コールリッジ魔道団 1
人間は生きている間ずっと体内で魔力を生み出し続けている。
動物も植物も同じだけれど、人間の生み出す魔力は他の生物に比べて断然多い。
だからこそ魔法が使えるわけだし、魔力を使っても自然回復する。
問題は、魔力を消費していなくても四六時中魔力を生み出してしまうことだ。
その魔力は体外に放出されて大気中を漂い、いずれは地中に吸い込まれていく。
そして地中に溜まった魔力が一定量を超すと、ダンジョンが生まれてしまう。
「よし、眠そうな顔はしていないわね」
地味なサンドベージュ色の髪を後ろで結わいて、鏡の中の自分をチェックする。
訓練場には早朝であっても魔道団の人がいるはずだから、情けない姿を見せるわけにはいかないわ。
私は五大英雄のひとり、大魔道士アンブローズ・コールリッジの娘なのだから。
七年前、我が国は滅亡の危機に瀕したことがある。
人間の魔力が地中に溜まることで作られるダンジョンは、たいていは多くの人間が集まっている町の近くに出現するのに、その時はなぜか国境近くのエレンゲン高原に出現したために、発見が遅れてしまったの。
ダンジョンが発見された時にはすでに多数の魔獣が草原に溢れ出して、町に向かって移動を始めていた。
貴族たちはまず王族や自分の家族を国外に避難させる準備を始め、今にも魔物の軍団に襲われそうになっている町のことは見捨てる気だったそうだから、あのままだったら魔獣の大群は次々と町を飲み込んで、いずれは王都にも辿り着いていたはずだ。
でも当時まだ十二歳だったアーチボルト王太子殿下が、
「国民を見捨てて逃亡するなんてできるものか。俺と一緒に国民を守るために魔獣と戦ってくれる者はいないのか!」
と、貴族会議の場で剣を手に叫んだの。
私はまだ十歳で領地にいたし、王都にいたとしてもその場面に居合わせることは不可能だったけど、この目で見てみたかったわ。
そして、アーチの言葉に賛同したのが、それぞれの分野であまりにも優秀だったために、国王の側近に抜擢されていた四人の人間たちだった。
彼らはすぐに自分たちの部下と国軍を率いて最前線の町に向かい、死闘の末、魔獣の攻撃から町を守り切った。
『エレンゲンの奇跡』と呼ばれる活躍をしたアーチと四人は、七年経った今でも五英雄として国民の熱狂的な支持と人気を得ているわ。
そして、その英雄のうちのひとりが、大魔道士と呼ばれている私の父なの。
国王の側近とはいえ伯爵家の若き当主たちが、突然公爵になってしまったせいでまあいろいろあったのだけれど、一番の問題はコールリッジ家には娘しかいなくて、その娘がふたりとも父親の才能を受け継いでいないってことよ。
「おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
それでもコールリッジ公爵魔道団のメンバーは、私を副団長として受け入れてくれて礼儀正しく接してくれる。
今も広大な訓練場のかなり遠くにいるメンバーまでもが、訓練の手を止めて大きな声で挨拶を返してくれた。
父親がダンジョン攻略部門の責任者であり英雄公爵である我が家は、多少王宮から離れてはいるけれど王都に広い土地を持っていて、そのほとんどが騎士団と魔道団の施設なのよ。
「あら? キャメル? どうしてあなたがここにいるの?」
魔道団の訓練着を着たひときわ目立つ長身の男性に近付いた。
短く茶色の髪を刈った彼は、がっしりとした体格で魔道士には見えない。
「スミアラ王国のやつらが、向こうの魔道士や冒険者だけで戦力としては充分なのに、またたいしたことのないダンジョン攻略に呼びつけやがったんですよ。団長もお怒りになって、そのまま転移で帰ってきたんです」
「観光しないかとか王宮で接待するとか言われなかった?」
「言われましたよ。どんな手を使っても何人か魔道士を引き抜こうって魂胆が見え見えなんですよ。王宮魔道士のやつらは行きたそうにしていたんで置いてきました」
「ダンジョンに?」
「はい。彼らは俺たちとは無関係で、要請もないのについてきたんですからね。なにがあっても知ったこっちゃないです」
そうだとしても、いちおう私も王宮魔道士だということを忘れてない?
「問題を起こさないといいのだけど……」
「放っておけばいいんですよ」
「一緒に行った他のメンバーは、今日はお休み?」
「はい。俺は暴れたりなくて出てきちゃいました。でもよかったですよ。ほら、ケインが新人を三人連れてきているんです」
ケインはお父様の右腕でもある四十代の魔道士で、魔道団の運営に関わっている人よ。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう」
「こちらの三人が新人です。すでに入団試験を受けて、いちおうクリアしております」
十代の女性がひとりと男性がふたり。
ケインが渡してくれた資料によると三人とも貴族の子息のようね。
「そう。どうしてうちの魔道団への入団を希望したの? うちは王宮魔道士団に比べて危険な任務が多く、訓練も厳しいわよ?」
私に声をかけられた三人は、隠そうとはしているようだけど不満気な表情を向けてきた。
「それは、英雄コールリッジ公爵にご指導を受けたいからです」
三人の中では一番気の強そうな、黒髪の青年が答えた。
「王宮魔道士は遊んでいるだけじゃないですか。それと掃除なんてやらされたくないですし」
「馬鹿。彼女も掃除してるんだよ」
「ああ……」
貴族の子供なら私の噂も知っていて、その私が偉そうにしていることが気に入らないのね。
「まあともかく最後の試験を受けてもらいましょう。その結果によって配属する部署を決めないと。こっちに来て」
彼らの答えを待たずに歩きだすと、ぞろぞろとその場にいた魔道士たちがみんなついてきた。
「あなたたちは訓練中でしょう」
「いいじゃないですか。お嬢様の戦闘を見るのはひさしぶりなんですから」
「キャメロン、邪魔をするなよ」
「いつ俺が邪魔をしたんだよ」
キャメロンは第一部隊の隊長ではあるけど、ケインより立場が下だということを忘れているようね。
大人数の組織を円滑に動かすためには、上下関係は厳しくしなくてはいけないわ。
「キャメロン、その態度はいけません。ここは訓練場ですよ」
「失礼しました。エルマー管理主任、部隊長として私も新人の実力は把握しておきたいのです」
「はあ。承知しました」
まだ二十代後半のキャメロンは幼い頃から魔道士としての才能が開花していたので、うちに入団した年齢が早かったのよ。
それで付き合いが長いから普段からケインと仲が良くて、家族ぐるみのお付き合いをしているのよね。
でも公私混同は駄目よ。
「ここが模擬戦闘場です」
訓練場の奥に設置されている模擬戦闘場は、魔法を思い切り使っても建物を破壊しないように、八か所に魔道具を設置して結界の中で戦えるようになっている。
「ここでは魔法を使っても相手にダメージがない代わりに、魔法が命中した場所に、属性それぞれに割り振られた色がつきます。魔法を使えば魔力は普通に減るので、どちらかが致命傷になるほど大量に体に色がつくか、魔力がなくなるか、降参したら戦闘は終わりです」
説明をしている間、三人の新人は私が試験をすることへの驚きと戸惑い、そしてあざけりの表情を浮かべていた。
「では、誰から試験を受けますか?」
「……あなたと戦うんですか? 生活魔法しか出来な……ぐふっ」
最後まで言い終えないうちに、黒髪の青年は風属性の衝撃波を受けて後方に吹っ飛んだ。
「エルマー主任、こいつらは三人とも失格だ。連れて帰れ」
私の後方から、どすどすと音がしそうな歩き方で肩まで金色の髪を伸ばした青年と、紫色の髪の女性が近付いてきた。
「コールリッジ公爵家の長子であり、魔道団副団長であるアメリア様にその態度はなんなの? あなたたちは貴族の子供なのに礼儀作法も学んでこなかったの?」
金髪の男性がグレンで、紫色の髪の女性がシンディー。
ふたりとも私の護衛についてくれている優秀な魔道士だ。
「で、でも魔法が……」
この状況でも反論しようとするなんて、この女の子はずいぶんと根性があるわね。
でもそれは自分の身を危険に晒す無駄な根性よ。
「つまりあなたは魔法が使えなければ、相手が公爵令嬢であろうと失礼な態度をとっていいと思っているんだ。だったらこの国のほとんどの貴族の御令嬢たちはあなたより下の存在だというわけね? じゃあ魔法の使えないコールリッジ公爵夫人は? エメライン様は? 平民扱いするとでも言うつもり?」
「い、いえそんな……でも彼女は」
「彼女はなんなんだ。きさま、コールリッジ公爵様の前で同じことを言ってみろ。親類縁者まとめてこの地上から消し去られるぞ!」
「ひい」
「グレン、シンディー、落ち着きなさい」
魔法が使えなくてもエメラインは、ラフィアット王国で五本の指に入る美しい令嬢だと評判の妹よ。
母譲りの美しい金髪に父譲りの深い緑色の瞳を持つ妹と、父と同じサンドベージュの髪に母方の祖父と同じ琥珀色の瞳を持つ私では、あまりにも華やかさが違う。
少しくらい魔法が使えるからって魔道団の副団長をしているような女と、魔法が使えない代わりに美しく、完璧な御令嬢として社交界の中心にいる妹を、同じ基準で考えろというのは無理があるわ。
「気に入らないのなら、三人ともここで帰りなさい。ここで働きたいのなら、試験を受けて勝てばいいだけのこと。私が生活魔法しか使えない弱い魔道士だというのなら、むしろあなたたちにとっては好都合でしょう?」
吹っ飛ばされた青年は腹を押さえながら元の位置に戻り、攻撃を食らわせたグレンではなく私を恨めしげに見ようとして、さっと顔を俯かせた。
おそらく私の周りにいる者達が、どんな表情をしているのかに気付いたんでしょう。




