【番外編】 - 彼女と彼 - ある日の2人
俺はその日の放課後も、いつもの様に図書館で本を読んでいた。
閲覧コーナーの一番奥の席が、俺の指定席だ。
「…いた! 柊君…」
声のする方を振り返ると、亜理紗がニコニコと笑顔で俺の方に近づいて来る。
相変わらず−−−亜理紗は可愛い−−−っていうか可愛すぎる!
心の中は亜理紗の余りの可愛さに悶絶しそうだが、表向きはクールを装い彼女に微笑んだ。
そんな俺を亜理紗の親友である悠莉は『むっつりスケベ』と呼ぶ。ずいぶんな言い様だと思うけど。
「亜理紗…どうした? 今日は生徒会じゃないのか?」
今日は生徒会役員の会議があると言ってたから、俺はここで待ってるつもりだったんだけど……
「うん、実は悠莉が熱出しちゃって、会議は延期になっちゃった」
(……鬼のかく乱か?)
俺は心の中でそう思った。
悠莉は生徒会長になった時、亜理紗を役員に引っ張り込んだ。
元々は亜理紗と付き合えば、生徒会に俺を入れると言う悠莉の話しに乗ったのがきっかけだった。生徒会に入れば内申点が上がるから、大学入試に有利だと思った。
しかし、実際に付き合うと生徒会等、どうでもよくなった俺は、迷わず断った。それなのに悠莉が亜理紗を引っ張り込んだ為、二人で過ごす時間が減ってしまっている。
不満を言ったら悠莉は悪びれずに笑顔で答えた。
「柊…誰のおかげで亜理紗と付き合える様になったっけ?」
……うっ…確かに…こいつがきっかけを作ってくれなければ、亜理紗の良さも知らず誤解したままだっただろう。
俺が言い返せないでいると、悠莉は笑いながら『それに、会う時間が少なければ一緒の時間はかなり濃密になるんじゃな〜い?』と、意味深な事をいいやがった。
しかし、悠莉が言う様な濃密な時間等、亜理紗が相手だと全くといって期待出来ない。亜理紗は派手な外見とは違いかなり古風な考えの持ち主で、未だにキス1つするのも亜理紗の反応が怖くて、俺は躊躇ってしまう。
ましてやそれ以上の事など、亜理紗にしようものなら---嫌われるんじゃないかと思って何も出来ないでいる。むっつりスケベになるのも仕方ないだろう。
「ねぇ、もう帰れるけど---どうする?」
亜理紗は俺の顔を覗き込む様に、にっこり笑いながら話し掛けてきた。
やめてくれ、その可愛い顔を近づけないでくれ!俺の理性がぶっ飛ぶ!
俺は努めて冷静な顔で、彼女へ微笑み返した---頑張れ!俺!
「ちょっと待っててくれないか? この本だけは最後まで読みたいから」
「あ、じゃ私も読みたい本があるから、隣に座っていい?」
亜理紗は俺の隣に座ると、バックから本を取り出した。
何気に彼女の本を覗き見ると---漫画だった。
亜理紗らしいな。
俺は微笑むと自分の読んでいる本を手に取り再び読書に集中した。
………ぅぅっ…ずっ……っぅぅ…
あと少しで読み終わるという時に、横で何やら変な音が聞こえてきた。音のする方---亜理紗の方を向くと---泣いてる?!
「……あ、亜理紗? どうした…?」
俺は恐る恐る声を掛けた。
すると亜理紗は、その可愛い顔を涙でぐしょぐしょにしながらぽつりと呟いた。
「このお話があまりに可哀想で…っ」
亜理紗…お前、漫画で泣くんだ?--って言うか泣けるんだな?
そのグレーの大きな瞳からポロポロと涙を流す亜理紗を見ていたら、あんまりにも愛らしく……俺の理性が……飛んだ。
亜理紗の顔を自分の方に向けて彼女の涙を指で拭うと、上目使いで亜理紗が俺を見た。その頬を両手で包むと俺は彼女の唇へ軽くキスを落とす。驚いた様に目を見開く亜理紗へ更にキスを繰り返す。
目を見開いていた彼女の大きな瞳がゆっくり閉じられた。
それが合図になった様に、俺は彼女の下唇を優しく啄みながら舌を這わしていく。亜理紗の唇が少し開いた隙に舌を滑り込ませると、彼女の舌を絡め捕る。今までのキスとは違う貪る様なキスに亜理紗は身体を震わせていた。
「……っん…はぁっ…」
亜理紗の甘い吐息で我に返った俺は、慌てて彼女の唇を解放する。
お互い目を合わす事が出来ず、目を瞑ったまま額をあわす。
「……ごめん、あまりにも亜理紗が可愛い過ぎた…」
俺の言葉に亜理紗の目から再び涙が溢れだした。
そんな亜理紗に俺は驚いて彼女の顔を見つめた。
「ご、ごめん! そんなに嫌だったか?」
頬を染めて亜理紗は首を左右に振った。
「……柊君…いつも手を握るか、軽くキスするだけだから、やっぱり私に興味ないのかなと思ってた」
何言ってるんだ? 亜理紗!
「無理して私と付き合ってくれてるのかと思って不安だったの」
「待て! 亜理紗……俺はお前に対して滅茶苦茶煩悩だらけだぞ。だけど、嫌われたくないから我慢しているだけで…」
「それ、本当?」
縋るように俺を見つめる。
「あぁ……」
俺の本音に亜理紗は心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。だから止めてくれ---もう、限界だから!
「私、柊君が大好きだよ……」
そう言って亜理紗は信じられない事に−−−俺の唇に一瞬だけ、チュッと自分の唇を触れた。
亜理紗とは思えない行動に、俺が彼女の顔を見ると、真っ赤になって俯いている。
「亜理紗……俺のお願い聞いてくれる?」
いつもの俺の声とは思えない位、甘い声が自分の口から漏れた。
それを亜理紗も気づいた様で、俺の顔を見つめてきた。
「俺……来月、誕生日なんだ……だから…」
彼女の耳元で囁くと、更に頬を真っ赤に染めてしまった。今にも泣きそうな顔だ。
あ……やっぱり、無理か……
俺が取り消そうと口を開きかけた時、亜理紗がとても小さな声で囁いた。
「いいよ……柊君が本当に私でいいなら…」
「っ……本当に?…」
---亜理紗がほしいな---
彼女を好きになってからの一番の願い。
「いいの? 亜理紗---結婚するまではって思っているんだろ?」
そう言う俺に亜理紗ははにかみながらほほ笑む。
「柊君がいいの……私もそう思っているから、後悔しないよ」
俺はそんな亜理紗をそっと抱き締める。
「ち…ちょっと、柊君! ここ、図書館だよ」
小声で言うと彼女は身を捩る。
「何を今更……さっきキスしただろ」
「う…っ……」
俺の言葉に亜理紗は抵抗するのを止めた。
そんな彼女の髪を撫でながら囁く。
「亜理紗…ありがとう、俺……すごく嬉しい」
「あの…私、初めてだから…その……」
「わかってる…って言っても、俺だって初めてだし…でも亜理紗が嫌な事はしない…つもりだから……」
亜理紗は俺の言葉を聞くと、安心したように俺を見上げてにっこりと笑った。
「うん、信じてるよ」
俺は、そんな彼女の顔を見つめながら、頭の中で誕生日の計画をたて始めた。
しかしそんな俺の計画は、亜理紗に話を聞いた悠莉に邪魔される事を、俺はその時まだ知らない。