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スナハコ短編集

百回目の人生で、悪役令嬢はもう頑張るのをやめました。

作者: スナハコ
掲載日:2026/03/15

連載候補の短編です。

 百回目の朝が来た。


 見慣れた天蓋。見慣れたカーテンの隙間から差す光。聞き慣れた侍女の声。


「ローゼお嬢様、本日は王立学園の入学式でございます」


 知ってる。九十九回聞いた。


 わたしはローゼ・ヴェルムント。公爵令嬢。

 王子エリクの婚約者で、聖女カティアに断罪される悪役令嬢。


 一回目の人生で、わたしは断罪されて処刑された。

 目が覚めたら、入学式の朝に戻っていた。


 二回目は、聖女に優しくした。結果は同じ。

 三回目は、王子を避けた。同じ。

 十回目は、国外に逃げた。追手に殺された。

 二十回目は、聖女の陰謀を暴こうとした。誰にも信じてもらえなかった。

 五十回目は、全員を救おうとした。自分だけ死んだ。

 九十九回目は、完璧に立ち回ったつもりだった。——それでも死んだ。


 九十九回。

 九十九回死んだ。


 もう、疲れた。


 ◇


「お嬢様、お支度を——」


「今日は行かない」


「え?」


「入学式、行かない。寝る」


 布団をかぶった。

 九十九回、あの学園で必死に立ち回って、全部失敗した。

 もう頑張らない。好きにする。


 昼過ぎに起きて、行きたかった街の喫茶店に行った。

 読みたかった本を買った。

 公園のベンチで、一日中読書をした。


 ——ああ、百回の人生で一番いい日だ。


 ◇


 入学式をすっぽかしたので、翌日、父に呼ばれた。


「ローゼ。何を考えている」


「何も考えていません。考えるのをやめました」


「王子殿下との婚約に傷がつく」


「つけばいいんじゃないですか」


 父が絶句した。

 九十九回、この人の期待に応え続けた。政略の道具として笑い、完璧な令嬢を演じた。

 もう、やめた。


「婚約は殿下がお望みなら続けますし、不要なら解消で構いません。わたしはどちらでも」


「お前……」


「では失礼します。喫茶店の予約があるので」


 ◇


 学園には翌週から通い始めた。

 ただし今回は、誰にも媚びない。誰も助けない。自分のやりたいことだけやる。


 聖女カティアが廊下で教科書を落とした。

 以前のわたしなら拾ってあげていた。——拾っても拾わなくても、どうせ「悪役令嬢に嫌がらせされた」と泣かれるのだ。九十九回で学んだ。


 素通りした。


 カティアが驚いた顔をしている。

 わたしが無視するのは、想定外らしい。


 放課後、カティアが王子エリクに泣きついた。


「ローゼ様に冷たくされました……」


 エリクがわたしのところに来た。


「ローゼ。カティアに何をした」


「何もしていません。文字通り何もしていません」


「だからだ! 彼女が困っていたのに助けなかっただろう!」


「わたし以外にも人はたくさんいましたけど」


 エリクが言葉に詰まった。

 そう。いつもわたしだけが責められる。わたしが助ければ「偽善」、助けなければ「冷酷」。どちらを選んでも断罪される。

 なら何もしないのが正解だ。


「もう少しカティアに優しくしてくれ」


「嫌です」


「……は?」


「殿下がカティア様に優しくすればいいだけの話です。わたしの仕事ではありません」


 百回の人生で初めて、わたしはエリクに「嫌だ」と言った。


 ◇


 頑張るのをやめたら、面白いことが起きた。


 わたしが動かないので、カティアが自分で動くしかなくなった。

 自分で動くと、ボロが出る。


 カティアの「善行」は、すべてわたしの失敗を前提にしていた。

 わたしが意地悪をする→カティアが庇う→周囲が感動する。

 わたしが何もしなければ、カティアには庇う相手がいない。


 焦ったカティアは、自作自演を始めた。

 自分の教科書を破いて「ローゼ様にやられた」と泣く。

 自分のドレスを汚して「ローゼ様に突き飛ばされた」と訴える。


 でも今回、わたしはずっと喫茶店にいた。アリバイが完璧だ。

 目撃者も多い。


 クラスメイトたちが首をかしげ始めた。


「ローゼ様、そのとき喫茶店にいたよね?」


「わたしも見た。一緒に紅茶飲んでた」


 カティアの嘘が、初めて露見した。


 ◇


 異変に気づいた人物が、もう一人いた。


 近衛騎士団長レオン・ヴァイス。

 長身、黒髪、鋼の灰色の瞳。二十四歳にして王国最強の剣士。

 冷徹で無口で、誰にも興味を示さない——はずの男。


 放課後、喫茶店で本を読んでいたわたしの前に、彼が立った。


「隣、いいか」


「……どうぞ」


 初めて話しかけられた。九十九回の人生で、この人と言葉を交わしたことは一度もなかった。


「お前、変わったな」


「何がですか」


「九十九回目までと、顔が違う」


 ——は?


 本を落とした。


「あなた……覚えて——」


「全部覚えている。一回目から」


 息が止まった。


「お前が処刑された一回目も。国外に逃げて殺された十回目も。全員を救おうとして自分だけ死んだ五十回目も」


 レオンの灰色の瞳に、感情が見えた。

 怒りでも悲しみでもない。九十九回分の、疲弊。


「九十九回、お前が死ぬのを見た」


「……なんで、助けてくれなかったんですか」


「呪いだ」


 レオンが低い声で続けた。


 このループは呪いだった。カティアの家系に伝わる古代呪術。対象を永遠に死の運命に縛り、そのたびに巻き戻す。呪いの条件は、「対象が自分を犠牲にし続ける限り、ループは終わらない」。


「お前は九十九回、誰かのために頑張り続けた。それが呪いの燃料だった」


「じゃあ……」


「今回、お前は初めて自分のために生きた。——呪いが弱まっている。俺にはわかる」


 頭が真っ白になった。


 頑張れば頑張るほど、呪いは強くなっていた。

 わたしが自分を犠牲にするたびに、死の運命は強固になっていた。


 やめたから——壊れ始めた。


「なんで今まで教えてくれなかったんですか」


「それも呪いの一部だ。お前が自分で気づかなければ意味がない。外部からの助言は呪いに弾かれる。九十九回、伝えようとして、九十九回失敗した」


 レオンの手が、テーブルの上で拳を握っていた。


「九十九回分の言葉が、やっとお前に届く」


「……」


「ローゼ。お前はもう、誰のためにも死ぬな」


 静かで、強い声だった。


 ◇


 呪いが弱まったことで、カティアの正体が露見し始めた。


 カティアの自作自演がさらにエスカレートした。焦っている。

 教室の窓を割り、ローゼの仕業だと叫ぶ。だがわたしはそのとき、レオンと中庭でお茶を飲んでいた。近衛騎士団長が証人では、誰も疑えない。


 次にカティアは、わたしの鞄から呪具が見つかったと騒いだ。

 だが教官が鑑定したところ、呪具に残っていた魔力痕はカティア本人のものだった。


 教室が静まり返った。


「あ、あれは……ローゼ様が仕込んだのよ! わたしは被害者——」


「カティア嬢。魔力痕の偽装は不可能だと、入学初日の講義で教えたはずですが」


 教官の声が冷たく響いた。

 カティアの取り巻きだった令嬢たちが、一人、また一人と距離を取り始めた。


 ◇


 決定的だったのは、学園の大講堂で行われた魔術実技試験の日だった。


 全学年が見守る中、カティアは魔術の制御に失敗した。

 ——いや、失敗ではない。暴走だった。


 黒い光がカティアの手から噴き出し、試験場の結界を砕いた。

 観覧席の生徒たちが悲鳴を上げる。


 教官三人がかりで術式を押さえ込み、ようやく鎮圧された。

 大講堂の石壁に、黒い亀裂が走っていた。


 王立学園創設以来、二百年間で一度も破られたことのない結界が、砕けた。


 教官長が厳しい顔で宣告した。


「カティア・ローレンス。貴女の魔力を精密鑑定に回します。拒否権はありません」


「い、嫌! わたしは聖女よ!? 聖女を疑うの!?」


「聖女の力で結界が砕けることはありません。あれは——呪術です」


 講堂にいた数百人の生徒が、その言葉を聞いた。


 鑑定結果は三日後に出た。

 カティア・ローレンスの魔力特性——聖属性、ゼロ。呪術属性、最大値。

 「聖女の力」と呼ばれていたものの正体は、古代呪術。他者の生命力を吸い取り、自分の魔力に変換する禁忌の術式だった。


 さらに調査は広がった。


 カティアの実家ローレンス男爵家から、禁書庫が発見された。中には古代呪術の写本が三十七冊。うち十二冊は王国法で所持すら禁じられている最上位の禁呪書だった。


 ローレンス男爵家の爵位は即日剥奪。領地没収。資産凍結。

 代々受け継いできた男爵位が、たった一日で消えた。


 ◇


 王宮の大広間で、査問会が開かれた。

 国王陛下、王妃、宰相、騎士団長、学園長——王国の要人がずらりと並ぶ中、カティアは広間の中央に引き出された。


 もう「聖女」の白いドレスは着ていない。囚人用の灰色の衣を着て、手枷をかけられていた。


「カティア・ローレンス。古代禁呪の行使、聖女の詐称、公爵令嬢ローゼ・ヴェルムントへの呪術による加害——百二十七件の罪状について、申し開きはありますか」


 宰相の声が、広間に反響した。

 百二十七件。九十九回のループで積み上げられた罪が、数字になって突きつけられている。


「嘘よ……嘘よ嘘よ嘘よ!!」


 カティアが叫んだ。だがもう、誰もその涙に心を動かさない。


「証拠を提出します」


 レオンが前に出た。

 分厚い書類の束を、宰相の前に置く。


「近衛騎士団による調査報告書です。呪術の痕跡分析、被害記録、加害の時系列——全て揃っています」


「九十九回分のループで集めた記録だ」


 レオンは静かに付け加えた。


 広間がざわめいた。


「ループ……? 何を言って——」


 国王が手を挙げ、場を静めた。


「騎士団長。説明を」


「カティア・ローレンスは古代呪術により、特定の人物を死の運命に縛り、時間を巻き戻すループを発動させていました。対象はローゼ・ヴェルムント嬢。回数は、九十九回」


 広間が凍りついた。


「九十九回、ヴェルムント嬢は死んでいます。処刑、暗殺、事故に見せかけた呪殺——手段は毎回異なりますが、全てカティア・ローレンスの呪術が起点です」


 レオンの声には感情がなかった。淡々と、事実だけを並べていく。

 だがその目だけが、百回分の怒りを宿していた。


 わたしは傍聴席から、その背中を見つめていた。


 ——百回。この人は百回、この瞬間を待っていたのだ。


「カティア・ローレンス。証拠は明白です」


 国王が立ち上がった。


「聖女の称号を剥奪。爵位は既に没収済み。古代禁呪の行使により、終身禁固とする。——王国の歴史に、このような恥辱が刻まれたことを、朕は深く遺憾に思う」


「い、いやぁぁぁぁっ!! ローゼが悪いのよ!! あの女さえいなければ——」


「連行しなさい」


 騎士二人がカティアの両腕を掴んだ。

 引きずられていくカティアの悲鳴が、大広間に響き渡った。


 広間の貴族たちが、憐れむように、あるいは蔑むように見ている。

 つい先月まで「聖女様」と崇められていた少女が、罪人として引きずられていく。


 わたしは何も感じなかった。

 九十九回殺された恨みが消えたわけじゃない。でも、もうあの人のために感情を使うのが惜しい。


 わたしはただ、傍聴席で紅茶を一口飲んだ。


 ◇


 査問会の後、エリクが廊下でわたしを待ち構えていた。


 膝をついていた。


 王子が、廊下の石畳に、膝をついていた。


「ローゼ。すまなかった」


 その声は震えていた。

 見下ろすと、エリクの目が赤くなっている。泣いていたのだ。


「——レオンの記録資料を見た」


「俺は——お前を殺した女の味方をしていた。お前が助けを求めるたびに、お前を責めた。お前が死ぬたびに、あの女に慰められて——」


「知っています」


 静かに答えた。


「全部知っています。殿下がカティアの涙を信じるたびに、わたしの処刑が決まったことも。殿下がわたしを庇ってくれたことが、一度もなかったことも」


 エリクの顔が歪んだ。


「……一度も、なかったのか」


「ええ。一度も」


 九十九。九十九回、この人はわたしを見捨てた。

 一度くらいは庇ってくれるかもしれないと、五十回目くらいまでは信じていた。

 六十回目で諦めた。


「償いをさせてくれ。婚約を——今度こそ、俺がお前を守る。一生をかけて——」


「お断りします」


 エリクの言葉を、最後まで聞く気もなかった。


「殿下。わたしは九十九回死にました。九十九回、助けてほしいと思いました。でも殿下はいつも、カティアを選びました」


「それは——呪いに操られて——」


「呪いですか?」


 わたしは首を傾げた。


「呪術鑑定の報告書を読みました。カティアの呪術は『対象を死の運命に縛る』もの。殿下の判断を操る効果は含まれていません」


 エリクの顔から、血の気が引いた。


「殿下がわたしを見捨てたのは、殿下自身の意思です。九十九回、全部」


「……っ」


「呪いのせいにできたら、楽だったでしょうね」


 わたしの声に怒りはなかった。もう怒る気力も惜しい。

 ただ事実を述べているだけだ。


「婚約は解消してください。書類は既に父に預けてあります」


「ローゼ……頼む……」


「殿下」


 最後に一つだけ。九十九回分の答えを返してあげよう。


「殿下は、カティアが泣けば走り、わたしが泣いても振り返りもしなかった。——それを九十九回繰り返して、百回目だけ変えられるとお思いで?」


 エリクが二の句を継げなかった。


「わたし、もう頑張るのをやめたんです。殿下のために笑うことも、殿下に認めてもらうために努力することも、全部やめました。とても楽になりました」


 くるりと背を向けた。


「お元気で、殿下。次の婚約者には、もう少し優しくしてあげてください」


 足音が遠ざかるまで、エリクは一言も発せなかった。


 後日聞いた話では、エリクは王位継承順位を第三位に降格されたという。

 「聖女詐欺を見抜けなかった」という理由で。

 さらにヴェルムント公爵家をはじめとする有力貴族四家が王子派閥から離脱し、エリクの政治基盤は事実上崩壊した。


 王子として。男として。何もかも失った。


 わたしはその報せを聞いて、紅茶を一口飲んだ。

 美味しかった。それだけだった。


 ◇


 学園の中庭で、レオンが待っていた。


「終わったか」


「終わりました。婚約も解消しました」


「そうか」


 レオンが一歩近づいた。

 王国最強の騎士の目が、百回分の感情を映している。


「一回目から、お前を見ていた」


「……」


「死ぬたびに壊れそうになった。助けられないまま、九十九回見送った。——もう二度と、お前を失いたくない」


「それは……」


「告白だ。百回分の」


 不器用で、飾り気がなくて、ただまっすぐな言葉だった。


「わたし、もう頑張るのをやめたんですけど」


「頑張らなくていい。ただ隣にいてくれ」


「……ずるいです。百回目にして一番いいこと言いますね」


「九十九回練習したからな」


 ——笑ってしまった。

 涙と一緒に。


「はい。隣にいます」


 中庭に風が吹いた。

 百回目の春。初めての、わたしだけの人生。


 もう誰のためにも死なない。

 もう誰のためにも我慢しない。


 隣に立ってくれる人がいる。

 それだけで十分だ。


 ——百回かかったけど、やっと、生きることにした。

【作者からお願いがあります】

もし少しでも

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