなら、普通の魔導知識が通じないこともあるかも知れない。
……というか、その方が当然だと思える。
考えたところで、多分意味はない。
エルベ湖で上位精霊と会えれば、何か教えてもらえるかもしれない」
仮に、上位精霊と会えたとしても。
それは、聞かない方がいいかもしれない。
アリスの隣を歩きながら、なんとなく、俺はそんな気がしていた。
「何度も便利だとは思ったけれど、それは反則」
アリスが俺にそう言ったのは、1日目の夜、野宿のために張ったテントの中でだ。
いや厳密には、というより厳密も何もこれはテントではない。
俺と、俺の質問に固まったアリスがいるのは、アリスが木属性魔導【樹洞之召喚】で作り出した、木の洞穴の中だ。
森の中に突如出現した直径5メートルほどの大木、その人1人が屈んでギリギリ通れるくらいの狭い入口を通ると、広さ4メートル、高さ3メートルくらいの空間が広がっている。
ただ空間が広がっているだけなのだが中は非常に暖かく、地面に直接寝るよりははるかに快適な上、当然ながら非常に安全だ。
ラルクスで旅の準備をするとき、テントはいらない、とアリスに言われた意味がようやくわかった。
もう1つ、アリスがいらないと言ったのは、野菜や干した果物だ。
その理由は、今日の昼食の際にわかった。
俺が荷物からパンと固く日持ちのするチーズ、そしてウサギの干し肉を出したのに対し、アリスが取り出したのは小さな皮の袋。
その中から選び出された、2粒の種だ。
アリスがそれを目の前の地面に置き、木属性魔導【生長】を発動させると、ものの10秒程度で、片方はレタスのような葉野菜に、もう片方はトマトに似た赤い野菜を4つつけた50センチほどの高さの草に、それぞれ生長した。
俺も木のカップ2つに細かくちぎった干し肉と塩、コショウを適宜たす。
そのままお湯を生成し、あたたかいスープをアリスに渡す。
俺との旅に、水を持ち歩く必要はない。
俺たちの食事の準備風景に、近くで同時に食事準備を始めた商人たちが驚いているのを横目に2人で食事をはじめる。
即席のランチセット (CLTサンドとウサギスープ)は、中々美味しかった。
高位の水属性と木属性魔導士がパーティーを組むと、旅の食事が美味しくなる。
飲み干したカップを洗ってから冷水を満たし、アリスが【生長】で出した柑橘系のフルーツを絞って混ぜたドリンクを飲みながら、俺とアリスは極めて重要な事実を得ることができた。
これを踏まえた上で尚、アリスが俺を反則と評したのは、俺が今、火を使わずにシチューを作っているからだ。
俺の左手が握っているのは氷の鍋、その中ではお湯が静かに沸騰している。
その中ではナイフで刻まれたニンジンのような根菜と芋、タマネギ、干し肉がクルクルと踊っていた。
俺が触れている限り、水はその状態を変化させない。
あり得ない光景を可能にしているこの能力は、確かに反則と言われても過言ではないな。
塩、コショウで味を整えながら、俺は苦笑いしていた。
とはいえ、アリス。
木で家を作り、野菜や果物を種から育ててしまうお前も大概だと思うぞ。
一応言っておくと、俺とアリスが今日使った魔導は、氷の鍋でシチューを作る、以外は他の魔導士でも可能な芸当だ。
霊術でも可能だろう。
それでも、普通はやらない。
単純に、魔力の無駄遣いだからだ。
戦闘中、いざというときのために使う魔力を、旅を快適にするために使うというのは、本来であれば罵倒されるべき無計画な行動だ。
が、それは俺にも、そして今やアリスにもあてはまらない。
堅牢な木のドームの中でお互い熱いシャワーを浴びた後、【青殺与奪】で冷やした果物を食べて涼をとる。
野宿でありながらこんな王侯貴族のような生活をするには、一般人なら数十人分の魔力を消費するのだが、俺たちから見ればたいした量ではない。
魔力。
この世界でそれは、強さと生存確率、生物としての上下にも直結する。
持つ者にはひたすらに優位で、持たざる者にはひたすらに冷酷な、ただただ無慈悲なファクターだ。
だが、それがこの世界のルールならば、魔力は高ければ高い程いい。
それで、守りたい者を守り、殺したい者を殺せるならば。
だから。
野宿にもかかわらず、俺とアリスが裸で抱き合って水音を立てているのは、それなりに正当な行動だ。
多分、きっと、おそらくは。
アリスの戦闘力を見る機会は、それから3日後に訪れた。
常に全開にしていた【水覚】に12匹の魔物、これはアリオンだ、と、その群れに追われる1人の人間が、街道へ、俺たちといまだについてきている商人の馬車のちょうど間めがけて走ってくるのがわかる。
距離、250メートル。
……あれ、200メートル以上なのに、なんでわかるんだろう?
まぁ、後回しだ。
「アリス、敵だ。
人間1人とそれを追うアリオン12。
あと10秒で、森から俺たちの後ろに飛び出してくる」
「わかった。
……大いなる大樹の子、永久なる命の繋ぎ手たちよ、契約の下その力を示せ……」
俺とアリスが振り返り、アリスが杖を取り出して詠唱に入ったことで、商人たちは慌てて馬車を止め、ショートソードを抜き放った。
俺も迎撃用に【氷霰弾】を用意し、万が一に備えて【白響剣】の発動準備を行う。
「5、4、3、2、1、出るぞ!」
「【棘柱之召喚】。
大いなる大樹の子……」
人間、ブロードソードを持った若い男だ、が街道に飛び出した瞬間にアリスが静かな声で魔導を発動、さらに次の詠唱に入る。
男とアリオンたちの間の地面から、突如3メートルほどの蔓草が20本以上、垂直に伸びる。
蔓草は指1本ほどの太さだが、その表面からは5センチくらいの鋭い棘が無数に生えていた。
飛び込んできたアリオンの内6匹は、まともに蔓草に突っ込み、そのまま絡め取られる。
無数の棘は暴れるアリオンの青い毛皮を簡単に引き裂き、地面に広がる血だまりと、緑色の鉄条網に包まれたアリオンたちの鳴き声、いや泣き声は、どんどん大きくなっていった。
その様子を見て怯んでいた後続のアリオン4匹が、悲鳴と共に大きく吹き飛ぶ。
その顔、右肩、脇腹、右目にはそれぞれ小さなドングリがめり込んでおり、アリスが【樹弾之召喚】を発動させたことが分かる。
【棘柱之召喚】でのたうち回るアリオンたちの声がうるさすぎて、発動の瞬間の声を聞き逃したらしい。
残り2匹のアリオンを見たまま、アリスの口は小さく動きつづけているので、次の魔導の詠唱をしているらしいが、【樹弾之召喚】で射撃したアリオンはいずれも即死ではなく、事実立ち上がろうとしている。
意外と残心がなってないな、と思いつつ【氷霰弾】の照準を合わせた先で、異変。
撃たれたアリオンたちの傷口、つまりドングリから、定点観察映像の早送りを見ているように、若木が伸び出してくる。
消え入るような断末魔と共に、4匹は崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
その体のところどころからは木の根が突き出しており、根はそのままアリオンだったものを地面に縫い止めていく。
若木の生長が止まるころには、アリオンは原型を完全に失っていた。
俺は半ば呆然としながら、アリオンの悲鳴が聞こえなくなっていること、残り2匹いたアリオンが死んでいること。
そしてアリスが左手に携える、純白の槍にようやく気付く。
【死槍之召喚】。
それは毒キノコに含まれる猛毒を召喚し、槍として具現化させる、生物を殺害することだけを目的とした邪悪な木属性魔導だ。
死の天使と揶揄される、その白いキノコから抽出されるその毒は極めて危険で、食した場合でも細胞、特に生物にとって最も重要な器官の1つでもある肝臓の細胞を壊死させ、下痢と痙攣の後に多臓器不全で死に至らしめる。
さらにこの毒には【完全解毒】以外に解毒方法が存在しない。
効果の発現に時間がかかる経口摂取でさえ致死性の高いこの毒を、直接刃にして体を穿つ。
その結果は、「死の天使」の名にふさわしい地獄の光景である。
アリスの持つ槍に傷つけられたアリオンたちは、その傷口を中心に全身が壊死。
内臓も壊死したことにより、どす黒く変色した濁血と肉片を全身の孔から流し、死んで尚、小さな痙攣を繰り返していた。
人形のように美しく、毎夜共に寝ていたアリスが、想像以上に殺傷能力の高い魔導を平然と連続行使すること。
そしてその全てを初対面だった俺に使っていたことに対して、俺の背筋には悪寒が走る。
正直に言って、木属性魔導を、アリスをなめていた。
俺も大概だが、アリスも大概だ。
「終わり?」
「……ああ」
槍を解除してこちらを振り返ったアリスの顔は、無表情。
俺が乾いた声で肯定すると、その視線は逃げてきた男の方へ向かう。
男と、遠くでこの惨劇を眺めていた商人たちの視線は、救いを求めるように俺に集まっているが、それに反応する余力は俺にない。
とりあえず、アリスを怒らせるのは絶対にやめよう。
今、俺が言えるのはそれくらいだ。