コールリッジ魔道団 2
「そうね、まずはそこのあなたから始めましょう」
私に指名された女の子も、訓練場にいる全ての人間から敵意を向けられていることに気付き、青くなっていた。
「は、はい」
「おうちは伯爵家なのね。礼儀作法やダンスは習っているの?」
「……はい」
「乗馬は?」
「出来ます」
「そう。エメラインの護衛が足りなかったところなの。まともに魔法が使えるようなら、そちらの部隊で訓練を積んでほしいわね」
「さっきみたいなことをエメライン様の前で言ったら、その場で平手打ちされるぞ」
「グレン、余計なことは言わないで。あの子はそんな乱暴なことはしません。ただ語彙力が高すぎるので心を折られる危険はあるかもしれないわね」
攻撃力には、いろんな形があるものよ。
「じゃあ始めましょう。模擬戦闘場に入って」
「……はい」
すっかり委縮してしまっているじゃない。
どうしてこう魔道団の者達は私に対して過保護なのかしら。
上の立場の者ほど長年の付き合いがあるので、子供の頃の私を知っているせいかもしれない。
でも彼らの存在が私に勇気と力をくれている。
赤の他人が何をどう言おうと、私を理解して信じてくれる人たちがいるおかげで、私はこうして胸を張って立っていられるわ。
「あなた、動きが機敏ね。武器を持つ戦闘の訓練をしたことがあるの?」
新人の女の子は決して体格に恵まれているわけではないのだけど、動きに無駄がない。
「少しだけ……」
「まあ。じゃあ剣を使いましょうか」
空間収納から剣を取り出して構えたら、彼女は慌てて模擬戦闘場の端まで避難した。
そんな怖がるような剣ではないのよ?
属性がついているとか、呪われた剣だとか、見た目が怪しいなんてこともないどこにでもある剣なのに。
「お嬢様、剣をしまってください。魔道団の試験なんですよ」
ケインに叱られてしまった。
「そう、残念。しまったからもう大丈夫よ」
でも彼女も、他のふたりの新人も目を丸くして固まったままだ。
「どうしたの? 試験をするわよ?」
「生活魔法しか使えないって」
「誰がそんなことを言ったのか知らないけど、その噂は正確ではないわ。強い魔法は生活魔法しか使えないけど、ランク4までであれば攻撃魔法も防御魔法も使えるわよ」
「ランク4!?」
「おい、どういうことだ」
「じゃあなんであんな噂が……」
王宮魔道士部隊に入隊した頃から、生活魔法しかまともに使えない魔道士だという噂が囁かれていることは、うちの家族も全員知っている。
確かに私は英雄の娘なのに強い魔法が使えなくて、まともに扱えるのは生活魔法だけなので、わざわざ否定して回ったりはしていないのだけど、いつのまにか生活魔法以外の魔法はまるっきり使えないという話になっているみたいね。
「私は魔法陣を使わなくてはランク4の魔法が使えないの。魔法陣は多くの魔道士に邪道だと言われているでしょう?」
私に問われた新人魔道士たちは曖昧に頷いたけれど、先程までのような反抗的な態度は消えていた。
「それにうちの父親が七年前、人類には無理だと言われていたランク9の魔法を使って国民を救った代わりに、寿命を縮めてしまったのは知っているでしょう? さすがにもうそんな危険な魔法は使わないようにと陛下に止められているけど、ランク7の魔法なら、訓練場でたまに使っているのよ」
それに、うちの魔道団にもランク6の魔法ならば、使える魔道士が複数いるのだ。
「それに比べて娘の私が使えるのはランク4まで。周りが私に厳しい目を向けるのも仕方がないわ」
「すみません。あの、待ってください!」
この女の子は本当に元気ね。
さっきはあんな遠くまで避難していたのに、いつの間にかすぐ傍まで戻ってきて食い気味に発言している。
「さっきの収納魔法は、温度調節や収納内部の時間を止めたりは……」
「しているわよ」
「それはランク5以上のはずです」
「そうね。生活魔法は得意なのよ」
「生活……魔法……」
何をぼんやりしているの?
生活を豊かにする魔法は全て生活魔法でしょ?
「ほら、剣をしまったから所定の位置について。そんな怖がらなくたって私の剣の腕はたいしたことはないのよ。ダンおじ様に、まあそれなりだなって言われてしまうんですもの」
「ダンおじ様?」
「近衛騎士団長のダン・ブライアーズ公爵様よ。私の剣の師匠なの」
答えを聞いた女の子は、山の中で珍獣に遭遇したような目で私を見た。
「さっきの避難の早さは的確だったわ。確かに鍛えれば護衛の仕事に向いているかもしれないわね」
なぜかいつのまにか、シンディーの女の子への評価が変わっているようだ。
早く避けられるのならば剣を使っても問題ないのでは?
魔道士の試験なのだから無理強いする気はないけど、少しだけ納得がいかないわ。
「他の人達は模擬戦闘場から出て。あなた……名前はなんでしたっけ?」
「リンジーです」
「そう、リンジー。前もってかけておきたい魔法があるのなら、時間をあげるから戦闘の準備をしていいわよ」
「……はい」
窺うように私を見てから、彼女は魔法防御をあげる魔法を自分にかけた。
それだけでいいなんて、ずいぶんと自信があるのね。
「始めて平気?」
「はい」
戦闘場の入口にいたケインに合図をし、戦闘開始のチャイムを押してもらった。
リンジーはすかさず炎の攻撃魔法をぶつけてきたけど、全属性の攻撃に耐えるシールド魔法は常日頃から展開している。
魔法がシールドにはじかれるのを意識の端で感じながら、彼女の足元に魔法陣をふたつ設置した。
今ではもうランク3以下の魔法は魔法陣を紙に描いておかなくても、直に空間に魔法陣を描き出すことが出来る。
ただし複合魔法は駄目。
あれは複雑すぎて無理なのよ。
「え?」
おお、ジャンプで避けたわ。
風魔法を使って、移動距離を稼いだのね。
では着地地点にも魔法陣を置きつつ、正面にもダミーの魔法陣を置いて……まあ、地面に置いたアイスニードルも避けたのね。さすがだわ。
ダミーの魔法陣が発動すると思って避けたところにウインドウカッターを……おお、彼女もシールドを使ったわ。素晴らしい。楽しい。
では空からの攻撃はどう?
「アイスウォーター!」
空中に浮いた魔法陣からバシャーッと水が零れ落ちたせいで、リンジーは頭の先からつま先まで水色に着色されて茫然と佇んだ。
「あ! いけない。アイスにしてしまった。ごめんなさい」
「い……いえ」
「戦闘は終了よ。魔道具を止めて」
相手は防戦一方だったというのにやりすぎてしまった。
最後もただの水でよかったのに、冷たい水を頭から掛けてしまうなんて嫌がらせ以外の何物でもないわ。
「寒くない? 乾かしたから風邪はひかないと思うのだけど」
「う、嘘じゃないですか!」
今までずっと静かだったもうひとりの男の子が口を開いた。
「アイスジャベリンはランク5の魔法です!」
「アイスジャベリンは使えないわよ? 私が使えるのはアイスニードル」
「あれがアイスニードル!? そんな馬鹿な。ありえない」
そんなことを言われても、間違いなくアイスニードルの魔法陣を使ったわよ。
ふたつ並べたから、一回の魔法に見えたのではない?
「あの、いつの間にシールド魔法を使ったんですか? あれは全属性防御ですよね?」
我に返ったリンジーが、ものすごい勢いで私に近付こうとしたので、グレンがさっと私の前に立ち塞がり、シンディーがリンジーを取り押さえた。
「放してください。お話をお聞きしたいだけです」
「シールドは普段からずっと使っているわよ?」
隠す必要がないから答えたら、もがいていたリンジーは急に動きを止めて茫然とした顔で私を見上げてきた。
「普段から?」
「魔道士たるもの、普段から防御魔法のひとつやふたつ、常に展開させておくのがたしなみというものですよ」
シンディーが首を横に振っているけど無視よ。
新人だからとここで甘やかしてはいけないわ。
「自動回復の量と相談しながら、普段から物理攻撃を含む全属性の攻撃に対応する結界を使用しているわ。子供の頃からそうしてきたおかげで、魔法量も自動回復量も徐々に増えて今に至るのよ。魔力の強さも強化されるわ」
「それで……あのアイスニードルなんですか」
「あのアイスニードルというのがよくわからないのだけど。魔法陣を発動しただけだから、普通のアイスニードルよ?」
「嘘だろう……」
戦闘に参加していなかった他のふたりの新人まで、両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまっている。
どうしたのかしら。




