ワンコ属性注意報
ざわざわと、少しうるさいくらいの教室。
教室中がカップルばかりの、視界的にもうるさいこの教室に、少女は一人、ため息を吐いた。
窓側の最後列にポツリと座るこの少女の目の前にいる女子生徒にも、それははっきりと聞こえたようだ。
「沙乃、どした?ため息なんかついて」
「うるさい。とにかくうるさい。視界的にも、それ以外でも」
沙乃と呼ばれた少女は、気怠そうに辺りを見回した。
どこもかしこも恋人だらけ。
むしろ、この教室の男女全員ができている。
目の前にいる明るそうな雰囲気の女子生徒もまた然り。
恋人と呼ばれるものがいないのは、沙乃だけと言える。
「まあまあ、拗ねない拗ねない」
「拗ねてない。あんなもん、作りたくもない。めんどくさい」
「あんなもん言うな」
ペシッと沙乃の頭をはたいた後、嬉しそうに目の前の少女は言った。
「実は、今日転校生来るんだよ。それも男子!この教室だと思うよ。担任の先生と話してるの見たもん」
「あんたはいっつも情報早いね。由希」
「ふっふ~ん。あたしの情報網、舐めてもらっちゃ困るね」
舐めてないし…と気怠そうにつぶやきながら、窓から見える景色を眺めた。
眺めた先の空は、憎らしいくらい青々と広がっていた。
空を眺めぼうっとしていたら、いつの間にか時間は立っていたようで、朝のSHRが始まろうとしていた。
「席につけー。今日は転校生がこのクラスに入ってきた。仲良くするように」
「浅野幸也です。よろしくお願いします」
ぺこりと小さく礼をして、幸也はにこりとほほ笑んだ。
その笑顔は爽やかでありながら、とても可愛い印象を与えるものだった。
幸也の雰囲気から、まだ控えめに笑ったのだということが覗えた。
この教室は、空いている席は一つしかない。
恋人同士隣り合わせの席を作った結果、恋人のいない沙乃が余るのは悲しくも妥当だった。
「隣同士、よろしくね」
「…どうも」
にこやかに挨拶する幸也とは反対に、素っ気ない沙乃に由希が頭を叩きまくったのは想像に難しくない。
転校生というものは、いつの世にも人気者だ。
他クラスの生徒までが、今幸也の席を囲んでいる。
隣の席の沙乃にも、いろいろな視線が当たってくる。
羨ましげだったり、嫉妬交じりだったり。
どちらにしてもいい気分はしない。
沙乃は飽きれ半分で席を立った。教室のすぐ傍にある自動販売機で、お茶でも買うつもりで。
「沙乃さん」
しかしそれは、今朝方転校してきた幸也によって阻まれた。
「…何」
「校内、案内してほしいんだけど…駄目、かな」
なぜ周りにいる女子生徒に頼まないんだ。と不服そうな沙乃の顔には、わかりやすくそう書かれていた。
しかし、鈍感なのだろうか、幸也がそれに気づくことはない。
立ち上がった沙乃に、座ったままの幸也。
必然的に、沙乃は幸也の上目遣いでねだられる構図になる。
光の角度で潤みさえ湛えているように見える幸也の上目遣いに、沙乃は断ることができなかった。
「あそこが講義室。そこの角曲がったところは体育館に繋がってる。よく使われるのは理科準備室」
「へえ…広いね。やっぱり」
「そう?普通だと思うんだけど…。あ、あそこ保健室ね」
指さしで伝える沙乃を、幸也はじっと見つめた。
「何?」
「ううん、特に深い意味は」
「じゃあ、なんで見るの?」
「うーん。ありがたいなぁって思って」
「………は?」
ポカーンと口を開けて聞き返す沙乃に幸也は苦笑交じりに付け加えた。
「嫌そうだったから、沙乃さん。ほんとは、案内するの面倒だったんでしょ?」
気づいていないと思っていたことを指摘され、驚きを隠せない沙乃は、口だけ閉じて幸也の言葉を待った。
「でも、こうやって懇切丁寧に案内してくれて…それが、すごく嬉しいなって、思ったんだ」
その言葉とともに向けられた純粋なまでに眩しい笑顔に、思わず沙乃はつられて笑った。
上目使いに断れなかったのもあるのだろうが…結局は、絆されてしまったのだろう。
純粋で真っ直ぐな、その輝くひとみは、可愛い犬を想像させるのに十分で。
つい、まあいっかと思わせてしまう要因だった。
「沙乃さん!途中まで一緒に帰ろう!」
「なんで私と…まあ、いいけど」
「やった!」
きっとこの眩しい笑顔に、明日も絆されてしまう気がして、沙乃は苦笑交じりにほほ笑んだ。
しばらくは、このように短編ばかりを書く予定です。
まだまだ未熟ですが、些細なことでも感想言ってくれたらとても嬉しいです。