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クール・エール  作者: 砂押 司
第1部 水の大精霊
13/177

滲む月光

にじむ、と読みます。

「嘘だろ……」


「……最悪」


体力を使い果たして本気の爆睡をした場合、人はどんな爆音がなろうとも眠り続けることができる。

俺とアリスが、泥のような頭の中を無理矢理かき回して、酒と汗で甘ったるく湿ったベッドから上半身を引き剥がしたのは、既に夕方近くになってからのことだった。

はっきり言って、シーツからはすごい臭いがしている。


窓枠がオレンジ色に輝いているのを見て、今現時点の時間帯を理解した俺とアリスは、呆然とつぶやいた。

つまり、あれだけの爆音で響くはずの壱の鐘、弐の鐘、参の鐘、どころか四の鐘まで既に鳴り終わっており、それにまったく気付かなかったということだ。


いつの間にか止まっている目覚まし時計を見て、一瞬理解ができず、次に全身が冷たくなる感覚で跳ね起き、携帯が会社からの電話の着信とメールの受信を知らせて無機質に点滅し続けていることに気付いて震える。

人間ってこんなに早く動けるんだ、というような速度で外出の準備を整えつつ、目覚ましを止めた人間に殺意を抱く。

だけど止めたのは自分しかいない。

それを頭のどこかで理解しているが故に、怒りと羞恥と悲しみと情けなさが、焦りにミックスされて、目の横あたりがビリビリと痙攣してしまう。

革靴が全力疾走に向いていないことを、心の底から恨む。

電車の時刻表を頭の中で必死に思い出しながら、どう乗り継げば最短時間で行けるかを必死にシミュレーションする。

アスファルトは、眼前にひたすら続く。

信号が憎い。

それ以上に、自分が憎い。


あるいは、休日に目を覚ましたら午後4時だった。

人と会う約束はなかったけれど、ゆっくり朝食を食べて、シャワーを浴びて、掃除をして、買い物に出たついでにどこかでランチをして。

服屋に行って、本屋に行って、夕方までには家に帰って。

夜は、暇そうにしている友達か後輩にでも飲みに誘おうか。

そして、また明日から1週間頑張るんだ。

と思っていた予定は、本当に予定のままで終わってしまう。

きちんとした約束は誰ともしていないので、別に誰かに謝罪の連絡をしなければならないわけではない。

でも、誰かに謝りたい気分に駆られる。

ペリペリとやけに乾く喉で、低く唸る。

自己嫌悪。

自己嫌悪。

自己嫌悪。

自分で、己を、嫌って、憎悪する。

とりあえず起きよう。

あと何時間かしたら、またこの布団に寝ないといけないから。

起きればすぐに、月曜日の朝だけれども。


……そんな気分だ。

特にアリスは、今までこういう経験をしたことがないらしく、寝ぐせなのか、小さな頭の形にペタリと張り付いた銀髪を垂らしたまま、無表情をひきつらせて今にも泣きそうな表情になっていた。

わかるよ、アリス。

その小さな胸で、お前が何を考えているのかは。

その感覚に慣れてしまうと、太陽に敵意を抱くようになってしまうから、気を付けてな。


「とりあえず、服着よう」


「……」


いまだ放心状態のアリスを背にして立ち上がり、俺は自分が入るシャワー室、自分の全身が入るようなお湯の直方体を準備する。

踏み込みながら、横目で部屋の床の惨状を確認し、溜息をついた。

呼気がまだ酒臭い。


氷のテーブルは完全にとけており、床に落ちた瓶からは果実酒がこぼれてしまっている。

甘い酒なので、床はベタベタだ。

ただ、瓶が割れていなくてよかったとは思う。

石の瓶だから、木の床に落としたぐらいじゃ割れないのかもしれないが。


熱いお湯で全身を洗うと、ようやく頭もはっきりしてきた。

シャワー室から出て、全身の水気を飛ばす。

ベッドを向くと、アリスの緑色の瞳と目が合った。

俺の顔を見て、シャワー室を見て、そこから斜め下へ。

つまり、俺の股間を見た段階で、目を泳がせる。

だから、今更……。


そのままいつもの癖で首を左右にクキクキと鳴らし、トイレのドアを開けて、シャワー室のお湯を捨てる。

ついでにそのまま、口の中に直接水を発生させて、数回口をゆすいでトイレに吐きだした。


そのまま部屋に戻り、部屋の隅の方、クローゼットの近くに新しくシャワー室を作る。

お湯はぬるめにしておかないとな。


「使えば?」


「……使う」


「息は止めないと駄目だから、気を付けてな。

ベッドとか床の片づけしてるから、終わったら声をかけてくれ。

タオルは、多分クローゼットの中にあった……と思う。

なかったら、俺の荷物の中、適当に探してくれていいから」


「……助かる」


シーツを巻きつけたままクローゼットへ向かい、それからシャワー室へおそるおそる入っていくのを背中で感じながら、俺は床の掃除に取り掛かる。

といっても、床に新しく生成したお湯をぶちまけて、その後床の全ての水分をトイレに誘導するだけだが。

ついでに自分の下着と、アリスの下着 (上は小さいタンクトップのようなもので胸の部分だけ生地が二重、下は普通にショーツ)を洗濯し、全裸状態から半裸状態へとレベルアップする。

アリスの下着は、クローゼットの中へ放り込んでおいた。


汗と酒、そして少しばかりの血で汚れたベッドのシーツとマットレス、枕もすべて洗濯し、水をトイレに流しこむ。

この時点でアリスから遠慮がちに声がかかったので、【水覚アイズ】で知覚した上で、全身の水分を瞬時に飛ばす。

下着はクローゼット、と背中を向けたまま声を投げると、足音と衣擦れの音が聞こえてきた。


最後にお互いが床に脱ぎ捨てていた服を洗濯しているところで、アリスの足音が近づいてくる。

そのまま俺の横を通り過ぎ、下着姿のままベッドに腰掛けた。

視線は俺の眼前の水球の中で踊る、2人の服に向けられている。


「本当に便利」


「まぁな」


完全に乾かした服をアリスに投げ渡し、自分もズボンをはく。

服の袖を通しながら、シャワー室と洗濯に使っていた水をトイレに誘導して捨てた。

洗っておいたタンブラーに冷水を作り、アリスに渡す。

俺もベッドに、アリスの右側に座って、ゆっくりと飲み干した。


「おかわりは?」


「ほしい」


「あいよ」


「コクリ……、ふぅ、にしても、本当に便利。

きっと、いい奥さんになれる」


「なんで、奥さんなんだよ……」


クスクス笑うアリスの髪を左手で撫でると、絹の繊維のような質感が返ってくる。

そのままとがった耳を撫で。

アリスが目を閉じたので、キスをする。

一瞬だけ、お互いの冷たくなった舌先をぶつけ合い、すぐに離れる。

くすぐったそうに笑うアリスは、本当にいつまでも見ていられそうだった。





トラブルは、向かいの冒険者ギルドでアリスとのパーティー結成の申請を出したときに起こった。

俺は黒マント、アリスは青いマントを着てフードも下ろした状態でフロントに向かい、一直線にテレジアの元へと向かう。

森人エルフのアリスとパーティーを組む、と言ったときに、テレジアが呆れたような表情で、もう何があっても驚きませーん、とつぶやいたのは、親しくなってきたことの表れだと、俺は今でも信じている。

信じることは、大事なことだ。

疑うことの、次くらいには。


外では完全に無表情のアリスが何を思っているのかは、よくわからない。

……が、申請の為に自陣片カードを出したとき、その顔に怪訝な表情が浮かぶ。

俺の自陣片カードも並べて提出し。

俺も、テレジアも、首をかしげた。


氏名 ソーマ (家名なし)

種族 人間

性別 男

年齢 17歳

魔力 5,255,000

契約 水

所属 冒険者ギルドBクラス

備考 -


氏名 アリス=カンナルコ

種族 森人エルフ

性別 女

年齢 17歳

魔力 58,200

契約 木

所属 冒険者ギルドBクラス

備考 -


増えている、魔力が。


俺の方もまた微妙に増えているのだが、それはこの際どうでもいい。

問題はアリスの方だ。


前にアリスの自陣片カードを確認したとき、つまり北部森林の中でアリスと初めて出会い、普通の意味で戦った後に確認したときの魔力は36,000だった。

それに対して、現状は58,200。

2日足らずで、1.5倍以上に増えているのだ。


魔力が増えること自体は、別に特別なことではない。

経験を積むことで、元の1パーセント以下ではあるが、本当に少しずつ魔力は成長していく。

ただ、それは誤差の範囲と言えるレベルのお話だ。


魔力が増えること自体に、何の問題もない。

デメリットはなく、メリットばかりだ。

実際、アリスの今の魔力はAクラス冒険者、上位精霊と契約可能な高位魔導士クラスである。

しかし、この魔力の増え方は、あまりに異常なのだ。


「何か、心当たりはあるか?」


「ない」


「うーん、でもこの増え方はあり得ないですよねぇ……?」


「過去にこういうケースはないのか?」


「そうですね……。

強いて言うと、魔人ダークスの【吸魔血成ヴァンピング】でしょうか?」


「なんだ、それ?」


「えっとですね、魔人ダークスは自分以外の生き物の血を吸わないと生きていけないんですが、このときに相手の魔力を少しだけ吸い取れるらしいんですよ。

で、相手の魔力がすごく高いと、吸った魔人ダークスの魔力が大きく上がるそうでして……。

でも、アリスさんが森人エルフなのは自陣片カードを見ても間違いないですし、そもそも魔人ダークスなんてもうほとんどいないはずですし……」


魔人ダークスねぇ……、知らんな」


「心当たりはない」


「そうですか……。

まぁ、要するに魔力が高い人との、血液の受け渡し、ないしは他の体液の受けわ……!」


「……!」


「……?」


フロントの空気が固まった。

分子の動きが止まれば、その物体は凝固する。

それは、人の会話の中でも起こり得る現象なのだと、俺は初めて思い知った。

完全に凍りついたテレジアの視線を受けて、俺も理解して凍りつく。

これは【氷鎧凍装コキュートス】の効果では、断じてない。

2人して理由のわからない汗をかく中、無表情のアリスだけが俺とテレジアを見て首をかしげている。


「……ソ、ソレデ、ぱーてぃーノ結成デシタヨネ?」


「ソ、ソウダ」


「……?」


「ぱーてぃー名ハ?」


「『スリーピングフォレスト』ダ」


「……?」


「ウケタマワリマシタ。

ソレデハ、自陣片カードヲドウゾ」


「アア」


「……?

確かに」


「デハ、マタノ利用ヲ」


「アア」


「……?

失礼する」


俺ハ……、俺はアリスの手を引き、慌ててギルドを出て、そのまま猫足亭の自分の部屋に直行した。


マントを床に脱ぎ捨て、ベッドに座りこんで下を向き、深くため息をつく。

本当に……、なんの羞恥プレイだ!!!!


「説明してほしい」


そんな俺を見てアリスは不思議そうに、青いフードを上げながら聞いてくる。


「……あー」


本当に……、なんの羞恥プレイだ……。


「……?」


「つまりだな……、その……、俺からお前への、血液……に準ずる体液の……移譲……があった……ために、お前の魔力が増えたと……」


「……?

もう少し、わかりやすく言ってほしい」


「……」


「……?」


「今朝……」


「今朝?」


「……」


「……?」


「今朝まで……、俺とお前がしてたことによって、俺からお前へ体液と一緒に魔力が移ったんだ!」


「してたこと?」


「……3回」


「……?」


「……ベッドで」


「…………!!!!」


「わかったか?

さっき、それをテレジアにも気付かれたんだ……」


「~~~~!!」


アリスはもう1度青いフードをかぶって真っ赤になった顔と耳を覆い隠し、そのままフードの上から頭を抱えて、その場でうずくまって悶絶した。





「……メシ、食いに行こうか」


「……うぅ」


アリスはまだ涙目で、顔ととがった耳を真っ赤にしたままモニャモニャと何かをつぶやいているが、バレてしまったものは、今更どうしようもない。

テレジアは常識人だし、中高生のように喧伝する、そんな下世話な真似はしないだろう。


また、別に俺としても、アリスとの関係を隠すつもりはない。

事実なのだから。

……まぁ、とはいえ、必要以上に見せびらかす趣味もないが。

アリスにそのあたりのことを説明し、立ち上がらせるまでにかかった時間は約30分だった。


「というか……、そんなに俺との関係がバレるのが嫌なのか?」


「そういうわけではない」


「……じ、じゃあ、別に……いいんじゃないか?」


「……確かに」


やや緊張した面持ちでアリスに問いかけると、割と即答で否定してくれたので、俺はかなりほっとする。

というか、アリス。

俺に襲いかかってきたときの、あの余裕はなんだったんだ?

……あぁ、でもすぐにハリボテだったとわかったしな。

この調子だと、食後の俺の提案をきいたときにどういう反応をすることやら、今から頭が痛いな。





「……なぜ?」


食事を終えてからアリスを部屋に呼び、今日も一緒に寝よう、と俺が提案した後のアリスの瞳には、完全に怯えが入っていた。

……うん。

まぁ、言いたいこともわかるが、そこまで無茶苦茶をやるつもりはないから。

一応、きちんとした理由もあるんだぞ?


「本当に魔力が増えた理由がコレなのか、確認するためだ。

1回だけやって、その後に自陣片カードを確認すればすぐにわかるからな。

実際に、どのくらい増えるのかも知っておいた方がいい」


「……」


ベッドに座った状態で、ドアの前に立ったままのアリスに説明するも、アリスは無表情を崩さない。

怯えの色は、……なくなったな。


ついでに補足しておくならば、俺の魔力を受け渡しているのなら、ことの後に俺の魔力はその分減っているはずだ。

それに、さすがにコレだけでアリスの魔力が俺に届くことは絶対ないだろうが、30万を超えてしまえば、アリスの魔力は自陣片カードの登録上で世界3位になってしまう。

騒ぎにならないはずがない。


むしろ、現段階でも俺が冒険者として放置されていることが不思議なくらいだ。

3位以下に15倍以上の差をつけての世界2位の魔力保持者が突然登録されたら、普通は国家がその確保、もしくは排除に動くんじゃないだろうか。

……そう考えると、俺に巻き込まれる可能性が高いアリスの魔力は、増やせるだけ増やした方が安全なのか?

どの道、この世界にゴムはないから、避妊具もないしな。


「……」


「えーっと……、嫌ならいいけど?」


「そ……ういうわけでは、……ない」


とがった耳を赤くしながら、ベッドに、俺の隣に腰掛けるアリス。


「明日はちゃんと朝に起きたいし、検証にならないから、本当に1回だけな。

負けたからといって、再戦は受け付けないから」


「……その言い方だと」


「1回目と2回目はそちらからの先制攻撃だったと記憶している」


「うぅ……」


上目遣いでにらまれても、全然怖くないからな。

俺はアリスの顎を持ち上げ、静かにキスをした。

















氏名 ソーマ (家名なし)

種族 人間

性別 男

年齢 17歳

魔力 5,250,360

契約 水

所属 冒険者ギルドBクラス

備考 パーティー『スリーピングフォレスト』


氏名 アリス=カンナルコ

種族 森人エルフ

性別 女

年齢 17歳

魔力 68,500

契約 木

所属 冒険者ギルドBクラス

備考 パーティー『スリーピングフォレスト』


翌朝はきちんと起きられた。

ベッドの中で、アリスと自陣片カードを確認し合うと、やはり俺の魔力が減り、アリスの魔力が上がっていた。

数字の整合性が若干とれないが、原因は確定だ。

そして、このままのペースで変わらなければ、1ヶ月を待たずにアリスの魔力は30万を超える。


さて、どうしたものだろうか。

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カタコトのやり取りで腹筋崩壊しました(*゜∀゜)
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