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RUIN GRAVE  作者: 緋那夏矢
3/3

 一見時代劇に出てくる武家屋敷を思わせるような家があった。

 高い塀と積まれた石垣。

 広い庭に池を囲う玉砂利。

 よく見れば所々に現代風なパラボラやインターホンやガレージに車などがと気づくだろうが、古風な家のもの言わぬ迫力がそれの存在を認識させない。

 九条家は誰もが知る名家だ。

 条連家の一つにして都市の管理を担う。

 そして、世界に散在する遺産物の管理を行うのが条連家の役割であった。


「ふう―――まだ道覚えててよかったな。まあ忘れてたら格好つかないし」


 玖城夏矢は厳めしい門を前に立っていた。

 この家にいたのはまだ何も知らない子供のころだ。

 自分の薄れた記憶に自信はなかったがなんとか家まではこれた。


「おじゃまします」


 門を少し開いて内の様子を窺うように恐る恐る中に入る。

 庭が広いせいなのか静かすぎて落ち着かない。

 なんとなく重苦しいこの家の雰囲気が少年は好きではなかった。


「―――何者だ―――」


 いきなり背後から声がした。

 振り向こうとするが首を掴まれる。

 ひんやりとした手に柔らかい指の感触と声色で後ろにいるのが女だとわかった。

 わかったが首を掴む力に抗おうとしてもビクともしない。

 後ろにいるのは本当に女性かと疑い始めたとき、再び女が口を開いた。


「ここがどこか知らない訳ではないだろう?」


 無論俺の家であるし。

 むしろあんたは誰だと聞きたい。聞きたいのだが答えてくれそうな雰囲気じゃないし、こっちも命は惜しいわけで、


「いや、ししし、しらないです――――っ!?」


 首にかかる指の力が強くなった。

 圧迫された動脈がビクビクと脈打つ。

 ささやかな抵抗を試みても通用せず、遂には少しずつ思考が停滞してきた。呼吸もうまく出来ない。心臓が破裂しそうなほどに鼓動を打つ。


「ウソをついても判るぞ。

 目的はなんだ?」


「ああ―――あ」


 掴む力は弱まらない。逆に少しずつだが強まっていくのがわかる。

 手の先は痺れて、爪先の感覚も失われてきた。


「ま、まって―――! おれはなにも―――」


「―――もう一度だけ聞く。

 貴様は何者で、なんの目的があってここへ来た―――?」


 三度女性が聞く。

 低く透き通った声は朦朧とする意識の中ではっきりと頭に残る。

 何者か―――

 俺は、玖城夏矢。

 目的は―――

 自分の家に帰って来ただけだっ!


 そう、答えようとしたが口が思うように動かない。

 このまま死んでしまうのだろうか。

 それにしたって理不尽にもほどがある。あまりに唐突すぎる。

 自分の人生がこんな展開で幕を閉じるだろうなどとは考えられたものではない。


「最後だ。貴様の名は」


「く、じょ………お………」


 かろうじて聞き取れるほどの声でだが答える。

 既に自分の力で立ってはいない。

 膝に力など入らず、女性は腕の力だけで身体を支えているといえる。


「――――鶫っ! お止めなさい!」


 遅いっての――――!!

 聞き覚えのある声に心の中で叫んだ。

 首にかかる力はなくなり、支えを失ってその場に倒れ込む。

 生命の危機に駆けつけた少女の名は九条緋那。

 腹違いの妹だが、長くこの古風な家に住んでいるからか自分とは似つかない気品のある少女に育っている。

 昨日、数ヶ月ぶりにこの妹とは顔を合わせていたのだった。


「兄さんっ! 兄さん! 意識はハッキリしてますか、痛むところはありませんか―――?」

 兄を気遣う声に頷きだけで大丈夫だと精一杯伝える。

 今は倒れてても勘弁してくれ。

 血の通りが急激に良くなったせいか視界もぶれている。


「………そうですか、よかった。

 ―――まったく、死にたいのですか!?」


「えっと………緋那?」


 その言動はどこかおかしくないか……?

 普通、家に帰ってくるのに死ぬ思いはすまい。

 優しく出迎えてくれることこそあれ、気配消して後ろから関節極めて、質問に答えなければオトそうとする。

 それを肯定する発言はオカシイと言って然るべきだろう。


「おかしくなどありません。無断で敷地に入った者への対応としては相応です。 それに今回の兄さんの場合はまだ優しい処置ではないですか」


「あれで優しいってか?」


「無論です。通常ならば問答無用で急所を刺し貫きます。

 今日に限りましては夏矢様がお帰りになると仰せつかっておりましたので、確認を入れた次第です」


 鶫の言葉にゾッとする。

 つまりこういうことだ。

 普段ならば物言わさず殺して、今日は俺が来ると聞いていたから確認をいれた。

 来客の知らせがあらかじめ無ければそれは不法侵入者だと。

 確認をいれたところで殺人未遂―――俺の首を絞めたり―――はするし。

 ………まさか、これから毎日首絞めじゃないよな。


「―――よって、これは兄さんの失態ということです。

 そもそも私と一緒に帰っていれば問題はなかったんです」


「それは悪かったと思ってるよ。でも俺のせいじゃないし」


「兄さんの身体は兄さんのものなのですから姉様の所為にするのは筋違いです」


「今日学校にいたのは姉貴なわけだし」


「それなら兄さんでいればよかったのです」


「カヤ姉きってのお願いだったわけだしさ」


 嘘ではない。

 こんな機会めったにないからな、と半ば恫喝に近いかたちで約束を強制されたのは昨日ホテルにいたときだ。

 入れ替わるのは造作ないが後始末は決まって自分にまわってくる。

 俺としては今までの生活ぶりを考えると少しの欲張りは叶えてあげたいとは思ってはいるのだが―――


「―――そういえば、姉貴は? 一応挨拶ぐらいしようと思うんだけど」


「姉様は今は蔵の地下にいらっしゃると思います」


「蔵の………地下?」


「はい。お父様が地下室を増設されましたので、今は其方に―――。

 そういえば、お父様が先に顔を見せろとおっしゃってましたね」


 立ち上がった俺は心底嫌な顔をしていたんだろう。緋那は少し困った顔をしていた。


「親父が………ね」


       ◇


 部屋の扉を開くと白煙が頭を覆った。

 それが煙草のけむりだと気づいたのは息を吸い込んだ一秒後。

 盛大にむせた後で―――


「―――身体に悪いからタバコ止めろって言っただろ、親父」


 ―――黒革のソファに気だるそうに座っている九条阿頼耶に向かって言った。

 ソファの後ろにもう一人、年をくった老人が立っているが、俺の嫌悪感だらだらの表情と違って穏やかな笑みを浮かべている。


「なんでえ、煙草くらい好きに吸わせろや」


「心配してやってんだろ。巳鷹さんのことも考えろよ」


「私としては問題ございません。気をまわして頂き有難う御座います」


 老人が軽く会釈して答える。


「だってよ! ガキが説教じみたことぬかしやがって。

 まあいいや、こっちに来い」


 阿頼耶が手招きをする。

 舌打ちをするもソファに近づいていき「まあ座れ」と言われて阿頼耶の正面のソファに座った。


「なんだよ。まだ納得してなさそうな顔だな」


「当たり前だ!

 いきなり現れて『俺、お前の父親だから。よろしく』だあ? それだけ言ってさっさと帰ったくせに。

 果ては『俺、引退するから家継いでね』だなんて納得できるわけがないだろ」


 そのまま掴みかかるかのような勢いで言った。

 そうなのである。

 この男は困ったことに俺の父親らしくて、母親がいなくなった俺を引き取りに来た。

 こいつとの接点はガキの頃から全く無く、父親の存在すら失念していた矢先に現れたのだ。

 そうして男はガキの頃住んでたという家に戻ってこいと言う。

 いまさら誰がお前の言うことなんざ聞くかと思っていたのだが、


「それでも帰って来たんだろうが。ろくすっぽ思い出もないこの家によ」


「この………」


 残念ながら中坊が一人で満足に生活できる筈もなく、目の前の父親が言う通り道が用意されていたとはいえ、自分の意志でこの家に戻ってきた。


「………俺は、この家であんたに会った覚えがない」


 一度冷静に心を落ち着けてからゆっくりと切り出した。


「ま、そりゃそうだ。俺も会った覚えなんてないし、というか、もう一人子供がいたなんて知らなかったと思うぞ」


「それなら、なんで俺が跡継ぎになるんだよ」


「ふむ。何故だろう? 少し考えてみようか」


「どうせ何か押し付けようってんだろ!

 そうはいかねえからな!」


「なんだようるせえな。何か不満でもあんのか?

 良いじゃねえか九条家当主。一般人にゃあない出世コースだぜ。

 あ、欲しいものがあるとか? お父さんに言ってごらん、ハッハッハ」


 高笑いする父親を見て本気でイラついてきた。勿論その馬鹿丸出しの姿は演技だろうとは考えている。

 巳鷹が苦笑しているところを見る限り相当繕っているのだろうが、そう思えたらだんだんと馬鹿らしくなってきた。


「理由だ。

 あんたが当主の座を下りる理由を教えろよ。それ次第で俺も身の振り方考える」


「あ?

 なんで知らねーのお前」


「いや、聞いてねぇし」


 時が止まったかのように沈黙が訪れた。

 目の前の男はきっと驚いてるんだろう。目を丸くして固まっている。

 暫くして阿頼耶は頭だけ後ろに向けて巳鷹とひそひそと話し始めた。


「―――どういうことだよ知らないって」

「………恐らく鴉の仕事が遅れているのではないかと」

「ああ………減給だなあいつ」

「孫のことながらお恥ずかしい限りで御座います」


 若干聞こえてしまい、なんでかコッチも悪いような気がした。


「あ~~わりぃ。ちょいとこっちで手違いがあってだな、うん、面倒くせえから―――ああ、そんな顔すんな! 色々省くがちゃんと説明はしてやる」


「説明するなら納得できる説明をしてくれよ」


 半ば諦め気味で思う。コイツの説明で納得できる自信はない。


「ああ………と待て。

 先に聞いとくがお前、この都市についてどれくらい知ってるよ?」


「は………?

 どれくらいって何さ。人口は500万人ぐらいだっけか?」


「違う。あと、そういうことを聞いてんじゃねえんだが……。

 この都市の特異性のことは知らねえんだな?」


 この都市の特異性………

 別段思い当たる節はない、と思うのだが。

 此方の理解の程が分かったのか、阿羅耶は目頭を押さえて深く溜め息をついた。


「はぁ……なるほど、お前の現状はよくわかった」


 それだけ言うと阿羅耶はいきなり立ち上がった。


「なっ―――おい、説明するんじゃないのかよっ!?」


「ああ、説明してくれる奴を用意してやる。

 あ、お前、この家に住むんだろ? 部屋はあるから好きなところを使うといい。荷物は届いてたから運んどけよ。飯は鶫が作るだろうから緋那と一緒に食ってやれ。

 あとはそうだな、敷地の中は自由に見てまわってくれていい。ただ、一番大きい蔵には近づくな。

 ――お前はまだ駄目だ、いいな?

 それだけだ、俺は何日か出かけるから家のことは頼むぞ。それじゃあな」


「は……!? ちょ、まっ―――」


 口をはさむ間もなく、阿頼耶は部屋を出ていく。続いて巳鷹も一礼してから阿頼耶と同様に部屋を出ていった。


「なんなんだよ………くそっ」


 部屋の扉が閉まると、残ったのは生活感が無い部屋の内装に真新しい煙草の吸い殻だけだった。





お久しぶりです。


まあなんでしょうか、更新スピードは一定ではないですのであしからず。


最近はいろんな小説を読んでましたね。

奈須きのこ先生、三田誠先生、葉山透先生、六塚光先生、土屋つかさ先生、浜崎達也先生、岩井恭平先生、赤松中学先生、川上稔先生、虚淵玄先生、桜坂洋先生、魁先生、加納新太先生。

お世話になりました。素敵なお話ありがとうございます。


あとは零の軌跡ですかね。

実は私かなりのfalcomファンなんですが、これまたやり込んじゃいまして……。


この世に人が手がけた作品は数え切れないほどあるのになぜ、何故未だに良作が現れるのでしょう?

答えは一つ。作品を手がけた人間が新しいからです。同じ作品というものは作者が一緒でもめったにできるものじゃありません。似せることはできますが、あえてそれをするライターがいるでしょうか?

きっとほとんどいませんよね。


そしてそれは新しいものを作る以上きっと需要もあるということとも言えます!


てなわけでこれからも頑張って更新しようと思います。それではまた。


この後書きは次話投稿時に消去します。

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