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7/13

− 彼女の事情 − 〜私のこと迷惑なの?〜

 翌日から、私は1人で登下校をする様になった。


 ---やっぱり、迷惑だったんだよね?---


 自分勝手だとは思うけど、心のどこかで藤堂君が迎えに来てくれるのを、期待していた自分がいた。

 だけど現実にはあの日以来、彼の姿を見る事はほとんどなかった。

 時々、遠くに見かける事はあったけど、声をかける勇気など無かった。



「ねぇ、亜理紗。藤堂君と喧嘩したの?」

 そんなある日、休み時間にいきなり香里が私に聞いてきた。

「え? ううん、そんな事ないよ。何で?」

 私は内心焦りながらも、無理に笑顔を作って答える。

 そんな私を香里は疑いの眼差しで見た。

「だって……最近、彼、亜理紗を迎えに来ないし、2人が一緒にいるところ見かけなくなった。それに、亜理紗、1人で帰ってるよね?」


 ---ばれてる---


「う、うん、確かに1人で帰ってるけど、藤堂君も忙しいから」

「嘘つかないの! 佐野君が言ってたよ。藤堂君、放課後は図書館に通いづめだって。おかしいでしょ……亜理紗を1人で帰して、自分は図書館に行くって」


 藤堂君、図書館に行ってるんだ。


「ほ、ほら、毎日私と一緒に帰っていたら、彼も自分の時間がないでしょ? だから私が1人でも大丈夫だからって言ったの。喧嘩なんてしてないから、心配しないで」

 にっこりと笑いながら答えたけれど、香里は納得いかないと言った顔をしていた。

「ふーん、それなら……今日は私達と一緒にカラオケ行こう」

「え?」

「私と佐野君、亜理紗と藤堂君の4人で…」

「で、でも……」

 言いよどむ私に、香里は更に畳み掛ける。

「佐野君に今日カラオケ行く事を、藤堂君に話してもらった。彼はOKしたって」

「藤堂君が?」

 少し嬉しくなったけれど、でも会ったらどんな顔すればいいんだろう。

 表情が暗かったらしく、香里が訝しげに私を見た。

「亜理紗、どうかしたの?」

「ううん、何でもない」

 その時、授業開始の鐘が鳴った。

「じゃ、放課後。いいわね」

 そう言うと、香里は自分の席へと戻って行った。



 午後の授業は、憂鬱な気分のまま過ぎていった。


 どうしよう、藤堂君、怒ってるんだろうな。この前、そのまま帰っちゃったし……失礼だったよね、あの態度。


 そんな事を考えていると、いつの間にか香里が私の前に立っていた。

「亜理紗、行くわよ」

「え?」

「もう、みんな帰ってるよ」

 気づくと授業はとっくに終わっていて、みんな部活や帰宅の為に教室を出て行く。

「あ……」

「ほら」

 香里に急かされて、慌てて教科書をバッグに入れる。

 そして行くのを躊躇う間も無く、私は香里の後を追った。



「あの…香里、2人は?」

 私達は学校からそのまま、駅前のカラオケ店にやって来た。

「ん? 2人共掃除当番なんだって…だから、先に行っててくれって、佐野君が」

「…そう」

「ねぇ…亜理紗。本当に喧嘩してない? 悠莉も心配してたよ」

「…悠莉?」

 何で悠莉が?

「亜子が悠莉に話したのよ。亜理紗の様子が変だって」


 亜子……口止めしとけば良かった。でも、あの時の私、やっぱり不自然だったよね……心配されても無理ないか。


「悠莉はそっとしとけって言ってたけど、一向に仲直りする気配がないから、今日は2人に話しをしてほしくて」

 香里が私を窺う様に見ている。

 私はそんな香里にニッコリと笑った。顔が引きつってませんようにと願いながら。

「やだなぁ、みんな過保護なんだから。私と藤堂君は喧嘩もしてないし、心配するような事何もないから」

「そう? ならいいけど……じゃ、今日は思いっきり歌って楽しもうね」

 香里はそう言うと、リモコンでお気に入りの曲を入れるとマイクを掴み歌いだした。

 2人で交互に歌いながら盛り上がっていると、ドアが開き佐野君が顔を覗かせた。

「おい、凄い盛り上がってるな」

「おっそーい! やっぱり2人だけだと盛り上がりにも限界があるわよ」

「悪い悪い、掃除に手間どってさ……おい藤堂、早く入れよ」

 そう言って佐野君は一瞬扉から離れると、藤堂君を後ろから押すように部屋の中へと連れて来た。

「藤堂君! 遅いよ。亜理紗がお待ちかねよ。ほらっ、隣に座る!」

 香里は命令するように、藤堂君に私の隣に座る様に指をさす。

「……あぁ」

 藤堂君は言葉少なに返事を返すと、私の隣へと腰を下ろす。だけど私と離れて座った事が判る。


 やっぱり、来るの嫌だったんじゃないかな?


 私はこっそりと彼の様子を窺う。決してこちらを見ようとはしない。その態度に胸が痛む。

「あ、何飲む?」

 メニュー表を差し出しながら、私は平静を装い彼へ訊ねる。

「ん……アイスコーヒーでいい」

 淡々とした口調で答える彼を見ていたけど、決して私と視線を合わそうとはしなかった。

「判った……佐野君は?」

 私は半ば諦めながら、佐野君にも注文を聞く。

「あ、俺はコーラでいいよ」

 2人の注文を電話で伝えて私は再び、藤堂君の隣に座る。

 その時、一瞬だけ彼の身体が強張るのが判った。


 −−−そんなに、嫌われたの?−−−


 彼の態度に胸が痛んだ。

 その後は当たり障りのない会話を、時々交わすくらいだった。



「あっ、私、トイレ行ってくるね」

 香里がそう言って、部屋から出ていった。

 それから程無くして、佐野君の携帯が鳴り、それをとるために彼も部屋を出ていった。

 部屋の中には私と藤堂君の2人だけで……うわぁ、お願い!2人共早く戻って来て!

 そんな事を考えていると突然、藤堂君が呟いた。

「……何で言わなかった?」

「は? あ、あの何を?」

「っ、彼氏がいる事だよ!」


 え? 彼氏? 誰の?


 藤堂君の言っている意味が判らずに彼の方を見ると、怒っている様な拗ねている様な妙な表情をしていた。

「え…っと、彼氏って誰の?……でしょう?」

 恐る恐る尋ねると、ムッとした様な顔をされた。

「お前以外に誰がいるよ!」


 お前って……私?!


「ち、ちょっと待ってよ! 彼氏って何の事?」

 訳が判らずに問い返すと、藤堂君は睨むように私を見た。

「とぼけるのか?」

「とぼけてなんかない! 何でそんな事言うの?」

「じゃ、聞くけど……この前の『これから1人で帰る。ごめん、今まで迷惑かけて』っていうのは、どういう意味だ?」

「そ……それは…」


 ---藤堂君が私の彼氏役を嫌がってるから---


 言いたいけど、立ち聞きしてた事がバレる。それにその事を肯定されたら辛い。

「……もう…いい…」

 私が答えきれずに俯いていると、彼が立ち上がる気配がした。

「え? 藤堂君! 帰るの?」

 驚いた私が尋ねると、彼が振り向いた。

「嘘を吐くような奴とは一緒にいたくない」

 そう言った彼の私を見る目は、まだ話をしない頃の軽蔑する様な目だった。


 何で……そんな目で見るの?


 私が何も言えないでいると、そのまま彼は部屋を出て行った。



 しばらくして、香里と佐野君の2人が戻ってきた。

「あれ? 亜理紗。藤堂君は?」

 部屋の中に私だけしかいないので、不思議に思った香里が尋ねた。

「……帰った」

「はあっ? 何で?」

 その問いかけに答えられず、私は首を左右に振る。

 目には涙が溢れてきた。

「あ、亜理紗。一体何があったの?」

 驚いた香里が私の傍に座り、慰める様に肩を抱いてくれた。

 佐野君は困惑した様な表情でこちらを見ている。

「わ、わかんない……」

 それ以上言葉が続かなくて、私は部屋を出るまで泣き続けた。



 帰りは2人に付き添われるように、家まで送ってもらった。

 心配そうな2人に無理してほほ笑んだけど、酷い顔をしてたと思う。

 家に入ると、ママがびっくりした顔をしたけど何も言わなかった。

 私はそのまま自分の部屋に行くと、ベッドに突っ伏してまた泣いた。結局、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。



 朝、最悪の気分で目が覚めた。


 瞼が重い---腫れているのが判る。どうしよう、学校に行きたくないな……


 そんな事を思っていると、ママが部屋に入って来た。

「あーりさっ、おはよう! 早くしないと遅れるわよ。悠莉ちゃんも、迎えに来てくれてるんだから、早く支度しなさい」

「悠莉?」


 いつもは待ち合わせして登校するのに……それに、時間も早すぎる。


 私は慌てて準備をすると、悠莉の待つリビングへと行く。

「おはよう! 亜理紗」

 悠莉はコーヒーを飲みながら、ママと話をしていた。

「おはよう…悠莉。どうしたの? いつもより早いね」

「ん、何か早く目が覚めちゃって……で、久々におばさんの淹れたコーヒーが飲みたくて、お邪魔しちゃった」

 そう言って、ニッコリと笑う。相変わらず綺麗な笑顔……私とは大違い。

「あらーっ、悠莉ちゃん! 嬉しい事言ってくれるわね。こんなのでいいなら、いつでも飲みに来てね」

 ニコニコとママは嬉しそう。

 私はトーストとコーヒーを急いで摂ると、悠莉と一緒に家を出た。



「で…柊と何があったの?」

 通学路の途中、悠莉が訊ねてきた。

「何って?」

「誤魔化さない! 香里から昨日の事聞いた。それに亜理紗のその顔……何でもないなんて言わせないわよ!」

 そう言われても、私も何で藤堂君が怒ってるか判らないから、どう説明すればいいのかすごく困る。

 黙り込んだ私に、業を煮やした悠莉がボソッと呟いた。

「判った。あいつに吐かせる」

「え? 悠莉、ちょっと待って」

 慌てて止める私を悠莉は睨む。

「亜理紗が言わないなら、柊を問い詰めるしかないでしょう。何で亜理紗を泣かせたのか、きっちり理由を聞かせてもらう」

 そ、それは私も聞きたいけど、でもこれ以上嫌われたくない。

「もう、いいよ……悠莉。藤堂君、私とは一緒にいたくないらしいから、これ以上彼に迷惑かけたくない」

「はあっ? 何、それ!一緒にいたくないって……あいつが言ったの?」

 悠莉……目が怖いんですけど……あまりの迫力に思わず正直に頷く。


 −−−私、何か不味いこと言った?−−−


「あいつ……何が『絶対泣かせない』よ! もう許さない」

 ブツブツと悠莉は何か呟いていたけど、私の耳には届かなかった。



 そして、それはお昼休みに起こった。

 いつもの様にお昼を一緒に食べようと、香里と亜子の3人で悠莉が来るのを待っていたけれど、なかなか姿を現さない悠莉に痺れをきらして、私は彼女を呼びに行った。


 ---おそらく生徒会室だよね---


 そう思った私は生徒会室の扉を叩く。だけど、出て来たのは生徒会長の都築玲奈さんだった。

「あら、確かあなた……笹井さんの友達の栗原さんよね?」

 そう言って、都築さんはニッコリとほほ笑んだ。うん、綺麗な女性ひとだなぁ……

「はい、あの……悠莉はいますか?」

 私の問いに彼女は首を傾げた。

「ううん、ここには来てないわよ」

「そうですか……」

 都築さんの返事に私は一礼すると、生徒会室を後にしようとした。

「笹井なら、確か……同級生の藤堂と一緒に歩いているの見たよ」

 その声に振り向くと、中にいた男子生徒がニッコリとほほ笑んだ。

「佑真……それ、本当?」

 都築さんは佑真さん---副会長の浦沢佑真さんに聞き返した。

「あぁ、俺がここへ来る途中で見かけた。あの2人、目立つからさ」


 悠莉が藤堂君と一緒? 何か嫌な予感がする。


「そうですか、ありがとうございます」

 私は慌ててお礼を言うと、その場を後にした。



「佐野君っ!」

 藤堂君の教室に行くと、佐野君が数名の男子と話をしているのを見つけ話し掛けた。

「あれっ? 栗原、どうした? 血相変えて」

 佐野君はビックリした顔で私を見た。周りの男子も興味津々な様子で私達を見ている。

「あ、あの……藤堂君は?」

「藤堂なら、笹井が呼びに来て出て行ったけど……」

「どこに行ったか知らない?」

 私の慌てている様子に佐野君は訝しげに首を振った。

「さぁ……」

「あ、何か、屋上へ行くみたいだった」

 男子生徒の1人が答えた。

「ホント?」

 私はその男子の方を見て尋ねた。すると彼は何故か少し顔を赤らめて返事をしてくれた。

「うん、2人で東側の階段を上がって行くの、俺見たよ」

「ありがとうっ!」

 お礼を言うと、急いで2人の後を追う。

「あ、おいっ! 栗原!」

 後ろで佐野君が呼んでいたけど、無視した……ごめんね、佐野君。

 悠莉が藤堂君に何を言うか判らないから、私は焦っていた。



 東側の階段を登りきった扉の向こうで、聞きなれた声がした。

「何で亜理紗を『泣かせた』の? 理由を聞かせて貰いましょうか?」

 悠莉の怒りを滲ませた声が聞こえる。

「……男がいるのに、それを隠してた。俺が聞いても白を切るから……つい」

 藤堂君の声が聞こえた次の瞬間、『ドスッ』という鈍い音と何かが倒れる様な音が聞こえた。

 私は慌てて扉を開けて屋上へと飛び出した。

「悠莉っ! 藤堂君っ!」

 そこには悠莉に殴られたか蹴られたらしい、藤堂君がお腹を押さえて蹲っていた。

 そんな彼を悠莉は冷ややかな目で見下ろしている。

「……あんた、最低っ! 見損なったわ。今まで亜理紗の何を見てたのよ!」

「藤堂君っ! 大丈夫? 悠莉、幾らなんでもやり過ぎよ!」

 私は彼の傍に駆け寄り身体を起こしながら、悠莉に抗議した。

「亜理紗、こんな奴、放っときなさい。心配する価値もない」

「悠莉っ!」

 何とか宥めようと声をかける私の手を振りほどき、藤堂君がゆっくりと立ち上がる。

「こいつの言う通りだよ。放っとけよ……迷惑だ」

「藤堂君……」

 しゃがみ込んでいる私を見下ろしながら、彼が言い放つ。その目はとても冷ややかだった。

「柊……前言撤回する。もう私はあんたに協力しないから。勿論、亜理紗の彼氏になんて認めない。それでも、いいのよね?」

「……あぁ、もう近づかないから、安心しろ」

「藤堂君……本気なの?」

 私は震える声で、藤堂君へ訊ねた。

 彼はじっと私の顔を見て、一言だけ告げた。

「あぁ」

 そしてそのまま彼は屋上から姿を消した。



「亜理紗……ごめんね。だけど、あいつの言い方に腹が立って」

 申し訳なさそうな顔で悠莉が謝る。

「悠莉は悪くないよ」

「…だけど、『男』って……柊は嘘はつかない奴だし。亜理紗、あんた心当たりはないの?」

 悠莉に聞かれて私は首を振る。


 男なんて私の周りにはいないのに……唯一、いたのは藤堂君だけ。


「じゃ、見間違いかな? でもなぁ、あいつがあの状態の時は意固地になってるから、何言っても無駄なんだよね。聞く耳持たないし」

 ため息交じりに悠莉が呟いた。



 それから数日後。

 香里がいきなり私に訊ねてきた。

「ねぇ、亜理紗。あんたと悠莉が、藤堂君を巡って三角関係って本当?」

「な、何それっ?」

「んー、何かねぇ、そんな噂が流れてるんだよね? まぁ、私はあんたを巡って、悠莉と藤堂君が争ってる? って思ってるけど」

 香里は面白そうにそう言ったけど、私は全然面白くない。

「それにね、佐野君が言ってたよ。藤堂君ね、ここ数日元気ないんだって……何言っても上の空っていうか、思い詰めた顔してるらしいよ。亜理紗、何とかしてあげたら?」


 ---何とか……って言われても。迷惑って言われたし---


 考え込んだ私に、香里は更に発破をかける。

「大丈夫だって、亜理紗が一言『ごめんね』って言えば、上手くいくって!」


 そんな簡単には行かないと思うけどな。


「ほら、もうすぐ藤堂君帰るはずだから、亜理紗追いかけなよ」

 私が不思議そうに香里を見ると、彼女はニッコリと笑った。

「佐野君がさ、ちょっと時間稼ぎしててくれてる。そろそろ、帰る支度してると思うから、校門に先回りしていたら?」

「香里……」


 本当はもう一度、ちゃんと話をしたい。何か誤解してるみたいだし……


 私が躊躇ってると、香里がバッグを押しつけてきた。

「ほら! 行く! 今行かないと、もうチャンスないかもよ」

 そう言われて、私は急いで校門へと向かった。



 はぁ……胸がドキドキする。


 私は校門の前で、藤堂君が出てくるのをジッと待った。

 帰る生徒が私を好奇の目で見ているのが判るけど、それを無視してやり過ごす。


 ---来たっ!---


 藤堂君は佐野君と一緒に、こちらへと歩いて来る。

 先に佐野君が私に気づきニッコリとほほ笑んだ。藤堂君はそんな彼の視線を追い、私に気づくと顔を顰めた。

「あ、あの……藤堂君、は、話があるんだけど」

 私は彼におずおずと話し掛けた。

「俺は話す事なんてない」

 取りつく島もない彼に、佐野君が呆れたように言った。

「おい、藤堂、栗原は話を聞いて欲しくて、わざわざ待ってたんだぞ。少しくらい聞いてやれよ。栗原、俺は帰るからこいつと話しろよ」

 そう言って、佐野君はさっさと帰って行く。

「ありがとう、佐野君」

 私が彼の背中に向かってお礼を言うと、振り返って手を振ってくれた。

「……何なんだよ、話って」

 取り残された藤堂君は渋々といった感じで聞いてきたけど、決して私の顔を見ようとはしなかった。

「あのね、この前言っていた『男』って、私本当に心当たりがないの。誰かと見間違ってないかな?」

 私はおずおずと彼に訊ねる。

 すると、藤堂君はムッとした顔になった。

「お前が……これから1人で帰るって言った日、俺はお前の後を追った。その時、仲良さそうに男と腕を

組んでいるお前を見かけたんだよ」


 え? ちょっと待って……それって…


「……それ、確かに私だと思う……だけど、一緒にいたのは彼氏なんかじゃないよ。あれは私の従兄弟で、半年ぶりに会ったから嬉しくてそのまま家まで一緒に帰っただけ……」

 私の言葉に、藤堂君が戸惑った表情をした。

「……従兄弟?」

「うん、パパのお姉さんの子供で、5つ上だからお兄さんみたいな存在。私も拓ちゃんも一人っ子だから本当の兄妹みたいに仲が良いの」


 あの日、亜子と別れて1人で帰る途中、いきなり肩を掴まれて驚いていると、『亜理紗、久しぶり。元気そうだな』って声が聞こえて、見ると従兄弟の沓掛拓実が嬉しそうにこちらを見ていた。

「拓ちゃん! うわぁ、久しぶりだね。学校は?」

「あぁ、今、休みに入っているから、久しぶりに様子を見に来た」

「パパもママも喜ぶよ! 家に寄って行くでしょ?」

 私は大好きなお兄ちゃんに会えた事で、嬉しくて腕を組んでいた。

 それを、藤堂君は見てしまったんだ。


 藤堂君は黙ったまま、じっと何かを考えている様だった。

 その沈黙が辛くて、私はそっと告げた。

「私自身、身に覚えのない事を言われて疑問もあったし、誤解も解きたかっただけなの。信じてくれなくてもいい。ごめんね、今まで迷惑かけて。もう話し掛けないから」

 泣きそうになりながらこれだけ言うと、駆けだそうとした。だけど、それは藤堂君に腕を掴まれてできなかった。

「本当なんだな? 今、言った事」

 私は頷いてからそのまま俯いた。

 はぁっと、ため息が聞こえたと思ったら次の瞬間、藤堂君の腕が私を抱き締めた。

「え? ち、ちょっと……藤堂君?」

 いきなりの事にパニックになった私は慌てて叫ぶ。

「ごめん……俺、お前が彼氏出来たから、俺にはもう用がなくてあんな事言ったと思ってた……それに俺が問い詰めても彼氏はいないなんて言うから、ムカついてお前に当たった。男らしくないよな」

 私を抱き締めたまま、藤堂君はそう言った。顔は見えないけど、辛そうな声に彼がすごく反省している事は解った。

「もう、いいよ。ごめんね、嫌な思いさせて。これからは近づかないから……」

 そう言うと、彼の腕が強張った。

「え? 近づかないって…」

「だって、『一緒にいたくない』『近づかない』って、藤堂君が言ったんだよ。そんなに迷惑だったって知らなくてごめんね」

 私は彼の腕から逃れようと身じろぎしたけど、更にきつく抱き締められた。

「ごめん、それ撤回したい……謝るから…土下座してもいい。もう一度亜理紗の傍にいてもいいか? もう傷つける様な事は言わない。泣かせることもしないから」

 藤堂君の言葉を夢心地に聞いていた。


 本当に? また、一緒にいてくれるの?


「柊! 亜理紗から離れろ! お前には亜理紗は任せられない」


 この声って……


 私は恐る恐る声のする方を見ると、そこには拓ちゃんが腕を組んで私達を見ていた。

「拓ちゃん!」


 何でここにいるの?

 それに今、柊って……


「拓実さん……?」

 藤堂君が拓ちゃんを見て、驚いた様に呟いた。


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