第壱章~陽中の陰、陰中の陽~
――人は何か一つは自分だけの秘密を持っているものだ。
学園都市―――
都市内を走る列車は中央学園を中心に円状に鉄道を伸ばしている。
一般社会においてまったくと言っていいほどに吹聴されないその都市には、隠された秘密があった。
知ってはいけない、開けてはいけない禁断の箱――――
学園都市と呼ばれる所以には一つの異常性があげられる。
その異常性というのが学園地区を始めとする全ての地区に起因するわけである。
この都市においての常識というものは、現実社会とかけ離れていると言っても間違いはない。
通常の常識でこの都市の中で起こることを一つずつ処理していくとなると、事柄一つを纏めるのは人間一人の人生を賭けたとて足りないだろう。
それぐらいの異常さであり、漠然と言えば小規模の超常現象が密集していると言えなくもないだろう。
◇
その日、転校生として彼はバスに乗っていた。
耳に大きめのヘッドフォンを装着し、最近デビューしたばかりのアーティストの曲を聞きながらバスが目的地に到達するのを待つ。
足元に置いたバッグの中には、筆記具ノート眼鏡携帯電話ハンカチティッシュ携帯食、などが入っている。
都市を走るバスはルイングレイブ中央学園を目指し、昨今新聞やテレビのニュースで取り上げられ、削減されるべきの二酸化炭素を地球温暖化へ向けて排出し、着々とその重苦しい車体を学園へ近づけていた。
通学の時間帯なのに乗客が少ないバスを不思議に思いはじめると、そう思った矢先に中央学園坂前とのアナウンスが車内に流れた。
とりあえず降車ボタンを押して次の停留所を待つ。
学園に接近するにつれて、学生らしき人のかたまりが増えてきたことに漸く安心を覚えて、少し大きめの欠伸を――――する筈だったのに。
吃驚するくらい突然のブレーキ。
焦りに焦ったがアナウンスに降車を催促されたことで停留所に着いたのだと気付いた。
乗車賃を放り、釣り銭を余すことなく手元の財布に投入する。
昨日ホテルで缶ジュースを買ったおかげか小銭が増えて重く扱いづらい。
やはり面倒くさいからって紙幣を多様するのは止めよう。
パンパンになった財布を擦り切れたジーンズのポケットに押し込めた。
中央学園に続くであろう坂を歩きながら周りを歩く学生を見る。
「やっぱり私服大丈夫な学校っていいね」
学生のトレードマークでもある制服を着る人が多くはないことにホッとした。
別に制服が嫌いなわけではないけど、転入するにあたって制服を新調するというのは些か面倒だった。
少し寂しい気もするけど、あの着苦しさから解放されたと思うと心から喜びが溢れてきた。
着苦しさとセットでついてくる親しみやすさは13歳の自分の良い思い出となりつつある。
坂を上りきると真新しい校舎と聳える時計塔があった。
時計塔は文字盤を見る限り英国仕立てのようだ。
手入れが行き届いているようで、錆びなんかも見当たらない純白の学園のシンボルだ。
ルイングレイブ中央学園は初等部から高等部までは中央学園に通うことになっている。
敷地内で校舎が分かれており、しかし学校としての扱いは一括りだ。
珍しいようではあるが附属学校と思えばなんてことはない。
中等部の校舎に向かっている間、今日一日の段取りを考える。
自己紹介が得意なわけでもないし、目立つのが特別好きってわけでもない。
第一印象は肝心だとかいうし色々考え中だが、意外とざっくばらんに曝けだすとかシンプルにいくのが性に合っているかもしれない。
正直まどろっこしいのは苦手だ。
校舎に入るとまずは校長室に迎えられた。
今日の始業式には出席しなくてもいい、そして転校生の紹介はしてくれるとのこと。
全体に紹介されるというのは中々心落ち着かないものはあるが、その場にいないだけ助かる。
この学校での生活はそんなもんでいい。
なにも目立ちたいわけじゃないのだから。
「玖城さんの家って名家なんだっけ。どんな感じなのかな?」
校長が始業式にかり出されていき、今度は担任となる先生と話していた。
白瀬雪乃。なんだかおっとりした天然っぽい人だ。
失礼だが教師としてはとても頼りがいがなさそうだ。
第一印象が大事ってのは分かった気がする。
「名家と言っても住む家と人が旧くて敷地が広いだけです。それに私が本家にいたのは5歳の頃までで、ついこの間まで本家との繋がりすら忘れてましたから」
「そう、じゃあこの都市の事情とかはそれほど詳しくはないのよね?」
「まあ、一応家士から少しだけ伝え聞いています」
学園都市―――
―――《神の遊び場》ルイングレイブ―――