- 親友の事情 - ~ 悠莉の場合 ~
今回は亜理紗の親友、悠莉視点です。
「柊! 勝手に帰るんじゃないわよ。生徒会の引継ぎがあるんだから」
柊の教室までやって来た私は、帰り支度をしていた彼に呼び掛ける。
「悠莉……だから言っただろう? 俺は生徒会を辞退するって」
溜息を吐きながら柊は私を見た。
「それは重々承知してますって……だけど、代りの人材が見つかるまでは頼むってお願いしたでしょ」
「そうだけど……」
苦虫を噛み潰した様な表情で柊は返事をすると、教室の窓から見える校門の方を眺めた。
その視線を追うと丁度、亜理紗---柊の彼女で私の親友が、同じく親友の西平亜子と一緒に帰る姿が目に入った。
亜理紗はクォーターの為に外見が派手で誤解を受ける事が多い。本人は凄く奥ゆかしい性格なんだけど、それに付け入る野郎が時々ストーカーの様に付け回す。今までは空手有段者の私が護衛を兼ねて、通学の時は一緒に登下校してたんだけど、生徒会長なるものに推されてしまった為、亜理紗を守れなくなってしまった。
それで同じ道場仲間の柊に頼んだら副会長に推すならという条件で引き受けたけど、何と柊の奴は亜理紗を本気で好きになってしまった。
まさか、いつも偏見の目で見てたくせに好きになるとは……驚いた私だけど、亜理紗の方も柊を好きと言って来たのは予想外だった。
「あぁ……亜理紗、今日は亜子と一緒に帰るのね? 亜子なら剣道の有段者だもの。大丈夫よ」
私が笑顔でそう答えると、柊は睨むようにこちらを見た。
「お前、分かっててそんな事言うのかよ」
「何が?」
恍けて返事をする。
--- 柊の言いたい事は分かる。亜理紗と仲良く帰るのが今のこいつの楽しみなんだよね。それを邪魔している私は憎たらしいだろうなぁ。 ---
「分かったよ! 代わりの奴が見つかるまでは引き受ける」
半ばやけくそ気味に柊は言い返してきた。
「ありがとう、助かる。早めに別の人を見つけるから」
そう言うと、私達2人は生徒会室へと向かった。
「ねぇ、笹井さん。あなたと藤堂君って親しいの?」
現生徒会長の都築さんが私に訊ねてきた。
今、柊は友人に呼ばれたといって生徒会室にはいない。
「は? いや……親しいというよりは腐れ縁ですかね」
「え? そうなの?」
驚いた様に彼女は私を見た。何で、驚く?
「どうしてですか?」
「ん……2人見てたら付き合ってるのかなぁって思ったんだけど。だから2人で一緒に生徒会に入ったのかと……」
「絶対ありえません! 例え天変地位が起こったとしても、私とあいつが付き合うなんて万に一つもないですから」
私の気迫に押されたのか都築さんが少しだけ後ろに下がっている。
「……ぷっ」
現副会長の浦沢さんが噴出した。
「佑真?」
都築さんが浦沢さんを振り向く。
「いや…いつも冷静な笹井がこんなにむきになるなんて……」
「悠莉っ! 大変だ。亜理紗が攫われた」
いきなり生徒会室のドアが開いたと思ったら、血相を変えた柊が飛び込んできた。
「は? 亜理紗が何て?」
「亜理紗が……西平と一緒に帰る途中に、ガラの悪い男達に攫われたって……西平が井上に連絡してきた。西平も怪我して病院にいるって」
「攫われた? 誰に?」
「俺が知るかよ! とにかく俺、西平に話を聞きに行くから」
そう言って出て行こうとする柊を私は呼び止めた。
「待って! 私も行く! 都築さん、浦沢さんすみません……今日はこれで帰ります」
私達の会話を聞いていた2人は即座に頷いてくれた。
「構わないわ……でも、攫われたなら警察に連絡した方が……」
心配そうに都築さんがそう言った。私はそんな彼女に微笑むと首を振る。
「大丈夫です、見当はついてますから」
そう……そんな馬鹿な事をする輩はそんなにはいない。亜子に聞けば大体の見当はつくはず……
驚いている2人に会釈をし、私と柊は亜子のいる病院へと向かった。
「……ごめんね。悠莉、藤堂君。亜理紗を守りきれなかった……」
病院へ着くと、佐野君と香里に付き添われた亜子が頭を下げた。
「何言ってんの……大丈夫なの? 亜子」
私は右腕に包帯を巻いた亜子に訊ねた。
「うん、油断したのが悪いの。相手に肩をやられたのが敗因」
「肩って大丈夫? 竹刀は持てるの?」
「それは大丈夫、しばらく安静にしてれば何の問題もないって」
亜子は剣道部の次期部長……もしも、剣道が出来なくなってしまったら……
「そんな顔しないで、悠莉……ところで相手の男達だけど、北高の連中だった」
「北高? って、まさか大戸?」
「悠莉、誰だよ! 大戸って?」
私の呟きに柊が問い詰めてきた。
「大戸って……あんたがやりあった奴よ。あのストーカー野郎」
「あいつか!」
柊はそう言って、どこかへ行こうと走り出した。私は慌ててその後姿へ叫ぶ。
「ちょっと! 柊、何処へ行くのよ」
「決まってる、あいつを締め上げて亜理紗を取り返す」
「待ちなさいよ。少しは冷静になんなさいって……あいつはずる賢い奴よ。手下を使って亜理紗を攫った。簡単には口は割らないわよ」
「だったら……」
珍しく焦っている柊に亜子が口を開いた。
「あの……大丈夫、関口さんが亜理紗の跡を追ってくれてる」
私達は一斉に亜子を見た。誰?
「誰だ? 関口って……」
柊が私の代わりに訊ねた。
「私が中学の時地区大会で知り合った人で、たまたま通りかかって私を助けてくれたんだけど、お願いして亜理紗の跡を追ってくれてる」
「信用出来る奴なのか?」
亜子に訊ねる柊の顔は訝しげだった。
私も関口という人物の名を亜子から聞いたのは初めてだ。一体、どんな人なんだろう。
「関口さんは優しい人だよ、それに私よりも圧倒的に強いし……もしも亜理紗が危ない目に合えば助けてくれる」
必死に弁護する亜子の口調から彼への想いが見える。
あぁ……そうか、亜子ってば、その関口さんの事が好きなんだ。
「なら、安心ね。って事で…柊、少しは落ち着きなさいよ」
私がそう言って柊を見ると、不機嫌そうな表情でこちらを見ている。
「何でそんな落ち着いてんだよ……亜理紗がひどい目にあったらどうすんだ」
「そんな事にはならないって……それよりも他にやることがあるんだから、あんたも協力しなさいよね」
「一体何を……?」
黒い笑顔を浮かべた私を見て、柊は絶句した。
そう、私だって落ち着いているのは見せかけだけよ。亜理紗に何かあれば私は自分を許せない。
--- 悠莉、亜理紗を頼む ---
小さい頃から好きだった彼に頼まれた時は、彼に信頼されている事が嬉しかった。だけど反面、苦しかったのも事実。
それでも、亜理紗を守るのは私も嫌ではなかった……亜理紗は大切な親友だったから。
彼との約束が守れなければ、私は亜理紗にも彼にも顔向けが出来ない---そんなのは絶対に嫌!
だから何が何でも、あの子を無事に取り返す。そして2度と大戸には亜理紗に近づけないようなダメージを与えてあげる。
「悠莉? お前、顔が怖いぞ」
恐る恐る言う柊に一瞥すると、亜子を香里と佐野君に預けて私は柊と一緒に病院を出た。
「おいっ! お前、どこ行くつもりだ?」
「当然---北高よ」
「はあっ?」
「亜理紗は北高にいる」
自信満々な私に柊が訊ねてきた。
「何でそんな事判るんだよ?」
「大戸の莫迦は北高の生徒会長なのよ」
柊の目が驚きで見開かれた。
「……北高、終わってるな。あんな奴が生徒会長とは」
「まぁ、邪魔な奴は手下に排除させて、会長の座に収まったって聞いてる。あいつ……金は腐るほどあるらしいから」
「金持ちのバカ息子か」
「……まぁ、そんなとこかな」
話をしている途中で私の携帯が鳴った。見ると亜子からだった。
「亜子? どうしたの……うん、うん、判った。ありがとう」
「西平か?」
「そう、やっぱり亜理紗は北高に連れていかれたらしい。関口さんって人が連絡してきたそうよ。って、柊! 落ち着いて、冷静になんなさいよ」
走り出しそうな柊の腕を掴む。
「早く亜理紗を助けないと……あのストーカー野郎! 亜理紗に手を出したら只じゃおかねぇ」
「柊! いつものあんたはどうしたの? いい? 今から北高に乗り込むんだから冷静に……あいつらに足元を見られたら負けだよ」
「悠莉……」
「私に任せて! 亜理紗は無事に助け出す」
そう言ってニッコリとほほ笑む。そんな私を柊はため息交じりに見た。
「判った。お前の言う通りにするよ」
「判ればよろしい……行くわよ」
そして私達2人は北高へ向かった。
「……あの、すみません、職員室はどちらでしょうか?」
私は北高の校門の前で校内から出て来た男子生徒を掴まえると、ニッコリとほほ笑みながら尋ねた。
すると彼は真っ赤になりながらも答えてくれた。
「あ、向こうの3階建ての校舎の2階1番奥になります」
「ありがとう」
親切に教えてくれた彼に極上の笑顔を浮かべてお礼を言うと、私は後ろに立っていた柊を伴って、その校舎内へと入って行った。
「お前……怖ぇ、今の奴……まだこっち見てるぞ。気の毒に、悠莉の本性知らないから惑わされてやがる……うぐっ!」
「柊……あんたは私の味方なの? 敵なの?」
私は彼の腹部に肘鉄を食らわせながら、小さな声で問う。
「うっ…痛ぇ……もちろん、味方に決まってるだろうが! 何、本気で肘鉄食らわしてるんだよ」
「なら……いいわ。行くわよ」
そう言うと2人で職員室の扉を開く。
「失礼します。私、今度清鸞学園の生徒会長になります笹井悠莉と申します。今日はこちらの生徒会のみなさんに挨拶に参りました」
あくまでも優等生の笑みを浮かべ、私は北高の教員の皆様に隙のない挨拶をした。
後ろに控えていた柊も状況を読み、私と同様の挨拶をする。
そう学校を通して北高へ来るなら、大戸は決して私達に手は出せない。もし、何かあれば学校を巻き込む事になる。
北高の先生達はよどみない挨拶をする私達を、感心した様な表情で見ていた。
「まぁまぁ、清鸞の生徒会長が自ら挨拶に? それはご苦労でしたね。私は副校長の会田です。うちの生徒会室はここのすぐ上の階にあります。良かったら案内しましょうか?」
副校長と言う女性教師は、にこにこと人の好い笑みで話し掛けてきた。
私は完璧な笑みを浮かべながら、首を横に振る。
「いいえ……お手を煩わせるわけにはいきません。今日は挨拶だけですので、3階ですね? 私達だけで行けます。それでは、お邪魔いたしました。失礼いたします」
教員の皆様に深々とお辞儀をすると、感嘆の声が漏れ聞こえた。
「……お前、すっげぇ、二重人格?」
職員室を出た所で、柊がぼそっと呟いた。
「二重人格じゃない! 処世術と言いなさいよねっ」
「物は言い様だな」
「うるさいわねっ、ほら、行くわよ!」
後ろをついて来る柊を一喝すると、3階へ向かう階段を昇りはじめた。
「ここか……」
3階の1番奥の部屋---そこが生徒会室のようだった。
「いくわよ」
「いつでもどうぞ……」
柊がのんびりとした口調で答える。
私は生徒会室の扉をノックした。
「どうぞ…」
部屋の向こうから答える声がした。それを合図に私は扉を開け中へと足を踏み入れた。
「失礼します、清鸞学園の生徒会長になる笹井悠莉です。で、こちらは副会長の藤堂柊。今日は北高生徒会の方々に挨拶をと思いまして」
にっこりと微笑みながら、室内にいた人物に自己紹介をした。
「…なっ、お前…笹井っ!何でここにっ」
「あら? 今の聞いてなかったの? 私が清鸞の生徒会長なの……だから挨拶に来たんだけど?」
慌てている大戸……あんた、わかりやすいわね。
「挨拶?」
「そうよ……北高とはよく対抗試合とかの交流があるから挨拶してきてねって、現会長に言われたのよ」
あながち嘘ではない。だから私は堂々と言い切った。
大戸は視線を彷徨わせながらも、平静を装おうとしていた。
「ふーん、清鸞もお前を生徒会長にするなんて、大した事ないな……」
あんたに言われたくないわっ
心の中でそう毒づきながらも、顔にはにこやかな笑顔を張り付けた。
「まぁ……とにかくこれで顔合わせは終わったわね。それじゃ、これからもよろしく」
そう言って生徒会室を退出しようとして、私は思い出したように大戸を振り向いた。
「そうだ……あんた、まさかまだ亜理紗にちょっかいかけてんじゃないわよね?」
「なっ! そ、そんなわけないだろう。あんな女…いつまでもちょっかい掛ける程、俺は暇じゃない」
「っ! お前っ……」
「柊」
大戸に掴みかかりそうな柊を押し留めながら、明らかに動揺している大戸を見る。
「そっ! ならいいわ……一応、忠告しておく。あんた……確か大戸商事の息子よね?」
私のいきなりの質問に大戸は訝しげな表情をした。
「あぁ……それがどうした?」
「亜理紗のお母さんって旧姓が『榊原』なのよね?」
「だから?」
私の言ってる意味が判らないと言う様に、苛立った様子で大戸が答える。
柊はただ黙って事の次第を見守っている。
「榊原---榊原グループは知ってるわよね? 国内有数の大企業で関連会社は数10社もある---亜理紗のお母さんってそこの会長の娘なのよねぇ。そして亜理紗は唯一の孫娘---会長は目に入れても痛くない位溺愛してるのよ。だから……もしも、亜理紗に何かちょっかいをかけようものなら、会長から何らかの制裁がある事は忠告しとく……そうね、会社の1つや2つ、潰すのなんて簡単よ」
ここまで言って、漸く私の言わんとすることが判った様で、大戸の顔は引きつっている。
「そ、それが俺に何の関係があるんだよっ」
「いや……別に関係は無いわよ? ただの忠告」
にこやかな笑顔を浮かべて私は生徒会室を出る。柊もその後を付いて来た。
「おい、悠莉。亜理紗はどうするんだ?」
「大丈夫よ---今頃、大戸の奴……手下に電話して亜理紗を解放しようとしてるんじゃないかな……そうね、関口さんが連れてきてくれるはずよ」
亜子から連絡があった時、『関口さんが、もしも亜理紗が危険な目に会いそうなら助けるって言ってる』って話してくれた。亜子が信頼してるなら、私もその関口さんを信じてみよう。
「だけど……」
「柊、あんたって亜理紗の事になると凄い心配性になるんだ……」
小さな頃から知ってるけど、こんなに落ち着きのない柊は見たことが無い。本当に亜理紗の事が好きなんだ。
「当たり前だろっ! あいつは無防備過ぎて、傍で見ててハラハラするんだよ」
仏頂面で答える柊に、思わず噴き出した。
「何だよっ!」
「あんた達……お似合いだわ。柊は普段は冷静過ぎる位だけど、亜理紗のお蔭で少し柔らかくなってるじゃない? 亜理紗も柊に釣り合う様にって、しっかりしようと頑張ってるのよ」
「はっ?」
そう、亜理紗は少しでも柊との事を拓実ちゃんに認めて欲しくて、甘える事をあまりしなくなった。
2人共、付き合ってからお互いが成長してる……良い恋愛してるじゃない。
「さっ、亜理紗を迎える為にもさっさと帰ろう」
私はにっこりと笑いながら、訝しげな表情を浮かべている柊を引っ張りながら清鸞へ戻った。
「柊くんっ!」
関口さんに付き添われて学校迄戻って来た亜理紗は……私を通り越して、柊の胸に飛び込んで行った。
私は無視? まぁ……いいけどね。
「亜理紗っ……大丈夫か、何かされなかったか?」
柊は亜理紗を抱き締めると、顔を覗き込みながら訊ねている。亜理紗はそんな柊に首を振る。
「ううん、何ともない。関口さんが助けてくれたから」
そう言って、後ろに控えていた人物を振り返った。
柊は亜理紗を放すと、関口さんへ一礼した。そんな柊に彼も礼を返した。
私はそんな2人を見ていたけど、挨拶が済んだのを見計らい関口さんへと声を掛けた。
「あなたが……関口さんね? 私は笹井悠莉です。亜子からあなたの話は聞いてます……亜理紗を助けてくれてありがとう」
「初めまして、関口浩輔です。あの…西平は大丈夫ですか?」
心配そうに彼は私へ訊ねてきた。
あぁ……もしかして、彼も……
「大丈夫です。少し怪我を負いましたけど、剣道をするには問題ありません」
私は安心させる様に、微笑んだ。
「そうですか、それなら良かった。じゃ、俺はこれで…」
彼は安堵して、それから私達を見ると一礼して帰って行った。
亜子……見る目あるじゃない。うん、彼なら応援してあげる。
私は彼の後姿を見送りながら、そんな事を考えていた。
「じゃ、亜理紗は俺が送るから」
「うん、お願い」
私は柊にそう頼むと、亜理紗の方を見た。
「亜理紗、怪我とか無いよね?」
「大丈夫……あの、悠莉、助けに来てくれたんだってね? ありがとう」
言い終わらないうちに、亜理紗は私に抱き付いてきた。
「うわっ! 亜理紗、危ない」
危うく倒れそうになり、思わず両足を踏ん張った。
柊が微妙な顔で私達を見ている。
「当たり前でしょ? 亜理紗は大事な友達だもの」
それに、彼にも亜理紗の事は頼まれている。
「うん……悠莉が困った時は、私が絶対助けるからね!」
「ふふっ……そうだね、そんな時があったらお願い」
「おい……帰るぞ」
私達がいつまでも抱き合ってるのが面白くないのか、柊は不機嫌な声でそう言った。
…ったく、男らしくないなぁ。もう少し心を広く持ちなよ。亜理紗と付き合うならこの位、何とも思わない様にしないとやってられないよ。
そんな事を思いながら、帰って行く2人を眺めていると、私の携帯が鳴った。
「はい?」
咄嗟に出ると、相手は拓実ちゃんだった。
「こら、何回も掛けてるのに何で出ないんだよ?」
明らかに不機嫌そう……
「あー、ごめんね、少し立て込んでたから」
言える訳がない、亜理紗が攫われてたなんて。
「生徒会……そんなに忙しいのか?」
「え?……あ、う…ん。そうだね……まだ引継ぎとかあるし」
何とか誤魔化しながら、返事をする。
「そうか……」
「拓実ちゃん?」
何故か、拓実ちゃんが黙り込んでしまった。
沈黙が結構続いて、思わず呼びかける。
「拓実ちゃーん、おーい、返事してよ」
「……もしかして……男か?」
「は?」
それは亜理紗の話? 大戸の事がばれた? 何で?
「柊がいるだけよ」
大戸の件は片付いた。余計な心配はさせたくない。
「柊? 何でお前の傍に柊がいるんだよ」
「何でって、副会長だし……」
「………」
「拓実ちゃん? 何なの?」
一体何なんだろ? 拓実ちゃんは唐突に電話をしてきては時々、意味不明な事を言う。
「柊には亜理紗がいるだろ」
あれ? 亜理紗達の事認めたのかな? それなら良いんだけど?
「うん、そうだね」
「悠莉、亜理紗から柊を奪うな」
は? 今、拓実ちゃん何て?
「お前に柊は似合わない。俺は亜理紗が悲しむ顔は見たくない」
「ち、ちょっと待ったっ! 拓実ちゃん、もしかして誤解してるよね? 私が好きなのは柊じゃないよ! 亜理紗から奪うとかまず無いからっ」
何で私が柊を好きとか……有り得ないんだけど、拓実ちゃん。
好きな人にそんな誤解をされている私って……
「悠莉……じゃ、お前の好きな奴って誰だ? いるんだよな?」
更に不機嫌な声になってる? どうして?
「そ、それは言えない」
言える訳ない、今はまだ無理!
「……悠莉、俺はお前が好きだ。だけどお前がその好きな奴と両想いだって言うなら諦めるよ……付き合ってるのか?」
拓実ちゃん……今…好きって言った?
「悠莉?」
「わ、私は小さい頃からずっと、拓実ちゃんが好きだった!」
今、私の顔は真っ赤だろうな。凄く頬が熱い。
「は? 嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ! 好きだけど拓実ちゃんは私の事、女扱いしてくれないから……」
「違う、お前の事は女として見てるよ。だから一緒にいられないんだよ」
「何で?」
「……一緒にいたら絶対触れたくなるだろっ! そんな事して嫌われたくない…」
電話の向こうで拓実ちゃんが躊躇っているのが判る。
「拓実ちゃんになら触れられたいよ」
私がそう言うと、電話の向こうの拓実ちゃんが息を呑むのが判った。
「悠莉……お前、今どこだ」
「学校だけど……もう、帰るよ」
「家に帰れ、迎えに行くから」
真剣な声音で拓実ちゃんが私に命令した。
「え? 今から」
「今日、きちんと話をしたい。そうじゃないとお前……はぐらかしそうだ」
「……そんな事しないよ…でも、家で待ってるね」
「あぁ、逃げるなよ……」
そう言うと、拓実ちゃんは電話を切った。
私は携帯を見つめながら、にっこりと微笑んだ。
思いがけず拓実ちゃんの気持ちが聞けたことが嬉しくて、私は急いで彼に会う支度をするべく家まで駆け出した。