物好きな若き英雄 2
「……本当に?」
「長老、あまりに大きな声で怒鳴っていたので、彼が何を話していたかは俺がこの耳で聞いている。ユーグ、おまえも聞いていたな」
「はい。聞くに堪えない言葉でした。本当に彼は貴族なんですか?」
ユーグも私同様、英雄を親に持つ人間だ。
近衛騎士団長であるブライアーズ公爵の長子で、親の才能をまるっと全部譲り受けたかのように優秀な騎士だと評判も高い。
出来損ないといわれる私とは真逆の人間ね。
「隊員の教育が疎かになっているのは誰の目にも明らかなうえに、王宮魔道士にふさわしくない者もいるようだ。いいか。三日で地方に派遣している王宮魔道士を全て呼び戻せ。王宮魔道士部隊は改めて全員の能力試験を行い再編成する」
「お待ちください。そのようなことは聞いておりません」
「今、伝えているだろう。なんで俺がわざわざここまで来たと思っているんだ」
「アメリアを迎えに来たのかと思っていました」
「ユーグ、うるさいぞ」
駄目だ。この近衛騎士は、この状況を面白がっている。
「王宮魔道士部隊を再編成する理由はもうひとつある。コールリッジ公爵がダンジョン攻略室の代表者を辞任した」
はっとして長老がこちらを見たので、うんうんと三回首を縦に振っておいた。
それで顔つきが明るくなるのだから呑気なものね。
「今後、他国からの援軍要請には王宮魔道士部隊が対応する。今までより仕事の量が増えることに心配の声もあったが……暇そうにしている人間がこんなにいるのだから問題はないようだな」
今日も休憩場には十人以上の魔道士がたむろしていたのだから、人が足りませんとは言えないわよね。
「そうだ、アメリア。王宮魔道士部隊を辞めてもいいと陛下の許可が出たぞ」
「まあ! 本当ですか?」
思わず嬉しくて声をあげたら、魔道士たちが驚いているのに私のほうがびっくりよ。
もしかして彼らは、私が王命でしかたなく王宮魔道士をしていることを知らなかったの?
そうじゃなかったら、特殊な性癖を持つ人間でもあるまいし、ここまで邪魔者扱いされてまで部隊に残るわけがないでしょう。
「コールリッジ王宮魔道士、やめるつもりなのか?」
事務係の人達が心配そうな表情になるのはわかるのよ。
掃除を嫌がる魔道士たちの苦情を王宮中から受けている彼らにとっては、唯一真面目に仕事をして褒められる私は癒しになっているようだから。
だけど長老がそんな心配そうな顔をするとは思わなかったわ。
「家族とも相談して決めようと思います」
「……そうか」
今までは王命だから仕方なく在籍させてやるという態度だったのに、どうしたんでしょう。
「おまえたち」
アーチが一歩前に出ただけで、さっきまで喚いていた魔道士は慌てて後ろに下がり、テーブルに腰をぶつけてよろめいた。
この王太子、最前線で魔獣と戦うほど強いからね。こわいよね。
「あれだけアメリアを馬鹿にしたんだ。彼女よりも完璧に掃除をしろよ。少しでも問題が見つかった場合は、再試験を受けるまでもなく王宮から追い出されると思え」
うん。これは迷うまでもなく王宮魔道士はやめたほうがいい気がするわ。
これ以上居心地が悪くなったら、無理に在籍する理由が見つからない。
「さあ、そろそろ行こうか」
「……その手はなんですか?」
アーチの差し出した手をまじまじと眺めてから尋ねた。
「当然、エスコートをしようとしているんだ」
「馬鹿なことを言っていないで、さっさと歩いてください」
彼の腕を掴んで引いて歩こうとしたのだけど、体格差がありすぎて私の力では無理なので、背中を押して歩きだした。
「もっと早く歩けないんですか? 後ろがつかえていますよ」
「こんな機会はそうはないんだから、ゆっくり行こう」
「何をわけのわからないことを言っているんですか。寄りかからないでください。重いです。ユーグ、扉を開けて」
「俺は殿下の護衛で」
「ユーグ」
「わかったよ。こんなことぐらいで怒らなくてもいいだろう」
背後がざわざわしているけど、無視よ、無視。
そもそも国王陛下と四英雄は学生時代からの友人で、彼らの子供たちは幼馴染だということは誰もが知っていることでしょう?
王宮に勤めているのに知らなかったら、潜りといわれても仕方ないわよ。
「お嬢様、よかった」
建物の外で待っていたグレンとシンディーが、私の姿を見て駆け寄ってきた。
普段仕事をしている時は、王宮魔道士のくせに護衛をつけているなんて恥ずかしいので、魔法で姿を消してもらっているの。
でも今日は公爵令嬢としてロザリンド王女の食事会に参加するのだから、護衛がいてもおかしくはないはずよ。
「お茶会に参加するのだろう? 俺の馬車で行こう。護衛たちも一緒に乗ればいい」
独身の令嬢が、男性とふたりだけで馬車に乗るのはいけないという言い訳を封じたわね。
「……王宮内を移動するのにあんなに大きな馬車を使っているんですか?」
「八人乗りだ」
この男、実は馬鹿なんじゃないかしら。
言葉にしたら不敬罪だけど、心の中で思うのは許されるわよね。
私と護衛を同乗させる気満々で用意したんでしょうけど、こんな大きくては他の方達の邪魔になるじゃない。
「まだお茶会には時間があります」
「わかっている。だが、王宮魔道士の制服で参加するわけにはいかないだろう?」
「正規の制服ですので、公式の場に参加しても問題はないはずです」
「大ありだ。ドレスをプレゼントするから、それを着ていけばいい」
「理由もなく殿下からプレゼントをいただくわけにはまいりません」
「俺が贈りたいというのが理由だ」
「……実はエメラインにドレスを持ってきてもらうことになっているんです。ロザリンドに部屋を借りていますので、そこで着替えてからお茶会に参加します」
「そうだろうと思ってロザリンドにもエメラインにも連絡をしてある」
なんですって!?
「アメリア、アーチにも学習能力はあるんだよ」
楽しそうに言うユーグを殴りたくなったわ。
「お嬢様、ここで揉めると目立ちます。ひとまず入り口から離れましょう」
シンディーに言われてはっとして、馬車の反対側まで移動した。
さすがに王宮魔道士部隊の建物の入り口前で揉めるのはよくないわ。
「話はわかりました。では、ドレスを拝見だけはさせていただきます」
「エメラインはドレスを持ってこないぞ」
「なんてことを。なぜ私に断りなく、そんな横暴なことをするのですか」
「嘘だ、冗談だ。だが、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。さすがの俺でも傷つく」
「私が断るとわかっているのに、自分勝手なことをなさるからです」
アーチが幼馴染の英雄の子供たちを大切に思ってくれるのはありがたい。
望んでもいないのに公爵の地位を与えられ、重要な仕事を押し付けたられて忙しく日々を送る英雄たちに申し訳ないと考えているようで、国王陛下と揉めることもあるという話を聞いたこともあるわ。
英雄の子供たちの中で私とエメラインだけが女性だから、守らなくてはいけないと責任を感じてくれているんでしょう。
それに英雄の子供たちの中で女性は私とエメラインだけ。
政略結婚の相手として、陛下がどちらかとアーチを結婚させたいと考えているのかもしれない。
王太子であれば、王族と国にとって役に立つ相手と結婚しなくてはいけないのでしょう。
だったら、エメラインのほうが私より何倍もふさわしいのではないかしら。
コールリッジを継ぐ私に絡む理由がわからないわ。
「ともかく馬車に乗ってくれ。中で話せばいいだろう」
「ですから、エスコートしてくれなくていいと言っているではないですか」
「したいんだからやらせろよ」
「こんなところで揉めているほうがまずいだろう。アメリア、ここはおとなしく馬車に乗ってくれ」
今回ばかりはユーグの意見が正しい。
ここはあまり人通りの多い場所ではないけれど、それでも人の目がある……って、気付いたらもう遠巻きに眺めている人たちがいるわ。
あそこの人達なんて、こちらに近付いてきていない?
「どうした?」
私の視線を追ってアーチやユーグも遠慮がちに近付いてくる五人に気付き、彼らから私を守る位置にさっと移動した。
もちろん私の護衛たちも私を守るためにいつでも魔法を使えるように準備しているし、アーチとユーグの更に前に近衛騎士団までもが立ち塞がった。
王宮で、武器を携帯していない男性ふたりと十代の女性三人を相手に、ここまでの警戒をする必要ある?
「あ……警護がいらしたんですね」
声は聞こえてきたけど、長身の男性がずらりと前にいるので相手の姿が全く見えないわ。
私、王宮魔道士なのよ。
いちおう戦闘訓練を受けている人間なのに、こんな後ろにいては駄目なのではないかしら。
ここは私も王太子であるアーチを守る位置に行くべきだわ。
「何か用か?」
アーチが更に前に行ってしまった。
もっと前に出たいけど、騎士のみなさんのお邪魔になってしまうかもしれない。
「揉めていらしたように見えましたので、お手伝いすることがあるかと思いました。勘違いのようですね」
でも遠慮がちに前に出たら、近衛騎士たちが横に退いて通してくれた。
なんだ。前に出てもいいのね。ここからなら相手の顔が見えるわ。
先程からアーチと会話しているのが四十代くらいの男性で、隣にいる男性はおそらく二十代でしょう。
その後ろにいる女性たちは、背の高さの関係で私からはドレスがちらちら見えるだけだ。
「揉めているように見えたか?」
「浮かれて騒いでいたからですよ」
「ユーグ、うるさいぞ。こいつの制服を見れば近衛だとわかるだろう。それなのにいったい何を手伝うつもりだったんだ」
「いえ、あの……アメリアという名前が聞こえたものですから、最近よく聞く噂に関係あるのかと」
「噂?」
「コールリッジ公爵家の令嬢がいつも王太子殿下につき纏って……英雄の娘なのだから特別扱いしろと言ってご迷惑をおかけしていると」
は? なんですか、その噂は。




