表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

- 彼女の事情 -  ~私の事どう思ってるの?~

「え? お祭り? 」

「うん、私と佐野君、亜理紗と藤堂君の4人で行かない?」

 香里が目をキラキラさせながら、私をお祭りに誘ってきた。

 そのお祭りというのは、今週末に近くの神社で催される毎年恒例の夏祭り。

 去年までは私と悠莉、香里と亜子の4人で行ってたけど、今年は彼氏のいる香里だけが抜けるものだと思っていた。

 だけど、何故か悠莉も亜子も行かないと言っていたので、私は少し寂しかったのだ。

「うーん…私はいいけど、藤堂君が…」

「あ! それなら佐野君が了解もらってきたから大丈夫よ。あとは亜理紗が行けるかどうかだけ……」

 え? そうなの? 藤堂君、行っても良いって?

 思わず笑みが零れる。

 そんな私を見て、香里がニンマリと笑った。

「じゃ! 決まりね? ねぇ、亜理紗! 2人で浴衣着てあの2人驚かせない?」

「浴衣?」

「そっ! 着付けは私に任せて。きっと亜理紗の浴衣姿見たら、藤堂君喜んでくれると思うわよ」

「えっ? そ、そうかな……喜んでくれるかな?」

 自信なさげな私に、香里は『保証する』と請け合った。




 放課後、藤堂君と家に帰る道程の途中--私は香里から聞いたお祭りの件を訊ねた。

「ん? あぁ……佐野に行ってもいいって言ったよ---なんだよ、俺と行きたくないのか?」

 藤堂君が少し怒った様な、拗ねた様な声で私を見下ろしてきた。

 そんな彼の顔を見ながら、私は慌てて首を振る。

「ううん! すごく行きたい! だけど、藤堂君無理してるなら悪いなって思ったから……」

 私の言葉を聞き、彼は眼鏡の奥の目をフッと和らげた。

「無理なんてしてない……本当に行きたくないならはっきり言うよ。いちいち気にするな」

「はい……ごめんなさい」

 シュンとなって俯いた私の頭を藤堂君はポンポンと叩く。

「なぁ…別に怒ってないよ。そんなに落ち込まなくてもいいだろ」

「だって、私が無理言って彼氏のフリしてもらっている上に、帰りも毎日送ってくれて、更にデートの真似までさせてしまって申し訳な……」

「亜理紗」

 藤堂君が私の言葉を途中で遮った。その声は心なしか……不機嫌?

 恐る恐る顔を上げると、先程までの穏やかな眼差しはどこへやら、すごく冷ややかな視線が私を射る。

 思わず身を竦める私の肩を掴むと、藤堂君は私の視線が合う位置まで身を屈めた。

「今後……2度と『彼氏のフリ』とか、『申し訳ない』とか言うなよ。俺は好きで引き受けたんだ。お前が気にすることはない」

 そう言った時の彼の目がすごく真剣で、私はただ頷いた。

 すると、ふっと微笑んで身を起こすと私の右手を握りそのまま歩き出す。

「えっ? と…藤堂君。てっ…手、握ってるんだけど」

「うん、亜理紗と手を繋ぎたいから繋いでるだけだよ。それが何か?」

 そう言いながら更に強く私の手を握っている。手の平から彼の体温が伝わってきて、何故か胸がドキドキしてきた。

「あ、あの…何で?」

「俺達『付き合ってる』んだよな? だったら手を繋ぐのなんて当たり前だろう」

 彼の言っているのは見せかけの恋人という意味だ……それは頭では分かってるのだけど、私は手を繋げて嬉しいと思う反面少し寂しく感じていた、

 最初は苦手だった---何故か彼は私の事をすごく嫌っているような感じだったから。それが悠莉の差し金で恋人のフリをして貰っているうちに、少しずつ彼への印象が変わっていった。

 彼の方も心なしか、私に対する態度が段々と優しいものに変化してきた様に感じる。

 今もただ手を繋いで、何の会話も無く歩いているだけなのだけれど、それすら私にはとても居心地良くて出来ればずっとそうしていたいような気分だった。

 でも……彼はどう思ってるのだろう? 迷惑ではないようだけど、私の事を好きなのかと言えばよく分からない。彼は感情をあまり表に出す事はないから。

 それに悠莉に頼まれたからだと最初に言っていた。だから私と付き合ってくれているのかとも思う。もしかしたら……藤堂君は悠莉の事を……

 その考えに、何故が胸が痛み不覚にも目頭が熱くなる。

「……くっ」

 私が発した小さな嗚咽に気づいた藤堂君が振り向く。

「どうしたんだ? 亜理紗」

 涙が滲んだ私の顔に驚いた様に立ち止まると、私の顔を見下ろす。

「な、なんでもない……」

 思わず恥ずかしくなって俯こうとしたけど、両頬を掌に包まれてしまって俯くことが出来ない。

「何でもないわけないだろう。どうした」

 心配そうに私を見つめる彼にまた涙が溢れてくる。

 私は軽く首を左右に振ると、無理に微笑んだ。

「ごめんね、本当に何でもないから。気にしないで」

 納得いかないような表情でこちらを見ていた彼は、何かを思いついた様にハッとした。

「もしかして……俺と手を繋ぐのが嫌だったのか?」

「え?」

 思いがけない問いに答えきれずに彼を見つめると、少しだけ顔を顰めた彼が口を開いた。

「悪かった、そんなに嫌だったなんて。もう手を繋ぐなんてしないから……ごめんな」

 そう言った彼の表情からは、何も読み取ることが出来なかった。

 そして今まで繋いでいた手を離すと、少し距離を置くようにして私の数歩前を歩き出す。

 私はそんな彼の後ろ姿を見つめながら、ゆっくりと後をついて行く。

 さっきまで繋いでいた右手は彼の体温を恋しがっているような気がした。



 お祭り当日---

 私が浴衣を持ってないと言ったら、香里は『自分の浴衣を貸してあげる』と数枚持っている中から選んで貸してくれて、ついでに着付けもすると言って私の家にやって来た。

「ほら……出来た。亜理紗、可愛いっ! これなら藤堂君も喜ぶよ、きっと!」

 香里は嬉しそうに言うと、私を姿見の方まで連れて行ってその姿を見せてくれた。

「え? 私…」

 鏡の中に映っていた私は、薄いピンク地に紫の朝顔の柄が入った浴衣に濃いピンクの帯を締めて、髪はてっぺん近くで1つに纏めていた。そしてそこには可愛い紫の花が付いた髪飾り。

 化粧は極薄くお粉だけで、口紅は淡いピンクにグロスを重ねている。

 香里は紺地に百合の花の柄が入った浴衣に、薄い紫の帯を締めていた。うーん、大人っぽいなぁ。

 私が羨ましげに見ているのに気づき、首を傾げている。

「香里、大人っぽい…色っぽくていいなぁ。私なんてお子ちゃまみたい…」

 いじけている私を見て、香里は優しくほほ笑んだ。

「なぁーに言ってんの! 可愛いのが亜理紗らしいんじゃない。藤堂君だってそんな亜理紗が好きだと思うわよ」

 藤堂君……あの日以来、何となく距離が出来たように感じるのは気のせいじゃないと…思う。

 今日もドタキャンされるのではないかと内心ドキドキしてたんだけど、佐野君から先に2人で神社の前で待ってるからと伝言があったと香里に聞いてホッとした。

「わっ…亜理紗、時間が無いよ。急ごう」

 待ち合わせ時間が迫っていたので、私達は慌てて家を出た。



 神社までは私の家から徒歩15分程歩く。

 その途中、香里がいきなり話し掛けてきた。

「ねぇ、亜理紗。あんたと藤堂君って、どこまでいってんの?」

「はいっ? どこまでって…」

 言ってる意味が分からないんですけど…

 首を傾げている私に、香里はため息をついた。

「その様子だと…キス以上はまだまだね……付き合って3カ月過ぎたわよね? 藤堂君よく我慢してるわねぇ。よっぽど亜理紗の事、大事なんだぁ」

 感心した様に香里が頷く。

 ---え…っと、香里さん? 言ってる意味が……

「今日は、少しぐらい藤堂君に対して隙を作ってあげたら? 亜理紗って意外に真面目だもんね」

「隙?」

「そう……何か、2人って傍から見てたらこう……お互い壁作ってるっていうか、堅いっていうか…本当に付き合ってる? って時々思っちゃうんだよね。だから今日、誘ったの。良い機会かなぁと思って」

 そんな風に見えるんだ---私は藤堂君の傍にいるだけで嬉しいんだけど、壁作ってる様に見えるのか。

 少しだけ落ち込んだ。そんな私を見て、香里は慌ててフォローしてきた。

「あ…だからね、今日は亜理紗から積極的に藤堂君を誘ってみたら? 喜ぶと思うよ?」

「誘うって?」

 何をどうすればいいのかさっぱり分からない私に、香里はにっこりとほほ笑んだ。

「そんなに考えなくてもいいわよ、そうね……亜理紗から腕を組んだり、手を繋いだり---あとは『そういう雰囲気』に持って行けばいいのよ」

「『そういう雰囲気』って?」

 私の問いに香里がガクッと項垂れた。

「亜理紗…私は藤堂君に同情する。よく我慢してるよ---だからね、亜理紗からキスするように仕向けてあげなさいって言ってるの」

「はぁ? 無理っ…ぜーったい無理! そんな事出来ないよ」

 第一、藤堂君が好きなのは悠莉なんだから………私なんか無理言って、彼氏のフリしてもらってるだけだし……

 (今後--『彼氏のフリ』とか『申し訳ない』って言うな)

 この前の藤堂君の言葉を思い出す。

 もし…もしも、私が彼に『そういう雰囲気』を作ったら……悠莉じゃなくて私の方を振り向いてくれるかな?

 この時、悠莉に対して初めてライバル意識を持った私がいた。

 待ち合わせ場所へ向かう間、私はその初めての感情に戸惑っていた。



「あ、いたいた……ごめーん、お待たせ!」

 香里は佐野君を見つけると、笑顔で近づいて行った。私はその後ろをついて行く。

 2人はジーンズにTシャツというラフな格好だった。私服なんて滅多に見ないから、少しドキドキする。

「おうっ、俺達も今、来たとこだよ。な? 藤堂」

 そう言って佐野君は隣にいた藤堂君に話し掛けた。

 彼は頷くと、香里の後ろに隠れる様に立っていた私を見た。

「あっ、ねぇ藤堂君、見て! 亜理紗可愛いでしょ? 私の力作だよぉ」

 香里は藤堂君の視線に気づくと、さり気なく私を自分の前に押し出す。

 私はいやおうなく、彼の前に出る事になりその視線を避ける様に俯いた。

 うっ…大人っぽい香里と私じゃ負けるよぉ……やっぱり洋服にしとけばよかった。

 そんな事を考えていると、頭の上から信じられない言葉が聞こえてきた。

「うん、可愛い」

 驚いて顔を上げると、少し困った様な顔をした彼と目が合う。

「でしょーっ? もう、可愛すぎて困るんじゃない? 私も頑張ったかいがあるわ」

 胸を張って威張ってる香里に、佐野君が『お前なぁ』と苦笑いしている。

 私はというと、あまりにも恥ずかしくてまた俯いてしまった。

「じゃ、行きますか」

 佐野君が私達に笑いながら、香里の手を取って促す。

 そして私達4人はお祭りにと出掛けた。



 4人で夜店を見て回って、金魚すくいや射的等で子供の頃に戻ったみたいにはしゃいでいた。

 藤堂君とも最初の気まずさは無くなって、いつもの2人に戻ったと思ってホッとした。

「ねぇ、ここから別行動しない?」

 いきなり香里がそう提案してきた。

 え? 何で?

 びっくりしている私には構わずに佐野君は『そうだなぁ』と言って、藤堂君にどうするか尋ねている。

「俺は……別にいいよ」

「じゃ、決まり! そうねぇ、1時間後にここにまた集まるって事で……亜理紗」

 香里は私を手招きした。思わず近づくとその私の耳元にそっと囁いた。

 --- 頑張ってね ---

 無理ーっ! 香里、駄目ってばっ。私には出来ないよぉ

 そんな私をさっさと置いて、香里は佐野君と2人で人ごみの中に消えて行った。

 残ったのは藤堂君と私、そして---気まずい雰囲気だった。



「さて、と……どうする?」

 固まってしまっている私に、藤堂君が話し掛けてきた。

「え…っと、藤堂君はどうしたい?」

 なんとか平静を装って答えた私に彼はうーんと考え込んだ。

「せっかく来たんだから、祭りを楽しまないって手はないだろう」

 そう言うと、私の手を握り歩き出す。

 あの日以来、一切手を繋いでなかったから少しドキドキする。

「あの…どこ行くの?」

「ん、そろそろ腹減ったんじゃないかと思って…」

 確かに今日は朝から緊張して、まともに食事を摂ってない---そう気づくといきなり空腹感が襲う。

「何食べたい?」

 私の顔を見ながら彼が問いかける。

 屋台からは美味しそうな匂いが漂ってくる。

「何でもいい---藤堂君が食べたいのでいいよ」

 そう言う私に笑いかけると、藤堂君は人ごみを避けて少し奥に入った所にあったベンチに私を座らせた。

「ここにいろ、今何か食うもの買って来るから」

 そしてさっさと、今来た道を戻って行った。

 ---『そういう雰囲気』に持って行きなさいよ。---

 先程の香里の言葉を思い出す。

 出来るかな? 私に……こんなお子ちゃまだけど。


「あれっ? 君、1人? 良かったら俺達と一緒に見て回らない?」

 考え込んでいる所にいきなり声を掛けられ、驚いて見上げると男の人が3人いた。

「いえ……彼がいますから」

 そう言えばいなくなると思ってたのに、彼らは更に私の座っているベンチに近づいてくる。

「そんなウソつかなくてもいいよ、どこにいるの? その彼って」

「うわーっ、間近で見たらすげぇ可愛いぜ、この子」

 私の隣に座ってきた男の人が、覗き込む様に私を見る。

 いや、怖い。藤堂君---早く戻って来て。

 怖くて動けない私の肩に、手をまわしてくる。

「ねぇ、どっか楽しい所行こうよ---ってぇ! 何だよ、お前!」

 肩にあった手が退いたかと思ったら、相手の男が痛がっている。

「---俺の彼女に何か用か?」

「藤堂君っ!」

 見ると彼が男の手を捻じり揚げていた。

「おいっ、何するんだよ」

 別の人が助けようと、藤堂君に襲いかかる。

 だけど、彼は動じる様子もなく軽く避けると、捻じり揚げていた手を解きそのまま相手を蹴り上げる。蹴られた相手は地面に倒れ、他の人はそれを見ると藤堂君に殴りかかろうとした。

「うぐっ…」

「悪いな、手加減はしない主義なもので……」

 殴ってきた相手の鳩尾に拳を見舞う。そのまま地面にうずくまってしまった。

 唖然と見ていた私の手を掴むと、ベンチから立ち上がらせてそのまま歩き出す。

「ち、ちょっと、藤堂君っ」

 引きずられるように歩いていく。呼びかけても彼は振り向きもしない。

 先程の場所から遠く離れた所に来た時、ふいに手を離されて私は思わずしゃがみこんだ。

 く、苦しい…ほとんど、小走り状態だったから息が上がってる。

「大丈夫か?」

 悔しいほどに全く息が上がってない藤堂君は私を見下ろしている。

「う、うん…平気……ありがとう、助けてくれて…怖かった」

「ごめん、俺が離れたから」

 謝る彼に、私は首を振る。

 彼が手を差し出したので、私はその手に掴まり立ち上がった。そして彼の目を見る。

「藤堂君は悪くない。気にしないで」

「だけど……」

 なおも言いかける彼の口に指を当てる。驚いた様に彼が私を見た。

「もう、いいよ。それよりお腹空いた」

 そう言って笑うと、つられたように彼も微笑んだ。

「そうだな……今度は2人で買いに行くか?」

「うん!」

 そして再び夜店のある場所へと2人で戻って行く。


「たこ焼きがいいっ!」

「は? 焼きそばだろ、普通は」

 結局お互い別々のものを買い、半分こにする事になった。

「おいしいね…」

 たこ焼きを頬張りながら私はニコニコと話し掛けた。

「あぁ……ぷっ!」

 私を見て何故か藤堂君は吹き出した。

「???」

「亜理紗…お前、笑わない方がいいぞ……歯に青のりがついてる」

 うっそぉ! うわーん、私の馬鹿ぁ、何で…何でたこ焼きなんて買ったのぉ!

「見ないでぇ」

 涙目になってきた。そんな私を藤堂君はじっと見ている。

「……可愛い」

 恥かしさのあまり両手で顔を抑えていた私には、小さな……余りに小さな彼の呟きは聞こえなかった。


 香里---やっぱり、私には『そういう雰囲気』なんて無理だよぉ。歯に青のり付けて藤堂君には笑われるし、お子ちゃまからは脱することは出来ないみたい。

 あぁ、こんなんじゃ悠莉に勝てるわけない。うん、無理だよ。藤堂君も私なんかよりも美人の悠莉が良いに決まってる。


「亜理紗」

 藤堂君が私を呼んでいる。思わず両手で隠していた顔を上げると、目の前--至近距離に彼の顔があった。

 −−−−−え?

 驚く間もなく、彼の唇が私の唇にそっと触れる−−−そしてすぐに離れていった。何事もなかったかの様に。

「……………」

「そろそろ、時間だ……行くか?」

 私は黙ったまま頷いた。


 藤堂君は私の前を歩いていく。手は繋いでいない。

 その後ろ姿を見ながら、頭の中には疑問符が飛んでいた。

 −−−何で、キスしたの? 悠莉が好きなんでしょ?

 さっき繋いでいた右手を見る。

(亜理紗から腕を組んだり、手を繋いだりして『そういう雰囲気』作るのよ)

 香里の言葉を思い出して、つい手に力が入る。

 私は勇気を出して、目の前を歩いていく藤堂君の左手を掴んだ。

「……亜理紗?」

 驚いた様な声が私に問いかけてきた。

「あ、あの…人が多くて逸れそうだから…」

 恥ずかしさのあまり、顔を隠す様に俯く。たぶん今、私の顔は真っ赤になってると思う。

 そんな私の手を藤堂君は強く握り返してくれた。

「え?」

 驚いて彼の方を見ると、藤堂君は視線を前に向けたままだ。でも、心なしか頬が赤くなって見えるのは私の気のせい?……

「そうだな、迷子になっても困るし……」

「ま、迷子なんてなりませんっ!」

 何か子供扱いされてるみたいで、つい言い返してしまった。

 藤堂君はフッと笑うと、私の顔を見下ろした。

「うそだよ……だけど亜理紗、俺と手を繋ぐの嫌なんじゃないのか? この前それで泣きそうだったんだろ?」

 心配そうな…不安そうな藤堂君の表情に私は首を振った。

「違うよ、嫌なんじゃない。ただ、藤堂君が無理して繋いでるんだったらって思ったら、少し悲しくなっただけだよ」

「はあっ? 俺は繋ぎたいから繋いでるんだよ! そもそも無理して繋ぐ理由ないだろ」

 そう言うと更に私の手をしっかりと握り返してきた。

「俺は---お前が嫌なんだと思って、出来るだけ触らないようにしようと気をつけてたんだよ。今日はつい手を握ってしまったけどな」

「私は、藤堂君と手を繋ぐの……好きだよ。何か安心する…」

「亜理紗?……」

「だから、もし嫌じゃないならこれからも時々……帰り道で繋いで欲しいか…な…?」

 恐る恐る言うと、藤堂君の表情が少しだけ和らいだ。

「うん、亜理紗が嫌じゃないなら……それより急ごうぜ、もう1時間過ぎてる。あいつら待ってるんじゃないか?」

「わっ! 香里に怒られるっ」

 私達は手を繋いだまま、先程2人と別れた場所まで走った。



「おっそーい! 何してたんですかねぇ?」

 やっぱり香里と佐野君は待っていた。香里は何故かニヤニヤしている。

 うっ……なーんか、嫌な予感が…

「亜理紗、ちょっと付き合って! 藤堂君、ごめん! 亜理紗借りるね」

 そう言って私の腕に自分の腕を絡めると、2人から離れるように歩き出した。

「さぁ、どうだったのかなぁ。上手くいった?」

 香里は興味津々といった顔で、私を見つめる。

「いえ…無理でした。寧ろ笑われてしまいました」

「何でっ?」

 私は先程の青のりの件を話した。話しの途中から香里は笑っていた。

「あははっ!…亜理紗、あんた面白すぎるっ! はい、『いーっ』てしてみて」

 自分の歯を見せながら私の口を開けようとする。

「やだってばっ! もう恥ずかしいんだからね」

 目一杯抵抗してみせたので諦めたのか、香里は話題を変えてきた。

「じゃ…さ、さっき手を繋いで戻って来たじゃない? 少しはいい感じになった?」

 その問いには私はただ頷いただけだった。

 香里もそれ以上は聞かないで、ただ『良かったね』と言って笑ってくれた。

 それから2人の所へ戻り、また4人で夜店を見て回った。




「ねぇっ! 亜理紗、あれ、亜理紗の好きなぬいぐるみだよ」

 香里が指差す方を見ると、そこには私が大好きなネコのキャラクターのおっきなぬいぐるみが座ってこちらを見ていた。

「かっわいい!」

 思わず叫んでしまった。いいなぁ…欲しいな。でも射的の景品だから、当てないと貰えないし……

「取ってやるよ−−−佐野、協力頼む」

「了解」

 え? 嘘−−−

 ちょっとしたやり取りの後、2人はそれぞれ銃を構えて、『特等』と書かれた的を狙う。

 『せーのっ』と言う掛け声と共に、2人が同時に引き金を弾く。

 −−−パンッ! パンッ! −−−

 渇いた破裂音と共に、『特等』の的が落ちた。

「やったぁ! 凄いじゃない、2人共」

 香里がはしゃぎながら、2人にハイタッチしている。

「ほら…亜理紗」

 藤堂君は、店主のおじさんが感心しながら渡してくれたぬいぐるみを私に差し出した。

「いいの? 貰っても」

 恐る恐る受け取ると、彼はフッと笑った。

「俺が持ってたら気持ち悪いだろ……」

 ………確かに

「ありがとう! 大事にするね」

 そう言って微笑むと、ぬいぐるみに頬擦りをした。フワフワして気持ち良い。


「ねぇ、もうそろそろ帰ろうか」

 夜店を出ると、香里がそう言った。

「そうだね……お祭りも終わる頃だし」

 私はおっきなぬいぐるみを抱えながら頷く。

 うん−−−この子をずっと抱いて歩くのは結構キツイ。

「……でね、亜理紗−−−お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「そう! 今日は亜理紗の家に泊まるって事にしておいてね」

 両手を合わせて私を見る。

「? …いいけど、どこ行くの?」

 首を傾げる私を、呆れた様に見ながら香里は溜め息をついた。

「あーりーさ、わざとだよね? 今の…」

「何が?」

 香里の言ってる意味が全然分からない。

「あーもうっ! あのね、私は今日は佐野君のお家にお泊まりなのっ。だからアリバイよろしく」

「えーっ! 香里、お泊まりって…佐野君のお家の人は?」

「あぁ…昨日からご両親揃って、お父さんの実家に行ってて彼1人なのよね。だからお泊まり…」

 香里はニッコリと微笑むと私の肩に手を置いた。

「ね? 協力してね」

「…はぁ、分かった」

 私が頷くと、香里は肩に置いていた手で私の手を握った。

「ありがと! 亜理紗の時は私も協力するからね」

「はっ? 私?」

 驚いた私に、香里は怪訝そうな顔をした。

「何で、藤堂君とお泊りとかこれからあるじゃない? その時は口裏合わせてあげるから」

「えーっ! そ、そんな、お泊りなんてないよ!」

「亜理紗……本当に彼の事好き?」

 な、何をいきなり言い出すの。香里。

「す、好きよ」

「だったら『ずっと一緒にいたいな』とか『帰りたくない』とか思わない?」

 ---あ、時々思うかな?---

 微かに頷いた私に力強くうなずき返した。

「でしょーっ! だからその日が来たら私に言ってね。アドバイスしてあ・げ・る」

 香里さん……それはいらないかも……って言うか貴女のアドバイス怖い……

 さすがにそれは口にせず、ただ笑顔を浮かべてどうにかやり過ごす。



「じゃーね! あ、藤堂君、亜理紗--ちゃんと送ってよ」

 香里と佐野君は、私達と反対の方向へと歩いて行く。

「バイバーイ! 月曜日にねぇ」

 私がそう言うと、2人が手を振ってきた。

「じゃ……俺達も帰るか」

「うん」

「あ、それ……貸せ………俺が持つ」

 そう言って、私の抱いているぬいぐるみを奪っていった。

「あ、ありがとう……この子、貰って嬉しかった。本当に大事にするね」

「どういたしまして……しかし、こいつ抱き心地いいな。俺、持って帰ろうかな」

 え? そんな……でも、取ったの藤堂君だしな。私は文句言えないよね。

 どうやら思ってる事が顔に出てたみたい。彼がプッと吹き出した。

「冗談に決まってんだろ! ぬいぐるみなんか抱く趣味ないよ」

 そうだよねぇ---思わずホッと胸を撫で下ろす。

「目の前のやつならいいけど……」

「え?」

「---何でもない。帰るぞ」

 そのまま2人共、黙って私の家までゆっくりと歩いて行く。

 気まずい雰囲気は無くて、何だか落ち着く静かな時間だった。


「じゃ…な、月曜日に」

「うん、今日はありがとう。楽しかった」

 私の家の前に着いたので、藤堂君はぬいぐるみを私に手渡した。

「亜理紗……」

「はい?」

 藤堂君を見上げると、表情が暗い。

「藤堂君?」

「今日はごめんな……いきなりキスして。つい……ホントごめん」

 つい? 藤堂君はキスを『つい』で出来ちゃうの?

 私はドキドキで……何か意味があるんじゃないかと、期待してしまうのに---

「……いいよ、今日はこの子ぬいぐるみに免じて許してあげる。でも、もうそんな『つい』で私にキスしないで」

 泣きそうになったけど、無理して笑った。

「亜理紗……俺…」

 藤堂君が何か言おうとしたけど、私はくるっと向きを変えて玄関に向かう。

 やだ、泣きそう。

「疲れちゃった……送ってくれてありがとう。月曜日にね」

「あぁ…おやすみ」

「おやすみなさい」

 振り向かずに玄関のドアを閉めると、そこへもたれて少しだけ泣いた。

 藤堂君は私の事、どう思ってるんだろう?

 知りたいような知りたくないような---複雑な気持ちだった。




 


  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ