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クール・エール  作者: 砂押 司
第5部 世界を変えるもの
139/177

アナザー・エール 弱者

「気が進まんな……」


「しつこいっすよ、小隊長」


精霊歴997年。

マキナに連れられた俺は、ミゼットが……死んだ年の9年後、時間と海を隔ててカイラン大陸北東部へと移動していた。

千と数十年後、俺がいた時代にはラルポートが存在する辺りであるはずのそこに、しかし都市の遠景などは見えない。

あるのは、林とその中に伸びる街道。

先程までの疲労感を引きずったままその方向を眺める俺と無言のマキナの隣で、2騎を含んだ20人の兵たちがその細い道を進んでいく。


「……お前は何も思わんのか、カルピン?」


「迷うのは副隊長の仕事じゃないっすからねぇ。

オレの仕事は、小隊長の命令に従ってこの隊を動かすことですから」


小隊長であるサーリーと副隊長のカルピン、それに率いられた18人の部下。

彼らは、ラルーシャという小国に所属する兵士たちだった。

アーネル王国自体は今からでも400年前に建国されてはいるのだが、この当時はまだカイラン北部の1割程度を支配する中堅国家の1つでしかない。

ほぼ北東端に位置するラルーシャからサーリーたちが向かっているのも、エトーという隣の小国の領土だった。


「確かに敵国であはあるが、兵が駐屯しているわけでもない小さな集落なのだぞ?

策とはいえ、それを襲撃し焼き払うなど……」


「まー、でもそれが中隊長からの命令なわけですし、もっと言えば大隊長たちの考えたデイン領攻略作戦の一部なわけですから。

仕方ないんじゃないっすか?」


「仕方なければ、何をしてもいいというわけではないだろう」


「じゃあ、どうします?

このまま何もせずに戻って、中隊長にブチ殺されますか?

小隊長のことは嫌いじゃないっすけど、その場合はさすがにおつき合いしかねますよ?」


「……そんなことくらい、わかっている」


「そりゃ何よりっす」


物資と労働力を調達でき、拠点にされ得る場所を破壊でき、相手を挑発できる。

結果としてそれは戦況のコントロールにつながり、ひいては自軍の勝利につながり、ラルーシャの民たちの、自分や隊員たちの妻子の安寧につながる……。

もちろん、サーリーも軍人としてそんな論理はわかっているのだ。

人間として、それを道理にはしたくないだけで。


「……住人たちに手荒な真似は……、……可能な限りするな」


ただ、そういう意味ではサーリーは軍人には向いていなかった。

軍人に求められるのはあくまでも行動であって、その理由と責任は指揮官が、この世界ならば将や王が背負うべきものだからだ。

全ての駒を守ろうとするアリスのチェスが必ず大敗で終わるように、必ず犠牲の出る戦場での下手な甘さは結果として味方の死を招く。

サーリーは善人なのかもしれないが、この場面においてはカルピンの方が圧倒的に正しかった。


「……まー、小隊長の命令に従ってこの隊を動かすのが、オレの仕事ですから。

最善を尽くしますよ」


……いや、カルピンもまた、正しくあろうとする善人なのかもしれなかったが。


「そろそろだな。……気合いを入れろよ!」


「「はっ!」」


……ただ、それはあくまでもサーリーとカルピンから、ラルーシャから見た側での「正しさ」であり「善」でしかない。

これがどれだけ正しい善行であろうが、エトーの集落側からすれば単なる侵略であり、悪しき暴力なのだ。

一方的に財産を強奪され、思い出に満ちた家と村を焼かれ、人権意識などないこの世界で家族共々に戦争奴隷としてこき使われる。

手荒な真似をしようがすまいが、最善を尽くそうが非道を尽くそうが、サーリーたちと集落の住人たちは絶対に同じ道を歩けはしないのだ。


どちらも正しく、どちらも善。

だからこそ、そのどちらも悪。


互いの道を守るためには、だからこそ衝突するしかない。


「……何だ、あれは?」


「……さぁ?」


実際、サーリー小隊が進む細い街道の先には、1人の男が仁王立ちしていた。





つわものたちか、ラルーシャの」


その独特の言葉を紡ぐ低い声を聞くまでもなく、それはテンジンだった。


全体としては僧侶か、あるいは修験道の山伏のような装束に身を包んだ長身。

贅肉や脂肪のたるみはもちろん鍛錬で膨らんだ筋肉も目立たないその細身は、まるで城に詰める文官か書斎に閉じこもる学者のような雰囲気を漂わせている。

手元の漆黒の錫杖と同じく、地面から垂直に伸びた背筋。

ミゼットと同じく白すぎるその全身を、幅3、4センチほどの黒い布がミイラのように覆い尽くしている。


一転して、その上には純白の法衣、ないしは篠懸すずかけ

爪先まで布を巻いた黒の両足が履くのも、雪で編んだような草鞋わらじ

そして、やはり白の次には黒。

闇夜の上澄みのような袈裟けさには、一切の装飾がない。


日本と、そしてネクタを知る俺だからこそ素直に消化できる衣装であるものの、ラルーシャ……というかカイラン、サリガシア、エルダロンの3つの大陸においては、異装とした言いようのない、千年前から変わらぬテンジンの姿。


「おま……失礼、貴殿は?」


ただ、サーリーが口元を硬直させたのは、テンジンの服装が珍奇だったからではない。


これもやはり千年後と同じく、その美男なのだろう整った目元と漏れなく黄金比を備えた両耳を、黒い布が何重にも往復しているからだ。

このため、血の色そのものである赤い瞳、魔人ダークスのそれは、サーリーからは見えていない。

にも関わらず、確かにその剣呑な視線を真っ直ぐに見返してくる、テンジンの硬質な視線。

その圧力に、サーリーの隣、見つめられる本人よりも優秀な軍人であるはずのカルピンが、粘り気を増した喉を無意識に鳴らす。


異様にして、しかし威容。


チリン、と涼しい金属音を目で追えば、短く刈られた髪と同じ深い黒をたたえた錫杖の先端で、1つだけの輪が揺れる。

漂い出した魔力は、ザラリとしたやすりのようなそれ。

皮膚どころか肉も骨も、どころか魂までも削り取ろうとする、苛烈な魔力。


『プーレイ』の上でもヴァルニラでも、そしてウィンダムでも相対した、この感覚はやはりテンジン。


「テムジン、この先のイガナとゆかりのある者」


ただ、そのテンジンであるはずの男が口にした名前は、微妙に違っていた。


「……こいつもテンジンの前身なのか?」


「……」


思わず隣へ問いかけるが、マキナは当然のごとくそれを無視する。

イガナがサーリー小隊の標的とする集落の名前であることを流し見ながら、俺は仕方なく目の前の魔人ダークスの記録を再度検索した。


「通していただきたいのですが」


「何を成す、この道を通ったとして?」


「……」


テムジン。

結果やはり、テンジンと微妙に違うその名前が脳内に浮かぶ。


「……いな、何をあやむる」


が、やはりその独特の言い回しはテンジンのそれだ。

20人の小隊を圧倒する問いかけの声は、俺が元から持つ記憶を掘り起こすまでもなく、あの男のものだった。


「人のままで在れ、肉叢ししむらよ。

人のままで死ねばよい、人として生まれたならば」


「私たちは、この道を通らねばなりません。

……これが最後です、通していただけませんか?」


……ならば、ミゼットと同じように、この後テムジンも絶望に身を引き裂かれ、その果てにテンジンが生まれるということなのだろうか。

難解ではありながらも直接的なテン……テムジンと、その問答に窮するサーリーたちを眺めながら、俺は自然と奥歯を噛み締める。


「得るためか、かてを?

ぎゃく、それはイガナの者も同じである。

なれ、人としてすることもあるであろう?」


それは、痛みを、苦しみを、憎しみを、絶望を予感できているからだ。


「『しゅう』ならば善となるのか、『個』であれば悪とすることも?

ただひとつであるというのに、貴様ら人が歩める道は?」


「……言いたいことは伝わりましたが、こちらも任務です。

力尽くでも、通らせていただきますよ?

……構わん、進め!」


テムジンの未来に、俺が。

テムジンの言葉に、サーリーが。


「成、致し方なし……我もまた、糧を欲する『弱者』であるならば。

に道が独つであるならば、いずれは共に歩めようとも」


奇しくも同じ表情を浮かべた瞬間、黒い錫杖がチリン、と鳴る。


「人よ、弱き者共よ」


歩き出したのは、テムジンが先。


まわり、さとりて、鬼命きみょうせよ」


道を通ったのも、テムジンが先だった。





……結論から言えば、15秒持たずにサーリーたちは全滅した。

それも、魔導も【散闇思遠バッティング】も使わない、単なる腕力と体術だけで。

長さを変えることもなく純粋な鈍器として振るわれた錫杖は、その一振りにつき正確に1人、もしくは1頭の頸骨を粉砕。

都合22回の金属音と共にサーリー小隊を縦断し終わったテムジンの背後には、首が完全にあらぬ方向を向いた20人の兵と、2頭の馬の死体が未だ痙攣を続けている。


聖職者か求道者然とした服装からは程遠い、一切の無駄も躊躇もない暴虐の嵐。

いっそ美しくさえあった、現在進行形で殺し合ってさえいなければ自然と拍手してしまっていたであろうほどの迅速な殺戮劇を……、……しかし、俺は違和感と共に見渡す。


なぜ、【吸魔血成ヴァンピング】しないのか?

ヴァルニラでは【石臼鉢スリヴァヤー】で大規模に生き血を絞っていたテムジンが、ここではその気配を見せないことに。

どころか、死体に触れようともしないその姿に、思わず再度テムジンの記憶を探ってしまう。


魔力 148,800

契約 土


「……あの…………」


「前にも言ったはずだが、声をかけるまで出てくるなと?」


声が、頭と耳の両方で響く。

契約属性自体はテンジンと同じ土属性であることを確認すると同時に、俺の実際の視界にも、その答えが現れていた。


「う、ぉ……」


「……」


林の木陰から顔を出し、次いで街道に転がる大量の死体を見て絶句したのは若い男。

同じく、顔面蒼白となったまま座り込んだのはそれよりもさらに若い少女だ。

ジークとリモラ。

兄妹だと記録されている2人はイガナ、つまりサーリーたちが襲撃しようとしていた集落の住人たちであるらしい。


おさに伝えよ、片づいたと。

しゃ、人手を寄越せ。

供養する、我のいおりで」


サーリーに「縁のある者」と名乗ったのは嘘ではないらしく、ジークとリモラはテムジンの声にコクコクと頷き、震える膝のまま集落へと走り出す。


「……か弱きことである」


その背を一瞥したテムジンは、静かに錫杖を鳴らした。

















「赤きかごだいだいの山、黄の朝日、緑の大野も、青く暮れつつ。

紫の、風が刈る草、白と黒、月は銀なり、君は金なり……」


「テムジンもね、一応人間と共存していたの。

……ミゼットのやり方とは、かなり違う方法でだけど」


その後、すっ飛んできたジークたちイガナの男手によって運ばれた死体と共に、テムジンは集落から2キロほど離れた庵……というか森の中の掘っ立て小屋へと帰宅した。

「供養する」の言葉も嘘ではなかったらしく、男たちに手伝われながら森の中に20の穴を掘りその中に死体を並べたテムジンは、錫杖で拍子を取りながら朗々と読経を開始している。

意味があるのかないのか、ただ日本人としては聞き取りやすいリズムで続くその後ろで、マキナもようやく唇を開いていた。


「赤き背に、橙の鳥、黄色山おうしきざん、緑にあふとも、雲よりも青く。

紫の、冬に喰ふ酒、白と黒、雲は銀なり、茜金なり……」


「ミゼットは自分の力を隠して人間の中に溶け込もうとしていたけれど、テムジンはある程度まで自分の力を見せつけて、それを取引材料にして人間の近くで生きようとしたの。

こうして『力を見せつける』段階で、彼の『糧』は手に入るわけだしね」


その視線は、テムジンに従って手を合わせているジークたちから、穴の中で手を組まされているサーリーたちの虚ろな表情へと移る。


なるほど。

つまり、このイガナは、漁師テムジンにとっては魚をおびき寄せる魚礁なわけか。

都市から大きく離れている上に領土の端にあるこの場所は、正規兵からしても傭兵や盗賊たちからしても少兵で何とかできる絶好の狩り場。

森の少しだけ奥の土の様子を見る限り、これまでテムジンが釣り上げてきた肉食魚は軽く100を超えているのだろう。

同時に、供養が終わり住民たちが集落へと帰った後に、これらは全てテムジンの腹に収まることになる。


無論、サーリー小隊を見失ったラルーシャ軍は困惑するだろうが、後詰めを送ろうともまたテムジンに喰われるだけで終わりだ。

仮にその規模が中隊になろうとも誤差でしかない上、テムジンが魔人ダークスとしての全力を出せばそれこそ一都市ですら落とし得る。

もちろんこんな綱渡りは長くは続くないだろうが、イガナからしてもテムジンがいなければラルーシャに蹂躙されるだけなので、いよいよ集落を捨てなければならない瞬間までは一蓮托生でいるつもりなのだろう。

おそらくはテムジンの不自然な点にも……まぁ、テムジンに不自然でない点などそもそもない気もするが、それに気づいても、相利共生している手前はしたたかに見て見ぬふりをしているのかもしれない。


「赤き草、橙の河、黄の麻や、緑の浪にて、青き峰へと。

紫野、よき人との時、白と黒、畝火は銀なり、波は金なり……」


そんなことを想像すると、人間を供養しているこの魔人ダークスが若干心細そうにも思えてくる。

あるいは、その後ろで合掌のまま目をつぶっているジークたちの図太さを評価するべきなのだろうか。


「それに、彼にはここに留まりたい理由もある」


「廻り、悟りて、鬼命せよ……何無なん


マキナがつけ足すと同時に、長かった読経も終わった。


「……ま、魔導士様!」


そこに、リモラが駆け込んでくる。


「あの、来ました!

兵隊でも盗賊でもなくて、魔導士様と同じ白い肌で赤い目の人が!」


「……おう


立ち上がるテムジンからは、目元を覆っていた黒い布がハラりと落ちる。

現れるのは、静かな憂いをたたえた血の色の瞳。


「ここは、サリガシアに一番近い場所だから」


リモラに続いて集落へと歩き出したその背を、同じような表情でマキナは見送った。





「座りや」


「……」


やがて、無人となった庵へと戻ってきたテムジンが連れてきたのは、白髪の少年だった。

アルビノであるフリーダよりも白い肌に、同じくそれよりも赤い目。

ローブを染める黒は、闇そのものの色。

ただ、中性的なその姿には……なぜか、魔人ダークスに特有の、あの妖艶な美しさを感じない。


テーブルを挟んだテムジンに促されるまま椅子に座った、あるいは崩れ落ちた少年の……、……かつてミゼットから分かれたザラの9年後の姿を見つめながら、俺はその理由を悟る。


魔力が、ほとんど感じられない。


それはすなわち、魔力だけを動力源として生きる魔人ダークスとしては死にかけであるということだ。

痩せた頬に、重みを感じられないローブの中。

おそらくは、人目に触れる外側の部分以外はほとんどが骨……かつて王都で邂逅したミレイユのような状態なのだろう。

9年を経ても少年のままなのは、成長させた大人の姿の体積のままでは生命を維持できなかったからなのかもしれない。


ただ、それ以上に瞳に光がなかった。


それこそ骨の姿でもミレイユが見せたような、血への渇望と生への執着。

魔人ダークス特有の炎のようなその輝きが、今のザラには一切ない。

似ているものを探すならば……、……それはミゼットが浮かべていた色。

身を引き裂かれ、心が挽き潰され、夢が砕け散り、魂が燃え尽きる赤色。


世界に拒絶された、絶望の色。


「……あの後ザラがどういう道を歩んできたのかは、もう別にいいわよね?

端的に言えばミゼットと似たような経験をして、それから逃げるために海を越えてきたのよ」


ザラは、この後カイラン大陸に行くことになる……。

先程、あるいは9年前に簡略化された内容は、やはり疲れさせられるだけの一切面白くない悲劇トラジェディの本編だったらしい。

最後に残った砂時計の粒が落ちるように小さく絶望をつぶやくザラの瞳は、少年の顔にはまっているとは思えないほどに年老いていた。


であるか」


まだそれよりは若く感じる赤い瞳を晒したまま、テムジンはただザラの言葉を受け止め続ける。

砂漠に落ちた涙のように、風に舞った煙のようにすぐに消えてしまうだろう少年の残滓を、テムジンはできるだけ写し取ろうとしていた。


「テムジンがこの場所に留まっているのはね、ここがサリガシアに一番近い場所だから。

カイランからサリガシアに渡ろうとする魔人ダークスが、サリガシアからカイランに渡ってきた魔人ダークスが、一番見つけやすい場所だから」


イガナの住人を守っていたのは、海を渡らざるを得なくなった魔人ダークスたちに伸ばせる手の数を、少しでも増やすため。

極めて無感情に解説するマキナの前では、ついにザラの魔力が限界を迎え始めていた。

小さく灰が舞い始めるその姿は、まるで色のない炎で火葬されているようにも見える。


「来やれ、我の元へ」


それを見つめるテムジンの瞳にも、赤い炎が立ち昇った。

ダイヤモンドのように光が散るその視線は、オリハルコンよりも硬く揺るぎない。


の命とのぞみ、我がのこし続けよう。

廻り、悟り、鬼命する輪廻りんねの中で、たとえその理を曲げ道を外れようとも、我が乞い願い続けよう」


その決意を、その心を。


「『人』をこいねがうことを、我は諦めぬ!」


誓うために。


「「……」」


同時に、ザラの全てが白い灰へと変わった。

が、それは空に消えることもなく、テムジンの胸へと吸い込まれていく。

最期に少年が浮かべた表情は、少しの祈りと確かな安らぎ。

受け継ぐテムジンの唇は、真っ直ぐに痛みをこらえている。


「おぉ、おぉ、おおおお!」


「ミゼットのときとは、逆ね。

愛する人の感情を、魔人ダークスは本当に受け止められる(・・・・・・・)のよ」


再び1人となった庵の中で、体を折ったテムジンの悲鳴と微動だにしないマキナの声が重なった。


「何という痛みか、何という苦しみか、何という憎しみか、何という絶望か!」


「だけど、それは身を引き裂かれる絶望を、そのまま受け止めるということでもある。

分割してでも忘れたいような、永遠の感情と共にね」


涙と共に七転八倒するテムジンの上を、無機質な言葉が透過していく。


「我らが何をした!? 如何いかなる罪を犯した!?」


「全ての記憶と経験と、そして魔力」


「糧をることが罪か!? 人よりも強きことが罪か!?」


「これを完全な形で継承しながら……魔人ダークスは進化していくの」


唇を閉じたマキナが扉へと向かう背後では、その魔人ダークスが絶叫していた。


なれ、我らは『弱者』で在りたい!!」


血を吐くような、彼らの希望。


「弱く在りたい、『人』とりたい!!!!」





転人。


テンジン。





いつの間にか2つに増えた……、……千年後には12個だった杖頭の黒い輪を横目に、俺もその場を後にする。


あれが魔人ダークスの進化ならば、魔人ダークス1人が持つ記憶や経験はそもそも複数人分なのだろう。

分割しつつも重ねられ、そして累積されていく感情は、いずれ百や千さえ超えるに違いない。

それをこれから数百年に渡って受け止め続けたテンジンは、いったい何人分の心を背負い……、……それに独りで応えてきたのだろうか。





酷く寂しいその強さを、想像しようとしてすぐに止める。


受け止めるには、俺の心では弱すぎる。





「じゃあ、次よ」


ならば、マキナの心はどうなのだろうか。

そんな疑問を直視したまま、時の大精霊は俺へとふり返る。


魔人ダークスの、始まりについて」


その瞳の黒には、闇のそれよりも何もない気がした。

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